学位論文要旨



No 119326
著者(漢字) 山口,祐子
著者(英字)
著者(カナ) ヤマグチ,ユウコ
標題(和) p300を介するAML1のアセチル化による機能制御
標題(洋) AML1 is functionally regulated through p300-mediated acetylation on specific lysine residues
報告番号 119326
報告番号 甲19326
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2300号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渋谷,正史
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 矢富,裕
 東京大学 助教授 中村,哲也
内容要旨 要旨を表示する

AML1遺伝子 (PEBP2αB, CBFα2, RUNX1) は,ヒトの急性骨髄性白血病 (AML) に高頻度にみられるt(8 ; 21)転座の切断点において,染色体21q22に位置する遺伝子としてクローニングされた.このt(8 ; 21)転座は,AML M2のうち,約40%の頻度でみられる.また,AML1遺伝子は,種々の造血器腫瘍において高頻度に染色体転座および点突然変異の標的となり,その点突然変異に起因する家族性血小板減少症は高率に白血病を発症することから,この遺伝子異常と白血病原性との強い関連が示唆されている.

AML1遺伝子産物は,ショウジョウバエの体節形成遺伝子の一つである runt 遺伝子産物およびマウスのPEBP2α遺伝子産物と相同な領域を有し,この部分は Runt ドメインとよばれる.AML1はこのRuntドメインを介してPEBP2サイトとよばれる特異的な塩基配列に結合する.AML1のDNAに対する親和性は,Runtドメインを介して結合するPEBP2βとヘテロダイマ-を形成することにより著明に増加し,骨髄球の分化に関わるIL-3やM-CSF受容体など様々な標的遺伝子の転写を制御している.PEBP2βのコード遺伝子であるPEBP2βも,AMLの特異的染色体異常である inv(16)(p13;q22)からクローニングされた.AML1のノックアウトマウスでは,卵黄嚢での一時造血は保存されるが胎児肝での成体型造血が完全に廃絶し胎生致死となることから,AML1が造血の分化・増殖に重要な役割を果たしていることが考えられている.また,PEBP2βのノックアウトマウスもAML1と同様の表現型を示すことから,PEBP2βがAML1の機能発現に必要不可欠であると考えられている.AML1には,少なくとも4つのアイソフォームが存在し,その内 Runt ドメインと転写活性領域の proline-, serine-およびthreonine-rich (PST)領域を含むAML1bが活性型フォームとして知られ,以後これをAML1とよぶ.

近年転写因子の coactivator であるp300がAML1と結合し,骨髄球の分化においてAML1の転写活性能を促進することが報告された.一方,AML1は corepressor であるmSin3Aなどと結合し,転写を抑制することも知られており,結合相手により転写活性化複合体から転写抑制複合体に変化する転写調節因子の役割を果たしていると考えられる.

ヒストンのアセチル化と転写活性化の関わりは30年以上前から知られていたが,その分子機構は不明であった.近年,p300と高い相同性を持つCREB binding protein (CBP)が,ヒストンアセチル化酵素 (HAT) であることが判明し,アセチル化を通して転写制御に重要な役割を果たしていることが明らかとなった.さらに,p300/CBPがヒストン以外のタンパクであるp53, GATA-1などの転写因子をもアセチル化し,転写制御やタンパクの安定化などに深く関わっていることが示された.HAT活性を持つp300とAML1が結合することから,果たしてAML1の機能制御にアセチル化が関与しているかをみていくことにした.

まず,すでに報告されている通り,AML1とp300が結合することを確認するため,マウス白血病細胞株であるM1細胞を用いて解析した結果,両者が in vivo で結合することが確認された.

次いで,実際にAML1がアセチル化されるかを in vitro のアセチル化アッセイにより検討した.アセチル化のターゲット残基はリジンであることから,AML1に内在する9つのリジンを含むGST融合タンパクを作成し (GST-AML1(1-189)), HAT活性を持つp300を用いてアッセイを行った.その結果,AML1が直接p300によりアセチル化されることが分かった.さらに,p300以外のHATであるP/CAFやGCN5ではアセチル化されず,それはp300特異的に起こることが明らかとなった.

次に in vitro でのアセチル化を検証するため,ヒト急性リンパ性白血病細胞株であるMOLT-4細胞を用いて in vivo のアセチル化アッセイを行った.その結果,AML1が endogenous でアセチル化されることが明らかとなった.そこで,9つのリジンのうちいずれがアセチル化の責任残基かを検討するため,それらを網羅する3つの欠失変異体を用いてCOS7に強制発現させ,同様にアセチル化アッセイを行った.AML1全長,Runt ドメイン内の5つ,およびC末の2つを欠失したものではアセチル化が確認されたが,N末の2つを欠失した変異体では全くアセチル化されなかった.さらに,N末の2つのリジン (K24, K43) を,いずれか一方,もしくは両者共にアルジニンもしくはアラニンに置換した変異体 (K24/43R, K24/43A) を用いて同様にアッセイを行った.その結果,両者が置換された変異体でのみ,アセチル化が完全に消失していることが確認された.in vitro でも同様の結果が得られた.さらに,この両者を置換した変異体でアセチル化が廃絶されたことが,変異による構造変化に起因するものでないことを証明するため,K24およびK43が直接アセチル化されるかをGST-AML1(1-189)を用いてマススペクトロメトリーにて解析した.その結果,K24を含むペプチドでのみアセチル化が確認された.K43におけるアセチル化は確認されなかったが,これは in vitro, in vivo でのアセチル化アッセイにおいても,K43のアセチル化の程度はK24に比べ極めて弱いこと,またGST-AML1(1-189)が高次構造をとりアセチル化が入りにくいことを考慮すると,矛盾しない結果と考えられた.以上の結果より,AML1のアセチル化の責任部位はN末端に位置するK24およびK43であることが明らかとなった.なお,この2つのリジンを含む部位は,DNA結合を抑制的に制御する領域に位置している.

AML1のアセチル化の機能制御への関わりを検討するため,ゲルシフトアッセイを用いてDNA結合能をみた.野生型GST-AML1(1-189)およびその変異体であるGST-K24/43A(1-189)を用いて in vitro でDNA結合能を比較した結果,野生型GST-AML1(1-189)では,アセチル化により著明にDNAへの親和性が増強することが分かった.しかし,GST-K24/43A(1-189)では,アセチル化の有無に関わらず,DNA結合能は著明に減弱していた.PEBP2βがヘテロダイマーを形成してDNAへの親和性を増強することから,PEBP2βの存在下でアッセイを行った結果,やはり同様の結果が得られた.さらに,COS7で発現させた野生型AML1およびK24/43Rの核内抽出タンパクを用いてゲルシフトアッセイを行った.PEBP2βの存在下で明確なシフトバンドを確認したが,K24/43RではDNA結合能の低下を認めた.以上より,アセチル化によりAML1のDNA結合能が著明に増加することが明らかとなった.なお,アセチル化によるDNA結合の増強がPEBP2βの親和性の変化によるものか,COS7による強制発現の系で確認したが,K24/43変異体は野生型と同程度に結合することが確認された.

次に,アセチル化による転写活性能をみた.ヒト子宮の頚部癌由来の細胞株であるHeLa細胞に,M-CSF受容体のプロモーターを用いて,野生型AML1もしくはK24/43RおよびK24/43Aのルシフェラーゼ活性を比較した.その結果,野生型AML1はモックコントロールに対して約7倍の活性を示し,p300の共存によりさらなる増強を認めたが,K24/43RおよびK24/43Aでは,p300の存在に関わらずその活性は著明に低下していた.

以前,私の研究室より,AML1のDNA結合能と転写活性能に一致してNIH3T3細胞の transforming 能が誘導されることを報告した.そこで,アセチル化による生物学的活性を見るため,soft agar assay により transforming 活性を検討した.NIH3T3に,レトロウイルスを用いて野生型AML1もしくはK24/43Aを遺伝子導入し,それぞれのコロニー形成能を比較した.野生型AML1は速やかに多数のコロニーを産生したが,K24/43Aにおける産生能は著しく減少していた.

以上の結果より,AML1が in vitro で直接p300により特異的にアセチル化されること,その責任部位はDNA結合を抑制的に制御するN末端に位置するK24およびK43であることを示した.in vivo においても同様の結果を得,さらにアセチル化によりAML1のDNA結合能が著明に増加することが明らかとなった.K24およびK43をアルジニンもしくはアラニンに置換した変異体では,DNA結合能および転写活性能が著しく低下し,また線維芽細胞における transforming 能の低下を認めた.以上より,AML1の転写制御において,p300によるAML1のアセチル化が重要な役割を果たしていることが示された.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,ヒトの急性骨髄性白血病に高頻度にみられるt(8 ; 21)転座からクローニングされたAML1遺伝子の転写産物であるAML1が,翻訳後修飾の一つであるアセチル化を受けるか検討し,またその修飾がAML1の転写因子としての機能にどのような影響を及ぼすのか解析し,下記の結果を得ている.

histone acetyltransferase (HAT)活性を持つp300とAML1の結合を,マウス白血病細胞株であるM1細胞を用いてIP-Western法により検討した結果,両者が in vivo で結合することが確認された.

AML1がアセチル化されるかを in vitro のアセチル化アッセイにより検討した.アセチル化のターゲット残基である9つのリジンを含むGSTに融合したAML1タンパク (GST-AML1(1-189))を作成し,HAT活性を持つ recombinant のp300を用いてアッセイを行った.その結果,AML1が直接p300によりアセチル化されることが示された.さらに,p300以外のHATであるP/CAFやGCN5ではアセチル化されず,それはp300特異的に起こることが示された.

ヒト白血病細胞株であるMOLT-4細胞を用いて in vivo のアセチル化アッセイを行った結果,AML1が endogenous でアセチル化されることが明らかとなった.次に,全てのリジン残基を網羅する3つの欠失変異体を用いてCOS7に強制発現させ,同様にアセチル化アッセイを行った.その結果,N末の2つを欠失した変異体では全くアセチル化を認めなかった.さらに,N末の2つのリジン (K24, K43) をアルジニンもしくはアラニンに置換した変異体 (K24/43R, K24/43A) でアセチル化の完全な消失を確認した.in vitro でも同様の結果が得られた.GST-AML1(1-189)を用いてマススペクトロメトリーにて解析した結果,K24を含むペプチドでのみアセチル化が認められた.K43のアセチル化は検出されなかったが,これは in vitro, in vivo でのアセチル化アッセイにおいてもK43のアセチル化の程度はK24に比べ極めて弱いこと,またGST-AML1(1-189)が高次構造をとりアセチル化が入りにくいことを考慮すると矛盾しない結果と考えられた.以上より,AML1のアセチル化の責任部位はN末端に位置するK24およびK43であることが示された.

ゲルシフトアッセイによりAML1のアセチル化によるDNA結合能への影響をみた.GST-AML1(1-189)およびそのアラニン変異体を用いて in vitro でDNA結合能を比較した結果,GST-AML1(1-189)では,アセチル化によりDNAへの親和性が著明に増強した.しかし,アラニン変異体ではアセチル化の有無に関わらず,DNA結合能は著しく減弱していた.PEBP2βがヘテロダイマーを形成してDNAへの親和性を増強することから,PEBP2βの存在下でアッセイを行った結果,やはり同様の結果が得られた.さらに,COS7で発現させた野生型AML1の全長およびK24/43Rの核内抽出タンパクを用いてゲルシフトアッセイを行った結果,変異体でのDNA結合能の低下を認めた.以上より,アセチル化によりAML1のDNA結合能が著明に増加することが示された.

アセチル化によるDNA結合能の増強がPEBP2βの親和性の変化に起因するのか,COS7による強制発現系でIP-Western法により検討したが,K24/43Aは野生型と同程度に結合することが示された.

アセチル化による転写活性能を検討するため,HeLa細胞に,M-CSF受容体のプロモーターを用いて,野生型AML1もしくはK24/43R, K24/43Aのルシフェラーゼ活性を比較した.その結果,野生型AML1は約7倍の活性を示し,p300の共存によりさらなる増強を認めたが,いずれの変異体もp300の存在に関わらずその活性は著明に低下していた.

アセチル化による生物学的活性を見るため,soft agar assay により transforming 活性を検討した.NIH3T3細胞に,レトロウイルスを用いて野生型AML1もしくはK24/43Aを遺伝子導入し,それぞれのコロニー形成能を比較した.野生型AML1は速やかに多数のコロニーを産生したが,K24/43Aにおける産生能は著しく減少していた.

以上,本論文はAML1が in vitro で直接p300により特異的にアセチル化されること,その責任部位はDNA結合を抑制的に制御するN末端に位置するK24およびK43であることを示した.in vivo においても同様の結果を得,さらにアセチル化によりAML1のDNA結合能が著明に増加することが明らかとなった.K24およびK43を置換した変異体ではDNA結合能および転写活性能が著しく低下し,また線維芽細胞における transforming 能の低下を認めた.AML1の転写制御において,p300によるAML1のアセチル化が重要な役割を果たしていることが初めて示され,学位の授与に値するものと考えられる.

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