No | 119327 | |
著者(漢字) | 白,元松 | |
著者(英字) | Bai,Yuansong | |
著者(カナ) | ハク,ゲンショウ | |
標題(和) | 第三世代レンチウイルスベクターを用いたヒト血液細胞に対する効率良い長期安定遺伝子導入法の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119327 | |
報告番号 | 甲19327 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2301号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 内科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 白血病をはじめとする造血器腫瘍の治療は、新しい造血細胞移植療法や分子標的薬剤、モノクローナル抗体などの導入により、過去数年の間に確実に進歩している。いっぽう、現状では、薬剤抵抗例や再発例などの難治例、年齢やドナー不在等何らかの理由で移植を受けられない例も少なくない。したがって、今後さらに新しい治療法の開発がのぞまれており、その有力候補の一つが遺伝子治療である。当研究室では、キメラ型がん遺伝子bcr-ablが病因となっている慢性骨髄性白血病(CML)に対する遺伝子治療法として、新規リボザイムであるマキシザイムの効果を検討してきた。その結果、b2a2 typeのbcr-ablを持つCML由来細胞株に対してマウス白血病ウイルス(MLV)ベクターで導入したマキシザイムが特異的に細胞傷害活性を示し、NOD-SCIDマウスへの移植モデルでも白血化を完全に抑制することができた。しかし、これが実際の患者細胞でも効果を示すか否かについては、MLVのようなレトロウイルスベクターでは遺伝子導入効率が低いため検討できなかった。このような遺伝子導入効率の低さは抗白血病遺伝子治療の開発において大きな障壁であった。 当研究室でも、これまでに、MLVベクターやアデノウイルスベクターによる遺伝子導入法に様々な工夫を加えてきたが、白血病細胞株に対して20%程度の導入効率しか得られなかった。その後、細胞指向性の広い小水泡性口内炎ウイルス(VSV)の外套蛋白(env)をヒト免疫不全ウイルス(HIV)に持たせたシュードタイプレンチウイルス[HIV(VSV)]ベクターが、これまで遺伝子導入困難であった造血幹細胞や神経細胞にも遺伝子導入を可能にすることをNaldiniらが報告し、注目を集めた。そこで、私もHIV(VSV)ベクターの利用を試みた。HIV(VSV)ベクターは安全性の確認が十分に済んでおらず、未だ臨床応用に至っていないため、安全性の確立されたMLVベクターをVSVシュードタイプにしたベクター[MLV(VSV)]も同時に検討した。 使用した第3世代レンチウイルスベクターシステムは、ウイルス粒子の中に入り細胞に遺伝子を導入するtransfer vectorと構造蛋白および酵素またはrevをコードするプラスミドとVSV.G proteinをコードするプラスミド(pMD.G)の計4種のプラスミド、さらにこれらの遺伝子を導入する293T細胞よりなる。安全性の向上のため、transfer vectorからは全てのアクセサリー遺伝子(vif, vpr, vpuおよびnef)および調節遺伝子を削除し、HIV蛋白による細胞への影響を最小限にしており、レポーター遺伝子として修飾型緑色蛍光タンパク質(hrGFP)遺伝子を含む。また、ベクター産生プラスミドの組み換えによる自己複製可能組み換えウイルスの発現を抑えるために3'LTRの一部分を削除して自己不活性化 (SIN ; self-inactivation) ベクターとした。さらに、遺伝子導入効率と導入遺伝子の発現を高めるため、transfer vector にHIV-1のcentral DNA flapを形成するcentral polypurine tract (cPPT)とcentral terminaltion sequence (CTS) およびwoodchuck hepatitis virus の posttranscriptional regulatory element(WPRE)を挿入した。このベクター系では4種のプラスミドが同時に組み換えを起こさない限り、自己複製可能ウイルスが産生される可能性がないと考えられている。これらのプラスミドを293T細胞にトランスフェクションし、2日および3日後に培養上清を回収してさらに超遠心により濃縮した。MLV(VSV)ベクターは自己不活性化したtransfer vector、MLVのgagおよびpolをコードするプラスミドおよびpMD.Gの3種のプラスミドを用いて同様に作成し、濃縮した。HIV(VSV)ベクターとMLV(VSV)ベクターは同一の感染多重度(moi ; multiplicity of infection)で標的細胞に感染させた。標的細胞としてK562、BV173等10種類の白血病細胞株、11名の患者から同意を得て採取した白血病細胞、7名の健常人末梢血リンパ球、4例の臍帯血由来CD34陽性細胞を用いた。遺伝子発現は導入2日後から一ヶ月後まで蛍光顕微鏡による観察とフローサイトメトリーで確認した。K562、MEG-01およびCD34陽性細胞への遺伝子導入後にはコロニーアッセイを行い、コロニー形成細胞におけるhrGFP遺伝子発現の有無およびゲノムDNAへのウイルスベクターの組み込みをAlu-PCR法を用いて調べた。 その結果,HIV(VSV)では大部分の白血病細胞株に対してほぼ100%の遺伝子導入効率が得られたが、MLV(VSV)では50%までにとどまった。11例の患者細胞でもHIV(VSV)では50-90%と高い遺伝子導入効率が得られたが、MLVでは10-80%であった。さらに、HIV(VSV)による導入遺伝子の発現は一ヶ月以上持続することが確認されたが、MLV(VSV)では感染後2週間以内に急速な発現の低下が認められた。リンパ球に対する遺伝子導入効率もHIV(VSV)では90%以上であったが、MLV(VSV)では低かった。臍帯血CD34陽性細胞に対しても90%以上の導入効率が得られ、生じたコロニーのほとんどでhrGFP遺伝子発現が認められた。コロニー形成細胞のゲノムにおけるベクターの組み込みは、HIV(VSV)の場合100%認められたのに対して、MLV(VSV)では10%と低率であった。この組み込み効率の低さが感染後2週間以内の急速な遺伝子発現低下の原因と考えられた。 HIV(VSV)は血液細胞に対し高い効率で遺伝子導入が可能であり、1ヶ月間安定した遺伝子発現が確認された。いっぽう、MLV(VSV)の導入効率はより低く、遺伝子発現は継時的に低下した。第2世代HIV(VSV)ベクターを用いて白血病細胞株や患者細胞に遺伝子導入を試みた報告は幾つかあるが、私の実験結果では、これらの報告よりもさらに高い導入効率が得られており、cPPT、CTS、WPREなど新たに挿入した配列が影響している可能性がある。今回の研究において、安全性を考慮した新しい第3世代HIV(VSV)ベクターが血液細胞へ遺伝子導入する場合極めて優れていることが示唆され、今後、マキシザイムなどを用いた白血病遺伝子治療法の開発において有用と思われる。 | |
審査要旨 | 本研究は、シュードタイプレンチウイルスベクターによるヒト血液細胞への遺伝子導入効率の検討をマウス白血病ウイルス(MLV)ベクターと詳細に比較して行ったものである。 細胞指向性の広い小水泡性口内炎ウイルス(VSV)の外套蛋白(env)をヒト免疫不全ウイルス(HIV)に持たせたシュードタイプレンチウイルス[HIV(VSV)]ベクターが、これまで遺伝子導入困難であった造血幹細胞や非分裂細胞である神経細胞にも効率良く遺伝子導入できることが報告されてきた。すべての修飾遺伝子とtatを削除した第3世代パッケージングプラスミドと自己不活性化(SIN ; self-inactivation)ベクターの組み合わせにより作製したHIV(VSV)ベクターは、従来のレトロウイルスベクターと同程度に安全であると考えられ、血液細胞へ遺伝子導入する場合極めて優れていることが示唆される。このベクター系が白血病細胞を始め種々の血液細胞に対する遺伝子導入法として、MLVベクターよりも真に優れているかどうか調べるためにMLV SINベクターと対比して検討を試みたものであり、以下の結果を得ている。 10種類の白血病細胞株に対する遺伝子導入効率を検討した。HIVベクターでは大部分の白血病細胞株に対してほぼ100%の遺伝子導入効率が認められたが、MLVでは7種類の細胞で50%までであり、全ての細胞株で、HIVベクターの遺伝子導入効率はMLVベクターよりも優れていた。 11例の患者由来白血病細胞または骨髄腫細胞を用いて検討した。HIVベクターでは50-90%と高い遺伝子導入効率が得られ、導入後3日目よりも7日目にGFP陽性細胞率は増加した。一方、MLVベクターでは20-80%台にとどまり、遺伝子導入後3日目より7日目の方がGFP陽性細胞の割合は低下する場合がほとんどであった。長期培養可能な細胞では、HIVベクター導入後一ヶ月の間GFPの発現レベルは維持された。一方、MLV感染細胞では感染後2週間以内に急速なGFP発現レベルの低下が認められた。 末梢血リンパ球に対する遺伝子導入について検討した。PHA刺激細胞に対してHIVベクターを感染させたところGFP陽性細胞の割合は導入後7日目で80%以上であった。一方、MLVベクターでは3日目で約50%であったが、7日目には20%まで低下した。また、非刺激細胞に対してもHIVベクターでは7日目で約40%であったが、MLVベクターでは10%未満と導入効率は非常に低かった。 臍帯血由来CD34陽性細胞に対する遺伝子導入を検討した。MOI=80での導入後2日目には臍帯血CD34陽性細胞に対して約98%の導入効率が得られた。8日目には、CD34陽性細胞および分化したCD13陽性細胞でも半数以上GFP陽性を保っていた。MLVベクターと比較したところ、刺激条件のみならず非刺激条件でも、GFP発現細胞を数10%認めた。一方、MLVベクターでは導入効率は低く、特に非刺激条件ではGFP発現細胞をほとんど認めなかった。 以上、本研究では安全性を考慮した新しい第3世代HIV(VSV)ベクターが血液細胞へ遺伝子導入する場合極めて優れていることが示され、今後、造血幹細胞や白血病細胞を標的とした遺伝子治療法においてMLVにとって変わるものとなる可能性を示唆しており、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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