学位論文要旨



No 119331
著者(漢字) 大内田,理佳
著者(英字)
著者(カナ) オオウチダ,リカ
標題(和) ヒト血管平滑筋細胞におけるHEXIM1の機能の解明
標題(洋)
報告番号 119331
報告番号 甲19331
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2305号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
内容要旨 要旨を表示する

背景および目的

動脈硬化症において血管平滑筋細胞は、血管壁の炎症とリポタンパクの沈着、プラークを安定化させる線維性被膜の形成などに密接に関与している。血管平滑筋細胞は、健常な血管では血管中膜の主な構成成分であるが、内皮細胞やマクロファージ・リンパ球などから産生されるサイトカインや増殖因子によって非増殖型(収縮型)から増殖型(合成型)へと形質変換し、内膜下へ遊走して異常増殖することが知られている。臨床的にも、ステント内再狭窄、グラフト不全、移植後冠動脈硬化において、血管平滑筋細胞の増殖や細胞外マトリックスの増生によって、新生内膜形成とともに再狭窄機転が進展していくことが知られている。したがって、血管平滑筋細胞の増殖機構を解明することは臨床的にきわめて重要な課題といえる。

血管平滑筋細胞の増殖機構に関して、動脈硬化病変やバルーン傷害部の内膜血管平滑筋細胞において転写因子NF-κBの活性化が認められている。NF-κBはMCP-1やVCAM-1などの遺伝子発現を正に制御して血管平滑筋細胞の増殖に関わっている。また、アンチセンスまたはデコイオリゴヌクレオチドを用いたNF-κBの不活性化により、血管平滑筋細胞の増殖抑制、ラットのバルーン傷害モデルにおける新生内膜増殖の抑制が認められることから、NF-κBは動脈硬化症などの治療の標的分子として位置付けられている。

hexamethylene bisacetamide (HMBA) は白血病細胞などの分化を誘導することが知られている。一方、HMBAは培養血管平滑筋細胞およびバルーン傷害による内膜血管平滑筋細胞の増殖を抑制し、その血管平滑筋細胞に対する増殖抑制効果は、内皮細胞、線維芽細胞あるいは血球細胞に比して選択的かつ可逆的である。これらの事実は、HMBA が血管平滑筋細胞の増殖を特異的な機構を介して制御している可能性を示唆している。しかし、HMBA の標的分子は同定されておらず、その血管平滑筋細胞増殖抑制機序も不明のままである。Kusuharaらは、HMBAで処理した血管平滑筋細胞より抽出した mRNA を材料に、differential display 法によってhexamethylene bisacetamide-inducible transcript in vascular smooth muscle cells (HEXIM1) のcDNAをクローニングした。ニワトリおよびマウスにも HEXIM1 のホモログが存在し、遺伝子発現制御機構と関連する可能性が報告された。また、最近、HEXIM1が7SK small nuclear RNA との結合を介して転写伸長因子 positive transcription elongation factor b (P-TEFb) と相互作用して転写抑制に関わることが報告された。P-TEFb は NF-κB 依存性の転写に密接に関与していることから、HEXIM1 は遺伝子発現の転写レベルの制御、とくに、NF-κB 応答性遺伝子発現に関与している可能性が考えられる。そこで、本研究は、遺伝子発現制御における HEXIM1 の機能を明らかにし、その血管平滑筋細胞における生物学的意義を明確にすることを目的とした。

結果

血管平滑筋細胞におけるHEXIM1のタンパク質同定

HEXIM1 のアミノ酸146-167番を含む合成ペプチドでウサギを免疫し、抗 HEXIM1 抗体を作製した。得られた抗体を用いて血管平滑筋細胞における HEXIM1 の細胞内局在を免疫染色法により検討した。その結果、HEXIM1 は細胞質に比して核内に多く存在する傾向を認め、核内では明瞭な点状の局在パターンを示していた。また、RT-PCR 法、ウェスタンブロット法により、HMBA は HEXIM1 の mRNA、タンパク質の発現を増加させることが確認された。一方、ヒトの冠動脈および心筋組織において HEXIM1 は、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞および心筋細胞に発現しており、やはり核に優位に存在した。

HEXIM1分子内における核局在シグナルの同定

HEXIM1 分子内における核局在シグナルを同定するため、FLAG タグを付加したC末端領域欠失 (FLAG-HEXIM1/1-180)、N末端領域欠失 (FLAG-HEXIM1/150-359) およびアミノ酸150-177番欠失 (FLAG-HEXIM1△NLS) 変異体をそれぞれ作製し、COS7細胞に遺伝子導入してその局在を検討した。予想されたように、FLAG-HEXIM1△NLSは細胞質のみの局在を示したことから、HEXIM1 分子内の塩基性アミノ酸に富んだ150番から177番の領域は、核局在シグナルとして機能していることが示唆された。また、FLAG-HEXIM1/150-359は核内で明瞭な大きな点状の局在パターンを示したのに対し、FLAG-HEXIM1/1-180はむしろ細胞質優位にび漫性の局在を呈した。したがって、HEXIM1 のN末端領域には核外輸送シグナルが存在すると考えられる。

HEXIM1の転写因子活性に与える影響とその分子機構の解析

HeLa細胞およびCOS7細胞に HEXIM1 を強制発現させ様々な転写因子に与える影響を各々の結合配列を有するルシフェラーゼレポーター遺伝子を用いて調べた。その結果、HEXIM1 は NF-κB 依存性の転写活性を比較的選択的に抑制することが分かった。次に、HEXIM1 分子内の NF-κB 転写活性抑制に重要な領域を明らかにすることを試みた。FLAG-HEXIM1/1-180およびFLAG-HEXIM1△NLS に比して、FLAG-HEXIM1/150-359は野生型と同様に NF-κB 転写活性を抑制した。HEXIM1 のC末端側のアミノ酸を順次欠失させることにより、C末端から28個のアミノ酸が NF-κB の転写活性抑制に重要であることが判明した。次に、HEXIM1 とNF-κB との物理的な相互作用を GST-pull down 法により検討した結果、HEXIM1 は核局在シグナル領域を介してNF-κBサブユニットのp65のN末端領域と直接結合することが分かった。

ヒト血管平滑筋細胞におけるHEXIM1のNF-κB転写活性抑制作用の解析

血管平滑筋細胞に NF-κB 応答性レポータープラスミドを遺伝子導入しルシフェラーゼ解析を行なった。HEXIM1 発現プラスミドの共発現およびHMBA処理のいずれにおいても、血管平滑筋細胞の内在性の NF-κB 転写活性は抑制された。また、RT-PCR 法を用いた解析で、HMBA は glucose transporter-3、GAPDHやβ-actin の mRNA 発現量には影響を与えないが、NF-κB の標的遺伝子である IL-1β、IL-6 および VCAM-1 のmRNA発現量を顕著に抑制した。さらに、HEXIM1の直接的な影響を検討するために、Cre-loxPアデノウイルスシステムを用いたHEXIM1発現システムを確立した。血管平滑筋細胞にかかるアデノウイルスを感染させた際、HEXIM1のタンパク発現量はウイルス量に依存して増加し、IL-6およびIL-1βのmRNA発現量はその反反対に抑制された。

考察

本研究により、HEXIM1 は、(1)ヒト各組織に広汎に発現していること、(2)少なくとも血管平滑筋細胞においては HMBA によりその発現が誘導されること、(3)細胞内で核優位に明瞭な点状のパターンで局在すること、(4)NF-κB の転写活性を抑制すること、が示された。したがって、HEXIM1 は NF-κB の抑制を介して血管平滑筋細胞の増殖を制御している可能性が示唆される。その分子機構として、HEXIM1 と NF-κB のp65サブユニットのN末領域との直接の相互作用の関与を示した。これまでに、p65と転写伸長因子P-TEFbのコンポーネント Cyclin T1 が直接結合し、p65のC末側の転写活性化領域に依存した転写伸長反応に影響を与えることが報告されている。また、HEXIM1 が7SK small nuclear RNA との結合を介したP-TEFbとの相互作用により、RNA ポリメラーゼIIの活性を制御している可能性も報告されている。したがって、HEXIM1 が基本転写因子の機能を制御し、転写伸長反応などに影響を与えて NF-κB などの転写因子のはたらきを抑制している可能性もある。したがって、HEXIM1 依存性の NF-κB 転写活性抑制機構の解明は、新たなNF-κB 機能制御法の開発につながる可能性がある。一方、P-TEFbのコンポーネントCdk9がRNAポリメラーゼIIの活性化を介して心筋肥大と深く関わることから、HEXIM1は心筋肥大を含めた心疾患などの病態とも関係しているかもしれない。

本研究では、血管平滑筋細胞における IL-1β、IL-6 および VCAM-1 などの NF-κB の標的遺伝子発現も HEXIM1 によって抑制されることを明らかにした。これらのサイトカインや細胞接着因子は、血管平滑筋細胞の増殖に深く関わることが知られている。したがって、HEXIM1 の NF-κB 標的遺伝子発現抑制機構の解明は、血管平滑筋細胞が関わる血管疾患の病態解明につながるであろう。現在、これらの疾患部位における HEXIM1 発現の病理学的解析や、バルーン傷害モデル動物を用いた HEXIM1 強制発現の効果を検討中である。また、血管疾患および心疾患における新たな治療法確立にむけて、内在性の HEXIM1 発現制御因子、あるいは HEXIM1 発現誘導因子の探索・同定も進めている。

審査要旨 要旨を表示する

動脈硬化症をはじめとする各種血管疾患において、血管平滑筋細胞の増殖がその病態と深く関与していることが知られている。本研究は、血管平滑筋細胞の増殖機構を解明するため、血管平滑筋細胞において分化誘導剤 hexamethylene blsacetamide (HMBA) で発現誘導される HEXIM1 の機能を解析し、血管平滑筋細胞における HEXIM1 の生物学的意義を明確にすることを目的としたものであり、下記の結果を得た。

血管平滑筋細胞におけるHEXIM1の発現と細胞内局在の検討

2-1ヒト培養血管平滑筋細胞において、HMBA により、HEXIM1 の発現が mRNA およびタンパク質レベルで誘導された。

2-1ヒト培養血管平滑筋細胞において、抗HEXIM1抗体を用いた蛍光抗体法により、HEXIM1 は核優位に点状〜網状のパターンで分布することが分かった。また、HEXIM1 は、ヒトの冠動脈および心筋組織において、血管内皮細胞、血管平滑筋細胞および心筋細胞に核優位に発現していた。

2-1HEXIM1 分子内のアミノ酸150-177の塩基性アミノ酸に富む領域が、核局在シグナルとして機能することを明らかにした。

HEXIM1の遺伝子発現制御における機能の解明

HeLa 細胞において、NF-κB レポーター遺伝子を用いたルシフェラーゼアッセイにより、HEXIM1 はNF-κB応答性の転写活性を抑制することを示した。また、HEXIM1によるNF-κBの転写活性の抑制には、核移行シグナルのみならず、HEXIM1 のアミノ酸332-359の領域も必要であった。

HEXIM1 は、(1)NF-κB の活性化刺激により惹起されるIκBαのリン酸化およびタンパク質分解、(2)活性化にともなう NF-κB の核移行と in vitro における DNA 結合活性、には影響を与えなかった。GST-pull down 法により、HEXIM1 の NLS を含むN末端領域と NF-κB コンポーネントであるp65のN末端領域が直接結合することを明らかにし、その相互作用がNF-κB転写抑制に重要である可能性を示唆した。

血管平滑筋細胞におけるHEXIM1の機能の解明

NF-κBレポーター遺伝子を用いたルシフェラーゼアッセイにより、HEXIM1はヒト培養血管平滑筋細胞においてNF-κBの転写活性を抑制した。

Cre loxP システムを用いた発現誘導型の組み換えアデノウイルス発現系を用いて、ヒト培養血管平滑筋細胞に HEXIM1 を強制発現させたところ、細胞あたりのウイルス数 (MOI) に依存して HEXIM1 の発現が誘導された。内因性 NF-κB 標的遺伝子発現に与える HEXIM1 の影響を RT-PCR 法により検討した結果、glucose transporter-3 やβ-actin と比較して、NF-κB 標的遺伝子である IL-1β、IL-6 およびVCAM-1のmRNA発現量はHEXIM1の発現量依存性に抑制された。

血管平滑筋細胞において、組み換えアデノウイルスを用いた HEXIM1 強制発現により、ウイルス感染後5〜6日目においてコントロールの約30%の増殖抑制が観察された。その効果はHMBAを処理した細胞とほぼ同程度であった。

以上、本論文は、HEXIM1 が NF-κB の転写因子活性を抑制することにより、血管平滑筋細胞の増殖を負に制御している可能性を示した。すなわち、本研究は血管平滑筋細胞の分化型から増殖型への形質変換メカニズムにおける遺伝子発現制御レベルでの理解を深めるのみならず、血管平滑筋細胞が関わる各種血管疾患の病態解明に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられた。

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