学位論文要旨



No 119323
著者(漢字) 王,莉莉
著者(英字) Wang,Lili
著者(カナ) オウ,リリ
標題(和) MDS/AMLに認められる不均衡型転座der(1;7)(q10;p10)のゲノム解析
標題(洋) Molecular characterization of the recurrent unbalanced translocation der(1;7)(q10;p10)
報告番号 119323
報告番号 甲19323
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2297号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 矢富,裕
 東京大学 助教授 中村,哲也
内容要旨 要旨を表示する

der (1 ; 7) (q10 ; p10) 転座は骨髄異形成症候群 (MDS) の7%内外に認められる特徴的な染色体異常の一つである。本転座は不均衡型の転座であって、1番染色体と7番染色体の動原体のごく近傍で生じた転座の結果、1番染色体長腕および7番染色体短腕それぞれのほぼ全長を含む派生染色体だけが観察され、1番染色体の短腕および7番染色体長腕を含むと期待される派生染色体は典型的に欠失する。また正常1番染色体は典型的に2本残存する一方、7番染色体の一つは欠失する。1番染色体および7番染色体の動原体プローブを用いたFISH法による従来の解析では、多くの例でプローブとして用いた動原体 alphoid 配列がともに本異常を構成する単一の派生染色体の動原体領域に検出されることから、本異常は dic (1 ; 7) (p11 ; q11) であることが示唆されている。本転座を認めるMDSが独自の病型を構成するか否かについては今のところ断定的な見解はないが、本転座が化学療法に伴う二次性MDSにおいて典型的に認められる異常の一つであること、多くの症例で本異常が唯一の染色体異常であること、+8および+21を合併しやすいこと、汎血球減少と3系統に及ぶ異形成を認めること、好酸球増多をみとめる症例が存在すること、重症感染症の合併により生存中央値は3?4カ月と予後不良であること、急性骨髄性白血病 (AML) への進展が高率に認められることなど、その病像には多くの特徴が存在し、本転座がこれらのMDS/AMLの病像を規定している可能性が示唆されている。本転座によるMDS/AML発症の機序としては、(1) 本質的に-7q(ないし+1q)が重要である可能性と、(2) 切断点において遺伝子異常が重要である可能性が考えられるが、未だ多数例における切断点の解析の報告はなく、der (1 ; 7) (q10 ; p10) によるMDS発症のメカニズムを考える上で、der (1 ; 7) (q10 ; p10) における切断点の解析は極めて興味深くかつ重要である。

そこで、今回、我は本転座を有するMDSないしAMLの病態を解明することを目的としてその転座切断点のゲノム解析を行った。本転座を有する27例のMDS/AML検体について1番及び7番染色体動原体プローブ、および動原体近傍のYAC/BAC/PACクローンを用いてFISH法により各染色体上の切断点のマッピングを行った.Chromosome walking 法により、two colour FISHを行った結果、1番染色体上の切断点は alphoid 配列D1Z7で同定される1番染色体動原体領域と656M7で同定されるD1S3445領域の間に、また7番染色体上の切断点は alphoid 配列D7Z2で同定される7番染色体動原体領域と196D18で同定されるsWSS295領域の間に集積していた。この二つの動原体のごく近傍に位置しており、alphoid(或は alpha satellite)DNAや classical satellite DNA (Satellite I-III) などの反復配列を高い割合で含んでいることが知られている。

そこで、以下の検討では、派生染色体上のこれらの反復配列のシグナルと正常アレルにおける当該反復配列のシグナル強度を定量的FISH法を用いて測定することにより比較検討した。すなわち、転座によって影響をうけていない、1番染色体上のSatIIIおよび7番染色体上のD7Z2をアレルマーカーとして、派生染色体のアレルの由来を同定したうえで、その上の2つの alphoid 反復配列である、D1Z7およびD7Z1シグナルを派生染色体および正常染色体の間で比較した。解析の結果、27例中26例において、派生染色体上のD1Z7およびD7Z1シグナルは正常染色体上のこれらのシグナルに比較して種々の割合で減弱していることが確認された。

以上の結果から、この転座の切断点は1番染色体のD1Z7 alphoid 配列および7番染色体のD7Z1 alphoid 配列の中で存在することが示唆され、実際、両反復配列をプローブとして用いた Fiber FISH によって、両シグナルが一つの fiber 上で連続して観察され、この転座がD1Z7とD7Z1の間で生じていることが確認された。さらに、D1Z7およびD7Z1の派生染色体上のシグナルの減弱している程度が症例によって大きく異なることから、本転座の転座切断点はゲノム上クラスターを形成することなく、-3Mbpからなる alphoid 反復領域に広く分布することが強く示唆された。このことより、本転座によるMDS/AMLの発症機構としては、転座による切断点近傍の遺伝子の構造変化よりも、転座の結果生ずる染色体の量的異常 (-7q/+1q) が想定された。

D1Z7とD7Z1は同じ suprachromosomal family に属し、高い相同性を有することが知られている。実際、D1Z7およびD7Z1をプローブとして正常ヒトゲノムDNAおよび種々のヒト染色体を含む、monochromosomal human-mouse hybrid cell DNA を southern blot 法により解析を行ったところ、これらの2つの alphoid 配列は、その一次塩基配列のみならず、その反復の高次構造においても、高い相同性が認められることが明らかとなった。すなわち、本転座は、高い homology を有する2つの alphoid、D1Z7およびD7Z1の間の相同組み替えにより生ずることが強く示唆された。

以上の結果から、本転座を有するMDS/AMLの発症機序に関して以下の仮説が想定された。すなわち、DNAの複製後に生じた相同組みかえにより一組の1番染色体と7番染色体の間で、qudriradial formation が形成されたのち、通常のメカニズムに従って染色体分配が行われる結果、当該派生染色体を有する娘細胞が生じ、これが何らかの growth advantage を得ることにより生ずると考えられた。相同組みかえが惹起される原因としては、der (1 ; 7) (q10 ; p10) が臨床的に化学療法(特に DNA double strand breaks を引き起こしやすいアルキル化剤の使用)の後に起こる二次性MDS/AMLと強く関連づけられることから、DNA複製後に生じた DNA double strand breaks により、惹起されるものと推定される。また、本転座の切断点はD1Z7およびD7Z1配列の長腕側の60%ぐらいの領域に分布する特徴より、active centromere は1番及び7番染色体動原体の短腕側に存在することを示唆された。

以上、私はMDS/AMLに認められた染色体転座である der (1 ; 7) (q10 ; p10) における切断点の解析より、この転座の切断点が1番及び7番染色体の動原体の alphoid 配列間で生ずること、またその転座切断点は各 alphoid 領域に広く分散していることが示されるとともに、本転座によるMDS/AMLの発症機構としては転座の結果生ずる染色体の量的異常 (-7q/+1q) が重要であることが示唆された。本研究において定量FISH法の応用は他の動原体転座を有する solid 腫瘍などのゲノム解析にも有用であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は不均衡型転座 der (1;7) (q10;p10) を有する骨髄異形成症候群(MDS)/急性骨髄性白血病(AML)の病態を解明するため、本転座におけるゲノム構造の異常の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

本転座を有する27例のMDS/AML検体について1番及び7番染色体動原体プローブ、および動原体近傍のYAC/BAC/PACクローンを用いてFISH法により各染色体上の切断点のマッピングを行った.Chromosome walking 法により、two colour FISH を行った結果、1番染色体上の切断点は alphoid 配列D1Z7で同定される1番染色体動原体領域と656M7で同定されるD1S3445領域の間に、また7番染色体上の切断点は alphoid 配列D7Z2で同定される7番染色体動原体領域と196D18で同定されるsWSS295領域の間に集積していた。

FISHにおいては派生染色体上のD1Z7およびD7Z1両シグナルは正常染色体上のシグナルに比して明確に減弱していることから、同転座がD1Z1とD7Z1の二つの alphoid 反復配列間の遺伝子再構成によって生じているモデルが推定された。実際、D1Z7およびD7Z1を用いた Fiber FISH 上では両シグナルは一つのfiber 上で連続して観察されること、さらにCCDカメラを用いてM期におけるこれらのFISHシグナルの定量を行った結果、D1Z7およびD7Z1による派生染色体上のシグナルは、確かに対応する正常アレルのそれぞれのシグナルに比して蛍光強度が減弱していること、さらにそれらの相対強度は症例によって異なることから、転座はD1Z7とD7Z1の間で生じており、その切断点の相対的位置は症例によって大きくことなることが強く示唆された。

D1Z7とD7Z1は同じ suprachromosomal family に属し、高い相同性を有することが知られている。実際、D1Z7およびD7Z1をプローブとして正常ヒトゲノムDNAおよび種々のヒト染色体を含む、monochromosomal human-mouse hybrid cell DNA をsouthern blot 法により解析を行ったところ、これらの2つの alphoid 配列は、その一次塩基配列のみならず、その反復の高次構造においても、高い相同性が認められることが明らかとなった。すなわち、本転座は、高い homology を有する2つの alphoid、D1Z7およびD7Z1の間の相同組み替えにより生ずることが強く示唆された。

反復多型領域を用いたFISHの結果より、(1)残存する2本の正常1番染色体は常に異なるアレルに由来すること、また(2)派生染色体の7番短腕部分も常に残存正常7番染色体と異なるアレルに属することから、本不均衡型転座の生ずるメカニズムとして、DNA複製後に一組の1番、7番の嬢染色体間で遺伝子再構成を生じ、これが通常の染色体分配機構により嬢細胞に分配されるモデルが推定された。

以上の結果より、本転座によるMDS/AMLの発症機構としては、転座による切断点近傍の遺伝子の構造変化よりも、転座の結果生ずる染色体の量的異常(-7q/+1q)が想定された。

以上、本論文はMDS/AMLに認められた染色体転座であるder(1;7)(q10;p10)における切断点の解析より、この転座の切断点が1番及び7番染色体の動原体の alphoid 配列間で生ずること、またその転座切断点は各 alphoid 領域に広く分散していることが示されるとともに、本転座によるMDS/AMLの発症機構としては転座の結果生ずる染色体の量的異常 (-7q/+1q) が重要であることが示唆された。本転座を有するMDS/AMLの病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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