学位論文要旨



No 119336
著者(漢字) 奥川,周
著者(英字)
著者(カナ) オクガワ,シュウ
標題(和) グラム陰性桿菌のリポ多糖 (LPS) および鞭毛蛋白フラジェリンによる Toll 様受容体からの細胞内シグナル伝達とその機能の解明
標題(洋)
報告番号 119336
報告番号 甲19336
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2310号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 俣野,哲朗
内容要旨 要旨を表示する

細菌感染症治療は抗菌薬の開発により、軽症例では容易に治療できるようになった一方で、耐性菌の出現や高齢者、HIV 感染者などの日和見患者の増加により感染症が重篤化し、敗血症による敗血症性ショック、全身性炎症反応症候群 (systemic inflammatory response syndrome) から死に至ることも多い。さまざまな治療にもかかわらず、これらに対する有効な治療法は未だ存在しない。敗血症性ショック、全身性炎症反応症候群などの重篤な病態は、細菌の感染力や生体への影響力などの細菌側の要因と、生体における免疫システムの過剰反応やバランスの破綻などの生体側の要因によっても起こると推測される。そのため、細菌感染症時の免疫反応を理解することは、敗血症治療の一助になると考えられる。

生体における免疫システムは主に自然免疫と獲得免疫に分けられ、自然免疫において、マクロファージおよび樹状細胞などの細胞が近年Toll様受容体(Toll-like receptor;TLR)を介して病原体と自己を識別し、免疫応答を行っていることが判明した。例えば、TLRの一つTLR4のリガンドがグラム陰性桿菌の細菌リポ多糖(LPS)であり、グラム陰性桿菌の鞭毛の蛋白であるフラジェリンがTLR5のリガンドであることが報告されている。TLRはこのような微生物成分を抗原提示細胞からの抗原提示を受けずに直接認識し、免疫反応を起こすという点で、自然免疫において重要な役割を果たしている。そのため、TLR からの細胞内シグナル伝達やその機能を理解することは、細菌性敗血症の病態を理解する上で極めて重要であると考えられる。そこで、本研究では日常の診療でよく遭遇するグラム陰性桿菌の敗血症の病態を解明する目的で、LPS をリガンドとする TLR4 と、フラジェリンをリガンドとする TLR5 に着目し、これら TLR の細胞内シグナル伝達と機能について検討した。

TLR4 シグナル伝達では、チロシンキナーゼの働きについて主に検討した。TLRはいずれもリガンドからの刺激を受けると、アダプター蛋白であるMyD88と受容体が結合し、IRAK などのセリンスレオニンキナーゼが活性化され、MAPKおよびNF-κBなどが活性化することが既に報告され、その他、TIRAP/Ma1などの MyD88 を介さないシグナル伝達系も発見されている。また、LPS 刺激ではチロシンキナーゼ(PTK)のうち Src ファミリーキナーゼ (Hck、Lyn) や Janus キナーゼ(Jak)ファミリーの Jak2 もシグナル伝達に関与していることが報告されているが、これらのPTKがシグナルを下流にどのように伝達し、炎症性サイトカインの産生に至る分子機序についてはほとんど解明されていなかった。

そこで、私はPTKの一つである Jak2 に注目し、マウスマクロファージ様細胞系細胞株RAW264.7細胞を用い、LPS刺激による TLR4 細胞内シグナル伝達における Jak2 の機能を解明する実験を行った。

本実験の最初に、市販されているLPSにはTLR2のアゴニストが混入している可能性が報告されているため、TLR2のアゴニストを除去する目的で既報のフェノール抽出法を用いLPS再精製を行った。この再精製LPSがTLR2を遺伝子導入した HEK293 細胞において、NF-κB を活性化させないことをまず確認し、この再精製LPSを用い一連の実験を行った。

LPS 刺激による炎症性サイトカイン産生に重要であると報告されている3つの MAPK、ERK (extracellular-signa1-related kinase)、p38、JNK (c-Jun NH2-terminal protein kinase) の活性化が、RAW細胞でも認められた。次に、私たちが着目したPTKの一つであるJak2がLPS刺激により活性化されることを確認した。この活性化は抗TLR4中和抗体により抑制されることから、Jak2はTLR4を介して活性化されることが証明された。

次に Jak2 と3つの MAPK、ERK、p38、JNK との関連を検討するため、Jak2阻害薬AG490あるいはキナーゼ欠損Jak2の遺伝子導入により Jak2 の活性化を抑制したところ、LPS 刺激による ERK のリン酸化には影響を与えないが、p38と JNK のリン酸化を抑制した。

LPS 刺激でMAPKを制御していることが報告されている PI-3K の活性化を、PI-3K のチロシンリン酸化にて確認した。さらに PI3-K阻害薬LY294002によるMAPKへの影響を検討したところ、Jak2活性化抑制実験と同様にPI3-Kの活性化抑制により、ERKのリン酸化には変化を認めないが、p38、JNKのリン酸化は抑制された。以上より、Jak2 とPI3-K が TLR4 からの同一のシグナル伝達経路にあることが推測された。Jak キナーゼの主要な機能はSTAT転写因子の活性化であるが、その他にもP13-Kの活性化に直接関与していると推測されている。そこで、LPS刺激における Jak2 と PI-3K の関連をAG490処理あるいはキナーゼ欠損Jak2を遺伝子導入した細胞を用い実験を行ったところ、Jak2 活性化を低下させると PI3-K のチロシンリン酸化の低下が認められた。また、この反応の際、LPS 刺激後に Jak2 と PI3-K が複合体を形成することも確認した。

マクロファージはLPS刺激でIL-1βなどの炎症性サイトカインを産生することが知られているが、RAW 細胞でもp38、JNK、PI3-K、Jak2 の各阻害剤により、IL-1βの産生が用量依存性に抑制され、また、野生型あるいはキナーゼ欠損Jak2を遺伝子導入したRAW細胞でも、IL-1βの産生がコントロールと比較し、野生型では亢進し、キナーゼ欠損型では抑制された。このようにp38、JNK、PI3-K、Jak2のいずれも IL-1β産生に関与していた。

以上より、LPS刺激によるTLR4シグナル伝達においてJak2はPI3-KとMAPKのp38、JNK 活性化を制御し、炎症性サイトカイン IL-1β産生に関与している。

次に、最近、T細胞において TLR5 が発現していることが報告されたので、T細胞性白血病株Jurakt T細胞を用いて、TLR5のシグナル伝達の実験を行った。T細胞はT細胞受容体 (TCR) を介した獲得免疫としての役割が主に議論されてきたが、TLR5を介した自然免疫と獲得免疫との関連についてはまだ解明されていないため、TLR5の細胞内シグナル伝達とT細胞受容体の活性化との関連について主に実験を行った。

フラジェリン刺激により、TLR5自身のチロシンリン酸化、MAPKのp38、JNKの活性化、NF-κBの活性化を確認した。TCR刺激により活性化され、IL-2の産生に関与するNF-AT転写因子は、TLR5刺激では活性化されなかった。

さらに、フラジェリンによる TLR5 先行刺激が及ぼす TCR のシグナル伝達への影響をNF-AT活性を指標に検討したところ、TLR5 先行刺激により TCR 刺激からの NF-AT 活性化がフラジェリン用量依存性に抑制された。

TLR5 先行刺激によって TCR 表面発現に変化は見られなかったが、TCR からのシグナル伝達に重要な役割を果たすPTKの一つZap-70のチロシンリン酸化低下が見られ、細胞内にシグナル伝達抑制の要因があると考えられた。

TLR4からのシグナル伝達により、サイトカインや成長ホルモンからのシグナルの抑制に働く SOCS-1 が誘導されること、SOCS-1 が欠損したT細胞では TCR 刺激への反応性が亢進することが既に報告されている。このことはSOCS-1がTCRシグナル伝達を抑制している可能性を示唆しているため、まず TLR5 刺激における SOCS-1 の誘導を検討したところ、フラジェリン刺激後SOCS-1のmRNAの発現の亢進を確認した。次に、SOCS-1 発現ベクターを細胞内遺伝子導入したところ、TCR 刺激による NF-AT 活性化が抑制された。以上より、TLR5 先行刺激による TCR からのシグナル伝達抑制の要因の一つに、SOCS-1 の誘導が考えられた。

以上、本研究において、TLR4 の細胞内シグナル伝達における Jak2 の機能の解明と TLR5 が TCR を介する活性化に及ぼす影響について検討した。

敗血症時の過剰な免疫反応によりショック状態が引き起こされることがあり、その際に免疫抑制剤である副腎皮質ステロイド投与が行われることもある。しかし、臨床上、副腎皮質ステロイド投与は広汎な薬理作用により、過剰に免疫反応を抑制し、感染症を増悪させる危険性がある。そのため、今後はより特異的な作用を有し、過剰な免疫反応のみを抑制する薬剤の開発が期待される。その開発の際、私が証明した Jak2 を介した一連の細胞内シグナル伝達系をターゲットとすることも可能かもしれない。

フラジェリン先行刺激によるにT細胞活性化の抑制は、T細胞の獲得免疫を抑制し、免疫の過剰反応を抑え敗血症の重篤化を防いでいる可能性がある一方で、その抑制が過剰であると免疫機能低下から敗血症を重篤化させている可能性もあり、TLR5 先行刺激による TCR を介するT細胞活性化の抑制の生理的役割について詳細な検討が今後も必要である。

本研究は、以上の点で敗血症の病態解明と治療の開発の一助となると確信している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、近年自然免疫応答に重要な役割を演じていると考えられる Toll 様受容体(TLR)の細胞内シグナル伝達とその機能を明らかにするため以下の2つの研究を行った。第一にマウスマクロファージ様細胞株RAW264.7細胞を用いLPSをリガンドとする TLR4 の細胞内シグナル伝達におけるJak2の役割について解析を試みた。第二にヒトT細胞性白血病細胞株Jurkat T細胞を用い、フラジェリンによる TLR5 を介する先行刺激とT細胞受容体を介するT細胞活性化に及ぼす影響についての解析を試み、下記の結果を得ている。

TLR4細胞内シグナル伝達におけるJak2に関する解析

RAW264.7細胞を用い、LPS刺激でJak FamilyのうちJak2のみ刺激後1分よりチロシンリン酸化することを Western blotting 法で示した。このJak2のチロシンリン酸化は抗TLR4中和抗体により抑制され、TLR4を介して起こることが示された。

Jak2阻害薬AG490、あるいはキナーゼ欠損Jak2の遺伝子導入により、Jak2の活性化を抑制すると、LPS刺激による免疫応答に重要であることが報告されている主要な3つの主要なMAPK、ERK、JNK、p38のうち、JNKとp38のリン酸化は抑制され、ERKのリン酸化は影響を受けないことをWestern blotting法で示した。このことはJak2がJNKおよびp38の上流に位置することを示していた。

LPS刺激による免疫応答に、重要なシグナル伝達因子であることが報告されているPI3-Kについても、LPS刺激後1分を最強とするチロシンリン酸化を認めることをWestern blotting法で示した。PI3-Kの活性化をPI3-K阻害薬LY294002で抑制すると、Jak2を抑制した際と同様に、3つのMAPKのうちJNKとp38のリン酸化は抑制されたが、ERKのリン酸化は影響を受けなかった。

Jak2阻害薬およびキナーゼ欠損 Jak2 の遺伝子導入により、Jak2 活性を抑制すると、LPS刺激によるPI3-Kのチロシンリン酸化が抑制された。一方、PI3-K阻害薬でPI3-Kの活性を抑制しても、LPS刺激によるJak2のチロシンリン酸化は抑制されなかった。このことはJak2がPI3-Kの上流に存在し、MAPKのJNK、p38のリン酸化を制御していることを示していた。

Jak2を介したシグナル伝達に関与することが判明した因子を、それぞれPI3-K阻害薬LY294002、JNK阻害薬SP600125、p38阻害薬SB203580、Jak2阻害薬AG490を用い活性化を抑制、さらにJak2については、キナーゼ欠損Jak2および野生型Jak2の遺伝子導入を行い、LPS刺激免疫応答に重要な炎症性サイトカインIL-1βについて、LPS刺激24時間後の産生量をELISA法を用い比較した。いずれの経路を阻害しても、IL-1β産生は抑制され、野生型Jak2を遺伝子導入した細胞は産生が亢進した。以上より、Jak2からPI3-K、MAPKのJNK、p38を制御する経路はIL-1β産生に関与することが示された。

TLR5刺激とT細胞受容体によるT細胞活性化に関する解析

Jurkat T細胞において、フラジェリン刺激により、MAPKのp38、JNKのリン酸化が刺激後15分を最強として起きることをWestern blotting法で、NF-κBの活性化がフラジェリン濃度依存性に起こることをルシフェレースアッセイ法で、さらに TLR5 受容体自身のチロシンリン酸化が、刺激後1分より起こることをWestern blotting法で示した。T細胞受容体刺激からIL-2産生への重要なシグナル伝達因子であるNF-ATの活性化についても、ルシフェレースアッセイ法を用いて検討したが、その活性化は認めなかった。即ち、TLR5 からのシグナル伝達に、NF-ATが関与しないことが示された。

フラジェリン先行刺激が、その後の抗CD3抗体刺激によるNF-ATの活性化を抑制することを、ルシフェレースアッセイ法を用いて示した。NF-AT活性化の抑制は、フラジェリン先行刺激3時間後より認め、6時間後で最大となり18時間後でも同程度であった。また、フラジェリン濃度依存性に抑制された。

フラジェリン刺激によるT細胞受容体表面発現の変化を FACS 解析で検討したが、NF-AT活性化抑制の最大となった6時間で変化を認めなかった。しかし、T細胞受容体直下に存在し、NF-AT活性化に関与するZap-70チロシンキナーゼの抗CD3抗体刺激によるチロシンリン酸化が、フラジェリン先行刺激により抑制された。このことより、フラジェリン先行刺激によるT細胞受容体からのNF-AT活性化抑制は、T細胞受容体直下の細胞内レベルで起こっていることが示された。

フラジェリンによる細胞内レベルでの抑制の機序を解明するため、T細胞受容体からのシグナル伝達を抑制する可能性が報告されている SOCS-1 について検討した。その結果、SOCS-1の発現がフラジェリン刺激2時間後より認められることを、RT-PCR法を用いて示した。

SOCS-1を遺伝子導入しJurkat T細胞に、抗CD3抗体刺激を加えるとNF-AT活性化が抑制されることが示された。以上より、Jurkat T細胞において、フラジェリン先行刺激がT細胞受容体からのNF-AT活性化を抑制する機序に、SOCS-1が関与することが示された。

以上、本論文は、第一にマウスマクロファージ様細胞株RAW264.7細胞におけるTLR4からの細胞内シグナル伝達に、Jak2がPI3-KおよびMAPKのうちJNK、p38を制御し、IL-1β産生に関与すること、第二にヒトT細胞性白血病株Jurkat T細胞を用い、TLR5先行刺激がT細胞受容体からの細胞活性化をSOCS-1を介して抑制することを明らかにした。本研究では、未知に等しかったTLR4を介するマクロファージ活性化におけるJak2の役割およびフラジェリン先行刺激によるT細胞活性化抑制の分子生物学的機序について解明し、今後の敗血症の病態解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位授与に値するものと考えられる。

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