学位論文要旨



No 119350
著者(漢字) 青木,琢
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,タク
標題(和) 新規癌関連因子EBAG9/RCAS1の肝細胞癌における発現解析 : 腫瘍の脱分化・増殖との相関
標題(洋)
報告番号 119350
報告番号 甲19350
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2324号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
 東京大学 講師 大西,真
内容要旨 要旨を表示する

肝細胞癌(HCC)は、我が国における悪性腫瘍死亡の第3位を占める代表的な固形癌の一つである。従来、HCCは典型的な多段階進展を起こすことが知られており、早期肝細胞癌が脱分化、増殖能を獲得して古典的肝細胞癌へと進展していく過程が形態学的にも明瞭に捉えられる点で非常にユニークである。近年の研究によりその進展の各段階でどのような遺伝子群の発現の変化が生じているのかについても部分的に明らかにされてきているが、いまだ不明な点も多く残っている。

今回研究の対象としたER-binding fragment-associated gcne 9(EBAG9)は、当初、エストロゲンの一次応答遺伝子として単離されたものである(Watanabe T, et al. 1998)。その後、EBAG9は、全く別の経路で発見された癌関連抗原receptor-binding cancer antigen expressed on SiSo cells(RCAS1)と同一遺伝子であることが報告され (Nakashima M, et al. 1999)、RCAS1がTリンパ球やNK cellをアポトーシスに導く作用を持つことが想定されたことから、癌の進展、転移に関わる因子として注目を集めるようになった(EBAG9/RCAS1)。EBAG9/RCAS1は一部の正常臓器で発現が認められるほか、種々の癌組織で発現の増強が認められることが最近次々に報告されており、一部の癌種においては患者の予後因子となっているとの報告も見られる。しかしながら、EBAG9/RCAS1はそのレセプターの存在や構造、免疫担当細胞への作用機序などが全く不明であり、正常組織での機能も明らかにされていない。

このような背景を踏まえ、本研究は、EBAG9/RCAS1のHCCならびに非癌肝組織での発現状況を明らかにし、HCCの多段階進展における位置づけを定めること、さらにEBAG9/RCAS1の発現と臨床的因子の相関との検討からHCC治療への活用の可能性を探ることを目的とした。

肝細胞癌でのEBAG9/RCAS1の発現状況の検討は、免疫組織染色およびウェスタンプロッティング法にて行った。東京大学医学部附属病院肝胆膵・人工臓器移植外科にて切除されたHCC143症例に加え、正常肝の針生検標本10例、C型慢性肝炎症例の針生検標本10例を対象とし、共同研究者井上らが作成した抗EBAG9ポリクローナル抗体を用いて免疫染色を行った。また、同じ症例に対して抗Ki-67モノクローナル抗体による免疫染色も施行し、腫瘍の増殖能の指標とした。さらに、一部の症例の凍結組織を用いてウュスタンブロッティングを行い、蛋白発現量を免疫染色の結果と対比させた。その結果以下の所見が得られた。(1)正常肝、慢性肝炎、肝硬変組織肝細胞はいずれも弱いながらもEBAG9を発現しており、細胞質内に明らかな局在を示した。したがって、EBAG9が非癌組織中で何らかの生理的作用を持つ可能性が示唆された。(2)HCC腫瘍細胞には、EBAG9の発現が非癌肝細胞と同等のものと、発現が増強しているものとがあり、発現が増強している腫瘍細胞では発現の局在が崩れ、細胞膜、細胞質に発現が認められた。(3)結節内でのEBAG9の発現が増強している細胞の局在を検討すると、分化度の異なる成分を含む結節ではより分化の悪い領域でEBAG9発現の増強が見られ、また腫瘍が被膜浸潤を起こしている部分でEBAG9発現の増強している細胞が多く認められた。(4)腫瘍結節内でEBAG9発現の有無(染色の濃さ)および発現が増強している細胞が占める比率に基づいて腫瘍を分類すると、EBAG9陰性結節(EBAG9の発現増強を細胞を認めない結節)またはEBAG9発現の弱い結節(境界域結節:比率に関係なく、薄くしか染色されない結節、またはEBAG9の発現増強が腫瘍細胞全体の5%未満の結節)が41%(59症例)、EBAG9陽性結節(EBAG9の発現増強が腫瘍細胞全体の5%以上の結節)が59%(84症例)であり、この分類と、ウェスタンブロッティングでのEBAG9蛋白発現量とはよく相関した。

次いで、EBAG9発現増強と臨床病理学的因子との相関を検討した。先ほどのEBAG9陰性/境界域結節、EBAG9陽性結節との間で、7つの臨床的因子(年齢、性別、B型肝炎ウィルス表面抗原、抗C型肝炎ウィルス抗体、Child-Turcotte-Pughスコア、血清alpha-fetoprotein値、血漿des-γ-carboxy prothrombin値)および6つの病理学的因子(腫瘍の分化度、腫瘍サイズ、腫瘍数、脈管侵襲あるいは肝内転移、腫瘍被膜形成および被膜浸潤、背景肝組織)、さらにKi-67 labeling indexの計14因子との相関を検討した結果、EBAG9発現増強との相関が認められたのは、腫瘍の分化度(P=0.01)およびKi-67 1abeling index(P<0.001)であり、脈管侵襲あるいは肝内転移とは相関しなかった(P=0.86)。また、対象症例の無再発生存を調査し、予後に寄与する因子を単変量解析にて検討したが、EBAG9は有意な予後因子とはならなかった(リスク比1.30、95%信頼区間0.88-1.92)。

HCCの多段階進展のモデルでは、高分化型腫瘍が脱分化、増殖し、その上でさらに遺伝子変化を経て転移能を獲得すると考えられる。これらの各ステップで全く個別の遺伝子変化が必要となるかどうかは明らかではないが、今回の結果では、EBAG9/RCAS1の発現増強はHCC進展の中期のイベントすなわち脱分化と増殖に関与し、それ以降の転移能獲得には直接関与していない可能性が示された。この結果は、EBAG9/RCAS1発現増強が患者の無再発生存と有意な相関を示さなかったこととも合致した。従来、HCCの脱分化・増殖開始のメカニズムは良く知られていなかったが、治療開始の適応、タイミングを決定する上で極めて重要な現象であることから、今回明らかとなったEBAG9/RCAS1の発現は、この脱分化・増殖開始という現象の有力なマーカーとなるとともに、今後治療の標的ともなる可能性があると思われた。また、EBAG9/RCAS1の腫瘍における機能を検討することで、HCC進展のメカニズムの一部が明らかになる可能性があると考えられた。さらに、正常肝組織中でのEBAG9/RCAS1の機能の解析も今後の重要な課題であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、新しい癌関連因子として発見されたEBAG9/RCAS1の発現を肝細胞癌(HCC)および非癌肝組織において検討することによって、この蛋白の発現のHCC多段階進展における位置づけを定めるとともに、HCC治療への活用の可能性を検討したものであり、以下の結果を得ている。

免疫組織染色を行ったところ、非癌正常肝組織および慢性肝疾患組織中に、微弱ではあるが、はっきりとした局在を持つEBAG9/RCAS1の発現を認め、続いて行ったウェスタンブロッティングでもバンドが検出されたことにより蛋白の発現が確認された。その結果は、EBAG9/RCAS1発現部位がなんらかの形で制御されていることを示唆すると考えられた。

EBAG9/RCAS1蛋白の発現が59%のHCC腫瘍組織で増強しており、発現の増強は、免疫組織染上、発現部位の局在の喪失によって特徴づけられた。

EBAG9/RCAS1発現の増強と臨床病理学的因子との相関を検討したところ、同蛋白の発現は腫瘍の脱分化・増殖能の獲得と相関していた。一方、腫瘍の脈管侵襲や転移とは有意な相関を示さず、患者の治療後無再発予後とも関連していなかった。このことから、EBAG9/RCAS1の発現はHCC多段階進展の中期のイベントであって、後期のイベントである腫瘍の転移能の獲得とは直接関係しないと考えられた。

以上、本論文は、非腫瘍肝組織においてEBAG9/RCAS1が発現していることを初めて示すとともに、HCC腫瘍組織の過半数の症例でこの蛋白の発現が増強しており、蛋白発現増強が腫瘍の脱分化・増殖能獲得に相関することを明らかにした。従来、HCCの脱分化・増殖開始のメカニズムは良く知られていなかったが、治療開始の適応、タイミングを決定する上で極めて重要な現象であることから、本論文によって明らかとなったEBAG9/RCAS1の発現は、この脱分化・増殖開始という現象の有力なマーカーとなるとともに、今後治療の標的ともなる可能性があると思われる。本論文の知見はHCC進展メカニズムの解明およびHCC治療の進歩に貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

UTokyo Repositoryリンク