学位論文要旨



No 119328
著者(漢字) 定形,綾香
著者(英字)
著者(カナ) サダカタ,アヤカ
標題(和) T細胞受容体及びCD40リガンドの3遺伝子導入T細胞による腫瘍の実験的治療
標題(洋)
報告番号 119328
報告番号 甲19328
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2302号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 矢冨,裕
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要旨

免疫系は、自己を認識し、非自己である異物を排除して生体を正常な状態に保っている。感染症、腫瘍、自己免疫疾患はこの免疫系が関わってくる疾患である。免疫系ではまず抗原提示細胞によって抗原が提示され、これをCD4陽性ヘルパーT細胞が認識する。このCD4陽性T細胞はCD8陽性の抗原特異的な細胞傷害性リンパ球 (cytotoxic T lymphocytes: CTLs) を誘導すると同時にB細胞に抗体産生を促す。腫瘍免疫においては当初直接腫瘍に作用する抗体による治療法の研究が行われていたが、効果は期待されるほどは得られなかった。このため腫瘍を破壊する活性のあるCTLsを中心としたT細胞に注目されるようになった。ヒトの悪性黒色腫にRosenbergらが腫瘍浸潤リンパ球 (tumor-infiltrating lymphocytes:TILs) を用いて治療効果がえられたと報告し、腫瘍特異的なT細胞により認識される腫瘍抗原の同定が行われてきた。CTLsは腫瘍に発現しているMHC class I経由で直接腫瘍を傷害することができ、また多くの腫瘍がMHC class Iは発現しているもののMHC class IIを発現していないことから、CTLsの研究が進んできた。しかしながら、多くの腫瘍がCTLsからの認識から逃れるためT細胞のヘルパー機能を活性化する他の手法も研究されてきた。CD4陽性ヘルパーT細胞は腫瘍特異的なCTLsのプライミングに重要な役割を果たしているということがわかってきており、腫瘍特異的なヘルパーT細胞を養子移入することでマウスの腫瘍が拒絶できることが示されている。このように腫瘍特異的なT細胞を用いる方法は腫瘍治療において有効な治療法の一つと考えられている。

しかしながら腫瘍特異的なTリンパ球を治療実験から治療に必要とされるほどの細胞数を培養するには熟練した技術と時間が必要であり一般に困難であった。よって抗原特異的なT細胞を相当量得るために、末梢のポリクローナルなT細胞を増殖させて抗原特異的なT細胞受容体を導入する方法も有力な選択肢と考えられた。そしてこのT細胞を生体内に移入することで抗原特異的なT細胞の腫瘍の治療への応用が可能と考えられた。我々はこれまでにclass II拘束性のT細胞受容体の遺伝子をレトロウイルスを用いてT細胞に導入することで、このT細胞が抗原特異的な免疫応答を示し、機能的なT細胞受容体の再構築が可能であったことを報告してきており、この方法により腫瘍特異的なT細胞を再構築することを試みた。Kesselsらは近年レトロウイルスを用いて抗原特異的なCD8陽性T細胞を再構築し、このT細胞が腫瘍を認識する機能をもつことを報告しているが、抗原特異的なCTLsの誘導にあたりCD4陽性T細胞によるCD8陽性T細胞へのヘルプ作用を増強する手法も重要であると考えられ、CD4陽性T細胞に注目した。

本研究では、我々はA20 B細胞リンパ腫細胞にニワトリ卵白アルブミン (OVA) を腫瘍特異抗原として発現させ、これをターゲットの腫瘍として使用した。このOVAに特異的なT細胞受容体(TCRα鎖とβ鎖)をレトロウイルスによりT細胞に導入することで多量の腫瘍特異的なT細胞を入手しえた。また同時にCD40リガンド (CD40L) も導入することによるCD4陽性T細胞の機能の増強を試みた。この3遺伝子導入T細胞と腫瘍細胞を共培養することによりA20腫瘍細胞自体のB7.1とMHC class Iの発現は増強された。また同様に樹状細胞上でもT細胞と共培養することでB7.1の発現の増強を確認できた。これらのことから、この遺伝子導入T細胞は腫瘍細胞そのものの抗原提示能を効果的に増強することでその免疫原性を高めるとともに、樹状細胞を刺激して抗原提示能を高めることが示された。さらにA20 B細胞リンパ腫細胞を接種したマウスに3遺伝子導入CD4陽性T細胞を移入すると、腫瘍を拒絶することができた。またこの移入した3遺伝子導入CD4陽性T細胞は腫瘍に集積し、移入後50日後も腫瘍部位に残存していることが示された。

以上の結果よりCD4陽性T細胞の抗原特異性を再構築し、同時にCD40Lのような免疫刺激分子を導入することで、増強された抗腫瘍効果を得ることができた。このような手法は、免疫反応をより特異的に強力に制御できる可能性があり、腫瘍の治療のみならず感染症、自己免疫疾患の治療にも応用できると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、遺伝子導入により、CD4陽性T細胞のT細胞受容体を再構築し、かつ免疫刺激分子であるCD40リガンドを発現させ、このCD4陽性T細胞の抗腫瘍効果について、in vitro 及び in vivo で検討したものであり、下記の結果を得ている。

OVAに特異的なT細胞受容体(TCRα鎖とβ鎖)の2遺伝子をレトロウイルスによりCD4陽性T細胞に導入し、同時にCD40リガンド遺伝子も導入し、3遺伝子導入CD4陽性T細胞を作製した。3遺伝子の発現効率をフローサイトメトリーで解析したところ、代表的な実験ではCD4陽性T細胞において15.8%の発現が得られた。

CD40を発現しているA20 B細胞リンパ腫細胞にOVAを腫瘍特異抗原として発現させ、ターゲットの腫瘍を作製した。このOVA導入A20腫瘍細胞と、OVA特異的なT細胞受容体トランスジェニックマウス由来のCD4陽性T細胞との培養によりIL-2の産生が認められたことから、OVA導入A20腫瘍細胞(A20-OVA腫瘍細胞)は抗原提示能をもち、導入したOVAが抗原として機能的であると考えられた。

3遺伝子導入CD4陽性T細胞のA20-OVA腫瘍細胞に与える効果を細胞表面分子の解析により検討した。3遺伝子導入CD4陽性T細胞とA20-OVA腫瘍細胞の共培養によりA20-OVA腫瘍細胞自体のB7.1とMHC class Iの発現は増強したことから、腫瘍細胞そのものの抗原提示能を増強することでその免疫原性を高めることが示唆された。

同様に3遺伝子導入CD4陽性T細胞と樹状細胞との共培養ではB7.1の発現の増強が確認され、樹状細胞の抗原提示能も高めることが示唆された。

3遺伝子導入CD4陽性T細胞の in vivo での抗腫瘍効果を検討した。A20-OVA腫瘍細胞を接種したマウスに3遺伝子導入CD4陽性T細胞を移入すると、腫瘍の拒絶がえられた。またこの腫瘍に浸潤しているリンパ球を解析すると、遺伝子導入CD4陽性T細胞は移入後50日後も認められたことから、移入したCD4陽性T細胞は腫瘍局所に効率的に集積し、残存していることが示された。

以上、本研究ではCD4陽性T細胞の抗原特異性を再構築し、同時に免疫刺激分子であるCD40リガンドを導入することで、増強された抗腫瘍効果を得ることが示された。このような手法は、腫瘍抗原が同定されれば、その抗原のエピトープに対するT細胞受容体を再構築し、また未知の抗原であっても腫瘍に集積したT細胞のレパトアを解析することで抗原特異的なCD4陽性T細胞を作製し、同時に強力な共刺激分子を導入することで、より強力な腫瘍の抗原特異的な免疫治療につながる可能性がある。以上の点で、本研究は臨床免疫学に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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