学位論文要旨



No 119341
著者(漢字) 吉野,修
著者(英字)
著者(カナ) ヨシノ,オサム
標題(和) 子宮内膜および子宮内膜症における p38 MAPK の意義
標題(洋)
報告番号 119341
報告番号 甲19341
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2315号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

近年、受精卵の着床現象は一種の炎症反応と考えられており、着床を子宮内膜における炎症として解析することは重要である。また、不妊症や月経痛の原因とされる子宮内膜症も近年、炎症性疾患と捉えられている。炎症性サイトカインが子宮内膜症細胞の増殖を促進することから、炎症の制御を行なうことで子宮内膜症の進展を抑制することができる可能性がある。本論分では子宮内膜および子宮内膜症における炎症をサイトカイン・プロスタグランディンなどのケミカルメディエーターの産生調節という視点で解析を行った。

生命現象を理解する上で、細胞内シグナル伝達機構の解明が不可欠である。MAPキナーゼ(Mitogen-activated protein kinase:MAPK)カスケードは、細胞外の情報を核に伝える細胞内シグナル伝達経路の主要なものの一つである。MAPKのうち、p38MAPKは、特に炎症応答において重要な役割を果たすことが知られている。

本論文では、1.正所性子宮子宮内膜における生理的炎症、特に着床に関与するMAPKの調節機構 2.異所性子宮内膜におけるMAPKの調節機構についての検討を行い、特に炎症に関与するp38MAPKを抑制することが子宮内膜症の新たな治療法になりうるかを 3.マウス子宮内膜症モデルを作成し、検討を行った。

正所性子宮子宮内膜におけるp38MAPK

IL-1βは着床期において子宮内膜に浸潤してくる絨毛細胞より分泌されることが知られている。IL-1βによる炎症性反応は、サイトカイン・プロスタグランディンを増加させることで、組織のリモデリングを惹起し胚細胞浸潤に有利な環境を形成すると考えられる。一方、胚細胞が子宮内膜への浸潤を停止するためには、このような炎症性反応は抑制される必要がある。胚の着床時、子宮内膜はプロゲステロン作用により脱落膜化することが知られている。すなわち、プロゲステロンは着床時に脱落膜化を起こすことで、過度の炎症を抑制している可能性がある。そこで我々は、脱落膜化変化に重要なcAMP/PKAが、IL-1β添加によるp38MAPKのリン酸化を抑制しているという仮説をたてた。手術時に同意のもと得られた子宮内膜より子宮内膜間質細胞を分離後、エストラジオール(10ng/ml)およびプロゲステロン(100ng/ml)下で9日間培養し脱落膜化を誘導後、IL-1βを添加し、培養上清中のIL-6IL-8MCP-1濃度をELISA法にて測定した。また、培養細胞より蛋白およびmRNAを抽出し、それぞれp38MAPK、プロスタグランディン合成酵素であるCOX-2の発現レベルを検討した.ホルモン非存在下に8-bromo-cAMP(1mM)添加による脱落膜化誘導後にも同様の実験を行った。

IL-1βは、子宮内膜間質細胞のp38リン酸化を活性化することを認めた。また、IL-1βによりCOX-2 mRNA発現およびIL-6 IL-8 MCP-1の分泌が増加し、この効果はp38 MAPK阻害剤であるSB202190(10μM)により抑制された。プロゲステロンにより脱落膜化した子宮内膜間質細胞ではIL-1βによるCOX-2発現及びIL-6 IL-8 MCP-1の分泌促進効果が有意に減少しており、この作用はプロゲステロンによるp38 MAPKリン酸化の抑制によるものであった。プロゲステロンは脱落膜化の過程においてcAMPを誘導することが知られている。8-bromo-cAMPにて前処理された子宮内膜間質細胞ではIL-1βによる、P38 MAPKリン酸化の活性化が抑制された。

子宮内膜におけるプロゲステロンの抗炎症作用の機序として、プロゲステロンにより誘導されたcAMPが炎症性サイトカインによるp38活性化を抑制することが示唆された。今回、正所性子宮内膜で得られた、炎症性サイトカインの産生およびCOX-2の発現にp38MAPKが関与しているという知見は子宮内膜症の病態の解明および新たな治療に応用できる可能性がある。そこで異所性子宮内膜細胞を用い実験を行なった。

異所性子宮内膜におけるMAPKの調節機構についての検討

患者の同意の下に得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞より、子宮内膜症性間質細胞を分離・培養した。子宮内膜症性間質細胞をIL-1β(5ng/ml),TNF-α(100ng/ml),H2O2(4mM)で15分刺激し各MAPKのリン酸化及び総蛋白の発現をWestern blotで調べた。IL-1β刺激下に各MAPKの特異的阻害剤(ERK阻害剤:PD98059 25μM,p38阻害剤:SB202190 10μM,JNK阻害剤:SP600125 10μM)を添加し、刺激4時間後のPG合成酵素COX-2 mRNAの発現を定量的PCRで、24時間後の培養上清中IL-6,IL-8濃度をELISA法にて測定した。

IL-1β,TNF-α,H202各々の刺激により、ERK,p38,JNKすべてのリン酸化が認められ、IL-1β刺激において最も強くリン酸化が認められた。IL-1βはCOX-2 mRNA発現とIL-6,IL-8産生を刺激した。このIL-1βによる刺激作用は各種MAPK阻害剤により抑制され、COX-2 mRNA発現においてはp38>ERK>JNK各阻害剤の順で効果が認められた(各々10%, 20%, 50%に抑制)。IL-8産生に対する抑制作用は、p38>ERK=JNK各阻害剤の順(30%,70%,70%)で、IL-6産生に対してはp38>JNK>ERK各阻害剤の順(40%,90%,100%)であった。子宮内膜症性細胞においてERK,p38,JNKすべてのリン酸化が炎症性物質の産生を介して子宮内膜症の進展に寄与していることが示唆され、なかでもp38 MAPKを介する経路が最も重要であると推測された。そこでマウス子宮内膜症モデルを用いてp38MAPK阻害剤の効果につき検討を行った。

マウス子宮内膜症モデルを用いた検討

マウスを用いた子宮内膜症モデルを作成した。ミンチした子宮内膜を同系マウスの腹腔内に投与することで、子宮内膜症様病変を誘導することができた。また、病変はエストロゲン依存性に増大することを認めた。

本モデルにp38 MAPK阻害剤であるFR167653(藤沢薬品30mg/kg)を投与したところ、コントロールと比べ有意に子宮内膜症病巣の縮小を認めた。さらに腹腔内サイトカインを検討した結果、FR167653投与群において、IL-6・MCP-1濃度の減少を認めたことより、FR167653の効果は子宮内膜症に伴う腹腔内の炎症反応を抑制することにより発揮されている可能性が示唆された。

本実験はエストロゲンの投与を行なっており、エストロゲン存在下においても子宮内膜症の進展を阻止できるp38 MAPK阻害剤は、子宮内膜症の新たな治療薬としての可能性が期待できる。

本研究により、着床などの生理的現象および、子宮内膜症などの病理的現象において、MAPKのうち、特にp38MAPKが重要な役割を担っていることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は正所性子宮内膜および異所性子宮内膜すなわち子宮内膜症における炎症性サイトカイン産生のシグナル伝達経路を明らかにするため、MAPキナーゼ(Mitogen-activated protein kinase:MAPK)のうち、特に炎症に関与するp38MAPKを中心に解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

正所性子宮子宮内膜におけるp38 MAPK

着床の起点においてIL-1βが子宮内膜に作用することが知られている。IL-1βは、子宮内膜間質細胞のp38 MAPKリン酸化を活性化することを認めた。また、IL-1βによりCOX-2 mRNA発現およびIL-6 IL-8 MCP-1の分泌が増加し、この効果はp38 MAPK阻害剤であるSB202190により抑制された。プロゲステロンにより脱落膜化した子宮内膜間質細胞ではIL-1βによるCOX-2発現及びIL-6 IL-8 MCP-1の分泌促進効果が有意に減少しており、この作用はプロゲステロンによるp38リン酸化の抑制によるものであった。プロゲステロンは脱落膜化の過程においてcAMPを誘導することが知られている。8-bromo-cAMPにて前処理された子宮内膜間質細胞ではIL-1βによる、p38リン酸化の活性化が抑制された。子宮内膜におけるプロゲステロンの抗炎症作用の機序として、プロゲステロンにより誘導されたcAMPが炎症性サイトカインによるp38 MAPK活性化を抑制することが示唆された。

異所性子宮内膜におけるMAPKの調節機構についての検討

子宮内膜症性卵巣嚢胞より、子宮内膜症性間質細胞を分離・培養した。子宮内膜症性間質細胞をIL-1β(5ng/ml),TNF-α(100ng/ml),H2O2(4mM)で15分刺激し各MAPKのリン酸化及び総蛋白の発現をWestern blotで調べた。

IL-1β,TNF-α,H2O2各々の刺激により、ERK,p38,JNKすべてのリン酸化が認められ、IL-1β刺激において最も強くリン酸化が認められた。IL-1βはCOX-2 mRNA発現とIL-6,IL-8産生を刺激した。各種MAPK特異的阻害剤を用いた検討により、特にp38 MAPKを介する経路が最も重要であると考えられた。そこでマウス子宮内膜症モデルを用いてp38MAPK阻害剤の効果につき検討を行った。

マウス子宮内膜症モデルを用いた検討

マウスを用いた子宮内膜症モデルを作成した。本モデルにp38 MAPK阻害剤であるFR167653(藤沢薬品 30mg/kg)を投与したところ、コントロールと比べ有意に子宮内膜症病巣の縮小を認めた。さらに腹腔内サイトカインを検討した結果、FR167653投与群において、IL-6・MCP-1濃度の減少を認めたことより、FR167653の効果は子宮内膜症に伴う腹腔内の炎症反応を抑制することにより発揮されている可能性が示唆された。

以上、本論分は正所性および異所性子宮内膜の炎症メディエーター産生において、特にp38MAPKが重要な役割を担っていること、そしてp38MAPK阻害剤が、子宮内膜症の新たな治療薬になりうる可能性を見出した。本研究は子宮内膜におけるシグナル伝達経路の解明に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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