学位論文要旨



No 119352
著者(漢字) 前田,克英
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,カツヒデ
標題(和) 重症先天性心疾患における肺の病理学的研究 : 肺静脈狭窄型先天性心疾患における肺小動脈の低形成及びフォンタン型手術における肺病理学的に見た手術適応を中心として
標題(洋) Histopathological studies of the lungs in severe congenital heart diseases : Hypoplasia of small pulmonary artreries in congenital heart diseases with restrictive pulmonary venous drainage and histopathological indications of Fontan-type operations
報告番号 119352
報告番号 甲19352
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2326号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 矢作,直樹
 東京大学 助教授 仁木,利郎
 東京大学 助教授 小塚,裕
 東京大学 講師 賀藤,均
 東京大学 講師 平田,恭信
内容要旨 要旨を表示する

【はじめに】重症先天性心疾患の治療において、肺血管病変は予後を規定する重要な要因であることは周知の通りである。これまで、高肺血流性先天性疾患については、予後・手術適応に関しても肺病理学的見地から様々な研究がなされその意義が明らかにされてきた。しかし、新生児早期に外科的介入を余儀なくされる重症先天性心疾患や低肺血流性心疾患における肺血管病変の意義については、まだ十分に解明されているとは言えない。今回、総肺静脈還流異常症および左心低形成症候群についてその肺小動脈の低形成を明らかにしその病理学的意義を明らかにすると共に、フォンタン型手術といった低肺血流性心疾患に関する肺病理学的に見た手術適応を明らかにしたので報告する。

『研究1 総肺静脈還流異常症における肺小動脈の低形成とその意義』

【目的】総肺静脈還流異常症においては、術前から存在する肺静脈狭窄が予後を悪化させる一因として知られている。我々は、肺の病理を詳細に検討しそれらの症例の中には肺小動脈の低形成が存在する例があり不良な予後の一因となっていることを明らかにした。【方法】10例の肺静脈狭窄を伴う総肺静脈還流異常症(生後2日から10ヶ月)につき検討した。肺病理学的指標として、肺小動脈の低形成を評価するため併走する気管支に対する肺小動脈の半径を計測した。他の指標として、肺胞の成熟度を示すRadial alveolar count (RAC)、内膜病変の程度、リンパ管拡張症、肺小動脈・肺小静脈の中膜厚につき検討した。正常例として、先天性心疾患・肺疾患のない剖検例24例も検討した。統計学的には、年齢を共変量とした共分散分析にを用い検討した。【結果】正常例では、併走する気管支の半径が100μmの時、肺小動脈の半径は生直後60μmでありその後徐々に大きくなり2〜10ヶ月で80μmとなった。肺静脈狭窄を伴う総肺静脈還流異常症の場合、正常例に対し肺小動脈の半径は有意に小さかった (47.0±21.8μm vs 75.9±9.8μm,p<0.001)。総肺静脈還流異常症の中で、死亡した症例と生存した症例を比較すると、死亡した症例では有意に小さかった (33.0±14.6μm vs 68.2±9.2μm,p<0.001) 肺胞の成熟度に関しては、正常例と総肺静脈還流異常症間に有意差は認められなかった (4.6±1.5 vs 4.4±0.8μm,p=0.71)。【結語】肺静脈狭窄を伴う総肺静脈還流異常症では正常例に比べ有意に肺小動脈の低形成が認められたが、肺胞に関しては低形成は認められなかった。又、予後が不良な群では一層肺小動脈の低形成が明らかであった。これらの結果は、肺小動脈の低形成こそが不良な予後に関与している可能性が高いことが示唆していると思われた。

『研究2 左心低形成症候群における肺小動脈の低形成とその意義』

【目的】左心低形成症候群では、小さい心房間交通は予後を悪くする一因として知られている。こういった症例では、リンパ管拡張症や肺静脈の動脈化といった所見が今まで報告されているが、それらだけで不良な予後を十分説明することは出来ない。我々は、肺病理組織所見を詳細に検討することにより、こういった症例では肺小動脈に著しい低形成があることを明らかにし、予後に大きく影響を与えることを明らかにした。【方法】生後1日から40日までの左心低形成症候群症例14例を検討した。8例では心房間交通は小さく(R(+)群)、他の6例では心房間交通は大きかった(R(-)群)。正常例として同時期の12例の剖検肺も検討した(C群)。肺病理学的指標として、併走する気管支に対する肺小動脈の半径を求めた。同時に肺胞の成熟度を示すRadial alveolar count、内膜病変、肺小動脈・肺小静脈の直径・リンパ管拡張症も計測した。統計学的には、年齢を共変量とした共分散分析にを用い検討した。【結果】併走する気管支が100μmの時、R(+)群では、肺小動脈の半径は34.0±10.8μmであり、有意にR(-)群(46.6±8.5μm)や正常群(70.5±8.4μm) に比べて小さかった (p=0.0022、p<0.001)。Radial alveolar count は、R(+)群で3.5±0.9、R(-)群で3.4±0.6、正常群で3.7±0.9であり、3群間に有意差は無かった。内膜病変はどの症例にも存在せず、肺小動脈や肺小静脈の中膜厚は正常例に比べて、R(+)群、R(-)群共に有意に厚かった。リンパ管拡張症は、R(+)群の75%、R(-)群の50%に見られたが、有意差は無かった。【結語】心房間交通の小さい左心低形成症候群では、心房間交通が十分大きい症例に比べて有意に肺小動脈に低形成が見られた。両群間で肺胞の成熟度に有意差はなく、これら肺小動脈の低形成が、心房間交通の小さい左心低形成症候群の予後を悪化させている一因と思われた。

『研究3 肺病理学的見地からみた右心バイパス手術の手術適応』

【目的】フォンタン型手術においては、血行動態上適応とされても術後フォンタン循環が成立せず予後が不良な症例が存在する。血行動態上手術適応とされた60例の機能的単心室症の患者の肺標本を詳細に検討し予後と併せ比較検討することにより、肺病理学的にみたフォンタン型手術の適応につき検討した。【方法】6ヶ月から23歳までの機能的単心室症において、53例の生検標本7例の剖検標本につき肺病理組織学的に検討した。内28例は bidirectional Glenn shunt(BDGS) 手術、32例は total cavopulmonary connection(TCPC)を施行した。適応は臨床的、血行動態値に基づいて決定された。肺病理組織学的指標として、肺小動脈中膜厚、内膜病変、血栓の有無につき計測した。肺小動脈中膜厚測定には、DR-100μmを用いた。【結果】BDGS、TCPC群共に術前の血行動態諸値については、フォンタン循環成立例、不成立例の間に有意差は認められなかった。肺病理学的指標を検討したところBDGS、TCPC共にDR=に有意差が認められた (BDGS;8.9±2.4μm vs 13.4±1.9μm、TCPC;8.4±1.7μm vs 14.7±1.5μm)。他の肺の病理学的指標には統計的な有意差は認められなかった。【結語】フォンタン型手術においては成立例と不成立例では、肺小動脈中膜厚に著しい有意差が認められた。症例の中には術前の血行動態値が必ずしも肺病理学的にみた肺の状態を表していない症例があり、今後組織学的評価も適応を決める上で有用な手段となりうると思われた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、肺静脈狭窄を伴う総肺静脈還流異常症および狭小心房間交通を伴う左心低形成症候群について、その肺病理所見の詳細な解析を試みると共に、低肺血流性心疾患に対するフォンタン型手術において肺病理学的に見た手術適応の決定を試みたものであり、下記の結果を得ている。

総肺静脈還流異常症における肺小動脈の低形成とその意義

肺静脈狭窄を伴う総肺静脈還流異常症では正常例に比べ有意に肺小動脈の低形成が認められたが、肺胞に関しては低形成は認められなかった。又、予後が不良な群では一層肺小動脈の低形成が明らかであった。これらの結果は、肺小動脈の低形成こそが不良な予後に関与している可能性が高いことが示唆していると考えられた。

左心低形成症候群における肺小動脈の低形成とその意義

心房間交通の小さい左心低形成症候群では、心房間交通が十分大きい症例に比べて有意に肺小動脈に低形成が見られた。両群間で肺胞の成熟度に有意差はなく、これら肺小動脈の低形成が、心房間交通の小さい左心低形成症候群の予後を悪化させている一因と思われた。

肺病理学的見地からみたフォンタン型手術の手術適応

フォンタン型手術においては成立例と不成立例では、肺小動脈中膜厚に著しい有意差が認められた。そして、その肺小動脈の厚さを表すパラメータDR=100μmは、フォンタン型手術の適応を判断するのに有効であった。症例の中には術前の血行動態値が必ずしも肺病理学的にみた肺の状態を表していない症例があり、今後組織学的評価も適応を決める上で有用な手段となりうると思われた。

以上、本論文は、肺静脈狭窄型重症先天性疾患における肺小動脈の低形成を明らかにすると共に、フォンタン型手術の肺病理学的にみた手術適応を明らかにした。本研究は、これまで不明であった、総肺静脈還流異常症や左心低形成症候群の予後不良の原因解明と、フォンタン型手術における治療戦略を考える上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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