学位論文要旨



No 119325
著者(漢字) 仁田,英里子
著者(英字)
著者(カナ) ニッタ,エリコ
標題(和) 白血病関連遺伝子Evi-1の多量体化と機能制御の機構
標題(洋)
報告番号 119325
報告番号 甲19325
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2299号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 矢富,裕
内容要旨 要旨を表示する

白血病関連遺伝子Evi-1はヒト染色体3q26上に存在し、様々な白血病に於いてその近傍で染色体転座を生じる結果、転写産物であるEvi-1a蛋白質の高発現を来たす例が多く知られている。Evi-1aは造血幹細胞腫瘍の形成に促進的に働く白血病関連転写因子であると考えられ、染色体を伴わない白血病症例に於いてもEvi-1a蛋白質の高発現例が認められる。一方で同じEvi-1遺伝子から生じるアイソフォームとして同定されたEvi-1c(MDS1/Evi-1とも呼ばれる)蛋白質は、Evi-1aのN端にPRドメインと呼ばれる領域を付加した構造を取る。Evi-1cはEvi-1aが持つ個々の機能を持たずむしろ相反する機能を有する。そこでEvi-1cは腫瘍形成活性を持たずEvi-1aとは異なる役割を演じる転写因子であると考えられている。しかし同じEvi-1遺伝子から生じるこの二つの分子がどのような機構で対照的に機能するのか、詳細は未だ不明である。

筆者はこの二つの蛋白質が機能の差をあらわす機構を考える上で、生体内に存在する多くの蛋白質が多量体を形成して機能していることに注目した。最もよく知られた染色体転座としで慢性骨髄性白血病 (CML) 症例に認められるt(9;22) 転座では、キナーゼ蛋白質であるc-Ablが二量体形成能を持つBCR蛋白質とキメラ構造を形成した結果BCR/Ablホモ二量体を形成してc-Ablキナーゼ活性が恒常的に亢進された状態となり、その結果としてCMLの発症及びその病態の進展に影響を及ぼす。同様の例も数多く知られている。また転写因子に於いても機能を発揮する為に多量体を形成することが必須であるという報告が相次いで成されており、例えば最もよく知られた腫瘍抑制遺伝子であるp53は通常ホモ四量体を形成して働いていることが知られている。そして腫瘍で認められるp53の欠失変異体は正常のp53とヘテロ多量体を形成して正常のp53を優位に阻害することが明らかになっている。

この様に腫瘍形成に働く多くの蛋白質の機能に多量体の形成が様々な役割を果たしていることが推測される為、筆者はこの研究に於いてまずEvi-1a及びEvi-1cが多量体形成能を有するか否かを検討した。その結果、Evi-1aがホモ多量体を形成することと、それに対してEvi-1cは多量体を形成しないことを明らかにした。更にその機能との関連について調べたところ、Evi-1aの腫瘍活性に重要な役割を持つTGF-βシグナル抑制機能がEvi-1cでは著明に減弱していることが判明した。Evi-1aはコリプレッサーCtBPと協調してTGF-βシグナル抑制に働くが、筆者はEvi-1cがこのCtBPとの結合を欠如することを明らかにし、TGF-βシグナル抑制機能の減弱がこの結合の欠如に起因すると考えた。Evi-1aがホモ多量体を形成してCtBPと結合するのに対しEvi-1cがその両方の特性を持たないことから、ホモ多量体の形成とCtBP結合とが相関関係にあると考えられる。さらに筆者は t(3;21)(q26;q22) 染色体転座で高発現する腫瘍関連蛋白質であるAML1/Evi-1キメラ蛋白質もホモ多量体を形成することを示した。AML1/Evi-1はEvi-1aが持つ多くの腫瘍形成活性を共有しており、やはりCtBPと結合してTGF-βシグナルを抑制する。この様にEvi-1関連蛋白質に於いてはホモ多量体形成がCtBPとの協調に対して何らかの直接的作用を及ぼし、結果として腫瘍形成促進に重要な機構を担っていることが推測される。さらにEvi-1aによるもう一つの重要な腫瘍形成機構と考えられているAP-1シグナル伝達の活性化に於いて、Evi-1cはEvi-1aの持つAP-1活性を優位に抑制した。同じEvi-1遺伝子から発生する二つのアイソフォーム蛋白質であるEvi-1aとEvi-1cがこの様に対照的な機能を持つことは、両者が複雑な機構で行う転写制御が白血病発症に関連する可能性を示唆する。そしてその機構の重要な一端を握っているのが、Evi-1aのホモ多量体形成であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は白血病の発症に重要な影響を与えている染色体転座で高頻度に生じる転写因子の異常高発現が白血病を発症する機構を明らかにするため、白血病関連遺伝子Evi-1の関連蛋白質についてその多量体化と機能の相関関係の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

Evi-1遺伝子から派生する二つのアイソフォームEvi-1a及びEvi-1cがそれぞれ多量体形成能を有するか否かを検討し、その結果Evi-1aがホモ多量体を形成することと、それに対してEvi-1cはこの多量体を形成しないことを明らかにした。更に多量体形成能を持つEvi-1aについて Cross-linking アッセイを行ったところ、Evi-1aが三量体以上の多量体を形成していることが示唆された。

更にその機能との関連について調べる為、Evi-1aの腫瘍活性に重要な役割を持つTGF-βシグナル抑制機能についてルシフェラーゼレポーターアッセイによって解析したところ、Evi-1cではTGF-βシグナノレ抑制能が著明に減弱していることを明らかにした。Evi-1aはコリプレッサー.CtBPと協調してTGF-β.シグナル抑制に働くが、筆者はEvi-1cがこのCtBPとの結合を欠如することを免疫沈降によって示し、TGF-βシグナル抑制機能の減弱がこの結合の欠如に起因することを明らかにした。これらの結果よりEvi-1aがホモ多量体を形成してCtBPと結合するのに対しEvi-1cがその両方の特性を持たないことが証明され、ホモ多量体の形成とCtBP結合とが相関関係にあることを示唆した。

t(3;21)(q26;q22) 染色体転座で高発現する腫瘍関連蛋白質であるAML1/ Evi-1キメラ蛋白質もホモ多量体を形成することを示した。AML1/ Evi-1はEvi-1aが持つ多くの腫瘍形成活性を共有しておりCtBPと結合してTGF-βシグナルを抑制する事実と考え合わせると、以上の結果よりEvi-1関連蛋白質に於いてホモ多量体形成がCtBPとの協調に対して何らかの直接的作用を及ぼし、結果として腫瘍形成促進に重要な機構を担っていることが示唆された。

Evi-1aによるもう一つの重要な腫瘍形成機構と考えられているAP-1シグナル伝達の活性化についてルシフェラーゼレポーターアッセイにより解析を行い、Evi-1aの持つAP-1活性をEvi-1cが優位に抑制することを明らかにした。これらの結果より、同じEvi-1遺伝子から派生する二つのアイソフォーム蛋白質であるEvi-1aとEvi-1cが多様な機能に於いて対照的な役割を持つことを証明した。

以上、本論文は白血病関連遺伝子Evi-1から発生する二つのアイソフォーム蛋白質が複雑な機構で転写制御を行って白血病発症に関連する可能性を示し、その具体的な機構として多量体化が腫瘍形成機能に対して重要な役割を果たしていることを明らかにした。本研究は、白血病発症の機構を解明するために重要な貢献を成すものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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