学位論文要旨



No 119347
著者(漢字) 田原,和典
著者(英字)
著者(カナ) タハラ,カズノリ
標題(和) ラット新生仔小腸移植における移植片生着のメカニズムの検討
標題(洋)
報告番号 119347
報告番号 甲19347
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2321号
研究科 医学系研究科
専攻 生殖・発達・加齢医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 大西,真
 東京大学 講師 渡辺,博
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

21世紀の新しい医療として組織の自己修復能や幹細胞を医療に利用する再生医療が期待され、特に種々の組織に存在する体性幹細胞が同定され、これらを利用した研究が注目されている。胎仔・新生仔期の幼若な細胞や組織は、旺盛な分化・再生能力を持っていることが古くから知られているが、その仔細なメカニズムは不明である。そのメカニズムを解明し、その能力を最大限利用することは今後の再生医療実現化のための大きな一歩になる。古くからマウスやラットの新生仔同系間小腸移植において、新生仔小腸の移植片は血管吻合をせずに移植しても生着し、小腸の機能も有するように臓器として発達することが実験的事実として知られている。しかし、この新生仔小腸移植モデルにおける移植片生着及び腸管としての発達のメカニズムは解明されていない。本研究は新生仔小腸移植モデルを用い、移植片生着の過程を詳細に解析し、移植片小腸の再生・生着のメカニズムを解明することを目的とした。

まず凍結保存を行うことで新生仔小腸の持つ自然生着能や組織再生能が失われないかどうかについて確かめた。次にグラフト生着過程におけるホスト細胞の関与を組織学的に仔細に観察した。さらに新生仔小腸移植におけるグラフトの生着能消失現象に注目し、新生仔小腸の旺盛な生着能を利用し、生着能の消失した生後10日目小腸に再び生着能を誘導させる試みを行い、さらに生着能が再誘導された生後10日目小腸における遺伝子発現の変化をマイクロアレイ法により網羅的に解析した。

【材料および方法】

ドナーは生後24時時間以内の新生仔ラットを用い、レシピエントは体重200〜250gの成熟雄ラットを用いた。摘出した新生仔小腸を約2cmの小片とし、これをグラフトとしてレシピエント皮下または大網に血管吻合せずに移植し、生着評価は組織学的所見を参考にスコアー化し判定した。実験は目的により以下の3つに分け実験群を組んだ。実験I:新生仔小腸に対する凍結保存の影響についての検討では、Lewis(MHC haplotype; RT11)ラットを用いる同系間移植で検討し、さらにドナーにBNラットを用いた異系間移植を行い、凍結保存によるグラフトの抗原性低下効果を検討した。実験II:移植片生着における組織再構築過程について、PVGコンジェニック系ラット間移植(RT7.1からRT7.2への移植)モデルを用いて、生着に関する細胞動態についてラットモノクローナル抗体His41(RT7.2抗原の同定)、OX42(好中球、マクロファージの同定)、IV型コラーゲン(平滑筋基底膜等の同定)及びBrdU(増殖細胞の同定)を用い、経時的に多重染色を行い組織学的に解析した。その際、新鮮移植片及び凍結保存移植片を用い、それらの生着過程の違いを検討した。実験III:生着能を誘導する検討として、新生仔小腸と生後10日目小腸を密着させた「ツイングラフト」を作製し、生着能の消失した生後10日目小腸に生着が再誘導されるか検討した。さらに生着能が再誘導されたグラフトに対しマイクロアレイ法を用い、遺伝子発現の変化を網羅的に解析した。

【結果】

実験I:凍結保存した新生仔小腸はそれを解凍すると組織としての形態を保てないほど完全に壊れた。しかし、同系間移植により腸管としての形態を生じ、グラフトの生着が認められた。一方、異系間移植においては、凍結保存してもグラフトは生着できず、凍結保存による抗原性低下効果は認められなかった。

実験II:術後2日目よりグラフト周囲に血管内皮細胞がBrdU陽性である新生血管が形成され、その形成後より粘膜上皮、陰窩にBrdU陽性細胞が出現するようになり、粘膜上皮・小腸組織構築の再形成が進んだ。また、グラフト新生血管内、粘膜下層にレシピエント由来細胞を認めた。

実験III:生直後の小腸を密接させること(ツイングラフト)により、生着能を失った生後10日目小腸に生着能を再誘導できることを確認した。生後10日目のグラフトで単独移植を行った場合とツイングラフト移植を行った場合の遺伝子発現の増強、減弱を比較すると、生着能の再誘導によりラット総計1081遺伝子中37遺伝子の発現が増強し、19遺伝子が減弱していた。前者としてCSF-1、PKCD、ILGF、MAPKがあった。

【考察】

幹細胞の研究や組織工学の発達によって、ヒト組織を再生することが期待されている。著者は本研究において、これまでの実験的小腸移植の経験を生かし、免疫学的にも機能的観点からもユニークな特徴を持っている新生仔期の小腸に注目した。ラット新生仔小腸移植モデルは、移植したグラフトは血管吻合せずとも生着する極めてシンプルな再生・生着モデルである。一方、実験的にも臨床的にも血管吻合法による小腸移植は、拒絶反応をコントロールするために強力な免疫抑制が必要であり、臓器移植の中で最もハードルが高く、このハードルに対しこの10年間は新しい免疫抑制の開発が飛躍的に向上した。本研究ではまず移植医療の最も大きな問題であるドナー不足に注目し、半永久的な保存法開発に努力をはらった。凍結保存はドナー供給に制限がある中で、きわめて幅広い選択を可能にするため非常に有用であるが、小腸は複雑な細胞集合体であり、これまで凍結保存の有用性が確かめられていなかった。本研究では新生仔小腸移植モデルを用いて、まず凍結保存の可能性の有無について検討し、長期凍結保存にても移植後、グラフトが生着できることを発見した。このことにより凍結保存による臓器・組織への傷害に対しても、新生仔小腸が含有する再生に関与する細胞は存在できることが確認された。そこでこの新生仔小腸移植におけるグラフト生着のメカニズムを移植後経時的に詳細に追跡し、多重染色技術を駆使し、その特徴について検討した。移植後1日目にはグラフトは大きな傷害を受け、小腸の組織構築はほぼ完全に破壊されていた。これは血液供給(酸素)の停止による細胞死が原因であることが考えられた。術後2日目には、グラフト周囲に血管内皮細胞がBrdU陽性である新生血管が出現し、この新生血管形成を中心に増殖、再生起点が始まったことが示唆された。術後3日目には一旦粘膜上皮が完全に脱落してしまった小腸に粘膜上皮の再生が観察され、陰窩内にBrdU陽性細胞が認められた。このことはBrdU陽性細胞の増殖により粘膜上皮、絨毛、陰窩が再形成されたと考えられた。また、術後3日目の新生血管形成後より、レシピエント由来細胞が観察され、組織再構築におけるレシピエント細胞の関与が示唆された。このことより、新生仔小腸グラフトの生着過程には組織としての形態移植は必要なく、早期に血管新生が出現し、これによる血液供給が極めて重要であることが判明した。そして血液供給が始まれば、分化、増殖能力の旺盛な新生仔細胞は小腸組織を再構築できると考えられた。

一方、先に著者らは新生仔小腸の生着能は生直後をピークとし、生後10日以降には生着能は消失してしまうことを報告した。そこで本研究では、生直後の生着能の旺盛な新生仔小腸グラフトを、生着能の消失した生後10日目小腸グラフトに密着させた「ツイングラフト(TG)」を作製し、消失した生着能が再誘導できるか検討した。新生仔小腸と生後10日目小腸を単独移植した群では生後10日目グラフトは生着できなかったが、TG群では移植後両グラフトとも生着し、新生仔小腸グラフトは消失した生着能を再誘導できることを発見した。これまで成長因子等が小腸の増殖、分化を助長させるという報告があるが、その他の因子は不明である。このため本研究では、生着したツイングラフトの生後10日目グラフト生着に関する遺伝子発現の変化をマイクロアレイ法を用いて包括的に解析し、その結果、生着したTG群の生後10日目小腸には、単独移植群の生後10日目小腸に比べて、血管新生を促すCSF-1やPKCD、小腸細胞の活性を促すインスリン様成長因子、また小腸細胞増殖に重要な役割をもつMAPK等の遺伝子発現が増強していることを確認した。

【結語】

本研究にて以下のことを確認した。

1.同系間移植において、長期凍結保存した新生仔小腸は、移植後腸管としての形態を再生し、グラフトとして生着できる。

2.凍結保存新生仔小腸は、移植後早期に粘膜下層において新生血管が形成され、引き続き陰窩において組織発達過程が進む。

3.新生仔小腸には組織再生を誘導する能力がある。

4.小腸の組織再誘導にはCSF-1、PKC-delta、MAPK、IGFを介した制御機構が関与している。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は免疫学的・機能的観点から特殊な特徴を持っている新生仔期の小腸組織・細胞に注目し、その分化・増殖・発達・再生のメカニズムを探求することを目的に、ラット新生仔小腸移植モデルを用い、新生仔小腸移植片の再生・生着のメカニズムを解析したものであり、下記の結果を得ている。

凍結保存した新生仔小腸は、それを解凍することにより小腸組織としての形態が保てないほど組織傷害を受けた。しかしながら、同系間移植により腸管としての形態形成を生じ、グラフトの生着が認められた。一方、凍結保存した異系間グラフトは凍結保存による組織傷害から回復できず、生着できなかった。また、凍結保存による抗原性低下効果は観察されなかった。

PVGコンジェニック系ラットを用いた小腸グラフト生着、分化における検討において、新生仔小腸は移植後一旦はその組織的構築が完全に破壊されるものの、術後2日目以降の血管再形成による血流再開によって、粘膜上皮、絨毛、陰窩等の小腸組織が再構築されることが考えられた。また、本検討では組織再構築過程においてレシピエント細胞の存在が観察でき、組織再構築に対するレシピエント細胞の関与が示唆された。

生着能の旺盛な新生仔小腸を、生着能の消失した生後10日目小腸に密着させた「ツイングラフト」(TG)を作製し、この「ツイングラフト」を移植することにより、生着能を失った生後10日目小腸に再生・生着能を再誘導できることを見出した。また、DNAマイクロアレイ法を用いた遺伝子解析により、生着を再誘導できたTG群の生後10日目小腸と単独移植群の生後10日目グラフトとで遺伝子発現の増強、減弱を比較すると、解析した1081遺伝子中37遺伝子が増強し、19遺伝子が減弱していた。

前者の中には血管新生を促すCSF-1RやPKC-delta、小腸細胞の増殖を促すインスリン様成長因子ILGF、また小腸細胞増殖に重要なシグナルを担うMAPK-5やMAPK9があった。

以上、本論文はラット新生仔小腸移植において、長期凍結保存においても新生仔小腸は移植後生着することができること、新生仔小腸移植における小腸グラフトの組織再生には、移植後早期の新生血管形成が極めて重要な役割をもっていること、新生仔小腸には組織再生を誘導する能力があること、そして生直後小腸の組織再誘導には血管新生因子や成長因子が関与していることを明らかにした。本研究はこれまであまり解析されていない、新生仔小腸移植における移植片再生・生着のメカニズムの解明に重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するとものと考えられる。

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