学位論文要旨



No 119334
著者(漢字) 瀧本,禎之
著者(英字) TAKIMOTO,YOSHIYUKI
著者(カナ) タキモト,ヨシユキ
標題(和) 摂食障害患者における催不整脈性
標題(洋) Arrhythmogenicity in Eating Disorders
報告番号 119334
報告番号 甲19334
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2308号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 教授 藤田,敏郎
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 講師 平田,恭信
 東京大学 講師 関根,信夫
内容要旨 要旨を表示する

[背景]摂食障害患者、特に神経性食欲不振症患者においては、10年間の経過観察において死亡する者の割合はは1-6%といわれており、その死因の20-30%を突然死が占めるとも言われている。過去に突然死を来した摂食障害患者において、心電図上の異常や剖検での心筋の異常が報告されていることから、突然死の原因として不整脈が考えられている。以上から、摂食障害患者は催不整脈性を有する可能性が想定される。催不整脈性の有無を検討するためには心臓の電気的不安定性を評価することが必要である。電気的不安定性は 1) modulating factor,2) trigger,3) substrate の3つの側面から評価可能であるが、本研究では体表面心電図検査を用いて substrate の検討を行い、摂食障害患者の催不整脈性を評価することを目的とした。具体的には、1)電解質正常者を対象に十二誘導心電図からQT interval, QT dispersion を測定した後2種類の心拍数補正を行い、同年代の健常女性との比較検討、2)QT interval, QT dispersion の自動解析を行い、心理指標との関係を検討、3)加算平均心電図を測定することにより late potentialを評価し、同年代の健常女性との比較検討、の3つの研究を行うこととした。

[方法]東京大学医学部附属病院心療内科外来を受診した女性のうち、アメリカ精神医学会の精神障害の診断・統計マニュアル第4版(DSM-IV)により摂食障害患者と診断されたものを対象とした。対象者はそれぞれ、研究1では179名、研究2では102名、研究3では48名であった。比較対照群として、研究1では52名の健常女子大生、研究3では20名の健常女子大生を用いた。

測定方法に関しては、研究1では、十二誘導心電図からマニュアルによりQT interval, QT dispersion を測定し、Bazett の式と nomogram methodの2つの方法を用いて心拍補正を行った。研究2では、十二誘導心電図から自動計測プログラムにより QT interval,QT dispersion を計測し、自己記入式心理テストである気分尺度プロフィール調査表を用いて気分尺度を測定した。研究3では、加算平均心電図を測定し、filtered QRS の長さ(f-QRS),終末40msの root mean square (RMS40),QRS終末で40μV以下の部分の長さ(LAS40)を計測した。f-QRS>120ms,RMS40<20μV,LAS40>38ms の3つの基準のうち2つを満たすものを late potential 陽性と判定した。

[結果]結果は以下の通りであった。

研究 1)摂食障害患者では神経性食欲不振症患者(n=78)のみでなく神経性大食症患者(n=86)においても電解質や心拍数などに関係無く、健常者と比較して有意に QT interval,QT dispersion が増大していた(表1)。また、神経性大食症では QT interval と QT dispersion は体重変化率と相関していた。

研究 2)うつや不安の心理指標が高得点を示した神経性大食症患者群(n=24)では、心理指標が低得点の群(n=24)と比較して有意に QT interval と QT dispersion が延長していた。また神経性大食症患者(n=48)においては、うつ尺度が QT interval と QT dispersion と有意に正の相関を示していた(表2)。

研究 3)神経性大食症患者(n=27)では健常者と比較して、LAS40が有意に増加しており、late potential 陽生の割合(56%)が有意に多かった(表3)。神経性大食症患者のなかでも神経性食欲不振症歴のあるもの(n=16)で late potential 陽性が有意に多くみられた(表3)。

[考察]本研究では、電解質正常者に対象を限定しても QT interval と QT dispersion が延長しており、神経性大食症患者でも QT interval と QT dispersion が延長していた。この結果から摂食障害患者における QT interval や QT dispersion の変化は単なる電解質異常や栄養不良状態によるものではないことが予想された。また、神経性大食症患者では QT interval と QT dispersion が体重変化率と相関していたこと、うつや不安尺度が高い群で延長がみられたこと、うつ尺度との相関が見られたことから、体重や心理状態の変化が自律神経系を介してQT interval 延長や QT dispersion 増大に影響している可能性が考えられた。late potential に関しては late potential 陽性者が神経性食欲不振症の既往歴のある神経性大食症に多く見られた。このことから、神経性食欲不振症から神経性大食症への転換により、急激な体重増加に伴った、低体重時にみられる心筋萎縮からの回復の際に、電気的リモデリングが生じている可能性が考えられた。

本研究の限界として、1)すべての薬剤,ナトリウム,カリウム,カルシウム以外のマグネシウムなどの電解質,低血糖などQT interval やQT dispersion に影響するとされる因子について検討がなされていないこと 2)左室駆出率などの心機能が突然死と関係していることが指摘され、心筋の萎縮が QT interval,QT dispersion 延長に関係していると想定しているにも関わらず、心エコーの測定検討がなされていないこと 3)過去の最低体重の検討がなされていないことなどがあげられる。

[結論]本研究によって得られた結果から、摂食障害患者には substrate が存在しており、摂食障害患者の突然死に不整脈が関係している可能性が考えられた。従来から突然死の報告がみられる神経性食欲不振症と共に、これまでは危険群と考えられていなかった神経性大食症患者においても、経過観察を慎重に行っていく必要性が示唆されるものであった。

摂食障害各群(電解質正常)と健常者における心電図パラメーター測定結果

神経性大食症における心理指標と心電図パラメーターのピアソン相関係数

摂食障害各群における加算平均心電図パラメーター

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、有病者が増加しており社会的に注目されている摂食障害患者の突然死への不整脈の関わりを明らかにするため、電気生理学的手法を用いて摂食障害患者の substrate の評価を試みたものであり、下記の結果を得ている。

摂食障害患者を対象に、体表面十二誘導心電図から測定された QT interval,QT dispersion を健常者と比較検討した。対象者を電解質正常者に限定し、心拍数による影響を nomogram 法,Bazzet 式にて補正した後も、神経性食欲不振症(AN)、神経性大食症(BN)患者共に、QT interval が延長、QT dispersion が増大していた。電解質異常や徐脈の影響を除外したのち、正常体重を有するBN患者でも QT interval,QT dispersion が延長していたことから、摂食障害患者の QT interval 延長,QT dispersion 増大は単なる低栄養状態によるものではないことが示唆された。

摂食障害患者の QT interval,QT dispersion と栄養状態を示す body mass index (BMI),体重の変化率との相関を比較検討した。AN患者では有意な相関は認められなかったが、BN患者では体重の変化率がQT interval,QT dispersion と有意な相関を示していた。これは、BN患者においては、体重の変化自体が自律神経系を介して再分極過程に影響を与えて QT interval,QT dispersion を変化させていることを、示唆するものであった。

摂食障害患者を心理テストの気分プロフィール調査表(POMS)の点数によって高得点・低得点の二群にわけて、QT interval,QT dispersion を比較検討した。AN患者では各心理指標の高・低得点群間で差はみられなかったが、BN患者においては、anxiety と depression の高得点群が低得点群と比較して、それぞれ QT interval が延長、QT dispersion が増大していた。また、BN患者の anxiety と depression の高得点群と低得点群の間で、栄養状態を示すBMIに差は見られなかった。このことから、BN患者においては、anxiety や depression といった心理状態がおそらく自律神経系のトーヌス変化を通じて、QT interval や QT dispersion に影響を与えていることが示唆された。

摂食障害患者の QT interval,QT dispersion とPOMSの各心理指標との相関を検討した。結果、AN患者では有意な相関は認められなかったが、BN患者では depression の得点が QT interval,QT dispersion と有意な相関を示していた。これは、BN患者においては、様々な心理状態のなかでも特に depression の心理状態が自律神経系を変化させ、その結果 QT interva1,QT dispersion に影響を与えていることを、示唆するもであった。

摂食障害患者を対象に、加算平均心電図を施行し、遅延電位(LP)陽生の割合を健常者と比較検討した。AN患者においてはLP陽生者の割合は健常者と差が認められなかったが、BN患者においてはLP陽生者の割合が健常者と比較して有意に増加していた。また、BN患者をANの既往歴の有無にて二群にわけて検討すると、AN歴のあるBN患者において、LP陽性者が有意に増加していた。AN歴のあるBN患者では、LPの存在によって伝導異常をきたしやす状態であることが示唆された。

以上、本論文は摂食障害患者を対象に、不整脈の substrate の指標である QT interval,QT dispersion,LP を検討することによって、摂食障害患者に substrate が存在している可能性を明らかにした。本研究は摂食障害患者が不整脈発生に関係した電気的不安定性を有していることを示唆するものであり、摂食障害患者の治療において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク