No | 119356 | |
著者(漢字) | 纐纈,真一郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | コウケツ,シンイチロウ | |
標題(和) | 大腸癌における酸化ストレスの検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119356 | |
報告番号 | 甲19356 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2330号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 要旨 目的 酸化ストレスとは『生体内の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れ、酸化反応にかたむいた状態』と定義される。酸化反応を引き起こす最大の原因は、体内で発生する活性酸素である。体内の蛋白質や脂質、DNA(主に塩基)といった構成物は、活性酸素により容易に酸化され損傷をうける。DNAやRNAに酸化損傷が生じた場合、塩基対形成の誤りをもたらし、さらには発癌や老化といった現象を引き起こすことが知られている。しかし、細胞が酸化的損傷を受けた場合に、酸化的損傷を受けた塩基を除去する蛋白として、hMTH1、hMYH、hNTH1などが生体内に存在している。hMTH1は酸化ストレスにより刺激されて発現が亢進することが分かっており、酸化ストレスの良い指標になると報告されている。大腸癌においては、特殊な大腸癌として潰瘍性大腸炎合併大腸癌があげられるが、その癌化の機序について、慢性炎症による酸化ストレスの関与が指摘されている。これに対し、一般大腸癌では酸化ストレスが癌化や臨床病理学的因子、分子生物学的因子などとどのように関わっているのか、まだ十分に明らかになっていない。本研究では一般大腸癌において酸化的損傷を修復するDNA修復蛋白(hMTH1、hMYH、hNTH1)の発現を解析し、その発現様式と臨床病理学的因子の相関を検討した。さらに大腸癌の発癌と酸化ストレスの関係を明らかにするため、これらのDNA修復蛋白の発現様式とp53の異常との相関を検討した。また、酸化ストレスは老化に関係する重要な因子である事が明らかにされている。そこで、高齢者についてさらに詳しく検討を行った。本研究において75歳以上を高齢者と定義し、高齢者における大腸癌(以下、高齢者群)において、DNA修復蛋白の発現様式と臨床病理学的因子との相関を検討した。さらに、高齢者群と75歳未満の大腸癌症例(以下、対照群)との間で、DNA修復蛋白の発現様式について比較した。また、高齢者大腸癌の発癌と酸化ストレスの関係を明らかにするため、DNA修復蛋白の発現様式とp53の異常の相関について検討した。加えて、マイクロサテライト不安定性(MSI)が高齢者の発癌に関係しているという報告があり、MSIとDNA修復蛋白の発現様式についての相関を検討した。 対象と方法 東京大学腫瘍外科にて1990-91年の間に外科的切除された大腸癌81例を検討対象とした。また、同時期に得られた大腸腺腫65症例を大腸腺腫の検討対象とした。hMTH1、hMYH、hNTH1、p53に対する免疫組織化学染色は、抗体の特異性を証明された一次抗体を使用した。一般大腸癌における、酸化ストレスと臨床病理学的因子の関係を明らかにするため、DNA修復蛋白の発現様式と、年齢、性別、腫瘍占居部位、深達度(TNM分類による原発腫瘍の広がり)、組織型、腫瘍径、静脈侵襲、リンパ管侵襲、リンパ節転移、Dukes分類による病期、無再発生存率などの臨床病理学的因子との相関を検討した。各蛋白の染色の発現様式は、過去の論文を参考に二群に分類した。次に、一般大腸癌における酸化ストレスと発癌との関係を明らかにするため、DNA修復蛋白の発現様式とp53の異常を比較検討した。 また、大腸癌に加え大腸腺腫症例においてhMTH1の発現様式を比較検討した。高齢者大腸癌は、当科にて1990-93年の間に外科的切除された75歳以上の大腸癌33例を検討対象とした。対照群として、75歳未満の大腸癌症例を検討した。高齢者大腸癌症例について、hMTH1、hMYH、hNTH1の免疫組織化学染色の発現様式を検討し、臨床病理学的因子との相関を検討した。続いて、DNA修復蛋白の発現様式について、高齢者群と対照群で比較検討を行った。 また、高齢者群において、DNA修復蛋白の発現様式とp53の異常を比較検討した。MSIの解析は、同一患者の腫瘍組織と正常組織より、microdissection methodにてDNA抽出のための組織を得た。MSIは5つのマイクロサテライトマーカーを用いて分析した。5種類のマーカーのうち2個以上に異常が認められた場合にMSI陽性と判定した。 結果 一般大腸癌におけるhMTH1の発現は高発現群68/81例、低発現群13/81例で、hMTH1の高発現は左側大腸癌に多く認めた(p=0.05)。hMYHの発現は高発現群46/81例、低発現群35/81例で、hMYH高発現群では、TNM分類による原発腫瘍の広がりがT3以上の症例を多く認めた(p=0.056)。hNTH1の発現は核発現群53/81例、細胞質発現群28/81例で、hNTH1核発現群では、リンパ節転移陽性率が高く(p=0.001)、Dukes分類による病期が進んでおり(p=0.005)、無再発生存率が低かった(p=0.04)。また、p53異常発現を認めた症例は45/81例(56%)であった。p53異常発現はhMTH1の高発現と有意に相関を示した(p=0.002)。次に、大腸腺腫組織においては大腸癌組織に比べhMTH1の高発現の頻度は有意に低かった(p<0.001)。また、高齢者大腸癌におけるhMTH1の発現は高発現群24/33例、低発現群9/33例であった。hMYHの発現は高発現群10/33例、低発現群23/33例であった。hNTH1の発現は核発現群17/33例、細胞質発現群16/33であった。高齢者群でのDNA修復蛋白の発現と臨床病理学的因子の検討では、明らかな特徴を認めなかった。また、高齢者群と対照群の比較ではhMTH1、hNTH1の発現については両群間に有意差を認めなかったが、hMYHの発現に関しては高齢者群においてhMYHの低発現の頻度が有意に高かった(p=0.01)。p53異常発現は20/33例に認めた。高齢者群においてもp53の異常発現とhMTH1の高発現に関して有意に相関を認めた(p=0.01)。MSIは高齢者大腸癌33例中1例に認めた。 考察 本研究では、大腸癌におけるDNA修復蛋白(hMTH1、hMYH、hNTH1)の発現を明らかにし、臨床病理学的因子との関係を検討した。すなわち、hMTH1の高発現は右側大腸癌に比べ、左側大腸癌に高率にみとめられた。hMTH1は酸化ストレスにより刺激されて発現が亢進することが分かっており、酸化ストレスの良い指標になると報告されている。本研究にて左側大腸癌においてhMTH1の発現様式が高発現を高頻度に認めた理由として、左側大腸癌において酸化ストレスが増大していた可能性が考えられた。また、hMYH高発現群の腫瘍深達度はTNM分類によるT3症例が多く、hMYH低発現群に比べ進行した症例が多かった。hMH1に関しては、hNTH1核発現群ではhNTH1細胞質発現群に比べ、リンパ節転移が高度でDukes分類による病期も進行しており、無再発生存率が悪かった。JanssenやNozoeらの報告でも、大腸癌において活性酸素を除去するManganese Superoxide Dismutaseは、その発現の亢進と悪性度についての相関が報告されており、大腸癌の悪性度は酸化ストレスと密接に関係している事が考えられた。次に一般大腸癌における酸化ストレスと発癌についての検討を行った。酸化ストレスと発癌に関しては、これまでにいくつかの腫瘍において、関連が指摘されているが、それらの癌において、発癌過程にp53の異常が強く関係していることが報告されている。一般大腸癌の発癌における酸化ストレスの関係を検討するために、p53異常発現とhMTH1、hMYH、hNTH1の発現様式との関係を明らかにした。hMTH1高発現はp53の異常発現と有意に相関を示し、酸化ストレスとp53の異常の関連が考えられた。また、大腸腺腫におけるhMTH1の発現の検討を行ったところ、大腸癌にくらべhMTH1の高発現の頻度が有意に低かった。大腸腺腫においては、大腸癌組織に比べ酸化ストレスの増加が少ないと考えられた。さらに、酸化と還元のバランスが崩れていると考えられる状態に、老化現象が挙げられる。このため、高齢者大腸癌において、酸化ストレスと大腸癌との関係についてさらに詳しく検討した。高齢者群では、DNA修復蛋白の発現様式と臨床病理学的因子の関係について、一般大腸癌で認められた臨床病理学的因子との相関は認められなかった。また、高齢者群と対照群の比較において、hMTH1、hNTH1の発現様式については統計学的有意差を認めなかったが、hMYHは高齢者群で有意に低発現の頻度が高率であった。高齢者群においてDNA修復蛋白の発現が増加する事を予想していたが、本研究ではむしろ低発現の頻度が高率であり、高齢者群において酸化ストレスの関与が高いとは考えられなかった。p53の異常とhMTHの高発現は高齢者群においても有意に相関を示し、高齢者大腸癌においてもp53と酸化ストレスが関連していると考えられた。また、MSIは高齢者に多く認めるとする報告もあるが、今回の検討では1例のみであり、一般に報告されている大腸癌におけるMSIの頻度に比べ低頻度であった。さらに、MSI陽性の症例でのDNA修復蛋白の発現様式は高齢者群では二番目に多い発現様式であり、MSIと酸化ストレスとの関係について明らかな相関を示す事はできなかった。また、hNTH1の発現様式とリンパ節転移や予後との相関が明らかになり、臨床応用の可能性が考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は様々な他臓器癌において関与が指摘されている酸化ストレスが、大腸癌においてはどのように癌化や臨床病理学的因子、分子生物学的因子と関係しているか明らかにするために、一般大腸癌および高齢者大腸癌において、酸化損傷を修復するDNA修復蛋白(hMTH1、hMYH、hNTH1)の発現を明らかにし、その発現様式と臨床病理学的因子および発癌との関係についての解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 一般大腸癌における酸化ストレスと臨床病理学的因子との関係を検討するために、DNA修復蛋白(hMTH1、hMYH、hNTH1)の発現を明らかにし、その発現様式を二群に分け、各群で臨床病理学的因子および無再発生存率を比較した。その結果、hMTH1の高発現は一般大腸癌の84%に認められ、右側大腸癌に比べ左側大腸癌においてhMTH1高発現の頻度が高く、左側大腸癌は右側大腸癌に比べ酸化ストレスの影響をより強く受けている事が示された。hMYHの高発現は一般大腸癌の57%に認められ、TNM分類による原発腫瘍の広がりでT3以上の症例においてhMYH高発現の頻度が高かった。hNTH1の核発現は一般大腸癌の65%に認められ、hNTH1核発現を認めた症例はリンパ節転移陽性率が有意に高く、Dukes分類による病期で進行しており、無再発生存率は低かった。hMYH、hNTH1の発現様式は大腸癌の悪性度と相関することが示された。 一般大腸癌における酸化ストレスと発癌との関係を検討するために、DNA修復蛋白の発現様式を二群に分け、各群でp53の異常との相関を検討した。また、hMTH1の発現様式について、大腸癌の前癌病変である大腸腺腫と、大腸癌とを比較検討した。その結果、hMTH1の高発現はp53の異常発現と相関を示す事が明らかになり、酸化ストレスとp53の異常は相関することが示された。また、hMTH1の高発現の頻度は大腸腺腫に比べ大腸癌で有意に高く、大腸腺腫発生よりも大腸癌発生において酸化ストレスの関与が強い可能性が示された。 酸化ストレスと深い関係のある高齢者の大腸癌において酸化ストレスと臨床病理学的因子との関係を検討するために、75歳以上の大腸癌症例(高齢者群)においてDNA修復蛋白の発現を明らかにし、その発現様式を二群に分け各群で臨床病理学的因子を比較した。また高齢者群と75歳未満の対照群との二群間において、DNA修復蛋白の発現様式を比較検討した。その結果、高齢者群において特徴的なDNA修復蛋白の発現様式と臨床病理学的因子との相関は明らかに出来なかったが、hMYHの発現は高齢者群では対照群に比べ有意に高発現の頻度が低いことが示された。 高齢者大腸癌において酸化ストレスと発癌との関係を検討するために、DNA修復蛋白の発現様式を二群に分け、各群でp53の異常との相関を検討した。また、マイクロサテライト不安定性を解析しDNA修復蛋白の発現様式との関係を検討した。その結果、p53の異常とhMTH1の高発現は有意な相関を認め、高齢者大腸癌においてもp53の異常に酸化ストレスが相関している事が示された。また、高齢者大腸癌においてマイクロサテライト不安定性を示したのは1/33例のみであり、高齢者大腸癌における発癌にマイクロサテライト不安定性は強く関与しておらず、またマイクロサテライト不安定性と酸化ストレスの関係について明らかな相関を示す事はできなかった。 以上、本論文は一般大腸癌および高齢者大腸癌において、DNA修復蛋白の発現様式の解析から、大腸癌における酸化ストレスと臨床病理学的因子および発癌との関係について明らかにした。本研究ではこれまで充分には明らかにされていなかった大腸癌と酸化ストレスの関係の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。 | |
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