学位論文要旨



No 119319
著者(漢字) 渡邉,秀美代
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,スミヨ
標題(和) カルシウム感知受容体の活性型変異によってもたらされる疾患
標題(洋)
報告番号 119319
報告番号 甲19319
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2293号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 関根,孝司
内容要旨 要旨を表示する

背景

血中イオン化Ca (Ca2+)濃度は、神経興奮性の制御を始め、様々な生理反応に影響を及ぼしている。血中Ca2+濃度は、主に副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone : PTH)によって調節されるが、この血清Ca2+濃度の調節に必須の分子が、カルシウム感知受容体(calcium-sensing receptor : CaSR)である。CaSRは血清Ca2+濃度を常にモニターすることにより、PTH分泌調節を介した作用、または介さない作用により迅速に血清Ca2+濃度を制御している。副甲状腺においてCaSRは、PTH分泌を調節することが明らかにされているが、CaSRは副甲状腺以外にも腎臓、脳、骨、膵臓、皮膚などにも存在する。しかし現在でも、副甲状腺以外の部位におけるCaSRの機能には不明な点が多く残されている。

副甲状腺のCaSRの活性変化によって生じる病態

PTHの作用不全によって惹起される疾患群を、副甲状腺機能低下症と総称する。この中には、副甲状腺の発生異常からPTHの分泌障害など多様な病態が含まれる。CaSRの活性型変異が原因でPTH分泌不全が生じるADH(autosomal dominant hypocalcemia))も副甲状腺機能低下症に含まれるが、ADHの場合にはPTHの作用不全の他にCaSRの作用亢進によってもたらされる病態も含まれる可能性があるため、他の副甲状腺機能低下症とは違った病態と治療法が存在する可能性がある。しかし現状では、ADHとADH以外の副甲状腺機能低下症を鑑別する方法は確立されていない。

研究の目的

そこで本検討では、副甲状腺機能低下症症例の臨床データ及び遺伝子解析、in vitroの解析を通して、副甲状腺以外の組織におけるCaSRの機能を考察し、副甲状腺機能低下症の原因がADHであるかどうかを臨床的に鑑別できる方法を模索することを目的とした。

方法

インフォームド・コンセントを得た後、副甲状腺機能低下症を示している16名のCaSRのゲノムDNAの塩基配列を決定した。その結果5名にCaSRの変異が認められた。そこでこれらの変位を有するCaSRの発現ベクターを作成し、細胞外Caに対する細胞内inositol 1,4,5-trisphosphate (IP3)産生量を測定することで、CaSRの活性を評価した。またADH症例の中には、Bartter 症候群や低Mg血症を呈している症例が存在することが明らかとなったことから、これらの症例におけるNa,K,Mg代謝についても検討した。さらにADHでは、腎石灰化及び腎機能低下症例も認められるため、尿中Ca排泄がADH以外の群に比較して更に増加している可能性があるためCa代謝についても検討した。

結果

対象16人のうち5人のCaSRに変異が認められ、いずれもIP3産生量の比較から活性型変異であることがわかった。

一方、ADHとADH以外の副甲状腺機能低下症患者における血清Ca濃度とFECa (fractional excretion of Ca) の関係からは、ADHであるか否かは鑑別できなかった。また、KとFEKの関係、MgとFEMgの関係においては、CaSRの活性化の程度が強いほど腎尿細管の再吸収障害によって低K低Mg傾向が認められた。一方CaSRに変異のない副甲状腺機能低下症患者では、低K血症、低Mg血症、FEKやFEMgの高値は認められなかった。またADH群中CaSR活性化の程度の強い2例では、低K血症、代謝性アルカローシス、正常血圧など、Bartter症候群様病態を呈している症例が認められ、活性化の程度の強いと思われる3例(3例目は未検)では低Mg血症が認められた。これに対しCaSR遺伝子に異常が認められない例では、Bartter症候群も低Mg血症も呈していなかった。

考察

CaSRの活性型変異によって生じるBartter症候群

Bartter症候群は、低K血症や代謝性アルカローシスなどを特徴とする疾患群である。最近の分子生物学的検討により、Bartter症候群の原因分子が次々に明らかにされてきた。すなわち、ナトリウム-カリウム-クロライド共輸送体(NKCC2)やrenal outer medullary potassium channel (ROMK)など、いくつかの遺伝子異常がBartter症候群を惹起することが明らかにされている。しかしこれまで、Ca代謝とBartter症候群の関係は明らかにされていなかった。我々の検討により、CaSRの活性型変異の一部は、Bartter症候群様病態を示すことが明らかにされた。既にヘンレの上行脚におけるCaSRの活性化は、アラキドン酸代謝物を介してROMKを抑制することが報告されている。またアラキドン酸代謝物は、NKCC2の活性を抑制することも示されている。従って本論文で示された症例は、CaSRの活性化が、ROMKやNKCC2の抑制によりBartter症候群様病態を惹起することを示唆している。このCaSR活性型変異によるBartter症候群様病態の存在は、Ca代謝とナトリウムやカリウム代謝との接点を示す、新たな知見と考えられる。

CaSRの活性型変異によって生じる低Mg血症

Mg2+はHenleの上行脚で約70%が電位依存性に再吸収される。ADH患者の一部では、CaSRの活性化によりROMK活性が抑制され、Henleの上行脚でK+の分泌が障害されることで電位依存性の陽イオンの輸送が行わず、Mg2+の再吸収が抑制され、これによって低Mg血症が生じた考えられる。実際に、本検討ではCaSRの活性化が強いほど、低Mg血症とFEMgの増加をが認められた。

腎石灰化

ADHでは高度な腎機能低下を呈する症例も存在した。一方、ADH以外の副甲状腺機能低下症症例では、明らかな腎機能障害を呈する症例は存在しなかった。ADHでは上記の Henleの上行脚におけるMg2+の再吸収低下と同じ理由でCa2+再吸収も低下し、尿中Ca排泄量が増加し、腎石灰化から腎機能低下を生じやすい可能性がある。

結論

以上をまとめると、本検討から以下の可能性がある。

CaSRの活性型変異でBartter症候群がもたらされる場合がある。これはHenleの上行脚のROMK及びNKCC2チャネルの抑制によって生じている可能性がある。ただし、Bartter症候群が発症するかどうか、またその程度はCaSRの活性化の度合いに依存している。

CaSRの活性型変異で低Mg血症がもたらされる。これはHenleの上行脚における細胞間輸送によるMg2+の再吸収が低下することによって生じている可能性がある。ただし、低Mg血症が発症するかどうか、またその程度はCaSRの活性化の度合いに依存している。

CaSRの変異のない副甲状腺機能低下症ではBartter症候群、および低Mg血症は生じない。

従ってBartter症候群様病態、または低Mg血症を合併する副甲状腺機能低下症は、ADHである可能性が高い。ADHと診断できれば、活性型ビタミンD3製剤の投与量を最小限にし、腎機能の推移に特に注意することで、腎石灰化から腎機能低下への進行の予防に努めることが可能であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、カルシウム感知受容体(CaSR)の腎臓における作用の解明に重要な役割を果たすと共に、現在まで臨床的に鑑別が困難であった「常染色体優性低カルシウム血症(ADH)」と、「PTH分泌不全を伴うがADH以外の副甲状腺機能低下症」の臨床的な鑑別を可能にしたという意義を有する。

この研究から解明された結果を以下に述べる。

PTH分泌不全を呈する副甲状腺機能低下症の症例16例を任意に選びそのCaSR翻訳領域の遺伝子配列を調べた結果、5例のCaSRに変異が認められた。この変異はA843E,C131W,F788C,K47N,P221Lのアミノ酸置換をもたらすものと考えられた。このうちC131Wは新規に認めた変異である。

上記の変異がCaSRの活性に影響を及ぼすものであるかどうかを調べるために上記の各変異を持つCaSRの発現ベクターを下記の方法で作成した。

まず、野生型のヒトCaSRの全翻訳領域をRT-PCRで増幅し、このcDNAを発現ベクター(pcDNA3)にサブクローニングした。次に上記の野生型ベクターを元に、各変異部位を含むプライマーを用いて、変異をもつCaSRの発現ベクターを作成した。

上記の各変異ベクターをCOS-1細胞に過剰発現させ、その培養液に〔3H〕myoinositolを添加して更に培養した。細胞外Ca2+濃度を変化させたときの細胞内IP3産生を、ダウエックスカラムを用いたイオン交換クロマトグラフィーを通した分画でIP3を単離し、IP3分画の〔3H〕量を測定することでCaSRの活性を定量した。

その結果、上記5症例のCaSR遺伝子の変異は活性型変異であることがわかった。また、活性化の程度が強い変異をもつ症例では副甲状腺機能低下症に加えてBartter症候群及び低Mg血症をも呈していることがわかった。活性化の度合いが弱い変異ではBartter症候群も低Mg血症も呈していなかった。一方、CaSRに変異が認められない副甲状腺機能低下症症例では全員、Bartter症候群も低Mg血症も呈していなかった。

以上のことより、下記の結論が導かれた。

CaSRの活性型変異でBartter症候群がもたらされる場合がある。これはHenleの上行脚のROMK及びNKCC2チャネルの抑制によって生じている可能性がある。ただし、Bartter症候群が発症するかどうか、またその程度はCaSRの活性化の度合いに依存している。

CaSRの活性型変異で低Mg血症がもたらされる。これは Henleの上行脚における細胞間輸送によるMg2+の再吸収が低下することによって生じている可能性がある。ただし、低Mg血症が発症するかどうか、またその程度はCaSRの活性化の度合いに依存している。

CaSRの変異のない副甲状腺機能低下症ではBartter症候群、および低Mg血症は生じない。

副甲状腺機能低下症に対しては、一般に活性型ビタミンD3製剤の投与が行われるが、ADHでは特に、腎石灰化、腎結石、腎機能低下を予防するためにビタミンD3製剤投与量を最小限にする必要がある。しかし副甲状腺機能低下症の原因を臨床的に鑑別する方法は存在しなかったために、ADHとADH以外の副甲状腺機能低下症を区別して治療できなかった。

本研究により、副甲状腺機能低下症のうち、ADHの場合はBartter症候群または低Mg血症を生じる可能性があり、ADHでない場合はBartter症候群も低Mg血症も呈しないことがわかった。

従って、Bartter症候群または低Mg血症を呈している副甲状腺機能低下症は、ADHであると考えられる。本研究によりADHが(特にCaSRの活性化の度合いが強いADHが)臨床的に鑑別できるようになったことで、ADH患者の腎石灰化から腎機能低下への進行の予防に努めることを可能にした。

また、本研究はこれまで不明であった腎臓におけるCaSRの機能の解明にも重要な貢献を成したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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