学位論文要旨



No 119342
著者(漢字) 兵藤,博恵
著者(英字)
著者(カナ) ヒョウドウ,ヒロエ
標題(和) 胎児脳障害発生における心機能低下に関する研究
標題(洋)
報告番号 119342
報告番号 甲19342
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2316号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 助教授 平田,恭信
 東京大学 講師 賀籐,均
内容要旨 要旨を表示する

序論

近年の周産期医療の発達にもかかわらず、脳性麻痺(CP)の発生頻度はやや増加する傾向にある。心拍数パターン上のいわゆる胎児仮死徴候は脳障害発生との関連の低いことが示されており、それを最も重要視している現状の胎児管理では脳性麻痺に関する近年の傾向を改善することは期待できない。各種動物実験より、脳性麻痺の主因である白質傷害の発生には脳低灌流の関与することが明らかになってきたが、脳室周囲白質軟化症(PVL)症例ではasphyxiaを必ずしも伴わず、なぜ脳低灌流が発生するかについては未だ不明である。脳低灌流をもたらす原因として理論的には体循環の血圧低下・脳血管抵抗の増大の2つが考えられる。今回、前者の機序に関係する心血管系の機能障害と脳障害との関連を解明するために、胎児期より起きている循環動態の異常疾患である双胎間輸血症候群(TTTS)と臍帯圧迫による胎児仮死における脳障害を解析した。なおTTTSについては臨床的研究を、臍帯圧迫による胎児仮死については羊胎仔での動物実験モデルを作成し、それを用いた研究を行った。

研究

TTTSにおける心筋肥大と脳障害との関係

目的

本研究ではTTTSの受血児における胎児期・新生児期の循環障害がCPのリスクファクターになるという仮説を立て、TTTSにおける児の神経学的予後不良因子を抽出する目的で出生前後の児の臨床所見と神経学的予後の関係を検討した。

方法

対象は1996年1月から1998年12月の間に東京都立築地産院で早産し、病理学的に一絨毛膜性であると診断された双胎33例で、retrospectiveに検討した。Blicksteinの診断基準に基づいてTTTSを出生後に診断し、TTTS群とnon-TTTS群の2群に分類した。母体の記録より在胎週数、分娩方法、分娩理由、妊娠中の治療方法を、新生児所見より出生時体重・性別、出生後カテコラミン使用・心筋肥厚・胎児水腫所見・RDS(呼吸窮迫症候群)・TTN(新生児一過性多呼吸)・PVE(脳室周囲高エコー域)・PVL・CPの有無について調査した。TTTS群では受血児、non-TTTS群では体重の大きい児を大児群とし、TTTS群の供血児、non-TTTS群の体重の小さい児を小児群として分類し、各群間で臨床上の所見について比較検討した。検定にはFisher's直接検定を用いてp<0.05である場合に有意差ありとした。

結果

対象となった33例のうちTTTS群は17例、non-TTTS群は16例だった。平均在胎期間・出生時体重・性別は両グループ間に有意な差はなかった。心循環系合併症としては心筋肥厚と胎児水腫所見はTTTS群では小児には認められず大児群・小児群間に有意差を認めたが、カテコラミン使用例は両群間に有意差を認めなかった。心筋肥厚・胎児水腫・心不全徴候のいずれもnon-TTTS群には合併例はなかった。呼吸障害の合併は各群間で有意な差を認めなかった。脳病変合併症としてはPVEとCPはTTTS群はnon-TTTS群より有意に高率に合併した。また、TTTS群中では、大児群と小児群の間に有意差を認め、大児群に有意に合併した。PVLは小児やnon-TTTS群には認めなかった。以上より、TTTS群大児に有意に認められたものは心筋肥厚所見・胎児水腫所見・PVE/PVL・CPで、特に大児にのみ認めたものは心筋肥厚所見、胎児水腫所見とPVLであった。

TTTS群大児(受血児)群においてPVEまたはPVLの発症に関しては心筋肥厚や胎児水腫に有無によりある程度の違いはあるものの有意な差を認めなかった。TTTS群大児におけるCPの合併率は心筋肥厚の有無、胎児水腫の有無により有意差を認めた。また、PVLの合併症例全例がCPと診断されており、PVLとCPとの間には強い相関が認められた。

考察

TTTSの受血児は、供血児やTTTSを発症していない一絨毛膜性双胎児に比べて、より心筋肥厚・胎児水腫・神経学的障害を引き起こしやすい。供血児はTTTSを発症していない一絨毛膜性双胎児受血児と神経学的予後は同程度である。TTTSの受血児に見られる心筋肥厚に示される周生期の循環障害と神経学的予後との間に相関があることを初めて明らかにした。心筋肥厚はCPとなりうる脳病変を予知するのに有意義なパラメータといえる。また、長期予後改善のためには心筋肥厚を予見しうる循環系パラメータを指標とした胎児期の心不全徴候の早期検出が重要である可能性があると考えられた。

臍帯圧迫のヒツジ胎仔心機能に及ぼす影響

目的

変動性一過性徐脈は周産期の脳傷害発生と密接な関連を有することが報告されており、また、変動性一過性徐脈はその発生機序に臍帯圧迫が深くかかわっていることから、分娩時の臍帯圧迫と脳傷害発生との関連が想定される。動物実験により臍帯圧迫が脳傷害を誘発することが報告されており、臍帯圧迫が周産期の脳傷害発生の原因となっていることが示唆されるが、そのメカニズムについては十分検討されていない。胎児はガス交換を胎盤にのみ依存していることから、臍帯の血流遮断に伴うエネルギー代謝の低下や血行動態の変化は心機能の低下が介在している可能性がある。そこで、臍帯圧迫が心機能を低下させることにより、脳の低灌流を引き起こし、脳障害を発生するという仮設を立て、本研究を行った。

方法

妊娠130日の雌ヒツジ(妊娠期間145日)11頭を用いてハロセンによる吸入麻酔下にて手術を行った。胎仔の大腿動脈に5Frのビニールカテーテル、下大静脈へ超音波断層装置のガイド下にて5Frバルーンカテーテルを留置した。左総頚動脈よりAlpha medical社製6Frコンダクタンスカテーテル(3S-RH8DN-116)を左心室腔に挿入し、その内腔にMillar社製圧センサー付2Frカテーテル(SPR-320)を留置した。

臍帯圧迫実験を行う前にコントロールとしてPressure-Volume Loops(PVLoops)を描き記録し、心機能評価のために下大静脈血流を10秒間遮断して前負荷の変化によりPVLoopsを移動させた。臍帯圧迫は完全臍帯遮断を60秒間を5回、90秒間を5回、120秒間を5回行った。実験中胎仔心室内血圧(最大値をPmaxとする)、左心室容積(拡張末期容積をEDVとする)、心拍数(HR)を経時的に記録し、PVLoopsよりEes(収縮末期圧容積関係の勾配)、Eed(拡張末期圧容積関係の勾配)、SV(一回拍出量)、CO(心拍出量)、dP/dtmax(最大圧変化率)、Ea(実効動脈エラスタンス)を計測し、圧迫実験開始前(コントロール値)と比較した。

EDVは前負荷、Pmax・Eaは後負荷、Eesは心臓の収縮性、dP/dtmaxは心筋の収縮性、Eedは心臓の拡張性、SV・COはポンプ機能の指標として用いた。計測値はmean±SEMで表し、臍帯圧迫中の値と圧迫していないときの値(baseline値)に分けて、実験経過による推移をtwo-way ANOVA及びPost HocのFisher法を用いて検討した。臍帯圧迫中と圧迫していない時期との比較は臍帯圧迫中値とその圧迫の直前値とをペアとしてtwo-way repeated measure ANOVAを用いて検討した。いずれもp<0.05である場合に有意差ありとした。

結果

計測値は臍帯圧迫開始前の値をコントロール値、臍帯圧迫をしていない時期(圧迫解除中)の値をbaseline値、圧迫している時の値は圧迫中値として示す。

血液ガスの変化

pHはbaseline値・圧迫中値ともに有意に漸減した。pCO2はbaseline値漸増傾向を示し、実験後半では有意な高値を示した。圧迫中値はbaseline値とほぼ同様であった。pO2はbaseline値は後半にやや低下し14-16mmHgとなり、圧迫中値はbaseline値に比し有意に低下を示し、5-7mmHgとなった。BEはpCO2の変化と相反する変化を示し、baseline値・圧迫中値ともに有意に低下した。

循環系パラメータの圧迫の繰り返しによる変化

(a)EDVの変化baseline値・圧迫中値ともに有意な変化を認めなかった。

(b) Pmax、Eaの変化Pmaxは圧迫中値はいずれもコントロール値に対して有意に高値を示し、baseline値との間にも有意差を認めた。EaはPmaxと同様な変化を示したが、コントロール値・baseline値に比し有意差はなかった。

(c) dP/dtmax、Eesの変化dP/dtmaxの圧迫中値は有意な変化を示さなかったが、baseline値は90秒圧迫期間以降コントロール値に比し有意に高値を示し、臍帯圧迫中と比較しても有意差を認めた。Eesはbaseline値・圧迫中値ともに個体差が大きく、有意な変化を認めなかった。

(d) Eedの変化Eedは個体差が大きく、有意な変化を認めなかった。

(e)HRの変化HRのbaseline値は有意に上昇した。臍帯圧迫中値も上昇し、baseline値との間には有意差を認めなかった。

(f)SV、COの変化SVの臍帯圧迫中値はコントロール値に比し、有意に低下し、2回目の圧迫時以降は大きな変化を示さなかった。baseline値は60、90秒圧迫期間は変化しなかったが、120秒圧迫期間ではコントロール値に比し有意に低下した。COの圧迫中値はSVと同様に低下傾向を認めたがコントロール値に比し有意差を示さなかった。baseline値は90秒圧迫期間でコントロール値に比し有意に増加し、圧迫中値とも有意差を認めた。

考察

妊娠末期ヒツジ胎仔を対象とし、臍帯圧迫の反復、増強による胎児心機能の変化をコンダクタンスカテーテルを用いて検討した。臍帯圧迫中には一回心拍出量の有意な低下を認めた。また、圧迫していない時期には、臍帯圧迫の増強により心拍数、心筋収縮力は増加し、一回拍出量は維持されたが、更なる圧迫の増強により一回拍出量は有意な低下を示した。本研究により反復臍帯圧迫に伴う胎仔心臓ポンプ機能の変化とその過程が明らかとなった。臍帯圧迫は一回拍出量を圧迫中に低下させるだけでなく、圧迫解除後でもアシドーシスを進行させることにより低下させる。これが脳循環に影響を及ぼすことにより、臍帯圧迫は脳障害発生と関連を持つことが示唆された。

結論

双胎間輸血症候群の受血児は心筋障害や神経学的障害の発生頻度が高く、心筋肥厚と脳障害発生には有意な相関が認められた。

臍帯圧迫の反復が機械的変化、低酸素、アシドーシスにより心ポンプ機能を低下させることを明らかにし、その機序について考察した。臍帯圧迫に伴うポンプ機能の低下は脳低灌流をもたらす可能性があると考えられる。

周産期脳障害の発生原因として胎児期の心機能障害に注目し、双胎間輸血症候群における心筋肥厚と、臍帯圧迫に伴う心機能変化について検討した。心機能障害と脳障害発生との関連について今後さらに研究を進めていくことにより脳性麻痺発生のメカニズム解析につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は周産期脳障害の発生に重要な役割を演じていると考えられる胎児の心機能障害に焦点をあて、胎児期の循環動態の異常を招く代表的疾患である(1)双胎間輸血症候群(TTTS)と(2)臍帯圧迫による胎児仮死における心機能障害を脳障害発生との関連から解析したものである。TTTSについては後方視的な臨床的統計を行い、臍帯圧迫による胎児仮死については羊胎仔を用いた動物実験を行い、下記の結果を得ている。

TTTS群大児(受血児)における胎児期・新生児期の循環障害が脳性麻痺(CP)のリスクファクターになるという仮説を検証するため、出生前後の児の臨床所見と神経学的予後の関係を検討した。対象は1996年1月から1998年12月の間に東京都立築地産院で早産し、病理学的に一絨毛膜性であると診断された双胎33例で、Blicksteinの診断基準に基づいてTTTS群とnon-TTTS群の2群に分類した。在胎週数、分娩方法、分娩理由、妊娠中の治療方法、出生時体重・性別、心循環系障害の有無の評価として出生後カテコラミン使用・心筋肥厚・胎児水腫所見の有無、呼吸器系障害の有無、脳神経系障害の評価として脳室周囲高エコー域(PVE)・脳室周囲白質軟化症(PVL)・CPの有無について調査した。体重の大きい児を大児群とし、体重の小さい児を小児群として分類し、各因子について群間で比較検討した。

在胎週数、分娩方法、分娩理由、妊娠中の治療方法、出生時体重・性別、出生後カテコラミン使用、呼吸器系障害は群間に有意差は認められなかった。

TTTS群受血児は、供血児やTTTSを発症していない一絨毛膜性双胎児に比べて、より心筋肥厚・胎児水腫・神経学的障害を引き起こしやすい。一方、供血児はTTTSを発症していない一絨毛膜性双胎児と神経学的予後に差を認めないことが示された。

TTTS群受血児では心筋肥厚や胎児水腫の有無によりPVE・PVLの発症は有意な差を認めなかったが、CPの合併率は有意差を認めた。特に心筋肥厚の有無はCP発生の有無と密接な相関を示し、TTTSの受血児に認められる心筋肥厚の神経学的予後における意義が明らかになった。

周産期脳障害に関する臨床データや動物実験により、臍帯圧迫が周産期の脳傷害発生の原因となっている可能性が報告されているが、そのメカニズムについては十分検討されていない。臍帯の血流遮断に伴うエネルギー代謝の低下や血行動態の変化は胎児の心機能低下を招き、それが脳の低灌流を引き起こし、脳障害をもたらす可能性があるため、まず臍帯圧迫の胎児心機能に及ぼす影響について検討した。妊娠末期ヒツジ胎仔11頭を対象とし、臍帯圧迫の反復、増強による胎児心機能の変化をコンダクタンスカテーテルを用いて検討した。計測値は臍帯圧迫中の値と圧迫していないときの値に分けて、それらの実験経過による推移を検討した。

臍帯圧迫中には一回心拍出量の有意な低下を認めた。

圧迫していない時期には、臍帯圧迫の増強により心拍数、心筋収縮力は増加し、一回拍出量は維持されたが、更なる圧迫の増強により一回心拍出量の有意な低下を示した。

臍帯圧迫は機械的刺激・低酸素・アシドーシスを進行させることによって一回拍出量を低下させる。これが脳循環に影響を及ぼすことにより、脳障害発生と関連を持つ可能性があることが示された。

以上、本論文は双胎間輸血症候群においては心筋肥厚が脳障害と有意な相関があることを初めて明らかにした。羊胎仔実験においては反復臍帯圧迫が心臓の一回拍出量を低下させることにより脳低灌流を起こしうる可能性があることをコンダクタンスカテーテルを用いた観察により初めて明らかにした。本研究は胎児期および分娩中の心機能低下が関与する周生期の脳障害発生さらに脳性麻痺発生のメカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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