学位論文要旨



No 119357
著者(漢字) 小室,安宏
著者(英字)
著者(カナ) コムロ,ヤスヒロ
標題(和) 進行直腸癌に対する術前放射線感受性予測の検討
標題(洋)
報告番号 119357
報告番号 甲19357
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2331号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 講師 宮田,哲郎
 東京大学 講師 川邊,隆夫
 東京大学 講師 多湖,正夫
内容要旨 要旨を表示する

背景:

大腸癌に対する主たる治療は手術療法である。しかし、直腸癌の手術単独治療による術後の局所再発率は11-28%であり、結腸癌の局所再発率の3%と比べると高い傾向にある。その局所再発率を減少させる目的で、進行直腸癌に対する補助療法としての術前放射線療法(以下術前照射)が、主に欧米で広く行われており、東京大学腫瘍外科でも、1985年より進行直腸癌に対して術前照射を行っており、その有用性を報告してきた。しかし、進行直腸癌の術前照射による縮小効果は、腫瘍は全体の35-44%の症例にみられるのみであり、放射線感受性の高い腫瘍に術前照射を行うためには、照射前に効果例を選別することが重要な課題であると考えられる。

放射線感受性を照射前に予測できる因子がわかれば、術前照射が効果的な症例の選択に役立ち、放射線照射効果が少ないと予想される症例には化学療法などのAdjuvantな治療を加えるといった集学的治療が考えられる。今回注目したKuタンパクは、DNAの修復に関わるタンパクであり、70-kilodaltonのKu70、86-kilodaltonのKu86のヘテロダイマーより構成されており、放射線照射により誘導されたDNAの2本鎖損傷を認識し、DNA依存性プロテインキナーゼを活性化させて、DNAの修復に寄与すると考えられている。Kuタンパクの発現が低下している細胞では、放射線照射によりDNA2本鎖の損傷を修復できず、細胞死に至るメカニズムが考えられており、in vitroの研究において、実際にKuタンパクの発現を調べることで、腫瘍の放射線感受性が予測できることが報告されている。しかし、臨床症例では子宮頚癌においての報告がみられるのみで、直腸癌については報告がない。そこで本研究では、照射前の生検標本におけるKuタンパクの発現を調べることで、放射線感受性を予測できるかを検討した。

また、p53は癌抑制遺伝子として広く知られているが、放射線照射によるDNA損傷にてp53は活性化し、細胞周期などの調節に関与することが報告されている。直腸癌において、p53と放射線感受性に関しては、これまで、p53の変異により腫瘍が放射線低感受性になるという報告があるが、一方、相関が認められないとする報告もあり、p53と放射線感受性の関係は必ずしも明らかにされていないのが現状である。また、p53の下流に位置するサイクリンインヒビターであるp21やp16は細胞周期を調節しており、腫瘍細胞での発現が低下することにより、放射線低感受性になることが報告されている。しかし、直腸癌においては、p16の発現と放射線感受性の関係に関する報告はなく、p21に関しても報告は少なく、p53、p21、p16の発現を同時に検討している報告もない。

目的:

進行直腸癌の放射線照射前の生検組織中のKuタンパクの発現を調べることは組織学的放射線感受性の有無を予測できるか、また、局所再発率、無再発生存率と関連性があるかを明らかにする。

Kuタンパクに加え、p53、p21、p16の発現を検討することが組織学的放射線感受性の有無を予測できるか、また、局所再発率、無再発生存率をとの関連性があるかを明らかにする。

検討:

検討1)Kuタンパクと進行直腸癌における組織学的放射線感受性、局所再発率、および無再発生存率との関連の検討

・対象および方法

1985年1月から2000年12月まで、東京大学腫瘍外科で、術前照射をうけた進行直腸癌の手術症例96例を対象とした。Ku70およびKu86に対して、Streptoavidin-biotin peroxidase complex techniqueを用いて免疫組織学的検討を行った。Ku70およびKu86発現の評価は、照射前生検標本において、光学顕微鏡を用いて、1視野あたり100個の腫瘍細胞を10視野計測し、そのうち染色された細胞数の百分率を算出した。Kuタンパクの陽性率を、96症例すべてにおいて算出し、さらに中央値にて2群に分類した。Ku70、Ku86それぞれの中央値以上の群を、Ku70陽性群、Ku86陽性群と定義した。中央値未満の群はKu70陰性群、Ku86陰性群と定義した。放射線感受性の評価は、大腸癌取扱い規約の組織学的効果判定基準に従い、照射後の摘出標本において、腫瘍細胞が3分の2以上に著明な変性・壊死ならびに融解などを認めるものを放射線高感受性群と定義した。腫瘍細胞の変性・壊死ならびに融解などが3分の1未満しかみられないものを放射線低感受性群と定義した。

・結果

Ku70およびKu86とも腫瘍細胞の核に染色が認められた。Ku70およびKu86の発現には統計学的に有意な相関が認められた(r=0.85、P<0.0001)。Ku70、Ku86の発現は、ともに組織効果判定と関連が認められ、統計学的に有意であった(表1)(P=0.0001、P<0.0001)。Ku70、Ku86ともに陰性群は、陽性群に比して、統計学的有意に局所再発率が低かった (P=0.016、P=0.014)。Ku70、Ku86ともに陰性群が陽性群に比して、統計学的に有意に無再発生存率が高かった (P=0.0057、P=0.022)(図1)。無再発生存率に影響をおよぼした統計学的に有意な因子であったKu70の発現、Ku86の発現、pTNM分類、病理組織学的分類に対して、多変量解析を施行した結果、統計学的に有意な因子として、Ku70の発現、pTNM分類、病理組織学的分類の3因子が選択された。

検討2)Kuタンパク、p53、p21、p16の組合せと進行直腸癌における術前放射線感受性局所再発率、および無再発生存率との関連の検討

対象および方法

p53、p21、p16に対する免疫組織学的検討Streptoavidin-biotin peroxidase complex techniqueを用いて染色を行った。Ku70陽性かつKu86陽性群をKu陽性群、Ku70陰性かつKu86陰性群をKu陰性群と定義した。その他、対象や方法は検討1に準じて行った。

・結果

p53、p21は腫瘍細胞の核が染色され、p16は核および細胞質が染色された。p53、p21、p16の発現は、すべて組織効果判定と関連がみられ、統計学的に有意であった (P=0.035、P=0.021、P=0.0009)。Ku、p53陰性群が放射線高感受性のようであり、p21、p16陽性群が放射線高感受性のようであった。Ku、p53、p21、p16の発現と組織学的放射線感受性の関係を、ロジスティック回帰による多変量解析にて検討した結果Kuおよびp16が統計学的に有意な予測因子であった (P=0.0005、P=0.033) Ku、p16の組合せと組織学的放射線感受性の関係を検討し、Ku陰性p16陽性、中間群(Ku陽性p16陽性、Ku陰性p16陰性)、およびKu陽性p16陰性、の3項目と組織学的放射線感受性の有無の間に統計学的有意な関連がみられた(P<0.0001)。Ku、p53、p21、p16の発現の中で局所再発率、無再発生存率との関連がみられたのはKuの発現であり、p53、p21、p16の発現は有意な予測因子とはなり得なかった。

結論:

本研究では、Kuタンパクの発現の検討が、進行直腸癌に対する術前放射線の感受性を予測できるかについての検討を行った。Ku70およびKu86の発現を調べることは、腫瘍の組織学的放射線感受性の予測および予後因子として有用であった。進行直腸癌の患者においてKuタンパクの発現を調べることは、術前照射が効果的な症例の選択に役立つと考えられた。

Kuタンパク、p53、p21、p16発現と組織学的放射線感受性の有無に関連がみられた。多変量解析によりKuおよびp16が有意な組織学的放射線感受性の予測因子であった。一方、p53、p21、p16は局所再発率、無再発生存率に関しては統計学的有意な予測因子ではなかった。

Ku70およびKu86の発現と組織学的放射線感受性

Ku70の発現と無再発生存率

審査要旨 要旨を表示する

本研究は進行直腸癌に対する術前放射線照射療法の感受性の有無を予測できる因子を明らかにするため、進行直腸癌の照射前生検標本に対して免疫組織学的に検討したものであり、下記の結果を得ている。

Ku70およびKu86とも腫瘍細胞の核に染色が認められた。Ku70およびKu86の発現には統計学的に有意な相関が認められた (r=0.85、P<0.0001)。Ku70、Ku86の発現は、ともに組織効果判定と関連が認められ、統計学的に有意であった(P=0.0001、P<0.0001)。Ku70、Ku86ともに陰性群は、陽性群に比して、統計学的有意に局所再発率が低かった(P=0.016、P=0.014)。Ku70、Ku86ともに陰性群が陽性群に比して、統計学的に有意に無再発生存率が高かった (P=0.0057、P=0.022)。無再発生存率に影響をおよぼした統計学的に有意な因子であったKu70の発現、Ku86の発現、pTNM分類、病理組織学的分類に対して、多変量解析を施行した結果、統計学的に有意な因子として、Ku70の発現、pTNM分類、病理組織学的分類の3因子が選択された。

p53、p21は腫瘍細胞の核が染色され、p16は核および細胞質が染色された。P53、p21、p16の発現は、すべて組織効果判定と関連がみられ、統計学的に有意であった (P=0.035、P=0.021、P=0.0009)。Ku、p53陰性群が放射線高感受性のようであり、p21、p16陽性群が放射線高感受性のようであった。Ku、p53、p21、p16の発現と組織学的放射線感受性の関係を、ロジスティック回帰による多変量解析にて検討した結果Kuおよびp16が統計学的に有意な予測因子であった (P=0.0005、P=0.033) Ku、p16の組合せと組織学的放射線感受性の関係を検討し、Ku陰性p16陽性、中間群(Ku陽性p16陽性、Ku陰性p16陰性)、およびKu陽性p16陰性、の3項目と組織学的放射線感受性の有無の間に統計学的有意な関連がみられた(P<0.0001)。Ku、p53、p21、p16の発現の中で局所再発率、無再発生存率との関連がみられたのはKuの発現であり、p53、p21、p16の発現は有意な予測因子とはなり得なかった。

以上、本論文は、進行直腸癌の照射前生検標本におけるKu70およびKu86の発現を調べることは、腫瘍の組織学的放射線感受性の予測および予後因子として有用であり、術前照射が効果的な症例の選択に役立つ可能性を明らかにした。また、p53、p21、p16発現と組織学的放射線感受性の有無に関連も示唆された。本研究は、進行直腸癌の術前放射線療法が効果的な症例の選択に役立つ因子を示し、進行直腸癌の治療方針に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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