学位論文要旨



No 119329
著者(漢字) 島田,浩太
著者(英字)
著者(カナ) シマダ,コウタ
標題(和) 反復刺激によるCD4陽性T細胞低反応性の解析 : 末梢性T細胞免疫寛容の一機構として
標題(洋)
報告番号 119329
報告番号 甲19329
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2303号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 教授 高橋,孝喜
内容要旨 要旨を表示する

自己反応性T細胞は健常個体の末梢血中においても検出されるが、自己免疫寛容の破綻によると考えられている自己免疫疾患の発症頻度ははるかに低いものであり、生体には末梢性免疫寛容の誘導・維持機構が存在する必要がある。また、自己反応性ナイーブT細胞は、交叉反応性外来抗原や隔絶自己抗原への曝露といった機構によりプライミングされ、エフェクター/メモリーT細胞に分化しうると考えられる。一方、持続した発現は自己抗原の特徴のひとつであり、このために自己反応性を有するCD4陽性T細胞は末梢において対応自己抗原に反復して曝露されていると考えられる。また、末梢性免疫寛容の維持に当該自己抗原が持続して存在することが必要とする報告がこれまでになされている。

T細胞低反応性誘導機構としては、「古典的アナジー」、すなわち、共刺激を欠く条件でT細胞受容体を刺激された際に観察される低反応性が広く知られている。しかし、CD4陽性T細胞については、主要組織適合遺伝子複合体(MHC) class II分子と対応抗原との複合体を認識するその性質と、MHC classIIの発現はprofessional APCに特徴的であることを考え合わせると、共刺激の量の多少はあっても、共刺激を欠く古典的アナジー機序による免疫寛容の誘導が、生体内での末梢性免疫寛容の主たる機構であるとは考えにくい。

以上を踏まえ、本研究では、持続的に発現する自己抗原によりAntigen-experienced CD4+T cells(抗原曝露歴のあるCD4陽性T細胞)に対してもたらされる末梢性免疫寛容の in vitro モデルとして、共刺激を伴う前刺激ののちに連続して再刺激を加える連続刺激法を用いた。具体的には、まず、ニワトリ卵白アルブミンペプチド(アミノ酸323〜339 : OVA323-339)特異的T細胞受容体を発現したトランスジェニックマウスDO 11.10の脾臓より得られたCD4陽性T細胞を in vitro にてプライミングし、antigen-experienced cellsとした。これらを、照射同系脾臓細胞およびOVA323-339にて48時間刺激培養(前刺激)したのち、さらに再刺激を加えた。

再刺激においては、3H-チミジン取り込み実験におけるCD4陽性T細胞の増殖反応は低下し、この低下はIL-2の添加では回復しなかった。アポトーシスおよび細胞死について、Annexin Vおよびpropidium iodideを用いてフローサイトメトリーにより解析したが、再刺激群における3H-チミジン取り込み低下は細胞死の増加では説明されなかった。T細胞受容体からのシグナル伝達についてウエスタンブロットを用いて解析を行ったところ、T細胞受容体近傍のLck、ZAP-70、LATについては、前刺激の有無による再刺激時の差は明らかでなかったが、RasおよびERKの活性化は再刺激群で遮断されていた。一方、BrdU ELISA法による細胞周期解析では、再刺激群においてS期のある細胞群が減少しており、ウエスタンブロットを用いたサイクリン発現パターンの解析では再刺激群におけるG1期→S期への移行の障碍をともなう細胞周期進行遅延が示唆された。この細胞周期進行遅延には、サイクリン依存性キナーゼインヒビターであるp27kip1の蓄積がウエスタンブロットにおいて観察されたが、p27kip1 mRNAの転写を阻害するAktの活性化は前刺激の有無によらずに認められたため、p27kip1の蓄積には、その翻訳と分解のレベルに再刺激が修飾を与えることが示唆された。

S期にある細胞の減少およびp27kip1の蓄積は、前刺激を加えた群に対して再刺激を加えることで観察されていた。T細胞受容体近傍やAktにいたるシグナル伝達がなされていることを考え合わせると、連続刺激法で観察されたT細胞低反応性の機構としては、T細胞受容体複合体自体の脱感作よりもむしろ、再刺激によりもたらされるnegativeな制御機構の活性化により積極的に低反応が導かれていると想定された。さらに、移入モデルを用いてこの低反応性を実際に生体内において検討した。プライミング後、in vitro で前刺激されたDO 11.10 CD4陽性T細胞を、5-(and 6-)carboxyfluorescein diacetate succinimidyl ester (CFSE)により標識したのち、全身性にOVAを発現するトランスジェニックマウス(Ld-nOVA)に移入し、レシピエントの脾臓から回収したT細胞のうちDO 11.10クロノタイプ陽性細胞についてCFSEの希釈をフローサイトメトリーにより解析したところ、その in vivo での細胞分裂は、非トランスジェニック同腹マウスに移入された群に比べて遅延していた。また、同様にして回収されたクロノタイプ陽性T細胞についてのフローサイトメトリー解析では、p27kip1の蓄積と、in vitro での刺激に対するERK活性化の遮断とが認められた。

本研究では、共刺激の存在下で刺激されたantigen-experienced CD4+T cellsを、T細胞受容体を通じて再刺激することによりその低反応性を in vitro にて誘導した。この低反応性CD4陽性T細胞においては、Lck、ZAP-70といったT細胞受容体近傍のシグナル分子の活性化に変化が見られないことから、これまで指摘されてきた古典的アナジーとは異なる機構の存在と、再刺激時に積極的に低反応性を誘導するシグナル伝達機構の存在が示唆された。さらに自己抗原発現マウスへの抗原特異的CD4陽性T細胞の移入実験においても、レシピエントから回収された細胞の細胞増殖進行遅延、および、in vitro にて観察された知見を支持する細胞内イベントが観察された。以上から、末梢自己反応性CD4陽性T細胞が、生体内で持続して発現している自己抗原に反復して曝露され刺激を受け得ることを考えると、この低反応性が持続発現自己抗原に対する免疫寛容の成立に関与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、持続発現自己抗原により抗原曝露歴を有するCD4陽性T細胞に対してもたらされる末梢性免疫寛容の in vitro モデルとして、共刺激を伴う前刺激に連続して再刺激を加える連続刺激法を用いて検討したもので、下記の結果を得ている。

再刺激においては、3H-チミジン取り込み実験におけるCD4陽性T細胞の増殖反応は低下し、この低下はIL-2の添加では回復しなかった。Annexin Vおよび propidium iodideを用いてフローサイトメトリーにより解析したところ、再刺激群における3H-チミジン取り込み低下は細胞死では説明されなかった。

T細胞受容体からのシグナル伝達をウエスタンブロットを用いて解析したところ、T細胞受容体近傍のLck、ZAP-70、LATは、前刺激の有無による再刺激時の差は明らかでなかったが、RasおよびERKの活性化は再刺激群で遮断されていた。

LATとRasの間でのdownregulationが見られたことから、RasGAPの関与を想定し、免疫沈降を施行したところ、前刺激を加えた群ではRasGAPと共沈する62-66kDaのチロシンリン酸化を受ける分子が検出された。一方で10サイクル以上培養した細胞株では上記の低反応性に誘導に抵抗性であり、この細胞株ではRasGAPと共沈する前述の分子は明らかに減少していた。このため、この分子が上記の低反応性誘導の感受性に関与すると考えられたが、RasGAPとのassociationが知られている既存の分子には一致せず、また、その同定にはいたらなかった。

BrdU ELISA法による細胞周期解析では、再刺激群においてS期細胞が減少しており、ウエスタンブロットを用いたサイクリン発現パターンの解析では再刺激群におけるG1期→S期への移行の障碍をともなう細胞周期進行遅延が示唆された。

再刺激群ではp27kip1の蓄積がウエスタンブロットにて観察されたが、このmRNAの転写を阻害するAktの活性化は前刺激の有無によらずに認められ、p27kip1の翻訳・分解レベルでの修飾が示唆された。また、S期細胞の減少およびp27kip1の蓄積の一方でT細胞受容体近傍やAktに至るシグナル伝達が保たれていることから、上記低反応性は、T細胞受容体複合体自体の脱感作ではなく再刺激によりもたらされる抑制的な制御機構の活性化により積極的に低反応が導かれていると想定された。

in vivo の検討として、プライミング後 in vitro で前刺激されたOVA特異的CD4陽性T細胞をCFSE標識し、全身性にOVAを発現するトランスジェニックマウスに移入、レシピエントの脾臓から回収したT細胞をフローサイトメトリーにて解析した。移入細胞では in vivo での細胞分裂遅延、p27kip1蓄積、in vitro 刺激に対するERK活性化の遮断とが認められ in vitro にて観察された知見を支持する細胞内イベントが観察された。

以上、本研究では、共刺激の存在下で刺激された抗原曝露歴を有するCD4陽性T細胞を、T細胞受容体を通じて連続刺激することによりその低反応性を in vitro にて誘導した。この低反応性は従来用いられてきた古典的アナジーモデルに比して、より生理的な in vitro モデルである可能性があり、末梢性免疫寛容のより簡便な実験モデルとして期待される。また、この低反応性の感受性に、RasGAPと共沈する分子の関与が示唆された。本研究では同定にはいたらなかったものの、同分子の存在により活性化自己反応性T細胞に対する持続発現自己抗原への末梢性免疫寛容誘導が可能になると考えると、自己免疫疾患において破綻した自己免疫寛容を再構築し、また逆に悪性腫瘍や慢性感染症などにおいて失われた、生体防御を目的とした免疫反応を再賦活するなど、この分子を標的とした病態制御を通じてこれらの疾患の新たな治療戦略につながる可能性がある。以上の点で、本研究は臨床免疫学に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク