学位論文要旨



No 119345
著者(漢字) 小埜,良一
著者(英字)
著者(カナ) オノ,リョウイチ
標題(和) MLL-SEPT6による白血病発症機構の解析
標題(洋)
報告番号 119345
報告番号 甲19345
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2319号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 浅野,茂隆
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 講師 藤井,知行
 東京大学 講師 金森,豊
内容要旨 要旨を表示する

乳児白血病は稀な疾患であるが、初診時白血球数の著増、顕著な肝脾腫、皮膚浸潤などが認められ、最近予後の改善した小児の白血病において、幹細胞移植を含めた集学的治療を行っても依然として予後不良である。近年、乳児白血病の約80%に染色体11q23転座が認められ、この転座を有する症例において特に初診時白血球数の著増が認められ、予後不良であることが明かとなってきた。そこで私は、この11q23転座型白血病の病態をより詳細に解明するために、乳児白血病の臨床検体を用いて遺伝子解析を開始した。

そもそも、染色体転座は造血器腫瘍において高頻度に認められる染色体異常の一つである。なかでも11q23転座は、乳児白血病や二次性白血病において高率に認められる染色体異常で、各々転座相手部位に対応した特徴を有する急性リンパ性白血病又は急性骨髄性白血病(AML)などの臨床像を呈する。11q23の切断点近傍からクローニングされたMLL遺伝子はクロマチン構造のリモデリングを介して転写制御を行うと想定されているが、11q23転座においてはMLLと転座相手遺伝子が異常な融合遺伝子を形成して、N末側MLL断片とC末側の転座相手遺伝子由来の蛋白断片が融合した異常なMLL融合蛋白が生じることにより、白血病の発症が引き起こされる。これまで約40種類の転座相手遺伝子が同定され、その一部は生物学的性状の一端が明らかにされたが、全ての転座相手遺伝子に共通する機能や構造の特徴は見いだされ子による白血病発症にはMLLの切断による短縮のみでは不十分で、転座相手遺伝子内の転写活性化能を有するドメインもしくはその近傍を含めた領域との融合、あるいはホモ二量体の形成可能な領域との融合が形質転換に必要であること、マウスの骨髄移植モデルの検討では転座相手遺伝子に応じて様々な潜伏期を経てAMLを発症すること、白血病の発症には何らかの遺伝子異常(いわゆるsecond hit)が更に必要な可能性があることなどが報告されてきたが、まだ未解明な点が多い。

本研究において、私は、まず11q23とXq22-24に異常を有する3例の乳児のAMLを解析した。患者1は3ヵ月女児のAML French-American-British (FAB)分類M2で、染色体異常としてt(5;11)(q13;q23),add(X)(q22) を有していた。患者2は7ヵ月男児のAML-M5でins(X;11)(q22;q23) を有していた。患者3は6ヵ月女児のAML-M1でadd(X)(q2?),del(11q?)を有していた。サザンプロット解析では全例でMLL再構成を認めた。患者1のRNAを用いたcDNA panhandle polymerase chain reaction(PCR)法により108bpのMLLエクソン8に117bpの未知の塩基配列が融合した転写産物を検出し、reverse transcription(RT)-PCRによって、この融合転写産物の発現を確認した。この未知の塩基配列を用いたデータベース検索とcDNAライブラリーのスクリーニングによって、MLLの新規転座相手遺伝子としてマウスのSept6/Septin6のヒトホモログであるSEPT6/SEPTIN6を単離した。SEPT6は少なくとも12個のエクソンから構成され、選択的スプライシングによって、少なくとも2種類の転写産物を有し、各々C末のアミノ酸が一部異なる48.8kDa, 49.7kDaのタンパク質をコードすると予想された。このSEPT6蛋白はC末にcoiled-coil region、中央にseptinファミリーで高度に保存されているGTP結合ドメインを有していた。septinファミリーではSEPT6の他、既にSEPT5/CDCREL1、SEPT9/AF17q25/MSFがMLLの転座相手遺伝子として報告されており、いずれもほぼ全長がMLL断片と融合するという共通点が認められた。

Fluorescence in situ hybridization(FISH)解析の結果、SEPT6はXq24にマッピングされ、更にMLL、SEPT6のFISH解析を行ったところ、患者1の染色体異常は単純な相互転座のt(5;11)(q13;q23)ではなく、t(X;11)(q24;q23)を含む複雑な染色体異常であることが示唆された。また、患者2、3はXq22-24と11q23を含む複雑な染色体異常を有していたため、RT-PCRを行ったところ、MLL-SEPT6融合転写産物が検出された。更にFISH解析を行い、患者2では11q23のXq22-24への挿入が確認され、患者3は、患者1と同様な結果で、単純な相互転座ではないと考えられた。これらのことからSEPT6の転写方向がMLLと逆のために複雑な染色体異常を呈している可能性が示唆された。

ノーザンブロット解析の結果、約2.3kb、約3.1kb、約4.6kbの3種類のSEPT6の転写産物が胎児の肺、肝臓、腎臓と、成人の脳以外の全ての組織で検出された。一方、約2.7kbの転写産物は胎児及び成人の脳で検出され、相対的に成人よりも胎児において強く発現していた。一般にseptinの発現は神経系に特徴的なものが多いことから、SEPT6蛋白が脳において他臓器と異なる機能を果たしている可能性や胎生期における脳の発達に関与している可能性が示唆された。

これまでに他のグループから5例のMLL-SEPT6陽性白血病の報告があり、今回解析した3例と併せた8例を検討すると、全例乳児期発症のAMLで、一般にMLL融合遺伝子によるAMLではFAB分類でM4、M5の占める割合が高いのに対して、MLL-SEPT6陽性白血病では8例中5例でFAB分類がM1またはM2、残り3例がM4またはM5と診断されており、一定の傾向を示さなかった。また、今回の解析結果と同様な複雑な染色体異常をいずれも有しており、SEPT6とMLLの転写の向きが逆であるためと考えられた。

次にin vitroにおけるMLL-SEPT6の形質転換能を解析するため、レトロウイルスを用いてマウスの造血前駆細胞に遺伝子導入を行い、コロニー形成能を検討したところ、比較的未熟で異型性を有する細胞によって構成される大型で細胞が密集したコロニーがreplateごとに増加したことから、MLL-SEPT6はin vitroで造血前駆細胞の分化を阻害し、増殖能を増強することが示された。形質転換した細胞はinterleukin-3依存性に増殖し、オリゴクローナルで、RT-PCRにてMLL-SEPT6を発現していることが示され、MLL-SEPT6が直接造血前駆細胞の不死化に寄与していることが確かめられた。またfluorescent activated cell sorting(FACS)解析を行い、Gr-1, CD11bが陽性、c-Kitが弱陽性に対し、Sca-1, Ter119, B220, CD3は陰性であったことから、骨髄系のlineageに限局し、ある程度分化した段階で分化停止していることが示された。以上の結果は、これまでのMLL-LTG19/ENLなどを用いた報告とほぼ同様であった。

SEPT6断片内における形質転換に必要な領域を決定するため、SEPT6内の主要構造であるGTP結合ドメインやcoiled-coil regionを欠くmutantを作成して、同様に遺伝子導入を行い、コロニー形成能を検討したところ、いずれも形質転換能を失っており、MLL-SEPT6の形質転換においては、SEPT6内の2個の主要ドメインの両方が共に必要であることが示された。最近、MLL-GAS7やMLL-AF1pでcoiled-coil regionを介した二量体形成が形質転換において重要な役割を果たしていることが示されており、SEPT9のようにcoiled-coil regionを持たないseptinでもMLLとそのほぼ全長が融合して白血病を発症することから、SEPT6は融合断片全体として二量体または多量体形成に寄与している可能性も考えられたが、MLL-SEPT6融合蛋白としての多量体形成能の検討が更に必要である。

MLL-SEPT6により形質転換した細胞のin vivoにおける腫瘍形成能を検討するため、骨髄移植モデルとして致死下の照射を行った同系のマウスに、MLL-SEPT6により形質転換した細胞を静注したところ、約7ヵ月の観察期間において8匹中4匹が骨髄増殖性疾患を発症して死亡した。これまでのMLL-LTG19/ENLなどを用いた解析と比べ、臨床像と比較して潜伏期が長く、かつ臨床像(乳児AML)とも異なっていた。マウスとヒトの病態の差異を反映している可能性や、転座相手遺伝子SEPT6の分断効果が反映されていないことなど今回の解析系が十分にヒトの白血病発症機構を再現できていない可能性が考えられた。

今回用いたMLL-SEPT6導入によるマウス骨髄細胞の形質転換モデルは、今後SEPT6の分断効果及びSEPT6断片の果たす役割のより詳細な解析や、ヒトの白血病発症機構をより正確に再現可能なモデル系の構築を行っていく過程で、ある種のMLL融合遺伝子の白血病の発症機構の解明に役立つことが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、乳児白血病で高率に認められる染色体11q23転座によって生じるMLL(Mixed Lineage Leukemia)融合遺伝子の白血病発症機構を解明するために、乳児の急性骨髄性白血病の臨床検体を用いてMLL遺伝子の新規転座相手遺伝子の単離、同定及びその性状の解析を行い、得られた新規MLL融合遺伝子を、レトロウイルスを用いてマウス造血前駆細胞に導入して形質転換能及び腫瘍形成能の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

染色体11q23及びXq22-24に異常を有する3例の乳児の急性骨髄性白血病を解析し、MLL遺伝子の新規転座相手遺伝子として、マウスSept6(Septin6)遺伝子のヒトホモログSEPT6遺伝子を単離及び同定した。

SEPT6遺伝子は少なくとも12個のエクソンから成り、SEPTIN familyに属する蛋白をコードすると考えられた。ノーザンブロット解析にて、約4-6kb,3.1kb,2.3kbの転写産物が成人では脳を除く検討した全組織及び胎児の肺、肝臓、腎臓に発現し、また、2.7kbの転写産物が成人及び胎児の脳で発現していた。

SEPT6遺伝子は、Fluorescence in situ hybridization(FISH)解析の結果、Xq24にマップされた。今回検討した3症例はいずれも複雑な染色体異常を呈していたが、各症例の切断点についてFISH法を用いた解析の結果、SEPT6遺伝子の転写方向がMLL遺伝子と逆である可能性が示唆された。

MLL-SEPT6融合遺伝子を、レトロウイルスを用いてマウス造血前駆細胞に遺伝子導入を行ったところ、コロニーアッセイにてマウス造血前駆細胞の分化を阻害及び増殖能を増強して、液体培地にて細胞株化した。この細胞株(MLL-SEPT6導入細胞株)は、オリゴクローナルで、やや分化した骨髄系のlineageを呈し、Interleukin-3依存性に増殖した。

MLL-SEPT6融合蛋白による形質転換には、SEPT6断片内のGTP結合ドメインとcoiled-coil regionの両者が共に必要不可欠であった。最近、転座相手遺伝子由来の蛋白断片内における多量体形成ドメインを介した、MLL融合蛋白の二量体化が白血病発症において重要であるという報告がなされており、septin蛋白が多量体形成能を有することとあわせて、SEPT6断片全体を介したMLL融合蛋白の多量体化が白血病発症に関与している可能性が考えられた。

MLL-SEPT6導入細胞株はマウス骨髄移植モデルで6-8ヵ月の潜伏期を経て致死的骨髄増殖性疾患を発症し、ヒトの臨床像とは異なっていた。マウスとヒトの病態の差異を反映している可能性や、転座相手遺伝子SEPT6の分断効果が反映されていないことなど今回の解析系が十分にヒトの白血病発症機構を再現できていない可能性が考えられた。

以上、本論文は乳児の急性骨髄性白血病から、MLL遺伝子の新規転座相手遺伝子SEPT6を単離、同定及びその性状を解析するともに、レトロウイルスを用いたMLL-SEPT6融合遺伝子のマウス造血前駆細胞への遺伝子導入の系において、MLL-SEPT6融合遺伝子が白血病発症において果たす役割の一端を明らかにした。本研究は、予後不良である乳児白血病の主因と考えられるMLL融合遺伝子による白血病発症機構の一つのモデル系を構築しており、今後、転座相手遺伝子SEPT6の分断効果やMLL-SEPT6融合遺伝子の多量体形成能、MLL-SEPT6融合遺伝子の下流のシグナル経路などの解析を通じて、ヒトのMLL-SEPT6融合遺伝子による白血病発症機構をより正確に再現可能なモデル系の構築を行い、治療に結びつく知見を得ていく上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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