学位論文要旨



No 119353
著者(漢字) 金田,篤志
著者(英字)
著者(カナ) カネダ,アツシ
標題(和) 胃癌においてサイレンシングされる遺伝子9個の同定
標題(洋)
報告番号 119353
報告番号 甲19353
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2327号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 講師 北山,丈二
 東京大学 講師 下山,省二
内容要旨 要旨を表示する

序論

遺伝子5'領域CpGアイランドのメチル化はその下流遺伝子の発現を抑制(サイレンシング)し、突然変異・欠失と並び、癌抑制遺伝子不活化の重要なメカニズムとなっている。胃癌における遺伝子異常の代表はp53遺伝子であり、その突然変異は37%-43%と高頻度に認められる。しかし、K-RAS、APCなど他の癌関連遺伝子の突然変異は稀であり、むしろp16INK4A、hMLH1、RUNX3、E-cadherinなど多くの遺伝子において5'領域のDNAメチル化がその不活化に密接に関わっている。今研究では、ゲノム解析法methylation-sensitive-representational difference analysis (MS-RDA)に改良を加え、遺伝子5'領域CpGアイランドの異常メチル化をゲノム包括的に探索し、新規胃癌関連遺伝子の同定を行った。

方法

MS-RDAは、4塩基認識メチル化感受性酵素HpaIIによるゲノム消化と、消化されたDNA断片の選択的増幅により、二つのゲノムでメチル化状態が異なる領域を抽出する。MS-RDAによるコントロールDNAの増幅をサザンブロット法で測定し、MS-RDAのメチル化異常に対する感度を解析した。また、6塩基認識酵素SacII・NarI用の新しいアダプター・プライマーを作成し、MS-RDAをHpaIIと合わせ計3シリーズ施行した。正常ゲノムとして手術材料から採取した正常胃粘膜サンプル21Nを、胃癌ゲノムとして胃癌細胞株MKN28とMKN74を用いた。

得られたDNA断片の塩基配列を解読し、ゲノムデータベース検索を行った。遺伝子5'領域CpGアイランドに由来するDNA断片について、そのCpGアイランドのメチル化状態をBisulfite sequencing法で解析した。Bisulfite sequencingの結果、5'領域CpGアイランドが2つの胃癌細胞株で異常にメチル化されている遺伝子について、その他の胃癌細胞株と41例の胃癌手術材料における異常メチル化をmethylation-specific PCR (MSP)法で解析した。

各遺伝子発現は定量的RT-PCR法で解析し、PCNA遺伝子の発現量で補正した。胃癌細胞株MKN28とMKN74を5-aza-2'-deoxycytidine (5-aza-dC)を用いて脱メチル化し、2つの胃癌細胞株におけるメチル化による遺伝子不活化と脱メチル化による発現回復を解析した。

結果

MS-RDAによりコントロールDNAは、100%メチル化されている場合2300倍に濃縮されたが、75%・50%のメチル化状態では、0%のメチル化状態と同様、濃縮されなかった。これは、MS-RDAはほぼ完全にメチル化された領域のみ選択的に増幅し、それゆえ、メチル化状態が異なる間質由来の細胞が混入する癌組織ではなく、メチル化状態がより均一な癌細胞株を材料として用いることが望ましいことを示している。

胃癌細胞株MKN28とMKN74におけるメチル化異常を、HpaIIと、新たにSacII・NarIを用いたMS-RDA計3シリーズにより解析し、それぞれ96個ずつのクローンの塩基配列を解読した。ゲノムデータベースで解析した結果、それぞれ3、7、6個のクローンが遺伝子5'領域CpGアイランドに由来していた。

これら16個の遺伝子5'領域CpGアイランドについて、正常サンプル21N・胃癌細胞株MKN28及びMKN74のメチル化状態を解析した。その結果、16個中9個の遺伝子 (LOX、HRASLS、bA305P22.2.3、FLNc、HAND1、a homologue of RIKEN 2210016F16、FLJ32130、PGAR、Thrombomodulin) の5'領域CpGアイランドが、正常サンプル21Nがメチル化されていないのに対し,胃癌細胞株MKN28及びMKN74は完全にメチル化されていた。

これら9個の遺伝子の発現は、メチル化されていない胃癌細胞株では、正常サンプルと比較して発現が保たれていた。それに対し、MKN28及びMKN74においては、発現はほとんど完全に消失していた。両胃癌細胞株を5-aza-dC処理すると、9個の遺伝子とも脱メチル化に伴い発現の回復が認められた。

41例の手術材料を用いて、胃癌組織におけるこれら9個の遺伝子及び既知のサイレンシング遺伝子であるp16・hMLH1のメチル化状態を解析した。9個の遺伝子のうち5個 (FLNc、TM、HRASLS、HAND1、LOX) は、胃癌細胞株だけでなく手術材料の胃癌サンプルにおいても高頻度 (29%-41%) にメチル化を認めた。他の4個の遺伝子のメチル化は低頻度 (0%-7%) にとどまった。発現解析の結果、異常メチル化に相関して発現が低下しているのを認めた。

個々の胃癌サンプルにおける9個の5'領域CpGアイランドの異常メチル化頻度を調べると、9個中4個以上のCpGアイランドで異常メチル化を認める胃癌は11例存在し、p16・hMLH1の異常メチル化と相関した (p<0.0001)。これら高頻度にメチル化を認める胃癌11例は全て未分化型であった (p<0.001)。

異常メチル化プロファイルとの比較のため、正常でメチル化状態にあるMAGE-A1、MAGE-A3、MAGE-B2遺伝子の5'領域の異常低メチル化をMSPにて解析した。異常低メチル化を高頻度におこす胃癌サンプルは、異常メチル化を高頻度におこす胃癌とは異なる群を形成した。

考察

MS-RDAはほとんど完全にメチル化された領域を選択的に増幅する。これは、感知できるメチル化CpGアイランドは限られるが、遺伝子不活化を伴わない不十分なメチル化は感知せず、サイレンシングを引き起こすCpGアイランドを効率よく増幅することを意味する。しかし高すぎる感度ゆえに、メチル化状態が異なる間質細胞が混入する癌組織ではなく、メチル化状態がより均一な癌細胞株を材料にすることが望ましいと思われた。

HpaIIに加え、新たに6塩基認識制限酵素SacII・NarIを用いることで、メチル化したプロモーターCpGアイランドを重なり無く、よりゲノムワイドに、かつ効率的に抽出することが可能となり、有用な改良と思われた。

異常メチル化により胃癌でサイレンシングされている遺伝子を、改良したMS-RDA法を用いたゲノム解析により新たに9個同定した。9個の遺伝子のうち、3個 (LOX、HRASLS、TM) は細胞増殖抑制作用が報告されている遺伝子であるが、癌における不活化機構が今研究により初めて明らかにされ、有力な癌抑制遺伝子候補と思われた。

41例中11例の胃癌サンプルは9個の遺伝子の異常メチル化を高頻度に示し、p16・hMLH1の異常メチル化と有意に相関した。これは、「CpGアイランドメチル化形質 (CpG island methylator phenotype、CIMP)」が41%の胃癌に存在する、とするToyotaらの報告によく合致する。しかし、これら高頻度に異常メチル化を示す11例の胃癌症例が、未分化型と有意に相関したことは、新しい知見でありかつ特筆すべきことである。異常メチル化の蓄積が未分化型の原因となっている可能性を初めて示した報告であり、胃癌組織多様性を考察する上で特に興味深い。

正常組織ではメチル化されている3個の遺伝子5'領域CpGアイランドの、異常低メチル化を解析した。3個すべて異常低メチル化を示した胃癌は5例存在し、それらは異常メチル化形質陽性胃癌とは異なるグループを形成した上、統計学的に有意なクラスタリングを示した(p<0.05、χ2検定)。これは、「CpGアイランド異常低メチル化形質 (CpG island hypomethylator phenotype, CHOP)」とでも呼ぶべき新しい形質の存在を示唆し、異常メチル化と異常低メチル化が異なるメカニズムにより生ずることを意味する。MAGE蛋白は、MHCにより抗原提示され殺傷性T細胞に認識される、癌特異抗原として知られ、癌免疫療法への応用が試みられている。異常低メチル化形質は、免疫療法が有効な癌を選別するのに有用な形質となるかもしれない。

以上、i)MS-RDAの改良、ii)胃癌においてサイレンシングされる遺伝子9個の新規同定、iii)異常メチル化を高頻度におこす胃癌と未分化型との相関、iv)新しい形質「異常低メチル化形質 (CHOP)」の存在、を報告した。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、新たな胃癌関連遺伝子を同定することを目的に、癌抑制遺伝子不活化の重要なメカニズムとなっている遺伝子プロモーター領域CpGアイランドのメチル化をマーカーに用い、ゲノム解析を試みたものであり、以下の成果を得ている。

4塩基認識メチル化感受性酵素HpaIIによるゲノム消化と、消化されたDNA断片の選択的増幅により、二つのゲノムでメチル化状態が異なる領域を抽出するゲノム解析法として報告されているmethylation-sensitive-representational difference analysis(MS-RDA)の感度をコントロールDNAを用いて測定した。その結果、MS-RDAはほとんど完全にメチル化している領域のみ選択的に抽出すること、つまり抽出するDNA断片は限られるものの完全に不活化された遺伝子(サイレンシング遺伝子)に由来する可能性が高いこと、しかしそれゆえメチル化状態の異なる細胞が混入する癌組織ではなく、メチル化状態がより均一な癌細胞を用いなくてはならないことを示した。

新たに6塩基認識メチル化感受性酵素SacII・NarIを用いるべくアダプター・プライマーを作成し、このMS-RDAの改良の結果、よりゲノムワイドに、より効率的に、CpGアイランド由来のDNA断片を抽出することが可能になることを示した。

改良したMS-RDAを用いて、胃癌細胞株MKN28とMKN74において異常メチル化しているCpGアイランドの同定を行った。その結果、9個の遺伝子 (LOX、HRASLS、bA305P22.2.3、HAND1、a homologue of RIKEN 2210016F16、FLJ32130、PGAR、Thrombomodulin) が、プロモーター領域CpGアイランドの異常メチル化により、2つの胃癌細胞株においてサイレンシングされていることを同定した。41例の胃癌手術材料を用いて解析したところ、9個の遺伝子のうち5個 (FLNc、Thrombomodulin、HRASLS、HAND1、LOX) は、手術材料の胃癌サンプルにおいても高頻度 (29%-41%) にメチル化を認め、異常メチル化に相関して発現が低下しているのを認めた。これら5個の遺伝子のうち3個 (Thrombomodulin、HRASLS、LOX) は細胞増殖抑制作用が報告されている遺伝子であり、本研究により癌における具体的な不活化機構が初めて示され、有力な新規癌抑制遺伝子候補と考えられた。

今回同定された9個のサイレンシング遺伝子のメチル化を、高頻度におこしている胃癌は41例中11例であり、この11例は既知のサイレンシング遺伝子p16・hMLH1研の異常メチル化も高頻度に認めた (p<0.0001)。これら高頻度にメチル化を認める胃癌11例は全て未分化型であった (p<0.001)。異常メチル化の蓄積が、未分化の原因となっている可能性を初めて示した。

もう一つのメチル化異常である遺伝子プロモーター領域の異常低メチル化を3個のMAGE遺伝子を用いて解析した。異常低メチル化を高頻度におこす胃癌は、異常メチル化を高頻度におこす胃癌とは異なるグループを形成し、統計学的に有意に集積していた。これは、異常メチル化と異常低メチル化が異なるメカニズムにより生ずることを示唆し、この形質を「CpGアイランド低メチル化形質 (CpG island hypomethylator phenotype, CHOP)」と提唱した。

以上、本論文は、メチル化異常のゲノム解析法であるMS-RDAの特徴を解析し、改良を加え、胃癌におけるメチル化異常の解析に応用し、9個もの大量な新規サイレンシング遺伝子の同定を初めて報告した。9個の中には、細胞増殖抑制作用が報告されている遺伝子3個など、機能的にも重要な遺伝子が含まれていた。これらの遺伝子のメチル化プロファイルから、異常メチル化を高頻度に起こす胃癌と未分化型との相関、また新たな形質CpG island hypomethylator phcnotypeを発見した。本研究は、メチル化異常のゲノム解析の指針を示し、胃癌の分子生物学的機構を解明する有力な候補遺伝子を同定し、またメチル化異常の胃癌組織多様性への関与の可能性にまで言及したものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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