学位論文要旨



No 119332
著者(漢字) 大沼,圭
著者(英字) OHNUMA,KEI
著者(カナ) オオヌマ,ケイ
標題(和) CD26を介したヒトT細胞活性化機構の分子細胞生物学的解析
標題(洋)
報告番号 119332
報告番号 甲19332
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2306号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 助教授 中村,哲也
 東京大学 助教授 高木,智
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

活性化T細胞の表面抗原として確立された CD26 は、それ自身が細胞外に DPPIV (dipeptidyl peptidase IV) と呼ばれるペプチド分解酵素活性を有するユニークな細胞表面分子である。その発現は広範囲で腎、肝、腸管等の上皮細胞などにも認められる。一方、末梢血リンパ球ではメモリーT細胞上に発現されている。静止期T細胞上ではCD26hlghの集団が重要な役割をはたしていることが知られている。この集団は CD45RO を発現するメモリーT細胞に属し、破傷風トキソイドのようなメモリー抗原に反応するほか、B細胞の抗体産性を誘導し、MHCクラス1特異的なキラーT細胞の誘導活性も持つ。さらにCD26陽性T細胞はIL-2、IFN-γなどのサイトカインを分泌する Th1 型の細胞である。この細胞集団は血管内皮細胞間で最も強い遊走能を持ち、炎症部位への移動、集積を起こし炎症局所でも重要な役割を果たしている。ヒトCD26遺伝子は766個のアミノ酸よりなる110kDaの膜タンパク質をコードする。cDNAより推測されるCD26の構造はN末側が細胞質内、C末側が細胞外に存在する2型膜蛋白質である。細胞内領域のアミノ酸は6残基のみで、膜通過部分が22残基、細胞外部分が738アミノ酸と、そのほとんどが細胞外に存在する。細胞外領域にはC末側に近い部分に Ser630 を活性中心としたセリンプロテアーゼの共通配列が含まれ、そのすぐN末側が Cysteine rich domain でこの部位にはAdenosin deaminase (ADA)、コラーゲンなどとの結合部位が存在する。CD26 分子は、TCRからの抗原特異的な1次シグナルと、抗原提示細胞上のリガンドとその対応するT細胞上の受容体との相互作用により生じる抗原非特異的な2次シグナルを生じて、T細胞活性化を誘導する、いわゆる共刺激分子の一つである。

このようにCD26はT細胞の活性化シグナル伝達機構に直接関与しているが、前述のごとくCD26分子は細胞内に6個のアミノ酸しかなく、シグナル伝達のためには他のシグナル伝達分子の関与が必要とされる。これらの候補として森本らは mannose 6-phospahte/insulin-like growth receptor II (M6P/IGF-IIR)の関与を示したが、binding domain の検索やadaptor moleculeの動員に関わる分子機構の解明はなされていない。また、私は、破傷風トキソイドのようなメモリー抗原によるT細胞増殖を可溶性 CD26 (rsCD26) が増強させ、この際、M6P/IGF-IIRを介してrsCD26が単球に取り込まれ、CD86の発現増加を誘導することを報告した。しかしながら、増殖増強を示さないDPPIV欠質変異 rsCD26 (S630A) も単球に取り込まれ、これはM6Pによって阻害され、また、破傷風トキソイド処理していない単球においても rsCD26 は取り込まれ、M6Pによって阻害されるため、M6P/IGF-IIRを介したrsCD26の取り込みはCD86の発現増強には直接関与していない可能性が考えられる。M6P/IGF-IIR を介したシグナル伝達機構の詳細な解明も行われていない。さらに、CD26分子を介したT細胞共刺激はCD26特異抗体を用いたものであり、いわゆるnatural ligandの同定には至っておらず、CD26を介したT細胞とその他のエフェクター細胞との相互作用が、炎症局所においていかなる役割を果たしているのか、いまだ未解決である。そこで、本研究においては、CD26陽性T細胞の機能を理解するために、T細胞上のCD26分子に注目し、CD26 がいかにして TCR からの活性化シグナルを誘導する共刺激分子としての役割を発揮するのかを細胞のラフトという場に注目し研究した。ついで、CD26陽性T細胞が破傷風トキソイドなどのメモリー抗原に強く反応して活性化されることに注目し、破傷風トキソイド処理されたAPCとの相互作用におけるCD26分子の役割を分子生物学的に再検討した。

【方法・材料および結果】

CD26 遺伝子を安定に導入した Jurkat 細胞株 (J.CD26 細胞株) の細胞溶解液からサッカロース濃度勾配超遠心分離法によりラフト分画を分離してSDS-PAGEで展開後、ウエスタンブロット法により、CD26がラフト分画に存在するかどうかを検討したところ、CD26がラフト分画に存在することが示された。また、J.CD26細胞株をCD26抗体 (Ta1-FITC) とラフトのマーカー、GM1ガングリオシドと結合する Cholera toxin B subunit(CTB)で染色すると共局在を認め、CD26が細胞膜上のラフトに存在することが認められた。さらに、ヒト末梢血T細胞をCD26抗体による CD26 のクロスリンクの有無により、ラフト内の CD26 タンパク量をウエスタンブロット法で検討したところ、CD26抗体処理によってラフト分画の CD26 が増加していることが示された。また、CD26 抗体クロスリンクにより c-Cb1、ZAP70、ERK1/2、TCRζのチロシンリン酸化が認められるが、cytochalasin D でヒト末梢血T細胞を前処理してラフトを形成を阻害すると、これらのチロシンリン酸化は減弱することが示された。これらの結果から、T細胞上のCD26もラフトに存在し、クロスリンクによりより多くのCD26がラフトに動員され、ラフトの集合を介して刺激シグナルが伝達されることが示された。

次に、CD26結合分子の探索と免疫学的意義の検討を行った。ヒト末梢血単核球 (PBMC) に Oregon green 標識した rsCD26 を添加したところ、CD14陽性単球の80%以上に取り込まれていることがわかった。PBMCから単球を純化して rsCD26 を添加すると単球上の CD86 の発現増強を認めた。つぎに、CD26-ADAセファロースカラムにTHP-1細胞溶解液を通した抽出液をSDS-PAGE後、銀染色で約20-25kDa付近に検出されたバンドを切り出して MALD-TOF MSで解析すると、caveolin-1が新たなCD26結合タンパクである可能性が示唆された。GST融合CD26及び削除変異体、GST融合caveoli-1及び削除変異体を用いたGST pull-down アッセイにより、caveolin-1 の82-101アミノ酸残基 (scaffolding domain) はCD26の201-211アミノ酸残基 (caveolin-1 binding motif) を介して結合することが判明した。また、単球の caveolin-1 は破傷風トキソイド処理12-24時間後にその一部が細胞表面に露出することが明らかとなった。さらに、caveolin-1 は scaffolding domainで Tollip (Toll interacting protein) のC2ドメインと結合していることが、免疫沈降法、免疫細胞化学、GST pull-down アッセイにより示された。そして、CD26 と結合した単球上の caveolin-1 はリン酸化され、結合していた Tollip を解離し、IRAKのリン酸化が認められた。さらに、核タンパク抽出液のDNA結合タンパクアッセイにより、CD26 で刺激された単球では NF-κB が活性化されていることが判明し、ヒト CD86 プロモータ領域を用いたルシフェラーゼアッセイにより、CD26-caveolin-1 の下流でCD86転写活性をもたらすためには、CD86 プロモータ領域にある2つの NF-κB 結合部位が必要であることが明らかとなった。

【考察】

本研究により、T細胞上の CD26 はラフトに存在し、クロスリンクにより、より多くの CD26 がラフトに動員され、ラフトの集合を介して刺激シグナルが伝達されることが示された。さらに、CD26 陽性T細胞は破傷風トキソイドなどのメモリー抗原に強く反応して活性化されるが、これは破傷風トキソイドペプチドを提示するAPCとの接触面でCD26とcaveolin-1の結合が関与しており、CD26と結合した caveolin-1 はリン酸化されて Tollip-IRAK の相互作用により NF-κB を活性することで CD86 の転写活性を増強することが示された。また、T細胞上のCD26は、抗原提示細胞の caveolin-1 の結合によって集簇しラフトを介して活性化シグナルを伝達することが示唆された。従来、TCRの共刺激として CD28-CD86/CD80、CD40-CD154 のレセプター・リガンド相互作用が有名であるが、共刺激分子としての CD26 の詳細なレセプター・リガンド相互作用は不明であった。今回の結果から、CD26結合分子として cveolin-1が同定され、T細胞・APCの共刺激を伝達するために CD26-caveolin-1 の相互作用が示された。本研究で明らかにした、CD26 陽性T細胞がメモリー抗原提示細胞と相互作用する分子機構は、合成ペプチドや抗体などの組み替えタンパクによる免疫寛容誘導療法への応用につながることが期待される。さらにCD26抗体医薬への応用とともに、caveoln-1結合部位である CD26 のポケット構造を標的とした薬物の合成により、抗原特異的な免疫反応の増強誘導するアゴニストや、アロ抗原特異的な免疫抑制や寛容誘導するアンタゴニストなどのへの実用化が期待される。また、rsCD26 などの組み替えタンパクによって特異免疫が増強することは、これら分子のがん樹状細胞療法やウイルスワクチンの免疫アジュバントとしての応用へと拡大できるであろう。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒト・メモリーT細胞において重要な役割を演じていると考えられるCD26/dipeptidyl peptidase IV (DPPIV) のT細胞活性化機構における分子細胞生物学的意義を明らかにするため、T細胞における CD26 を介した共刺激の分子機構の解明、CD26 の結合分子の単離・精製、および、それらの機能解析を試みたものであり、以下の結果を得ている。

CD26遺伝子を安定に導入したJurkat細胞株(J.CD26細胞株)の細胞溶解液からサッカロース濃度勾配超遠心分離法によりラフト分画を分離してSDS-PAGEで展開後、ウエスタンブロット法によって解析した結果、CD26 がラフト分画に存在することが示された。また、J.CD26細胞株を CD26 抗体とラフトのマーカー、GM1 ガングリオシドと結合する Cholera toxin B subunit (CTB) で染色し共焦点レーザー顕微鏡で検討した結果、CD26 は CTB と共局在を認め、CD26が細胞膜上のラフトに存在することが示された。

ヒト末梢血T細胞を CD26 抗体による CD26 のクロスリンクの有無により、ラフト内のCD26タンパク量をウエスタンブロット法で検討したところ、CD26抗体処理によってラフト分画の CD26 タンパク量が増加していることが示された。また、CD26抗体クロスリンクにより c-Cb1、ZAP70、ERK1/2、TCRζのチロシンリン酸化が認められるが、ラフト形成の阻害剤 cytochalasin D でヒト末梢血T細胞を前処理すると、これらのチロシンリン酸化は減弱することが示された。したがって、CD26 を介したT細胞共刺激は、CD26によるラフトの凝集を介して行われることが示された。

CD26の細胞外領域を組み換えタンパクとして発現、精製し、Oregon green 標識したrsCD26をプローブとして種々の細胞との結合性を検討したところ、ヒト末梢血中の CD14 陽性単球と単球系細胞株 THP-1 に結合することが示された。THP-1細胞溶解液を用いて CD26-ADA セファロースカラムを通した抽出液をSDS-PAGE後、銀染色で約 20-25kDa 付近に検出されたバンドを切り出して MALD-TOF MS で解析した結果、caveolin-1 が新たな CD26 結合タンパクであることが示された。さらに、GST融合CD26及び削除変異体、GST融合caveoli-1及び削除変異体を用いた免疫共沈法により、caveolin-1 の82-101アミノ酸残基 (scaffolding domain) は CD26 の DPPIV 酵素活性のポケット構造部位201-211アミノ酸残基 (caveolin-1 binding motif) と630番目のセリン残基を介して結合することが判明した。また、単球のcaveolin-1は破傷風トキソイド処理12-24時間後にその一部が細胞表面に露出することが示された。

単球の caveolin-1 はTollipと結合していることが免疫沈降法、免疫細胞化学的方法により示された。また、GST融合Tollip及び削除変異体、GST融合caveoli-1及び削除変異体を用いたGST pull-downアッセイにより、caveolin-1 の82-101アミノ酸残基はTollipの47-178アミノ酸残基C2ドメインと結合していることが示された。さらに、組み換え CD26タンパクを polystylene microbeads にコートし、これを stimulator として破傷風トキソイドで処理された単球を刺激し、細胞溶解液から抗 caveolin-1 抗体で免疫沈降法により解析したところ、caveolin-1 はリン酸化され、結合していたTollipを解離し、IRAK-1 のリン酸化が認められた。

組み換えCD26タンパクをコートしたpolystylene microbeadsにて、破傷風トキソイド処理された単球を刺激し、これらの細胞より得られた核タンパク抽出液を用いたDNA結合タンパクアッセイにより、CD26 で刺激された単球では NF-κB が活性化されていることが判明した。さらに、ヒトCD86プロモータ領域を利用したルシフェラーゼアッセイにより、CD26によって刺激された caveolin-1 の下流でCD86転写活性をもたらすためには、CD86プロモータ領域にある2つのNF-κB結合部位が必要であることが明らかとなった。

以上、本論文はCD26陽性メモリーT細胞において、CD26が共刺激分子として機能するためには、細胞膜上の微小構造ラフトとの相互作用が必要であることを明らかにした。さらに、CD26の新たな結合分子 caveolin-1 を同定し、それらの結合ドメインと、CD26と caveolin-1 の結合によってもたらされる CD86 発現増強に至る単球内のシグナル伝達機構を明らかにした。本研究は、これまで未知に等しかった、CD26 陽性メモリーT細胞の分子生物学的な活性化機構を解明し、メモリー抗原に対するT細胞の免疫応答およびその後に生じる炎症反応の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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