学位論文要旨



No 119349
著者(漢字) 深見,武史
著者(英字)
著者(カナ) フカミ,タケシ
標題(和) 進行肺がん及び種々のがん細胞株におけるがん抑制遺伝子TSLC1のプロモーターメチル化の検討
標題(洋) Promoter methylation of the TSLC1 gene in advanced lung tumors and various cancer cell lines
報告番号 119349
報告番号 甲19349
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2323号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 助教授 國土,典宏
 東京大学 助教授 中島,淳
 東京大学 助教授 仁木,利郎
内容要旨 要旨を表示する

要旨:がん抑制遺伝子TSLC1による腫瘍抑制の分子機構の解明を研究課題とした。TSLC1はimmunoglobulin superfamilyに属し、細胞接着に関与する分子である。また、いくつかの非小細胞肺癌細胞株においてTSLC1の発現の消失はプロモーターメチル化に強く関与している。そこで48例の非小細胞肺癌の手術標本から得たDNAを用い、重亜硫酸処理後SSCPと重亜硫酸処理後塩基配列決定を用いて、TSLC1のプロモーター領域のメチル化の状態を調べた。腫瘍径3cmより大きな癌でTSLC1のプロモーター領域のメチル化が起きており、さらにメチル化している腫瘍ではTSLC1の発現の消失あるいは低下していることがRT-PCRによって示唆された。非小細胞肺癌以外の細胞株においても、TSLC1の発現の欠如とプロモーター領域のメチル化が高頻度に認められた。

目的:ヒトのがんは、複数の遺伝子異常を伴う多段階の変化を経て発生、進展することが知られている。これらの遺伝子のなかで、特に第11染色体長腕 (11q23) 上に存在する非小細胞肺がんのがん抑制遺伝子TSLC1が、国立がんセンター研究所の村上らのグループで同定された。この遺伝子は、肺腺癌細胞A549のヌードマウス皮下における腫瘍原性の抑制機能を指標として同定された。その遺伝子産物はNCAMと相同性を示す膜蛋白質で、ほぼすべての組織でその発現を認めるが、非小細胞肺癌を含む様々な培養がん細胞の約半数では遺伝子発現の欠如、ないし著明低下を認める。また、ヒト原発性肺腺癌、肝細胞癌、膵癌等で、ヘテロ接合性の消失と、点突然変異、或いはプロモーター領域のメチル化による2ヒットの不活化を認める。11q23のLOHは他のがんでも認められることから、様々ながんでのプロモーターメチル化の実態を明らかにし、TSLC1の不活化の分子機構とがん化における意義を検討した。

材料及び実験方法:

腫瘍材料および細胞株

48例の原発性非小細胞肺癌症例より切除され、病理学的に診断された癌部および非癌部より抽出された核酸を検討に用いた。

様々な培養がん細胞株として10種の肺小細胞癌、3種の食道癌、9種の胃癌、8種の大腸癌、3種の乳癌、5種の卵巣癌、2種の子宮癌、1種の平滑筋肉腫、5種の骨肉腫を使用した。

ノーザンブロット解析とRT-PCR

正常ヒトの脳と肺から抽出されたpoly(A)+ RNAとヒトβactinのcDNAはClontech社より購入した。様々な細胞株および手術症例より得られた標本からpoly(A)+ RNAを抽出した。TSLC1を同定するために、411-1371塩基に相当する961bpのPCR断片をプローブに用いた。PCR はAdvantage Klen Taq DNA polymeraseを用い、TSLC1用プライマーとヒトβactin用プライマーにて増幅させた。

重亜硫酸処理後塩基配列決定

ゲノムDNAをNaOH (0.3M) にて変性後、pH5.0のSodium bisulfite (3.1M)とhydroquinone (0.8mM) にて55℃20時間保温した。精製後の修飾DNAをinitial codonのメチオニンとなる最初のアデニンより-458から-366塩基上流に相当する93塩基DNA断片に関してPCR増幅した。このPCR産物をサブクローン化し、少なくとも4クローン以上の塩基配列決定を行った。

重亜硫酸処理後SSCP解析

重亜硫酸処理は同様に行い、PCR増幅時にTexas-Redにて末端ラベル化されたプライマーを用い、電気泳動は20℃120分にて行った。

LOH解析

第11染色体長腕23.2上の5つの遺伝子マーカーであるD11S1256, D11S4111, D11S1235, D11S2077, D11S1885をTexas-Redにて末端ラベルされたプライマーを用いてPCR増幅し、電気泳動45℃120分にて行った。

5-aza-2'-deoxycytidineによるTSLC1発現の回復

1×105個の細胞を播き、それから2、5、8日目に24時間10μMの5-aza-2'-deoxycytidineを加えた。その後、RNAを回収しRT-PCRを行い、発現の回復を調べた。

結果:

重亜硫酸処理SSCP解析によるTSLC1のプロモーターメチル化の検出

TSLC1プロモーター領域の上流に存在するCpG島内の6箇所のCpG部位の高メチル化がTSLC1の発現の消失と強く関わっていることは重亜硫酸塩基配列決定にて示されているが、この断片のメチル化の状態を効率的ならびに包括的に検討するため、重亜硫酸処理後のDNAに対しPCR-SSCP解析を行った。6箇所のCpGが全てメチル化しているクローンと全て未メチル化のクローンとで明確に分けることができた。また、30パターン以上の既知の様々なメチル化の状態のクローンも全て未メチル化を示すクローンとは分けることができ、重亜硫酸処理後SSCP解析はTSLC1プロモーターの包括的なメチル化状態の決定に有用であることが示された。

進行性非小細胞肺癌におけるTSLC1のメチル化

48症例の癌部ならびに非癌部から採取したDNAを用いて6箇所のCpGのメチル化の状態を重亜硫酸処理後SSCP解析にて検討した。6箇所全てがメチル化しているクローンと同等の波形を優位に示したのは10例で高メチル化と定義した。また、メチル化クローンの波形とかなりの未メチル化波形が合わさった波形が11例で部分メチル化と定義した。48例中21例にTSLC1のプロモーターメチル化が起こっており、プロモーターメチル化のある21例中13例ではRT-PCRにてTSLC1の発現の消失が認められた。一方メチル化を伴わない腫瘍ではTSLC1の発現が認められた。これにより原発性非小細胞肺癌の手術症例においてもTSLC1のプロモーターメチル化はその発現の消失とよく相関することが示された。プロモーターメチル化を示し発現が低下している13例中少なくとも4例においてヘテロ接合性の保持を認めたため、両アレルのメチル化が起こっている可能性が示唆された。

TSLC1のプロモーターメチル化を示した腫瘍の病理学的特徴

TSLC1のプロモーターメチル化に関し非小細胞肺癌の病理学的特徴と比較した。プロモーターメチル化が認められたのは腺癌28例中13例、扁平上皮癌14例中7例、大細胞癌5例中1例であった。病期分類上の比較ではTNM分類のpT1期は15例中2例 (13%) でTSLC1のプロモーターメチル化が認められたのみであったが、pT2からpT4期では33例中19例(58%)と統計学的有意にメチル化の頻度が増加していた。同様に、進行度IA期ではメチル化の頻度がそれ以上の進行度に比べ有意に低いことが示された。

また、TSLC1のプロモーターメチル化は胸膜浸潤の程度においてもその傾向を示したが統計学的有意差は得られなかった。その他の臨床病理学的パラメーター(腫瘍の分化度、リンパ節転移、年齢、性別など)においてTSLC1のプロモーターメチル化は関係しなかった。

小細胞肺癌株及び様々ながん細胞株におけるTSLC1の不活化

小細胞肺癌に関してはその症例のほとんどが化学療法による治療となるため、手術標本が手に入らず、がん細胞株での検討となった。ノーザンブロット解析にて10例中2例(SBC-3とSBC-5)にTSLC1の発現の欠如が認められた。重亜硫酸処理後SSCPならびに塩基配列決定ではSBC-3のみにTSLC1のプロモーター高メチル化を認めた。SBC-3にTSLC1領域のヘテロ接合性の保持を認め、このことから両アレルのメチル化によるTSLC1の不活化が強く示唆された。

同様にTSLC1の発現とアレルの状態、メチル化について36例の様々ながん細胞株で調べた。36例中18例でTSLC1の発現の欠如を認め、この18例中10例に重亜硫酸処理後SSCPおよび塩基配列決定にてプロモーターの高メチル化を認めた。さらに10例中5例にヘテロ接合性の消失を認めた。一方残りの10例中4例にヘテロ接合性の保持を認めたことにより、TSLC1の不活化は両アレルのプロモーターメチル化によることが示された。TSLC1の発現の消失にプロモーターメチル化が原因的に関与することはTSLC1の発現がない細胞株に脱メチル化剤である5-aza-2'-deoxycytidineで処理をすると発現が回復することから確かめられた。

考察:CpG島内でTSLC1遺伝子プロモーター上流に存在する6箇所のCpG部位のメチル化の状態が非小細胞肺癌細胞株ばかりでなく、原発性非小細胞肺癌の腫瘍においてもTSLC1の発現に強く関与することが示された。TSLC1のメチル化の包括的なパターンを同定するために重亜硫酸処理後SSCP解析は簡素で鋭敏な方法であることが示された。

この方法を用い、原発性非小細胞肺癌および様々ながん細胞株の40%以上においてTSLC1のプロモーターメチル化が示された。さらにプロモーターメチル化を介したTSLC1の不活化が非小細胞肺癌における腫瘍径3cm以上の腫瘍進展に関与していることを示した。TSLC1の消失は非小細胞肺癌において3cm以上の腫瘍容積の形成もしくは維持に関わっている可能性がある。TSLC1は細胞接着分子であるimmunoglobulin superfamilyに属し、直接的に細胞凝集に関わる。また、A549細胞の脾臓から肝臓への転移を抑えることからTSLC1の機能の消失は腫瘍の浸潤や転移に関与することが示唆されている。TSLC1のメチル化が腫瘍における胸膜浸潤の程度において比較的その傾向を示したことはこの仮説を裏付けるものとなるが、統計学的には有意差が得られなかった。腫瘍の浸潤や転移におけるTSLC1の変化の意義を説明するのに免疫組織学的解析を含め、さらなる調査が必要となるであろう。

今回の研究では様々ながん細胞株においてTSLC1の消失を認め、それと同時にメチル化とアレルの状態を検討した。TSLC1の不活化の原因はこれまでヘテロ接合性の消失とプロモーターメチル化と考えられていたが、今回の検討でメチル化を認め、さらにヘテロ接合性の保持を示したものが認められた。両アレルのメチル化は比較的稀な現象であり、両アレルでのメチル化による不活化が認められるということは11q23領域においてヘテロ接合性の消失をあまり示さない腫瘍においてもTSLC1の不活化が考えられ、様々なヒトの進行がんにおいてTSLC1の不活化を認める可能性がある。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はヒト非小細胞肺癌の新規がん抑制遺伝子TSLC1の不活化の分子機構とがん化における意義を検討するため、48例の原発性非小細胞肺癌症例と46株の様々ながん細胞株において重亜硫酸処理後のSSCP解析を用いたプロモーターメチル化の検討、TSLC1遺伝子の発現、LOH解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

TSLC1プロモーター領域の上流に存在するCpG島内の6箇所のCpG部位の高メチル化がTSLC1の発現の消失と強く関わっていることは重亜硫酸塩基配列決定にて示されているが、この断片のメチル化の状態を効率的ならびに包括的に検討するため、重亜硫酸処理後のDNAに対しSSCP解析を行った。6箇所のCpGが全てメチル化しているクローンと全て未メチル化のクローンとで明確に分けることができ、重亜硫酸処理後SSCP解析はTSLC1プロモーターの包括的なメチル化状態の決定に有用であることが示された。

48症例の癌部ならびに非癌部から採取したDNAを用いて6箇所のCpGのメチル化の状態を重亜硫酸処理後SSCP解析にて検討した。6箇所全てがメチル化しているクローンと同等の波形を優位に示したのは10例で高メチル化と定義した。また、メチル化クローンの波形とかなりの未メチル化波形が合わさった波形が11例で部分メチル化と定義した。48例中21例にTSLC1のプロモーターメチル化が起こっており、プロモーターメチル化のある21例中13例ではRT-PCRにてTSLC1の発現の消失が認められた。一方メチル化を伴わない腫瘍ではTSLC1の発現が認められた。これにより原発性非小細胞肺癌の手術標本においてもTSLC1のプロモーターメチル化はその発現の消失とよく相関することが示された。プロモーターメチル化を示し発現が低下している13例中少なくとも4例においてヘテロ接合性の保持を認めたため、両アレルのメチル化が起こっている可能性が示唆された。

TSLC1のプロモーターメチル化に関し非小細胞肺癌の病理学的特徴と比較した。プロモーターメチル化が認められたのは腺癌28例中13例、扁平上皮癌14例中7例、大細胞癌5例中1例であった。病期分類上の比較ではTNM分類のpT1期は15例中2例 (13%) でTSLC1のプロモーターメチル化が認められたのみであったが、pT2からpT4期では33例中19例(58%)と有意にメチル化の頻度が増加していた。同様に、進行度IA期ではメチル化の頻度がそれ以上の進行度に比べ有意に低いことが示された。

また、TSLC1のプロモーターメチル化は胸膜浸潤の程度においてもその傾向を示したが統計学的有意差は得られなかった。その他の臨床病理学的パラメーターにおいてTSLC1のプロモーターメチル化は関係しなかった。

小細胞肺癌に関してはその症例のほとんどが化学療法による治療となるため、手術検体が手に入らず、がん細胞株での検討となった。ノーザンブロット解析にて10例中2例(SBC-3とSBC-5)にTSLC1の発現の欠如が認められた。重亜硫酸処理後SSCPならびに塩基配列決定ではSBC 3のみにTSLC1のプロモーター高メチル化を認めた。SBC-3にTSLC1領域のヘテロ接合性の保持を認め、このことから両アレルのメチル化によるTSLC1の不活化が強く示唆された。

同様にTSLC1の発現とアレルの状態、メチル化について36例の様々ながん細胞株で調べた。36例中18例でTSLC1の発現の欠如を認め、この18例中10例に重亜硫酸処理後SSCPおよび塩基配列決定にてプロモーターの高メチル化を認めた。さらに10例中5例にヘテロ接合性の消失を認めた。一方残りの10例中4例にヘテロ接合性の保持を認めたことにより、TSLC1の不活化は両アレルのプロモーターメチル化によることが示された。TSLC1の発現の消失にプロモーターメチル化が原因的に関与することはTSLC1の発現がない細胞株に脱メチル化剤である5-aza-2'-deoxycytidineで処理をすると発現が回復することから確かめられた。

以上、本論文は新規がん抑制遺伝子TSLC1において、重亜硫酸処理後のSSCP解析によるプロモーターメチル化の包括的な検討を簡素化して行い、T因子とプロモーターメチル化の関係よりTSLC1の発現が腫瘍の浸潤・転移に関与することを示唆した。また、様々ながん細胞株を用いてTSLC1の発現、LOH、プロモーターメチル化を検討することにより、両アレルのプロモーターメチル化がTSLC1の発現を不活化することを示唆した。本研究は新規がん抑制遺伝子として同定されたTSLC1遺伝子のがん抑制機能を解明するために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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