学位論文要旨



No 119338
著者(漢字) 殿塚,行雄
著者(英字)
著者(カナ) トノヅカ,ユキオ
標題(和) GTPase活性化タンパク質MgcRacGAPと転写因子STAT3の相互作用とその機能解析
標題(洋) A GTPase activating protein binds STAT3 and is required for IL-6-induced STAT3 activation and differentiation of a leukemic cell line
報告番号 119338
報告番号 甲19338
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2312号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高津,聖志
 東京大学 教授 岡山,博人
 東京大学 助教授 渡辺,すみ子
 東京大学 助教授 上妻,志郎
 東京大学 講師 井上,聡
内容要旨 要旨を表示する

正常細胞は、細胞の増殖と分化の間に一定の秩序が存在すると考えられるが、その秩序に破綻をきたす癌化のメカニズムに関しては、いくつかの有力な分子メカニズムが解明されつつある。マウス白血病細胞株、M1細胞はサイトカインであるIL-6によりマクロファージへ分化誘導され、最終的にアポトーシスを起こす。この機構において転写因子STAT3が分化誘導に関して重要な役割を持つことが知られているが、詳細な分子メカニズムは不明である。

MgcRacGAPは以前、我々の研究室より、M1細胞を用い、細胞の増殖と分化の調節機構に携わる遺伝子を同定することを目的とした、レトロウイルスによる機能性発現クローニング法により同定されたタンパク質である。これまでの研究により、MgcRacGAPは細胞周期におけるM期に中央体に集積し、セリン、スレオニンキナーゼである Aurora Bによりリン酸化を受けることにより、低分子量Gタンパク質であるRho Aと共同し、そのGAP活性を行使することにより細胞質分裂の終了に重要な役割を果たしていることが明らかとなっている。一方、MgcRacGAPのアンチセンス鎖をM1細胞へ導入すると、IL-6に対する分化誘導に抵抗性が認められるものの、その分子メカニズムは全く不明であった。そこで学位申請者は、さらに詳細にMgcRacGAPと細胞分化との関係を検討した。

MgcRacGAPのセンス鎖をM1細胞へ導入し、IL-6の刺激による分化を誘導すると、コントロール群と比べ分化誘導能の亢進が有意に認められた。この表現型においてM1細胞の分化誘導に重要な因子であるSTAT3が関与していると仮定し、両者の相互作用を共免疫沈降法により検討したところ、MgcRacGAP、SIAT3が細胞内で相互作用していることを見い出した。

この相互作用が直接的あるいは間接的かどうかを Yeast two-hybrid 法により検証したところ、MgcRacGAPはSTAT3と直接的な相互作用をしていることが明らかとなった、さらに他のSTAT family についての相互作用を検証した結果STAT4、5A、5BにおいてもMgcRacGAPは直接的な相互作用が認められた。実際に、MgcRacGAPはCys domain、GAP domain を介しSIAT3と相互作用し、一方STAT3はDNA binding domainを介しMgcRacGAPと相互作用することを pull down 法により明らかにした。両分子の結合はIL-6の刺激において増強され、免疫染色にてMgcRacGAP-STAT3複合体はIL-6刺激下におけるM1細胞の核内において特徴的な speckled パターンとして認められた。さらに、EMSA法によりDNA-STAT3複合体においてもMgcRacGAPの存在が認められた。そこで、STAT3の転写活性化にMgcRacGAPが関与しているのではないかと考え、MgcRacGAPのSIAT3に対しての転写活性の影響をレポーターアッセイ法を用いて検討したところ、MgcRacGAPは有意にSTAT3の転写活性を亢進させた。しかし、MgcRacGAPのGAP domain を不活性化させた、R385A mutant 及び、GAP domain を欠損させたΔ-GAP mutant においては、その転写亢進能は認められなかった。またMgcRacGAPのセンス鎖、完全長cDNAを導入したM1細胞はIL-6刺激に対する分化誘導能の亢進が認められる一方、Δ-GAP mutant を導入したM1細胞においては分化誘導能の亢進は認められなかった。さらに、293T細胞においてMgcRacGAPに対するsiRNAを用いMgcRacGAPの発現を特異的に抑制すると、STAT3の転写活性能が著しく減弱された。

以上の結果より本研究において、MgcRacGAPは細胞質分裂において重要な働きをしているだけでなくSTAT3と直接相互作用し、GAP domain を介しSTAT3の転写制御およびIL-6により誘導されるM1細胞の分化において重要な役割を果たしていることが明らかとなった。

審査要旨 要旨を表示する

本研究により、白血病細胞であるM1細胞の分化関連遺伝子としてクローニングされ、また細胞質分裂に重要な役割を演ずる低分子量Gタンパク質の調節因子であるMgcRacGAPとM1細胞のIL-6による分化誘導に重要な役割を担う転写因子STAT3との細胞内相互作用が見い出された。そして、MgcRacGAPが細胞質分裂だけでなく細胞分化にも関与し、さらにSTAT3の活性化にその機能を寄与していることが明らかとなり、下記の結果を得ている。

レトロウイルスベクターを用いてMgcRacGAPを導入したM1細胞においいて、コントロール群と比べIL-6に対する分化感受性の亢進が認められた。

M1細胞においてMgcRacGAPとIL-6受容体の下流に存在する転写因子STAT3との直接的な相互作用が確認され、その相互作用はIL-6の刺激により増強された。

MgcRacGAP及びSTAT3の各領域を分断した組み換え型タンパク質を作成し、各々どの領域において相互作用しうるか検討したところ、STAT3はMgcRacGAPのCystine domain 及びGAP domain を介し結合しており、またMgcRacGAPはSTAT3のDNA binding domain を介し相互作用していることが判明した。

MgcRacGAP-STAT3複合体が細胞内のどの器官で相互作用しているか、免疫染色により検討したところ、IL-6により刺激されたM1細胞の核内においてMgcRacGAPとSTAT3の共局在が認められた。またEMSAによりMgcRacGAPはDNA-SIAT3複合体に含まれていることが明らかとなった。

MgcRacGAP及び、GAP domain を欠損させた変異体(Δ-GAP)、GAP活性を不活化させた変異体(R385A)を用い、STAT3の転写活性に対する reporter assay を行ったところ、MgcRacGAPはSTAT3の転写活性を増強することが示された、一方、Δ-GAP、及びR385A変異体においては有意にSTAT3の転写活性を亢進させなかったことから、MgcRacGAPによるSTAT3の転写活性化においてはGAP domain の存在が必要であることが明らかとなった。また、Δ-GAP変異体を導入したM1細胞は正常型MgcRacGAPを導入した細胞に比べIL-6による分化誘導の促進効果が認められなかったことより、IL-6誘導によるM1細胞の分化においてもGAP domain の存在が重要であることが明らかとなった。

MgcRacGAPのタンパク質をsiRNAを用いることにより特異的にノックダウンしたところ、STAT3の転写活性の低下が認められた。この知見からも、MgcRacGAPがSTAT3の転写活性化機構に貢献していることが判明した、一方MgcRacGAPをノックダウンした細胞においてはIL-6刺激時におけるSTAT3のリン酸化状態には変化がないことから、MgcRacGAPは少なくとも、STAT3がJAKキナーゼによりリン酸化を受けた後の段階において、その機能を発揮しているのではないかと推測された。

以上、本論文は、サイトカインシグナル伝達機構における転写因子STAT3と細胞骨格及び細胞分裂関連タンパク質MgcRacGAPとの直接的相互作用を証明し、さらにSTAT3の転写活性化機構にMgcRacGAPの存在が必要であることを示したものである。この事実は上記の2つの細胞内シグナル伝達機構のクローストークを示唆する可能性を秘めているばかりでがなく、生体内において多くの機能調節を担っているSTAT3の機能解明にも貢献をなす重要な知見であると考えられ、学位の授与に値するものである。

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