No | 119318 | |
著者(漢字) | 盛田,幸司 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリタ,コウジ | |
標題(和) | ヒト下垂体腺腫の腫瘍発生機構について | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119318 | |
報告番号 | 甲19318 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2292号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 要旨 下垂体前葉細胞は、下垂体前葉ホルモンの分泌や細胞増殖について、視床下部から分泌される視床下部ホルモンによって正および負の調節を受けている。ヒト下垂体GH産生細胞では、視床下部ホルモンであるGHRHの受容体への結合・刺激に続くPKAの活性化が、非選択的陽イオン電流を活性化し、細胞膜を脱分極させることで電位依存性カルシウム電流を活性化し、また電位依存性カルシウム電流を直接増加させることでGH分泌に作用する。GH産生下垂体腺腫の病因のひとつであるgsp変異では、GHRH受容体と共役するGsα蛋白が持続的に活性化して下流のPKAの持続的活性化を引き起こす。そのようなGH産生下垂体腺腫細胞では、非選択性陽イオン電流が持続的に活性化されており、GHの過剰分泌の原因となっている。 症例数を32例まで増やし、gsp変異の有無とGHRHに対する非選択性陽イオン電流の反応性の関係を検討していく中で、ふたつの事実に着目した。ひとつは、本邦におけるGH産生腺腫症例中のgsp変異の頻度が、これまでの報告より高いことである。本邦では欧米の40%程度の頻度に比べ、10%以下と低い頻度が報告されていたが、我々の手で32例を検討したところ、実に20例でgsp変異が陽性であった。もうひとつは、gsp変異陰性の腺腫(12例)でも非選択性陽イオン電流が持続的に活性化している症例が8例認められたことである。以上のことから、本邦のgsp変異の頻度についてさらに症例数を増やし検討を行うとともに、gsp変異以外にGHRHシグナル伝達系を持続的に活性化するような病因の有無について検討を行った。 本邦2施設の脳神経外科学教室で経蝶形骨洞的に手術され、病理学的に確定診断がなされているGH産生下垂体腺腫76症例について、gsp変異を検討した。摘出された腫瘍検体を初代培養し、messenger RNAを抽出、RT-PCR・直接塩基配列決定法を用い、gsp変異の有無を検索した。このうち20例では凍結検体からgenomic DNAを抽出し、こちらからもPCR・直接塩基配列決定法で検索し、messenger RNAからの結果と同一であることを確認した。その結果76例中39例にgsp変異を認め、その頻度は約51.3%であった(95%信頼区間:40〜63%)。本邦でも欧米と同等に、gsp変異が高頻度に認められることが明らかとなった。Gsp変異の有無による臨床的特徴の差を検討したところ、gsp陽性群でGHRH負荷に対する反応が弱く、TRHやLHRH負荷に対する奇異性反応の陽性率が高く、ブロモクリプチンでより強く抑制される傾向を認めた。 次に、gsp変異以外にGHRHシグナル伝達系を持続的に活性化する病因として、GHRH受容体活性化変異の可能性を考え、検討を行った。Gsp変異陰性にもかかわらず非選択性陽イオン電流が持続的に活性化していた8例について、cDNAを元にGHRH受容体翻訳領域の塩基配列を調べたところ、3例に2種類の点突然変異(Ala57ThrとVal225Ileの変異が同一個人にヘテロ接合性に共存)が同定された。 この変異の病因的意義を明らかにする目的で、協力の得られた上記3例中2例について、末梢血のgenomic DNAについてもPCR、直接塩基配列決定法を行い、同変異が存在するか確認した。また対照として健常者51名について、末梢血genomic DNAからPCR、SSCP及びrestriction analysisを行い、同変異の有無を検索した。上記変異以外にもGHRH受容体遺伝子変異が存在しないか確認するため、症例を増やし合計32例のGH産生下垂体腺腫について、腫瘍由来のcDNAから同受容体翻訳領域のPCR、直接塩基配列決定法を用い、解析を行った。その結果上記2種の変異は症例の末梢血genomic DNAからも確認され、健常者51名中3名にも認められた。このことから、この変異は胚細胞由来であり、その頻度から疾患感受性にも影響しない遺伝子多型であると判明した。また32例のGH産生腺腫について解析したが、1例を除きGHRH受容体遺伝子変異は同定されず、GHRH受容体変異は本疾患の主要な病因ではないことが判明した。 Gsp変異、GHRH受容体活性化変異以外に、GHRHシグナル伝達系を持続的に活性化させる可能性のある遺伝子変異の候補として、GH産生下垂体腺腫を部分症に持つCarney complexの一部に認められるPRKAR1A遺伝子変異がある。これはPKAの活性を制御するProtein kinase A regulatory subunit 1αをコードする遺伝子の変異である。この変異及び対立遺伝子のLOHによりこの蛋白の機能が失われると、GHRHシグナル伝達系にあたるPKAの活性が、持続的に活性化されることが予想される。 このことを確認するため、本邦でCarney complexと診断され、GH産生下垂体腺腫の摘出手術を受けた40歳男性(当時)の癌例について、末梢血のPRKAR1A遺伝子解析及びGH産生腺腫細胞の電気生理学的検討を行った。遺伝子解析では、PRKAR1A遺伝子のexon 2に新規のフレームシフト変異 (227delT) を認め、その81コドン下流に終止コドンを生じるものであった。本腫瘍細胞の電気生理学的検討では、GHRHの添加やPKA阻害薬を用いた実験により、gsp変異陽性の腫瘍の場合と同様に、非選択性陽イオン電流の持続的活性化が確認された。この腫瘍はgsp変異を有していないことが確認されており、PRKAR1A遺伝子変異もgsp変異と同様に、GHRHシグナル伝達系を持続的に活性化していることが明らかとなった。一方、その後の検討や他施設からの報告では、GH産生腫瘍を含む散発性下垂体腺腫で本遺伝子変異は確認されず、散発性での主要な病因ではないと思われた。 以上のように、gsp変異以外のGH産生下垂体腺腫の病因についてはまだ解明されていない。GH産生腺腫以外の下垂体腺腫についてはそのほとんどの病因が未解明であった。最近になって下垂体腺腫の約40%に、正常下垂体には存在しないfibroblast growth factor受容体subtype 4 (FGFR4)のN-terminally truncated isoform (pituitary tumor derived FGFR4 : ptd-FGFR4)が発現しており、下垂体PRL産生細胞特異的にptd-FGFR4を発現させたトランスジェニックマウスでは、PRL産生下垂体腺腫が生じることが報告された。このことから、gsp変異陰性のGH産生下垂体腺腫や、GH産生腺腫以外の下垂体腺腫でptd-FGFR4が病因となっている可能性も推測されたが、その頻度や腫瘍発生機構の多くは不明であり、病因的意義についての評価は定まっていない。 そこで本邦の109例の下垂体腺腫について、腫瘍組織からRT-PCRによりptd-FGFR4の発現頻度を解析した。臨床的データが得られたものについては、ptd-FGFR4の有無と腫瘍サイズ、海綿静脈洞への浸潤との関係について検討した。GH産生腺腫については、ptd-FGFR4の有無と既知の病因であるgsp変異との関係も検討した。また、ptd-FGFR4陽性及び陰性のGH産生腺腫について、FGF受容体シグナル伝達系の下流にあたるPI3 kinaseの阻害薬を添加した場合の電気生理学的な変動を比較し、ptd-FGFR4の有無による特性の差異を検討した。その結果、109例中48例(約44%)でptd-FGFR4のmessenger RNA発現を認めた(GH産生腺腫46例中20例、PRL産生腺腫14例中3例、ACTH産生腺腫8例中2例、TSH産生腺腫6例中1例、FSH産生腺腫3例中1例、非機能性腺腫32例中21例)。GH産生腺腫では、ptd-FGFR4発現とgsp変異の有無に関連はなかった。臨床的データの解析では、ptd-FGFR4陽性例の方が陰性例に比べ、腫瘍サイズの大きいもの、浸潤を有するものが多い傾向を認めた。また電気生理学的検討では、ptd-FGFR4陽性細胞ではPI3 kinaseの阻害薬により膜電流の減少を認め、ptd-FGFR4によりPI3 kinaseが持続的に活性化している可能性を示唆する結果が得られた。以上より、ptd-FGFR4は、FGF受容体シグナル伝達系の持続的活性化により細胞増殖に影響し、病因的意義を有している可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、未だその大半の病因が不明であるヒト下垂体腺腫について、病因や腫瘍発生機構の解明を目指したものであり、下記の結果を得ている。 GH産生下垂体腺腫の病因のひとつとして、GHRH受容体と共役するGsα蛋白の持続的活性化を引き起こすヘテロ接合性の遺伝子体細胞変異(gsp変異)が知られている。これまでGH産生下垂体腺腫におけるgsp変異の頻度は、欧米の40%程度に比べ、本邦では10%以下と低い頻度が報告されていた。しかし本研究では、経蝶形骨洞的に手術され病理学的に確定診断された本邦のGH産生下垂体腺腫76症例について、腫瘍検体よりmRNAを抽出、RT-PCR・直接塩基配列決定法を用い、gsp変異の有無を検索し、76例中39例(約51.3%:95%信頼区間:40〜63%)にgsp変異を認めることを明らかにした。解析に十分な症例数を使い検討したことで、本邦でも欧米と同等に高頻度でgsp変異が認められることが判明した。 本研究では、他にGH産生下垂体腺腫の病因として、GHRH受容体を持続的に活性化する遺伝子変異の可能性を考え、GH産生下垂体腫瘍由来のcDNAを元にGHRH受容体翻訳領域の塩基配列を調べている。その結果8例中3例に2種類の点突然変異(Ala57ThrとVal225Ileの変異が同一個人にヘテロ接合性に共存)が同定された。しかし、この症例の末梢血ゲノムDNAの解析及び対照の健常者51名の末梢血ゲノムDNAの解析から、この変異は疾患感受性に影響しない遺伝子多型であることが明らかとなった。また32例まで増やし、GH産生下垂体腺腫についてGHRH受容体遺伝子変異の有無を検討したが、他に病因的意義を有する変異は同定されず、GHRH受容体遺伝子変異は本疾患の主要な病因ではないことが判明した。 GH産生下垂体腺腫を部分症に持つCarney complexという症候群では、一部でPRKAR1A遺伝子変異が病因となっている。これはprotein kinase A (PKA)の活性を制御するPKA regulatory subunit 1αをコードする遺伝子の変異である。本研究では、Carney complex と診断され、GH産生下垂体腺腫の摘出手術を受けた40歳男性(当時)の症例について、末梢血のPRKAR1A遺伝子解析及びGH産生下垂体腺腫細胞の電気生理学的検討を行っている。遺伝子解析では、PRKAR1A遺伝子のexon 2に新規のフレームシフト変異(227delT)を認めた。腫瘍細胞の電気生理学的検討では、GHRHの添加やPKA阻害薬を用いた実験により、本変異がGH産生下垂体腺腫においてPKAの持続的活性化を引き起こすことが初めて明らかとなり、本変異による腫瘍発生機構の一部が解明された。一方、GH産生腺腫を含む散発性下垂体腺腫ではPRKAR1A遺伝子変異が主要な病因ではないことも判明した。 下垂体腺腫の一部の症例では、FGF受容体subtype 4のN-terminally truncated isoform (ptd-FGFR4)が発現している。本研究では、本邦の109例の下垂体腺腫について、腫瘍組織からmRNAを抽出し、RT-PCRによりptd-FGFR4の発現頻度を解析するとともに、ptd-FGFR4の有無による臨床的特徴の差異について検討している。またGH産生腺腫については、ptd-FGFR4の有無とgsp変異との関係の検討、FGF受容体シグナル伝達系の下流にあたるPI3 kinaseの阻害薬を添加した場合の電気生理学的な変動を解析している。その結果、109例中48例(約44%)でptd-FGFR4のmRNA発現を認め、GH産生腺腫では、ptd-FGFR4発現とgsp変異の有無に関連がないことが明らかとなった。またptd-FGFR4陽性例の方が陰性例に比べ、腫瘍サイズの大きいもの、浸潤を有するものが多いことが初めて明らかとなった。電気生理学的検討では、ptd-FGFR4によりPI3 kinaseが持続的に活性化している可能性を示唆する結果が得られた。以上のことから、ptd-FGFR4はFGF受容体シグナル伝達系の持続的活性化により細胞増殖に影響することで、病因的意義を有している可能性が明らかとなった。 以上、本論文は本邦におけるgsp変異の頻度を修正させたこと、Carney complexでのGH産生下垂体腺腫におけるPRKAR1A遺伝子変異の腫瘍発生機構を初めて明らかにしたこと、ptd-FGFR4のヒト下垂体腺腫での作用機構の一端を解明しptd-FGFR4を有する腺腫の臨床的特徴を明らかにすることでその病因的意義を示したことなど、ヒト下垂体腺腫の病因や腫瘍発生機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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