学位論文要旨



No 119351
著者(漢字) 吉田,淳
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,アツシ
標題(和) 1980〜1999年(過去20年間)におけるベーチェット病の病態推移
標題(洋)
報告番号 119351
報告番号 甲19351
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2325号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 山岨,達也
 東京大学 助教授 天野,史郎
内容要旨 要旨を表示する

[背景]

「虹彩」「毛様体」「脈絡膜」で構成される「ぶどう膜」に生じる炎症性疾患のことをぶどう膜炎といい、全身的な炎症疾患(感染などによる外因性の反応、体質による内因性の反応)の一つとして血管に富むぶどう膜に炎症病変を併発するという病態を示すことが多い。眼炎症をひとたび発症すると再発を繰り返し慢性化しやすい。治療経過の中で、失明に至る重症患者も散見される難病疾患である。ぶどう膜炎をきたす疾患は、数十にもおよび、精密検査をもってしても確定診断に至らない症例も多い。本邦において頻度の多いぶどう膜炎として、多い順に「ベーチェット病」「サルコイドーシス」「Vogt-小柳-原田病」の3疾患があり、しばしばこれらを3大ぶどう膜炎と呼んでいる。

ベーチェット病は全身炎症性疾患であるがゆえに、多彩な症状が出現する。4主症状((1)口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍,(2)皮膚症状,(3)眼症状,(4)外陰部潰瘍)とその他の副症状((1)関節炎,(2)副睾丸炎,(3)消化器潰瘍,(4)血管炎,(5)中枢神経症状)などがある。4主症状揃った患者を「完全型ベーチェット」、それ以外を不完全型ベーチェットという。眼症状は、再発性ぶどう膜炎として繰り返し起こる前房蓄膿性虹彩毛様体炎(非肉芽腫性炎症)と脈絡網膜炎(発症経過の中でほとんどが両眼に起きる)が、ベーチェット病の典型的所見である。

過去に調査された当院東大病院眼科を受診したぶどう膜炎患者の疾患別頻度の統計では、ここ30年間で、ぶどう膜炎におけるベーチェット病の占める割合が減少傾向にあるように見受けられる。また、他施設の報告では、ベーチェット病新規患者数の減少,ベーチェット病の臨床像が軽症化,視力予後の改善,女性患者の症状の改善傾向などが報告されている。そこで東大病院眼科ぶどう膜外来におけるベーチェット病患者の臨床データを基に、眼症状を有するベーチェット病患者について、「臨床像の軽症化」の有無と原因について、眼症状を中心に統計的に調査し考察することとした。

[対象と方法]

東大病院眼科ぶどう膜外来を、1980年1月から1999年12月までの間に受診し、ベーチェット病と診断された患者で、少なくとも4ヶ月以上経過観察し得たぶどう膜炎眼症を有する患者を対象とし、診療録を基にレトロスペクティブに調査した。患者の初診日に従って、患者を1980年代群と1990年代群に分類し、この2群間で、以下の項目(1)患者プロファイル(患者数、性別、経過観察期間など),(2)眼症状(発症年齢、片眼性か両眼性か、炎症部位、炎症発作頻度),(3)視力経過,(4)全身症状,(5)投薬治療内容 (colchicine, cyclosporine, cyclophosphamide, azathiopurine, tacrolimus, corticosteroid),(6)続発眼疾患とその治療歴 について比較検討した。

[結果]

1980年代患者群は計133人(男性107,女性26人)、1990年代患者群は計107人(男性79,女性28人)であった。片眼発症患者と両眼発症患者の比では、2群間で有意差はなかった。1年間当たりの眼炎症発作回数については、1980年代では2.8回/年であったのに対し、1990年代では2.2回/年で、有意に1990年代で減少していた。初診時と観察期間終診時のいずれにおいても、1980年代と1990年代を比較すると、視力は有意に視力良好側に傾いてシフトしていた。また1980年代1990年代それぞれで、初診時視力と最終診察時視力を比較すると、1980年代で視力不良側にシフトしていたが、1990年代で有意な変化はなかった。

全身症状では、各主症状(口腔内アフタ、皮膚症状、陰部潰瘍)と特殊病型(神経・腸管・血管ベーチェット)で有意な変化はなかった。

全身投薬歴では、cyclosporine と cyclophosphamideについて、1980年代にベーチェット病治療薬として治験が行われていた結果として、1990年代で有意に減少していた。corticosteroid全身投与歴の有無等により視力経過を検討すると、1980年代と1990年代の比較では、初診時視力では有意な変化はなかったが、経過観察期間最終視力では視力良好側に有意にシフトしていた。また初診時視力と経過観察期間最終視力での比較では、1980年代では視力不良側に有意にシフトしていたが、1990年代では有意な視力悪化はなかった。

さらに、corticosteroid全身投与を受けた患者の中で、他の免疫抑制剤の同時併用が無くcorticosteroidのみ長期(4ヶ月以上)単独全身投与していた時期が観察期間中に存在した患者をcorticosteroid単独全身投与歴 (+) とし、corticosteroid単独全身投与歴 (+) の患者における視力経過の変化を調べると、初診時視力から経過観察期間最終視力にかけて有意に視力不良側にシフトしていた。一方、corticosteroid単独全身投与歴 (-) の患者における初診時視力と経過観察期間最終視力の比較を1980年代と1990年代それぞれで行うと、1980年代・1990年代ともに初診時視力から経過観察期間最終視力にかけて有意な視力悪化はなかった。

続発眼疾患とその治療歴では、緑内障合併頻度と緑内障手術・白内障手術既往歴に関して2群間で有意差はなかった。

[考察]

1980年代と1990年代という20年間の経過の中で、年間当たりの眼炎症発作回数の減少と、初診時及び観察期間最終診察時の視力の改善がみられた。ベーチェット病は他因子疾患と考えられており、本調査で得られた年代間の変化の原因を絞ることは困難であるが、(1)早期の専門病院への転院、(2)患者側のコンプライアンス上昇、(3)より適切な処方・治療など、が原因として挙げられる。また、全身症状の軽症化傾向(有意な変化ではないが、陰部潰瘍既往頻度の減少など)を含む疾患の病態全体の変化は、環境要因(環境に対する免疫応答、生活様式、衛生状態など)の改善の結果がより関与していると推測される。

corticosteroid全身投与歴による視力経過の結果から、1980年代ではcorticosteroid全身投与歴の有無は視力経過を増悪化させる要因の一つとして考えられるが、1990年代においてのcorticosteroid全身投与歴は、必ずしも視力経過を増悪化する要素とはなっていないと推察された。その違いは、corticosteroid全身投与歴があっても単独で投薬されたのでなければ、視力予後は比較的良好に保たれるが、corticosteroid単独の全身投与歴があると、そのグループでは視力予後が比較的悪くなる可能性があることを示唆しており、corticosteroid全身投与の安易な単独使用によって、眼炎症の反跳現象や離脱困難を引き起こす可能性があるという臨床的経験を、統計的に確認することができたものと考える。

[結論]

統計的にベーチェット病眼症は軽症化しているという結果が得られたが、ベーチェット病は依然として治療管理の難しい疾患である。将来さらに効果的な新しい治療方法が発見され、ベーチェット病患者の予後がさらに改善されることが望まれる。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は本邦ベーチェット病患者における眼ぶどう膜炎の軽症化を統計的に証明することを目的としている。そのため、過去20年間(1980年〜1999年)に東京大学医学部付属病院眼科ぶどう膜外来を初診し、眼症状を有する患者計240人について、初診日時に従って1980年代群と1990年代群の2群に分類した。その2群で、以下の項目(1)患者プロファイル(患者数、性別、経過観察期間など),(2)眼症状(発症年齢、片眼性か両眼性か、炎症部位、炎症発作頻度),(3)視力経過,(4)全身症状,(5)投薬治療内容 (colchicine, cyclosporine, cyclophosphamide, azathiopurine, tacrolimus, corticosteroid), (6)続発眼疾患とその治療歴 について比較検討したものであり、下記のような統計的有意な結果を得ている。

片眼発症患者と両眼発症患者の比では、2群間で有意差はなかった。1年間当たりの眼炎症発作回数については、1980年代では2.8回/年であったのに対し、1990年代では2.2回/年で、有意に1990年代で減少していた。また、初診時と観察期間終診時のいずれにおいても、1980年代と1990年代を比較すると、視力は有意に視力良好側に傾いてシフトしていた。

corticosteroid全身投与歴の有無等により視力経過を検討すると、1980年代と1990年代の比較では、初診時視力では有意な変化はなかったが、経過観察期間最終視力では視力良好側に有意にシフトしていた。また初診時視力と経過観察期間最終視力での比較では、1980年代では視力不良側に有意にシフトしていたが、1990年代では有意な視力悪化はなかった。さらに、corticosteroid全身投与を受けた患者の中で、他の免疫抑制剤の同時併用が無くcorticosteroidのみ長期(4ヶ月以上)単独全身投与していた時期が観察期間中に存在した患者をcorticosteroid単独全身投与歴 (+) とし、corticosteroid単独全身投与歴 (+) の患者における視力経過の変化を調べると、初診時視力から経過観察期間最終視力にかけて有意に視力不良側にシフトしていた。一方、corticosteroid単独全身投与歴 (-) の患者における初診時視力と経過観察期間最終視力の比較を1980年代と1990年代それぞれで行うと、1980年代・1990年代ともに初診時視力から経過観察期間最終視力にかけて有意な視力悪化はなかった。これらの結果から、1980年代ではcorticosteroid全身投与歴の有無は視力経過を増悪化させる要因の一つとして考えられるが、1990年代においてのcorticosteroid全身投与歴は、必ずしも視力経過を増悪化する要素とはなっていないと推察された。その違いは、corticosteroid全身投与歴があっても単独で投薬されたのでなければ、視力予後は比較的良好に保たれるが、corticosteroid単独の全身投与歴があると、そのグループでは視力予後が比較的悪くなる可能性があることが示された。

以上、本論文では、1施設でのレトロスペクティブな調査としては可能な限りバイアスを除いた上で、統計的にベーチェット病の病態動向に関し、20年にわたる計240症例に及ぶ多症例について疫学調査を行ったものである。その結果、全身症状では際立った軽症化は見られなかったものの、(1)より、眼症状では炎症発作頻度、視力予後で統計的に有意な軽症化が確認され、その一つの要因として、(2)より、corticosteroid全身単独投与の既往歴が視力予後に影響しうることを統計的に示したものである。本研究は、これまでのベーチェット病の軽症化を示したのみならず、今後のベーチェット病の治療のあり方にも重要な貢献をなすものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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