No | 119320 | |
著者(漢字) | 本田,美穂 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ホンダ,ミホ | |
標題(和) | アルコールによるインスリン抵抗性は、初期のインスリンシグナル伝達系亢進を伴う | |
標題(洋) | Ethanol feeding induced insulin resistance with enhanced early insulin signal transmission | |
報告番号 | 119320 | |
報告番号 | 甲19320 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2294号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生活習慣病の原因として、肥満・高脂肪食などのほかにアルコール摂取の過剰が挙げられている。アルコール摂取はインスリン抵抗性の誘因の一つとも考えられているが、疫学的には適量のアルコールはインスリン感受性を高めるとも言われており、アルコール摂取とインスリン抵抗性の関連については不明な点が多い。そこで我々は正常ラットにアルコールを慢性および急性に投与した場合、インスリン抵抗性とインスリンシグナル伝達系がどのように影響を受けるかを検討した。その結果インスリン抵抗性が惹起されるにも関わらず、インスリンレセプター、IRS-1,2のリン酸化は亢進し、PI 3-kinase活性が高まることを確認した。今回私はPI 3-kinaseの下流基質であるAktのリン酸化亢進の結果を加えて報告する。 方法 正常の4週齢オスSDラットを以下の3群に分けて2週間飼育した。(1)アルコール慢性投与群:総カロリーの35%に当たるアルコールを含む液状食を14日間連続摂食させた群。(2)コントロール群: (1)のエタノールと同一のカロリーのマルトースデキストリンを含む液状食を(1)群と同量投与したpair-fed群。(3)アルコール急性投与群:コントロール群に実験30分前に2.5g/kg体重のアルコールを経口投与した群。これらのラットのインスリン抵抗性を、高インスリン正常血糖クランプ法および単離ヒラメ筋の糖取り込み測定を用いて評価した。また、門脈よりインスリンを注入し、骨格筋・肝臓・脂肪組織でのPI 3-キナーゼ活性化の違いについても検討した。さらにPI 3-kinaseの下流基質であるAktのリン酸化状況を免疫ブロッティングで確認し3群の比較を行った。 結果 急性・慢性アルコール投与群の血圧・空腹時血糖・空腹時インスリン値はコントロール群と比較して有意差は認めなかった。アルコール慢性投与群はコントロール群に比べ体重がやや低値であり、肝機能障害は認めなかったが血中遊離脂肪酸濃度が約2倍に上昇していた。高インスリン正常血糖クランプの結果、慢性投与群ではグルコース注入速度がコントロール群の49%に低下、急性投与群においても30%と大きく低下していた。またアルコール投与ラットの肝糖放出率は急性投与で6.6倍、慢性投与で8.0倍と明らかに増加し、インスリンによる肝糖放出抑制作用が、急性投与でも慢性投与でも低下することが示された。また、単離ヒラメ筋におけるインスリン刺激後の糖取り込みは、正常群と比較し急性投与群で25%低下し、慢性投与群では軽度低下にとどまった。 筋肉・肝臓・脂肪組織におけるインスリン刺激後のPI 3-キナーゼ活性化は、急性・慢性アルコール投与群で正常群の1.5〜4倍に亢進していた。そして今回筋肉・肝臓・脂肪組織におけるAktのリン酸化も亢進していることを確認した。 考察 急性・慢性投与に関わらず、大量のアルコール投与によって全身のインスリン抵抗性が惹起された。この際、筋肉での糖取り込みは比較的保たれ、肝糖放出率が著増したことから、肝臓でのインスリン抵抗性出現が主と考えられた。またアルコール投与ラットではインスリン抵抗性の存在にもかかわらず、PI 3-キナーゼ活性とAktのリン酸化が亢進しており、アルコール投与によるインスリンシグナル伝達系の障害部位はAktの下流に存在する可能性が示唆された。 | |
審査要旨 | 本研究は、アルコールによるインスリン抵抗性発現の分子機構を明らかにするため、正常ラットにアルコールを急性・慢性に負荷してインスリン抵抗性出現を確認し、その後アルコールがインスリン標的臓器におけるインスリンシグナル伝達機構へ及ぼす影響を調べたものであり、下記の結果を得ている。 慢性アルコール投与モデルを作るために、オスの4週齢Sprague-Dawleyラットを、2週間35%アルコール含有液状食またはアルコールと同カロリー分のマルトースデキストリンを含むコントロール食で飼育した。その結果、体重、血圧、空腹時の血糖値、インスリン値は両者に差を認めなかったが、GPT値、総コレステロール、中性脂肪、遊離脂肪酸値はアルコール投与群で高値を示した。また急性アルコール投与モデルを作るために、実験の30分前に2.5g/Kg体重のアルコールを経口投与したところ、実験開始時の門脈血中エタノール、エピネフリン、ノルエピネフリン値は、コントロール群と比較して明らかに高値を示した。 生体内のインスリン作用を高インスリン正常血糖クランプ法を用いて測定したところ、急性投与ラット・慢性投与ラット共に、全身的にも肝臓においても有意なインスリン抵抗性を示した。グルコース注入速度は、急性投与で30%、慢性投与で49%とコントロールと比較し明らかに低下した。その際のグルコース利用率も、急性投与で48%、慢性投与で69%と明らかに低下した。同時にアルコール負荷ラットの肝糖放出率は明らかに増加し、インスリンによる肝糖放出抑制作用が、急性投与でも慢性投与でも低下することが示された。 各群のラットの骨格筋における糖取り込みを比較した。麻酔下のラットから摘出したヒラメ筋を2-deoxy glucoseとインスリンの存在下で培養し、筋に取り込まれた2-deoxy glucoseを測定したところ、コントロール群のヒラメ筋はインスリン刺激によって4.4倍糖取り込みが増加したが、急性アルコール投与群では取り込みが25%減少した。慢性アルコール投与群ではインスリン非刺激下での糖取り込みがコントロール群と比較して198%と増加したが、インスリン刺激後では若干減少した。 骨格筋・肝臓・精巣上脂肪組織におけるインスリン刺激によるインスリン受容体,IRS-1,2のチロシンリン酸化を観察した。ラットの門脈からインスリンまたは生理食塩水を注射し、その後肝臓、下肢の筋肉、精巣上脂肪組織を摘出した。これらの組織をホモジナイズし、抗IRS-1,2抗体と抗ホスホチロシン抗体で免疫沈降を行った。生体内でのインスリン刺激後、各組織のインスリン受容体のチロシンリン酸化は明らかに増加した。筋肉、肝臓、脂肪組織のIRS-1の蛋白量は、急性投与群・慢性投与群共にコントロール群とほぼ同じであった。インスリン非刺激下でのIRS-1のチロシンリン酸化レベルは3組織ともコントロール群と同程度であった。しかし、インスリン刺激後では急性投与群・慢性投与群共に3組織ともIRS-1のチロシンリン酸化レベルが上昇した。肝臓、脂肪組織におけるIRS-2のチロシンリン酸化も明らかに増加を認めた。 4.と同様に抗IRS-1,2抗体、抗ホスホチロシン抗体を用いて免疫沈降した各組織のサンプルでPI 3-kinase活性を測定した。抗IRS-1抗体で免疫沈降後のインスリン刺激後PI 3-kinase活性は急性投与群・慢性投与群共に明らかに増加を示した。抗IRS-2抗体で免疫沈降後のインスリン刺激後PI 3-kinase活性は急性投与群の脂肪組織で2.3倍、慢性投与群の肝臓で3.2倍、脂肪組織で2.5倍と高値を示した。抗ホスホチロシン抗体で免疫沈降後のインスリン刺激後PI 3-kinase活性は、急性投与群の骨格筋で2.4倍、脂肪組織で3.4倍、慢性投与群の骨格筋で2.4倍、肝臓で4.5倍、脂肪組織で3.6倍と上昇を認めた。これらの結果より抗IRS-1,2抗体、抗ホスホチロシン抗体に結合するPI 3-kinase活性は、インスリン刺激後において急性投与、慢性投与両群で明らかに増加することが示された。また、同時に測定したPI 3-kinaseの下流基質であるAktのリン酸化も、3組織ともアルコール負荷群で明らかに亢進していた。 以上、本論文はアルコールが急性投与・慢性投与に関わらず全身のインスリン抵抗性を誘起し、その際初期のインスリンシグナル伝達系、特にPI 3-kinaseとAktのリン酸化亢進を伴うことが明らかとなった。本研究は、アルコールが糖代謝に及ぼす影響とその分子機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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