学位論文要旨



No 119346
著者(漢字) 三牧,正和
著者(英字)
著者(カナ) ミマキ,マサカズ
標題(和) ミトコンドリアDNA A3243G変異率の変動に関する分子遺伝学的研究
標題(洋) Molecular genetic study on change in proportion of the mitochondrial DNA A3243G mutation
報告番号 119346
報告番号 甲19346
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2320号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 助教授 山岨,達也
 東京大学 講師 関根,孝司
内容要旨 要旨を表示する

背景

ミトコンドリアはエネルギー産生を司る重要な細胞内小器官で、核DNAとは独立した発現系を持つミトコンドリアDNA(mtDNA)を有している。mtDNAは16568塩基対よりなる環状DNAであり、1細胞内に数百から数千コピー存在している。近年、変異mtDNAによる様々な疾患が臨床的に知られるようになってきているが、1細胞内に変異型と正常型が混在する状態で存在している(これをヘテロプラスミーという)場合と、全てのミトコンドリアDNAが変異型である(これをホモプラスミーという)場合があり、それぞれ病因的変異が数多く見いだされている。しかし、表現型と遺伝子型が1対1に対応しないことが多く、mtDNA内の別の変異や多型の役割が病態を考える上で重要な課題となっている。

変異型mtDNAがヘテロプラスミーの状態で存在する場合、その全体に占める比率が臨床症状や患者細胞の機能に影響を与えることが知られている。ミトコンドリアDNAのA3243G変異(以下3243変異)は、変異型mtDNAがヘテロプラスミックに存在する代表的疾患である脳卒中様症状を伴うミトコンドリア異常症(MELAS)の原因として最頻の遺伝子変異であるが、糖尿病、難聴、心筋症、腎不全などの多臓器にわたる症状を呈することが知られている。組織特異的な症状の発現において、細胞や組織における3243変異率が重要な要因となることが、患者由来の細胞を用いた機能解析や組織を用いた病理学・分子遺伝学的検討で明らかにされている。しかしその変異率を制御する機構の詳細については不明である。

そこで、3243変異を有するミトコンドリア病患者由来の線維芽細胞の長期継代を行い、3243変異率の変動を追跡し、その原因について検討した。

対象と方法

骨格筋において3243変異が経時的に減少し、臨床症状や筋病理所見も改善したミトコンドリア病患者より、インフォームドコンセントのもとに皮膚から線維芽細胞培養を樹立し長期継代を行った。初期の段階で細胞を4つのdishに分割し、3-4日毎に培養液を交換し、80%コンフルエントに達した時点で細胞を回収し、1/2をDNA抽出、1/4を細胞保存に利用し、1/4を継続培養した。抽出したDNAから正確に変異率を求めるため、リアルタイム定量PCR法を用いた。また、3243変異以外の変異の検索のために、mtDNAの全塩基配列を決定した。核DNA上の偽遺伝子の影響を排除するために、まずmtDNAをlong PCRにて増幅し、得られたPCR産物を用いて塩基配列決定を行った。

また、見出されたmtDNA内の多型の細胞機能への影響を検討する目的で、脱核した患者由来線維芽細胞と、mtDNAを欠損した骨肉腫培養細胞(ρ0細胞)をポリエチレングリコールを用いて融合させ、細胞質融合細胞(サイブリッド)を作製した。これにより、核を同一とする、様々なmtDNA変異率をもつ細胞を得た。これらの細胞機能を調べるために、ジギトニン処理を行った細胞に、呼吸鎖酵素の基質を加えてATPの再生量を測定し、酵素活性を比較した。

結果

培養開始から2ヶ月後から急激に3243変異率が上昇する系列Aが見出され、他の系列では逆に3243変異率が減少した。この結果は、再現性も確認した。

3243変異以外のmtDNA上のシス変異が3243変異率の変化に関与する可能性を考え、異なった動きを示した2つの系列の継代前後、合計4ポイントの全塩基配列を決定したところ、正常人では認められない3つの変異が明らかになった。A系列のみに3243変異の上昇中にG185A変異とT7080C変異の変異率の変化を認めた。その他の系列には継代前後で大きな変化を認めなかった。また全ての系列でホモプラスミックにT5775C変異を認めたが、継代前後で変化を認めなかった。

リアルタイム定量PCR法でこれらの変異の経時的変化を詳細に検討したところ、A系列の継代の全経過において3243変異型と185野生型の比率の変化が連動し、継代途中から7080変異型が出現し、3243変異型の比率と並行して変化していることが明らかになった。

そこで、A、B両系列を用いてサイブリッドを作製し、様々なmtDNA変異率を有する細胞をそれぞれ30クローンずつ得た。185野生型が高率な細胞は3243変異率が高率であり、両者は個々の細胞レベルでも相関していた。また、7080変異を有する細胞は3243変異率が高率であることが明らかになった。さらに、3243変異率がほぼ100%であり、7080変異を持たない細胞と、7080変異を80%で有する細胞が得られ、両者の呼吸鎖酵素活性を測定したところ、7080変異を有する細胞の活性が有意に高いことが確認された。

考察

mtDNAのシス変異の検討により見いだされたG185A変異はmtDNAのD-loop内の重鎖の複製開始点の近傍に、T5775C変異は軽鎖の複製開始点の近傍に位置しており、これらの変異がmtDNAの複製機構に影響を与えている可能性がある。変異率の変化の検討より、系列Aにおいて3243変異型が185野生型と、3243野生型が185変異型と連動していると考えられ、サイブリッドを用いた実験結果から個々の細胞レベルでも両者が相関していることが確認された。G185A変異がmtDNAの複製系に影響を与えた結果、3243変異率の変動をもたらしている可能性が示唆される。G185A変異とT5775C変異の両者がmtDNAの複製に対して相加的影響を与えているか否かは今後の検討課題である。

7080変異は電子伝達系酵素の複合体IVのサブユニットであるCOI内に存在し、フェニルアラニンからロイシンへのアミノ酸置換をもたらすため、タンパク機能に影響を与える可能性のある変異である。細胞継代の途中から3243変異と並行して変化していること、7080変異を有するサイブリッドが3243変異を高率に有していたこと、7080変異を有する細胞の呼吸鎖酵素活性が有意に高かったことから、細胞機能の変化を介して3243変異を高率に保持するのに寄与していると考えられる。

ミトコンドリア病の病態を考えるうえで重要なA3243G変異率の変動に、mtDNA上の他のシス変異が関与している可能性が示された。

おわりに

近年、mtDNAの維持や複製に関わる核性の因子がミトコンドリア病の原因になることが明らかにされている。また、mtDNAの変化が加齢や腫瘍、神経変性疾患等の様々な疾患に関与しているという報告も相次ぎ、ミトコンドリアがヒトの病態に与える影響が、過去に想定されていたよりもはるかに多彩であることが明らかになってきた。今回の研究結果は、mtDNA内の病的変異とその効果を調節するシス変異の存在、及びそれらの機能発現に関与する核性因子の重要性を示すものである。今後このようなミトコンドリア-核相互作用の研究によって、ミトコンドリアがヒト疾患の種々の病態に及ぼす影響をより深く理解できることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はミトコンドリア病の症状発現にとって重要な役割を演じているミトコンドリアDNA(mtDNA)の病因的変異の割合に関し、その変動に関与する因子を分子遺伝学的に探索するために行われた。代表的な病因的点変異であるmtDNA A3243G変異(3243変異)を有しながら、生検筋での変異率が経時的に低下し自然緩解した患者の皮膚線維芽細胞を用い、長期継代を行いその変異率の変動を経時的に追跡し、その原因の検討を試みたものであり、下記の結果を得ている。

患者から採取した皮膚を用いて初代培養を樹立し、複数の細胞集団に分割し120日間の長期継代を行い、その3243変異率をリアルタイム定量PCR法で追跡した結果、ほとんどの細胞集団では変異率が10%から徐々に低下し検出感度以下となることが確認された。患者生検筋と同様に変異率が低下することが示され、本患者特有の性質を示していると考えられた。一方、培養開始2ケ月後から急激に変異率が上昇し、継代前の10%から継代後には90%以上に達した細胞集団が唯一発見された。変異率が低下した細胞系列及び上昇した細胞系列につき、培養初期に保存した細胞で再継代を行うことにより、それぞれの変異率の低下と上昇の再現性も確認された。

両細胞系列の継代前後のDNAを抽出し、DNA sequencingによりmtDNAの全塩基配列を比較した結果、3243変異が上昇した細胞系列のみで、健常人では稀な2つの新たな点変異の変異率が継代の前後で大きく変化していることが見出された。1つはmtDNAの重鎖の複製開始点の近傍にあるG185A変異(185変異)であり、もう1つは電子伝達系酵素の複合体IVのサブユニットであるCOI内に存在しアミノ酸置換をもたらすT7080C変異(7080変異)であった。

リアルタイム定量PCR法を用い、185変異率を経時的に追跡することにより、3243変異率と逆相関していることが示された。185変異を伴わないmtDNA鎖の複製の優位性が、同一鎖に存在する3243変異の割合の上昇に寄与している可能性、mtDNAの複製に関与する核性因子が同変異に作用している可能性を示唆する興味深い結果である。

リアルタイム定量PCR法により7080変異率を追跡した結果、継代の途中から変異が出現し、3243変異率と並行して急激に増加することが示された。電子伝達系タンパクのコード領域の変異であることから、細胞機能への影響を介して3243変異率の上昇に寄与している可能性が示唆された。

脱核した患者由来線維芽細胞と、mtDNAを欠損した骨肉腫培養細胞(ρ0細胞)をポリエチレングリコールの作用で融合させ、核を同一とし様々なmtDNA変異率をもつ細胞質融合細胞(サイブリッド)を作製した結果、3243変異を高率に有する細胞の多くは7080変異を有していることが明らかになった。サイブリッドをジギトニン処理し呼吸鎖酵素の基質を添加して、ATP産生能を測定し酵素活性を比較した結果、7080変異を有する細胞では3243変異による呼吸鎖酵素活性の低下が抑制されることが統計学的有意差をもって示された。7080変異が3243変異を高率に維持することに寄与する可能性が明らかにされた。

以上、本論文はmtDNAの3243変異率の変動に際し、mtDNA内の他の変異が連動して変化する現象を明らかにした。これらの変異がmtDNAの複製機構や細胞機能への影響をもたらす可能性を示すものである。ミトコンドリア病の病態理解や治療に向けて、mtDNAの病因的変異に対する他の変異の影響の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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