学位論文要旨



No 119358
著者(漢字) 保科,克行
著者(英字)
著者(カナ) ホシナ,カツユキ
標題(和) 腹部大動脈瘤拡張に対する抑制因子の検討 : 血行力学的検討を中心に
標題(洋)
報告番号 119358
報告番号 甲19358
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2332号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 宮田,哲郎
 東京大学 助教授 林田,真和
内容要旨 要旨を表示する

要旨

目的:腹部大動脈瘤 (AAA) に対する全身的な危険因子は、長期のサーベイランスによって明らかになりつつあるも、局所の因子に関しては未だに不明な点が多く、特に腎動脈下大動脈における特有の血行力学的環境は瘤形成に重要である。腎動脈上に比して腎動脈下大動脈の血行動態は、末梢血管抵抗が増大していること、Wall Shear Stress(壁ずり応力:WSS)の振動・順行性の減弱などによって特徴付けられており、これらの環境がより動脈硬化性変化および瘤化へと繋がる変性に関与していると考えられている。

近年の臨床報告において、下肢の大切断、慢性脊椎麻痺、下肢末梢血管病変がAAAの危険因子もしくは関与する因子として指摘されており、大動脈の血行動態の変化が潜在的な病因として重要視されてきている。

AAAの特徴的な形態変化として、慢性的な中膜もしくは外膜の炎症、平滑筋細胞 (SMC) のアポトーシス、細胞外マトリックスの不整・破壊的なリモデリングが挙げらてる。慢性炎症による酸化ストレスもしくは Reactive oxygen specics (ROS) の瘤への関与は、Matrix metalloproteinases (MMP) のupregulation・活性化、内因性の抗蛋白分解作用の不活性化、中膜平滑筋細胞のアポトーシス促進などのメカニズムと相まって指摘されている。In-vitro では高いWSSに曝されることでROS産生が抑えられ、in-vivo では内皮細胞増殖と migration が刺激されることが報告されている。順行性血流増加の抗アポトーシス、抗酸化作用を腎動脈下大動脈に応用することで、内膜および中膜平滑筋細胞数を維持もしくは改善し、しいてはAAA進展を抑止につながるのではないか、と考えたのが本実験の契機の一つである。

エラスターゼ注入ラットAAAモデルに対して外科的手技を加え、腎動脈下大動脈の血流動態を変え、血圧の大きな変動なくWSSおよび壁運動 (Wall Motion、もしくはRelative wall strain : RWS) を変化させることに成功した。血圧という大きな影響を与える因子を除外したことで、Shear stressとAAAとの関係を明らかにする一助となった。この研究では、血流の速い(多い)グループ(high-flow : 高血流)と遅い(少ない)グループ(low-flow : 低血流)での、組織学的・分子細胞学的比較検討が中心である。血行動態の変化に応じて、AAAの細胞密度・構成はどのように変わるのか、細胞増殖因子の発現はどうか、そしてAAAは抑制されるのか。以上の観点から、AAA病変進展への血行力学的影響の機序を検討した。

方法:〈ラットAAAモデル〉ラット腎動脈下の腹部大動脈を露出し約1cmの長さを確保した。右大腿深部動脈からPE-10 tubeを挿入し、腹部大動脈分岐部付近まで先端を進め、腹腔内より触知確認し絹糸で固定、その1cm頭側を絹糸でクランプして同スペースに、30単位ブタ膵エラスターゼを2時間かけてシリンジポンプで持続注入した。〈血行動態改変群〉1)血流の速い(多い)AAA群、2)血流の遅い(少ない)AAA群の、2種類の血行動態の異なる群を作製した。前者は左大腿動静脈のシャントをエラスターゼ注入の7日前に作製することによってなされ、後者はエラスターゼ注入手技の直後・閉腹前に、左総腸骨動脈を結紮し作製した。〈血行動態の測定・評価〉開腹後に大動脈血圧、血流速 (ml/min)、壁運動をそれぞれ、intraaortic pressure transduction、peri-aortic ultrasonic flowmetry、sonomicrometry にて測定した。計算式はWSS (dynes/cm2) =4μBFR/60πr3(μ:血液粘度の in vivo での定数0.035、BFR (Blood Flow Rate) :血流 (ml/min)、r : 大動脈横径 (cm))、RWS= (Dmax-Dmin) /Dmin (Dmax : 大動脈最大径、Dmin : 最小径) で求めた。〈大動脈瘤の細胞構成・増殖・アポトーシスの分析〉両群において免疫組織学的検索、細胞数比較、細胞増殖およびアポトーシスに関して検討した。内皮細胞に対してはCD31染色細胞を、中膜平滑筋細胞にはα-smooth muscle actin染色細胞数をカウントし比較した。増殖の評価は BrdU (5-bromodeoxyuridine) 染色細胞核を、アポトーシスはTUNEL (deoxyuridine triphosphate nick end-labelcd) 陽性核をカウントして行った。〈血管細胞増殖因子・受容体発現〉ラットcDNAから VEGF-D (vascular endothelial growth factor) およびその受容体、PDGF-β (Platelet-derived growth factor) のプライマーをデザインし、RT-PCR (real-time reverse transcriptase polymerase chain reaction) を行った。〈蛋白分解活性(Gelatinase activity)〉両群の蛋白分解活性 (MMP-2および-9) を見るために substrate gel zymography を行った。

結果:シャント作製によって正常大動脈内に比較してWSSは約300%、RWSは約150%の増加をみた。腸骨動脈結紮によってWSSのみ60%と減少を認めた。どちらの手技においても収縮・拡張期血圧の変化を認めなかった。エラスターゼ注入後7日目で、low-flow(結紮)群AAAの瘤径 (6.5±1.5mm) はhigh-flow(シャント)群AAA (3.2±0.4mm) に比して有意に大きかった (p<0.01)。high-flow群ではより多くの内皮細胞・平滑筋細胞、細胞増殖を認め、アポトーシスはlow-flow群でより多く認められた【表】。

また、VEGFとその受容体、およびPDGF-βのmRNAレベノレでの発現がhigh-flow群AAAでより多く認められた。Zymographyでは両群にMMP-2活性の差は認めなかったが、high-flow群でMMP-9活性がより多く認められた。

結論・考察:エラスターゼ注入モデルにおいてWSS (もしくはRWS) は、AAAの内皮細胞・平滑筋細胞増殖を刺激し、その細胞構築を維持し瘤抑制に働くことが示された。MMP活性の増加にもかかわらず、血流増加負荷のかかったAAAでは瘤径拡張が有意に抑制されたことは、血行動態のAAAに果たす役割の大きさを示唆している。細胞増殖、血流増加それぞれの関与の程度を明らかにするために、electroporationによる大動脈壁に対する直接のbFGF (basic fibroblast grwth factor) 導入実験を本実験系で行ったところ、同様に瘤は抑制された。この系では、内皮細胞数に有意差は認めず、平滑筋細胞数およびBrdU染色細胞数の増加が認められ、瘤抑制に対する防御作用に平滑筋細胞がより多く関与していることが示唆された。しかし、現実的には本実験系のように直接遺伝子導入することは困難であり、Photosensitizerのような非侵襲的なdelivery systemも現時点ではまだ充分にoptimizeされていない。また、血行動態の果たす壁リモデリング作用とその抑止効果に関しては未だ明らかではなく、最も簡易かつ有効な手段である下肢の運動によ血行動態改変の果たす役割はまだ大きいものといえる。初期段階のAAA拡張を抑えるために下肢の運動療法をより厳密にデザインし実施していくことが勧められる。

大動脈内血流状態の差異によるAAAの細胞構築変化

審査要旨 要旨を表示する

本研究は腹部大動脈瘤(AAA)に対する抑制因子として、血行動態の与える影響を中心に検討したものである。ラットのエラスターゼ注入 AAA モデルを作製し、それに血行動態を改変させる手技を加え、また遺伝子導入を行って瘤径を比較した。またそれぞれの機序を検討するため、組織学的に大動脈壁細胞数を比較し、細胞外マトリックスの遺伝子発現の比較を行った。以上によって、高血流すなわち Wall Shear Stress(WSS)の増加によって瘤が抑制され、また損傷を受けた後の大動脈壁細胞の増殖が瘤抑制に関与していることが示された。

大腿動静脈シャントの作製および片側腸骨動脈の結紮という二種類の血行動態改変を加えた。前者によって腹部大動脈内の流速しいては WSS、および壁運動しいては Relative Wall Strain(RWS)を、血圧を変動させることなく増加させることができた。後者は WSS のみを、他のパラメータを変化させることなく減少させた。これをエラスターゼ注入モデルのラットに作製したところ、7日目の瘤径がコントロール群に比べて前者は有意に小さく、後者は有意に大きくなっていることが示された。エラスターゼ注入後の大動脈壁を組織学的に検討したところ、前者では内皮細胞および平滑筋細胞の増殖が後者と比較して有意に認められ、細胞構築自体が瘤形成に対し防止的に働くことが示された。PDGFやVEGFおよびその受容体のmRNAの発現は、前者で有意に多く認められたこともWSS増加が細胞増殖に関与している証左となった。MMP(matrix metalloproteinases)の発現はZymographyで比較したが、瘤が抑制された群で大きかった。MMP の果たす役割は、瘤形成の過程でどのような位置を占めるのかは不明であるが、本モデルではシャントなどの血行動態変化とそれに伴うリモデリングの影響が大きいと思われ、単純に完成された人AAAとの比較は難しいと考えられた。

血行動態の改変、すなわちWSSもしくはRWSの上昇が瘤抑制に果たす機序として、大動脈壁細胞の増殖による構築が大きく影響していることが上記の実験によって示された。そこで、electroporation を用いて直接大動脈壁に遺伝子導入することを試みた。すなわち細胞増殖に関与する遺伝子(basic fibroblast growth factor : bFGF)を導入し壁構築を改変することで瘤が抑制されるのではないかという仮説をたてた。ラットAAAモデルに対し、エラスターゼ注入後にbFGFプラスミドを血管内に貯留し、electroporation をかけて遺伝子導入を行い、7日目に瘤径を比較した。コントロールとしてLacZプラスミドを用いた。bFGF導入群ではコントロール群より有意に瘤径が抑制されることが示された。組織学的検索では、内皮細胞数に差はなかったものの、平滑筋細胞数および BrdU 染色細胞は多く認められ、大動脈壁細胞増殖自体が瘤形成抑止に関与していることが示唆された。また、定量 PCR において、MMP-9の発現がbFGF群で少なく認められ、人AAA同様にMMPの関与も示唆された。

以上本論文は、腹部大動脈瘤の抑制に関し、WSSなどの血行動態変化が大きく関与していることを示した。また、大動脈壁細胞構築が、細胞増殖という形で保たれることがその機序の一つであると考えられた。腹部大動脈瘤形成の機序は未だ解明されておらず、種々の薬剤の臨床応用も効果をあげていない。本研究は局所の血行動態および細胞構築という新たな視点から腹部大動脈瘤拡張抑制の可能性を示唆したもので、学位の授与に値するものと考えられる。

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