学位論文要旨



No 119324
著者(漢字) 齋藤,明子
著者(英字)
著者(カナ) サイトウ,アキコ
標題(和) 造血幹細胞移植領域の医師主導臨床試験における安全性情報管理
標題(洋) Clinical Safety Data Management for Investigator-Initiated Trials in Hematopoietic Stem Cell Transplantation
報告番号 119324
報告番号 甲19324
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2298号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 助教授 荒川,義弘
 東京大学 助教授 矢冨,裕
 東京大学 講師 青山,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

医薬品、医療用具、生物由来製品、放射線治療、及び外科手術など手段を問わず、人体に適用されるあらゆるものに伴って発生する安全性情報を、治験中から市販後に至る全過程を通じて適切に収集・管理し、必要に応じて速やかかつ適切な措置を講ずる方法を標準化することは重要な課題である。近年、優れた医薬品などの地球的規模での研究開発の促進、及び患者への迅速な情報提供を図ることを目的として日本・米国・欧州三極医薬品承認審査ハーモナイゼーション国際会議(International Conference on Harmonization of Technical Requirements for Registration of Pharmaceuticals for Human Use, ICH)が組織され、この流れに沿い、日本においても、臨床試験実施体制が整備されつつある。今般、医薬品の承認を目的として、医師が主導となって行う臨床試験の新たな概念が確立され、企業主導の臨床試験と概ね同じ水準の規定を遵守する必要がある事が公知された。しかし、医薬品の輸入・販売許可を得るという営利を目的とした企業主導の治験と、広く国民医療に還元することで福祉の充実を目指し、営利企業が取り上げることの困難な多剤併用療法や集学的治療法、及び予防法などについて評価することを目的とする非営利的立場に立つ医師が主導となる治験では、役割とそれに伴う臨床試験方法論が異なる可能性がある。

造血幹細胞移植領域で多く取扱う、多剤併用療法・集学的治療法は、個々の医薬品等そのものの侵襲性が大きい上に、これらを併用して用いるために、安全性情報の管理が非常に重要となる。そこで、安全性情報管理システムに着目し、造血幹細胞移植領域における医師主導臨床試験を、従来企業主導の臨床試験で用いられてきた安全性情報管理システムを適用して実施した場合に、生じ得る問題点を整理し、解決策を提案した後、高い質管理が施され、類似の患者背景情報、治療内容を持つ企業主導の治験を通じて得られた安全性情報を用いて、この妥当性の検討を行い、迅速性、正確性、効率性において、より適切な安全性情報管理システムを構築することを、本研究の課題とした。

安全性情報は、有害事象情報と有害事象情報の補足資料としての併用薬情報に分類できる。更に、有害事象情報は、毒性の程度により細分化できる。生命や生理機能に重大な影響を及ぼしえる毒性の強い事象が臨床試験中に発生した場合は、被験者保護の観点から、臨床試験参加者に即座に周知させる必要があることから、これを有害事象急送報告と定義し、それ以外を有害事象通常報告と定義する。安全性情報を、有害事象急送報告、有害事象通常報告、併用薬情報に3分類し、各側面から、安全性情報管理システムについて検討した。

以下の2つの臨床試験を本検討の資料として用いた。医薬品の承認を目的とし、「医薬品の臨床試験の実施の基準に関する省令(新GCP)」を遵守した高い質管理に重点を置き、現在実施中の、厚生労働省班研究「骨髄非破壊的前処置療法を用いた同種造血幹細胞移植に関する研究(以下、医師主導の臨床試験(ミニ移植)と略す)」、及び造血幹細胞移植で用いる医療用具の適応承認を得るため、企業主導で施行された治験「磁気細胞分離システム(AM9802)臨床試験(以下、治験(AM9802)と略す)」である。

次に方法を示す。有害事象急送報告システムに関して、医師主導の臨床試験(ミニ移植)の有害事象急送報告システムの原案を、これまで企業が用いてきた既存の安全性情報報告規定をもとに作成し、この実際の運用を通して問題点の抽出と解決策の提案、及びその妥当性の検討を行った。有害事象通常報告及び併用薬情報のシステムに関しては、医師主導の臨床試験(ミニ移植)の特性、及び運用を通じて問題点を抽出し、解決策を提案した後、治験(AM9802)で得られた有害事象、併用薬情報の詳細な分析を通して、この妥当性を検討し、新たに、より適切な安全性情報管理システムを提言した。

有害事象急送報告に関して、企業主導の臨床試験に準じた安全性情報管理システムを基に、医師主導の臨床試験(ミニ移植)で用いる有害事象急送報告システム(原案)を作成し、実際に運用した場合に、生じ得る問題点とその解決策の適切性に関する検討結果を以下に示す。

急送報告すべき対象が、未承認医薬品を評価する治験と、既承認医薬品を評価する市販後臨床試験において異なり、両医薬品が混在する多剤併用療法・集学的治療法を多く取扱う医師主導の臨床試験を実施する場合に、いずれの基準に従うべきかという問題がこれまで未解決であった。十分なデータに基づく根拠が無い現時点では、被験者にとり、より安全な市販後の規定を採用することが適切であると考えた。

副作用の予見性について判断を行う際に適用する資料について、治験の場合は治験薬概要書、市販後臨床試験の場合は医薬品の添付文書を使用する事が規定されている。一般に、治験段階では、被験者保護の観点から、予知し得る安全性情報を可能な限り治験薬概要書に盛り込むのに対して、医薬品の添付文書では、一定頻度以上に認められた副作用を纏めて記載するため、両者の情報量は大きく異なる。更に、未・既承認医薬品を併用する場合の対応が未解決であったこと、同時の投与された複数の医薬品の中から有害事象の原因を特定することが困難であるという多剤併用の評価に伴う問題なども明らかにした。被験者にとり、より安全な市販後の規定を採用し、医薬品の添付文書に従う事が適切であると考えた。これにより、報告量の膨大化を招く可能性があるものの、現時点では、データを蓄積する作業の必要性があることを示した。将来的には、民俗学的な要因、環境要因などを十分考慮した上で、過去の知見を利用することについても、検討の余地があると考える。

副作用の重篤度分類基準の定義に関する問題点を示した。厚生労働省から示されている「医薬品等の副作用の重篤度分類基準」は、評価者の主観による、日本独自の指標である事が分かった。がんや造血幹細胞移植領域の毒性を示す指標として適切で、より客観的、かつ海外との共有可能な毒性基準の導入が必要と考え、National Cancer Institute-Common Toxicity Criteria version 2.0, Jan. 30, 1998, 日本語訳JCOG版(以下、NCI-CTCと略す)の毒性基準を採用した。具体的には重篤度の中等度に相当する毒性をNCI-CTCのgrade 2に設定した。しかし、この実際の運用を通じて、副作用に関する主観的な重篤度基準を、客観的なNCI-CTC基準に変換する場合の、この閾値の設定が不適切な場合、報告量の膨大化を招き、その中には、医学的重要性を欠く情報も多く含まれている可能性があることを示した。NCI-CTCは、造血幹細胞移植領域で広く用いられている前処置関連毒性評価基準である Bearman 毒性基準と比較してみると、同じ事象が1っ低い grade で示されている事が分かった。又、骨髄移植を受けた195例の白血病症例の検討において、全例で Bearman 毒性基準の grade I、すなわち、NCI-CTCの grade 2に相当する事象が発現しており、これが致命的な問題になっていない事が示されていた。つまり、中等度のNCI-CTC grade 2へ変換に関して、不適切に低いgradeに設定してしまった為に、本来の急送報告の意義を満たさない軽微な事象をも、急送報告の対象として拾いあげてしまった可能性が示された。将来的には、臨床試験で取扱う疾患の背景、治療の種類など、実施計画段階から十分に検討して、急送報告対象の重篤度を設定する必要があることを示した。

急送報告の手順や、部門間の協力体制が、これまで未確立であったという問題も明らかになった。各部門の役割の明確化と、連絡網の作成と具体的な安全性情報の流れを示した。更に、部門間の利害関係を含めた契約の必要性、治験薬の管理についても提言した。

次に、有害事象通常報告に関する検討結果を示す。医師主導臨床試験の特性や、実際の運用を通じて、情報量の膨大化の問題と、その中に医学的重要性を欠く事象が存在する可能性を示した。企業主導の治験で得られた有害事象情報の転帰調査を行い、報告すべき事象の閾値の設定を、安全面から問題なく行えることを示した。これによる情報量の軽減も期待でき、効率性の面からも有効であることが示された。

併用薬情報収集に関する検討結果を示す。医師主導臨床試験の特性や、実際の運用を通じて、情報量の膨大化の問題と、その中に医学的重要性を欠く情報が含まれていることを示した。企業主導の治験で得られた併用薬情報の種類と投与目的について詳細に分析し、報告除外医薬品の設定や、報告すべき医薬品の設定を安全面から問題なく行える可能性を示した。これにより、情報量の軽減も期待出来、効率性の面からも有効であることが示された。

本研究において、既存の安全性情報管理システムを医師主導の臨床試験に適用した場合の問題点を整理し、新たな基準案を提言したことは意義深いと考える。

今後、企業や規制当局とも情報交換を行いつつ、参照可能なデータを蓄積していく地道な作業を通じて、医師主導の治験、及び医師主導の臨床試験の運営に見合った安全性情報収集システムの整備と定期的な見直しを行う事が重要な課題であると考える。更に、これを取巻く法規制やガイドラインの見直し、各担当部門、企業などとの役割分担や保険・補償の制度の問題、conflict of interest の問題なども併せて検討する必要があると考える。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、造血幹細胞移植領域における医師主導臨床試験実施体制を考える上で、重要な安全性情報管理システムを確立することを目的としたものである。

近年ICHの流れから、日本国内においても、臨床試験実施体制の整備が行われつつある。特に、医薬品の申請を目的として、医師が主導となって行う臨床試験‘医師主導治験'の概念が生まれ、医師主導治験においても、企業主導の治験と概ね同じ水準の規定を遵守する必要があることが公知された。しかし、医薬品の輸入・販売許可を得るという営利を目的とした企業主導の治験と、広く国民医療に還元することで福祉の充実を目指し、営利企業が取り上げることの困難な多剤併用療法や集学的治療法、及び予防法などについて評価することを目的とする非営利的立場に立つ医師が主導となる治験では、役割とそれに伴う臨床試験方法論が異なる可能性がある。造血幹細胞移植領域で用いる多剤併用療法、集学的治療法においては、毒性が重要な問題となるため、安全性情報管理システムに着目し、造血幹細胞移植領域における医師主導臨床試験を、これまで企業主導の臨床試験で用いてきた従来基準を適用して施行した場合に生じ得る問題点を明らかにし、被験者の安全性を最大限に考慮した上で、迅速性、正確性、効率性の面から、より適切な安全性情報管理システムを構築すること試みたものであり、下記の結果を得ている。

有害事象急送報告に関して、企業主導の臨床試験に準じた安全性情報管理システムをモデルとして採用し、医師主導の臨床試験を行った場合の問題点、及びその具体的な解決策と妥当性の検討を行い、以下の結論を得た。 (1) 急送報告すべき報告対象が、未承認医薬品を用いる治験と、既承認医薬品を用いる市販後臨床試験において異なるために、両医薬品が混在する多剤併用療法・集学的治療法を評価する事の多い医師主導の臨床試験を実施する場合には、いずれの基準に従うべきかという点がこれまで不明瞭であったという問題点を示した。十分なデータに基づく根拠が無い現時点では、より被験者にとって安全な方法を採用するべきであり、市販後の規定に倣うことが適切であり、今後地道にデータを蓄積していく作業が必要であることを示した。 (2) 副作用の予見性を判断する際の資料について、治験の場合は治験薬概要書と定義されており、市販後臨床試験では医薬品の添付文書と定義されている。両者の情報量が大きく異なること、又、未・既承認医薬品を併用して用いる場合の対応が不明瞭であることという2つの問題を示した。これに対しても、現時点では、被験者にとってより安全な市販後の規定を採用し、医薬品の添付文書情報を用いてデータを蓄積する作業の必要性を示した。 (3) 副作用の程度を表す指標で、厚生労働省から示されている重篤度分類基準の定義に問題が有る事が分かった。この基準は、評価者の主観により、また日本独自の指標であるため、より客観的で海外との共有可能な毒性基準の導入が必要であり、抽出すべき毒性の程度の設定には、患者背景情報や治療内容などを加味する必要があることを示した。 (4) 急送報告の手順や、部門間の協力体制がこれまで未確立であったという問題を示した。各部門毎の役割の明確化と、部門間の利害関係を含めた契約の問題、及び連絡網とその具体的な安全性情報の流れを示した。これについては、運用の実施可能性と適切性でその妥当性を判断することとした。

有害事象通常報告に関して、医師主導臨床試験の特性や、実際の運用を通じて、情報量の膨大化の問題と、その中に医学的に重要とならない事象が含まれている可能性を示した。企業主導の治験で得られたデータの転帰調査を行い、報告すべき事象の閾値を設定することが、医学的に問題なく行えることを示した。これにより、情報量の軽減も期待でき、効率性の面からも有効であることが示された。

併用薬情報収集に関して、医師主導臨床試験の特性や、実際の運用を通じて、情報量の膨大化の問題と、その中に医学的に重要とならない事象が含まれている可能性を示した。企業主導の治験で得られたデータの特性を詳細に分析し、報告除外医薬品の設定や、報告すべき医薬品の設定を行う事が医学的に問題なく行える可能性を示した。これにより、情報量の軽減の可能性があり、効率性の面からも有効であることが示された。

以上、申請者の研究は、造血幹細胞移植領域における医師主導の臨床試験を、既存のシステムを適用して実施した場合の、安全性情報収集に関する問題点を明らかにし、それに対する具体的な解決策を示した上で、同じ造血幹細胞移植領域の患者を対象とし、質の保たれた企業主導の治験を通じて得られた安全性情報に関するデータを詳細に分析することによって、その妥当性を検討し、より適切な安全性情報管理システムを提言したものである。

本研究は、近年、新たに確立された概念である、医師主導の治験を行う上で重要な、臨床試験実施体制の整備に多大な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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