学位論文要旨



No 119322
著者(漢字) 宋,海燕
著者(英字) SONG,HAIYAN
著者(カナ) ソウ,カイエン
標題(和) インスリンシグナル伝達と脂肪細胞分化に関する蛋白によるレジスチン発現の調節
標題(洋) Regulation of Resistin Expression by Transcription Factors and Insulin Signal-transducing Molecules
報告番号 119322
報告番号 甲19322
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2296号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 教授 柴崎,芳一
 東京大学 助教授 千葉,滋
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
 東京大学 講師 世古,義規
内容要旨 要旨を表示する

背景

2型糖尿病は、標的組織におけるインスリン抵抗性を特徴とし、肥満との強い相関が見られる。レジスチン(resistin)は、近年,新たに発見された脂肪細胞から分泌されるホルモンであり、肥満動物の筋肉におけるインスリンの作用不全を誘発するホルモンとして注目された。血中レジスチン値は、摂食過剰や遺伝性の肥満によって増加する。また、レジスチンを正常マウスに投与すると、耐糖能およびインスリンの効果が損なわれる。従って、レジスチンは肥満と糖尿病を結びつけるホルモンと考えられている。しかし、その発現や作用のメカニズムについてまだほとんど解明されていない。そこで本研究では、レジスチン発現調節機序を解明するために、分子生物学方法で、3T3-L1脂肪細胞に、インスリンシグナル伝達や脂肪細胞分化に関する蛋白(PI3キナーゼ、Aktキナーゼ、MAPキナーゼ、PPARs、C/EBPs、PTENなど)によるレジスチン発現調節を検討した。

方法

抗体の作製

精製レジスチンを抗原にして rabbit polyclonal 抗体を作製した。

細胞

3T3-L1細胞はD-MEM培地(10%成牛血清)の中でほぼ confluent に培養した後、分化培地にて48時間培養して脂肪細胞に分化させ、その後はD-MEM培地(10%ウシ胎児血清)にて培養して使用した。3T3-L1脂肪細胞を分化させ、7日間ほど成熟させた。成熟した3T3-L1脂肪細胞、NIH3T3線維芽細胞、32D骨髄細胞にアデノウイルスベクターを用いて、インスリンシグナル伝達や脂肪細胞の分化に関連する蛋白を発現させた。脂肪細胞の分化に関連する蛋白として核内転写因子C/EBPα、C/HBPζ、PPARα、PPARγ、インスリンシグナル伝達物質としてPI 3-kinase の活性部位であるp110α、その下流のセリンキナーゼであるAkt、抑制作用をもつPTEN、3種類のMAPK kinases (MKKs)、またベクターのみを発現させた。蛋白の発現は、それぞれの蛋白に対する抗体を用いてウエスタンブロットを行い確認した。それぞれの蛋白を過剰発現した状態で、細胞を回収した。レジスチンのmRNA量はRPA (RNase protection assay) により評価した。レジスチンの蛋白量は抗レジスチン抗体で免疫沈降し、ウエスタンブロットにより評価した。細胞量のコントロールとして、β-actin の量をRPAおよびウエスタンブロツトで示した。Student のt検定を行い、p<0.05を有意とした.

結果

3T3-L1脂肪細胞におけるC/EBPαとC/EBPζ過剰発現によるレジスチンの発現への効果

アデノウイルスによるC/EBPαの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量をそれぞれ170%, 141%と著明に増加した。逆に、C/EBPζはレジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ85%, 80%と著明に減少させた。コントロールとしてβ-actin の発現は、これらのアデノウイルスによる過剰発現により影響を受けなかった。

L6筋肉細胞、NIH3T3線維芽細胞、32D骨髄細胞におけるC/EBPα過剰発現によるレジスチンの発現への効果

生体内におけるレジスチンは、脂肪細胞のみに発現すると報告されている。C/EBPαによるレジスチンの発現誘導が、3T3-L1脂肪細胞などの脂肪細胞に限られるのか明らかにするため、脂肪細胞ではないL6筋肉細胞、NIH3T3線維芽細胞、32D骨髄細胞にC/EBPαをアデノウイルスで過剰発現させた。L6筋肉細胞で、C/EBPαの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白の両方において発現が確認された。一方で、NIH3T3と32D細胞では、C/EBPαを過剰発現させても、レジスチンの発現は認められなかった。コントロールとしてβ-actin の発現は、これらのアデノウイルスによる過剰発現により影響を受けなかった。

3T3-L1脂肪細胞におけるPPARαとPPARγ過剰発現によるレジスチン発現への効果

アデノウイルスによるPPARγの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ60%, 43%と著明に減少した。逆に、PPARαはレジスチンのmRNAと蛋白量に影響がなかった。コントロールとしてβ-actin の発現は、これらのアデノウイルスによる過剰発現により影響を受けなかった。

3T3-L1脂肪細胞におけるPI 3-kinase, PTEN, Akt過剰発現によるレジスチンの発現への効果

アデノウイルスによるp110αの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ78%, 74%と著明に減少した。PTENはPI 3-kinase の効果を抑制するが,アデノウイルスによるPTENの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ2.1倍、2.0倍と著明に増加した。Myristoylated PTENの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ2.8倍、2.5倍と著明に増加した。AktはPI 3-kinase の下流の蛋白の一つである。アデノウイルスによるAktの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ61%, 58%と著明に減少した。myristoylated Aktの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ83%, 70%と著明に減少した。

3T3-L1脂肪細胞におけるERK、p38、JNKの過剰発現によるレジスチンの発現への効果

ERK, p38, JNKは3種類のMAP kinase である。MEK1、MKK6、MKK7はそれぞれERK、P38、JNKの上流にある。アデノウイルスによるMEK1の過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ94%、70%と著明に減少した。同様に、MKK6はレジスチンのmRNAと蛋白量をそれぞれ84%、60%と著明に減少させた。MKK7は、コントロールと比べて、レジスチンのmRNAと蛋白量をそれぞれ減少させた。レジスチンのmRNAと蛋白量に影響がなかった。コントロールとしてβ-actin の発現は、これらのアデノウイルスによる過剰発現により影響を受けなかった。

PI 3-kinase, Akt, PTEN, MAPKの過剰発現によるPPARとC/EBPの変化

PI 3-kinase, Akt, PTEN, MAPKによるレジスチンの調節が、PPARやC/EBPを介しているかどうかを明らかにするため、3T3-L1脂肪細胞においてPI 3-kinase, Akt, PTEN, MAPKを過剰発現させた際の、PPARα, PPARγ, C/EBPα, C/EBPζの蛋白量を測定した。PPARαとPPARγの発現は、Akt, PTEN, MAPKの過剰発現による影響はなかった。一方で, C/EBPαはp110αの過剰発現により102%と著明な増加を認め、Aktとmyr-AktもC/EBPαをそれぞれ116%と121%と著明に増加させた.PTENとmyr-PTENは、C/EBPαをそれぞれ74%と77%と著明に減少させた.MEK1, MKK6, MKK7はC/EBPαをそれぞれ69%, 48%, 35%と著明に減少させた。p110α, Akt, myr-Akt, PTEN, myr-PTEN, MEK1はC/EBPζに影響はなかった.MKK6, MKK7はC/EBPζをそれぞれ36%と40%と著明に増加させた。

考察

脂肪細胞分化の際のレジスチンの発現は、転写因子C/EBPαにより促進されC/EBPζにより抑制される。C/EBPαは、脂肪細胞ではないL6筋肉細胞でも、レジスチンの発現を誘導する。

成熟脂肪細胞においては、PPARγまたはその活性化により、レジスチン発現は抑制される。

成長因子によるPI 3-kinase, Akt, MAPKカスケードの活性化は、レジスチンの発現を抑制する。

MAPKの活性化によりC/EBPαは抑制を受けるため、MAPKのレジスチン抑制作用の一部は、C/EBPαを減少させることを介していると思われた。Aktとmyr-AktはC/EBPαを増加させるため、PI 3-kinase-Aktを介したレジスチンの抑制は、C/EBPαと独立しておこると考えられた。

PI-3 kinase, Akt, MAPK, PTENによるレジスチンの発現調節において、PPARの関与は認められなかった。

結論

転写因子C/EBPα、PPARγは、脂肪細胞の分化やインスリン抵抗性に関与するが、レジスチンの発現における主な調節因子でもある。

脂肪細胞では、成長因子による刺激によりPI 3-kinase、Akt、MAPKカスケードが活性化され、レジスチンの発現は抑制される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、肥満と糖尿病を結びつけるホルモンとされるレジスチンの発現作用結構について、レジスチン発現調節機序を解明するために、分子生物学的方法で解析したものである。3T3-L1脂肪細胞で、インスリンシグナル伝達や脂肪細胞分化に関する蛋白(PI3キナーゼ、Aktキナーゼ、MAPキナーゼ、PPARs、C/EBPs、PTENなど)によるレジスチン発現調節を検討し、下記の結果を得ている。

アデノウイルスによるC/EBPαの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量をそれぞれ170%, 141%と著明に増加した。逆に、C/EBPζはレジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ85%, 80%と著明に減少させた。C/EBPαは、脂肪細胞ではないL6筋肉細胞でも、レジスチンの発現を誘導した。

アデノウイルスによるPPARγの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ60%, 43%と著明に減少した。逆に、PPARαはレジスチンのmRNAと蛋白量に影響が及ぼさなかった。

アデノウイルスによるp110αの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ78%, 74%と著明に減少した。PTENはPI 3-kinase の効果を抑制するとされる、アデノウイルスによるPTENの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ2.1倍、2.0倍と著明に増加した。Myristoylated PTENの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ2.8倍、2.5倍と著明に増加した。AktはPI 3-kinase の下流の蛋白の一つである。アデノウイルスによるAktの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ61%, 58%と著明に減少した。myristoylated Aktの過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ83%, 70%と著明に減少した。

ERK、P38,、JNKは3種類のMAP kinase である。MEK1、MKK6、MKK7はそれぞれERK、p38、JNKの上流にある。アデノウイルスによるMEK1の過剰発現により、レジスチンのmRNAと蛋白量はそれぞれ94%、70%と著明に減少した。同様に、MKK6はレジスチンのmRNAと蛋白量をそれぞれ84%、60%と著明に減少させた。MKK7は、コントロールと比べて、レジスチンのmRNAと蛋白量をそれぞれ減少させた。

PI 3-kinase, Akt, PTEN, MAPKによるレジスチンの調節が、PPARやC/EBPを介しているかどうかを明らかにするため、3T3-L1脂肪細胞においてPI 3-キナーゼ、Akt、PTEN、MAPKを過剰発現させた際の、PPARα、PPARγ、C/EBPα、C/EBPζの蛋白量を測定した。PPARαとPPARγの発現は、Akt, PTEN, MAPKの過剰発現による影響を受けなかった。一方で,C/EBPαはp110αの過剰発現により102%と著明な増加を認め、Aktとmyr-AktもC/EBPαをそれぞれ116%と121%と著明に増加させた.PTENとmyr-PTENは、C/EBPαをそれぞれ74%と77%と著明に減少させた.MEK1, MKK6, MKK7はC/EBPαをそれぞれ69%, 48%, 35%と著明に減少させた。p110α, Akt, myr-Akt, PTEN, myr-PTEN, MEK1はC/EBPζに影響はなかった。MKK6, MKK7はC/EBPζをそれぞれ36%と40%と著明に増加させた。

以上、本研究では脂肪細胞の分化やインスリン抵抗性に関与する転写因子C/EBPα、PPARγは、、レジスチンの発現における主な調節因子でもある。そして、脂肪細胞では、PI 3-キナーゼ、Akt、MAPKカスケードが活性化により、レジスチンの発現は抑制されることが明らかになったことが判明した。本研究は、生活習慣の変化により増加傾向にある糖尿病の病因であるインスリン抵抗性に関して新しい知見を加えるものと考えられ、学位の授与に値するものとかんがえられる。

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