学位論文要旨



No 119359
著者(漢字) 浅野,善英
著者(英字)
著者(カナ) アサノ,ヨシヒデ
標題(和) 強皮症皮膚線維芽細胞におけるインテグリンαvβ5発現亢進の意義
標題(洋)
報告番号 119359
報告番号 甲19359
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2333号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 助教授 尾藤,晴彦
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 講師 渡邊,孝宏
内容要旨 要旨を表示する

汎発性強皮症は、皮膚および肺を始めとした内臓諸臓器における細胞外マトリックスの過剰な沈着を特徴とする疾患である。その病態において中心的な役割を果たしているのは、線維芽細胞の活性化とそれによる細胞外マトリックスの過剰産生である。汎発性強皮症における線維芽細胞の活性化は、自己免疫、微小血管障害、炎症などの様々な外的誘引が複雑に相互作用することによって引き起こされていると考えられている。しかしながら、これらの外的誘引から完全に隔離されている培養系においても強皮症皮膚線維芽細胞は細胞外マトリックスを過剰産生し続けるため、強皮症皮膚線維芽細胞には一度活性化されるとその状態を維持し続けるself-activationの系が存在する可能性が示唆されている。このself-activationの系において重要な役割を果たしていると考えられているサイトカインの1つがtransforming growth factor-β(TGF-β)である。これまでの研究により、(1)強皮症皮膚線維芽細胞ではTGF-β受容体の発現量が亢進していること、(2)正常皮膚線維芽細胞ではTGF-β受容体を一過性強発現することによりヒトα2(I) collagen 遺伝子の転写活性が有意に亢進し、この効果は抗TGF-β抗体によって有意に抑制されること、(3)強皮症皮膚線維芽細胞ではヒトα2(I) collagen 遺伝子の転写活性が亢進しているが、抗TGF-β抗体およびTGF-β1 antisense oligonucleotideによってその転写活性は有意に抑制されることが示されており・これらの事実から「強皮症皮膚線維芽細胞ではTGF-β受容体の発現量が亢進していることによりautocrine TGF-β loopが形成され、その結果として恒常的に活性化された状態が維持されている」可能性が考えられている。

線維芽細胞を始めとした多くの培養細胞において、TGF-βはlatency associated peptide (LAP) およびlatent TGF-βbinding protein-1 (LTBP-1) とからなる3つの蛋白質の複合体として分泌されている。LAPとTGF-βの複合体は small latent complex (SLC)と呼ばれ、SLCとLTBP-1の複合体はlarge latent complex (LLC) と呼ばれている。LTBP-1は細胞外マトリックス中のtransglutaminaseに対する結合能を有するため、LLCはtransglutaminaseを介して細胞周囲にTGF-βを recruit する機能があると考えられている。一方、SLCはこのままの状態ではTGF-β受容体に結合することができないため、SLCがTGF-βとしての生物学的な効果を示すためには、LAPが形態的な変化を起こすことによりTGF-βとTGF-β受容体の結合が可能になること、あるいはTGF-βがLAPから解離することが必要である。SLCのこの性質は、細胞周囲の微小環境においてTGF-βの活性化が調節されている可能性を示唆している。

細胞外における SLC の活性化に関与している蛋白質として近年注目を集めているのがインテグリンである。インテグリンはα subunitおよびβ subunitからなる二量体分子で、細胞表面に発現し、主に細胞外マトリックスの受容体として機能している。これまでに13種類のα subunitと8種類のβ subunitが同定されていることが示すように、インテグリンは非常に多様な機能をもつ受容体 superfamily を形成しており、細胞外環境の微小な変化を細胞骨格を介して細胞内へと伝達し、遺伝子発現、細胞分化、細胞周期などを調節している。これらのインテグリンの中で、αv subunitを含むインテグリン(これまでにαvβ1, αvβ3, αvβ5, αvβ6, αvβ8の5種類が同定されている)はビトロネクチンおよびフィブロネクチンに代表されるような RGD motifを持つ蛋白質に対する結合能を有している。近年、LAP中にも RGD motifが含まれており、αvを含むインテグリンはSLCの受容体として機能していることが明らかとなり、更にαvβ6およびαvβ8に関してはそれぞれprotease非依存性、protease依存性にSLCを活性化する機能があることが報告された。特にαvβ6については、表皮細胞においてのみβ6を発現しないknockout mouseにおいてブレオマイシン投与後に肺の線維化が全く生じないことが示され、線維化を特徴とする疾患の病態において非常に重要な役割を果たしている可能性が示唆されている。

表1(p.3)に過去に報告されているαvを含むインテグリンの特徴をまとめて示した。LAPに対する結合能は全てのインテグリンで認められるが、αvβ5に関しては他のインテグリンと比較して結合能が弱く、αvβ3についてはLAPと結合できるとする報告と、結合できないとする報告があり、一定した見解は得られていない。αvβ6とαvβ8はSLCと結合することによりSLCを活性化することができるが、これらのインテグリンは線維芽細胞には発現していない。一方、線維芽細胞に発現しているインテグリンに関しては、αvβ1 は SLC を活性化しないことが報告されているが、αvβ3とαvβ5がSLCを活性化するか否かについては未だ検討されていない。以上の過去の報告を踏まえ、線維芽細胞に発現しており、かつLAPに対する結合性が認められ、SLCの活性化能について未だ検討されていないαvβ5に注目して検討を行うこととした。

αvβ5はビトロネクチンを主要な ligand とするインテグリンである。ビトロネクチンは分子量75kDの血漿蛋白で、細胞接着および補体系や凝固系の活性化に関与している。また、ビトロネクチンは血漿中のみでなく、皮層を含め様々な組織の細胞外マトリックス中に沈着していることが知られている。しかしながら、培養系において、線維芽細胞および表皮細胞はビトロネクチンを産生しないことから、細胞外マトリックス中に沈着しているビトロネクチンの由来はいまだ明らかにされていない。細胞外マトリックス中のビトロネクチンはグリコサミノグリカン、コラーゲン、プラスミノーゲン、ウロキナーゼ受容体、plasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)など様々な蛋白に結合する。特に PAI-1 に関しては、ビトロネクチンと結合することにより活性型で安定となることが明らかにされている。活性型 PAI-1 はウロキナーゼタイプplasminogen activatorの活性を抑制し、plasminogenからplasminが産生されるのを抑制する。Plasmin は、主要な collagenase であるproMMP-1やproMMP-13を細胞外環境において活性化する作用を持っていることから、plasmin-mediated pericellular proteolytic cascadeがI型コラーゲンの分解を制御する上で非常に重要であると考えられている。これらの報告から、細胞外マトリックス中のビトロネクチンは、plasmin依存性のpericellular proteolytic cascadeを介して、細胞外マトリックスの分解あるいは蓄積を制御しうる蛋白と考えられている。細胞外マトリックス中のビトロネクチンはαvβ5を介して線維芽細胞によって分解される。ヘパリン結合型のビトロネクチンはαvβ5を介した endocytosis により線維芽細胞内に取り込まれ、lysosome により分解されるが、一方、非ヘパリン結合型のビトロネクチンは、endocytosis されずに細胞外マトリックス中に沈着し続ける。従って、線維芽細胞はαvβ5を介して細胞外マトリックス中のビトロネクチンの量を制御し、それによりplasmin依存性のpericellular proteolytic cascadeも制御している可能性が考えられている。

本研究は、強皮症皮膚線維芽細胞におけるαvβ5の発現異常が汎発性強皮症の病態に関与している可能性を明らかにするため、まず培養強皮症皮膚線維芽細胞におけるαvβ5の発現量、ビトロネクチンへの結合能、PAI-1活性、および強皮症皮膚におけるαvβ5の発現量、ビトロネクチンの沈着量について検討を行った。次に、正常皮膚線維芽細胞を用いてαvβ5を強発現する stable transfectants を作成し、αvβ5の発現亢進が強皮症皮膚線維芽細胞の phenotype の変化に及ぼす影響について検討した。本研究により、(1)強皮症皮膚線維芽細胞においてはαvβ5の発現亢進により、ビトロネクチン依存性にplasmin-mediated pericellular proteolytic cascade が抑制されていること、(2)強皮症皮層線維芽細胞における autocrine TGF-β signaling の確立に、αvβ5依存性のlatent TGF-β1の活性化が関与していること、(3)抗αvβ5抗体およびβ5 subunit antisense oligonucleotide により強皮症皮膚線維芽細胞における恒常的なTGF-β signaling の活性化およびα2(I) collagen 遺伝子の発現亢進を有意に抑制できることが明らかとなった。これらの結果から、αvβ5は汎発性強皮症の線維化の病態において非常に重要な働きをしており、治療のtargetとなりうる蛋白であることが示された。

αvを含むインテグリンの特徴

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、強皮症皮膚線維芽細胞におけるインテグリンαvβ5の発現異常が汎発性強皮症の病態に関与している可能性を明らかにするため、まず培養強皮症皮膚線維芽細胞におけるインテグリンαvβ5の発現量、ビトロネクチンへの結合能、PAI-1活性、および強皮症皮膚におけるインテグリンαvβ5の発現量、ビトロネクチンの沈着量について検討を行った。次に、正常皮膚線維芽細胞を用いてインテグリンαvβ5を強発現する stable transfectants を作成し、インテグリンαvβ5の発現亢進が強皮症皮膚線維芽細胞の phenotype の変化に及ぼす影響について検討した。最後に、インテグリンαvβ5に対する blocking 抗体およびβ5 antisense oligonucleotideが汎発性強皮症の治療に応用できる可能性についても検討を行った。本研究により得られた結果は下記の通りである。

培養強皮症皮膚線維芽細胞では培養正常皮膚線維芽細胞と比較して、インテグリンαvβ5の発現量が有意に亢進しており、インテグリンαvβ5依存性にビトロネクチンに対する結合能が有意に亢進していた。免疫組織染色によりin vivoで同様の検討を行ったところ、強皮症皮膚では正常皮膚と比較して膠原線維間の紡錐形細胞においてインテグリンαvβ5の発現量が著明に亢進しており、同細胞の周囲においてビトロネクチンの過剰な沈着を認めた。ビトロネクチンは plasminogen activator inhibitor-1(PAI-1)と結合することによりPAI-1を活性型で安定させる作用があることが知られているが、培養強皮症皮膚線維芽細胞ではビトロネクチン依存性にPAI-1活性が亢進していた。また、このPAI-1活性の亢進は抗αvβ5抗体により有意に抑制された。以上の結果より、強皮症皮膚線維芽細胞ではインテグリンαvβ5およびビトロネクチン依存性にPAI-1活性が亢進している可能性が示唆された。活性型PAI-1はplasmin産生を抑制することにより、線維芽細胞から分泌されたproMMP-1およびproMMP-13の活性化を抑制して細胞外マトリックスの沈着を促進する作用があると考えられているため、強皮症皮膚線維芽細胞におけるインテグリンαvβ5の発現亢進は汎発性強皮症における細胞外マトリックスの過剰沈着に関与している可能性が示された。

正常皮層線維芽細胞にインテグリンαvβ5を一過性強発現させたところ、ヒトα2(I)コラーゲン遺伝子の転写活性が有意に亢進した。また、この転写活性の亢進はビトロネクチン非依存性であった。以上の結果から、インテグリンαvβ5の発現亢進は強皮症皮膚線維芽細胞におけるヒトα2(I)コラーゲン遺伝子の転写活性の亢進に関与している可能性が示唆された。

正常皮膚線維芽細胞を用いてインテグリンαvβ5を強発現する stable transfectants (β5 transfectants)を作成したところ、同細胞は細胞外マトリックスを過剰産生するmyofibroblastsに分化した。β5 transfectants ではSp1およびSmad3依存性にヒトα2(I)コラーゲン遺伝子の転写活性が亢進しており、Smad3 が恒常的にリン酸化していた。また、anti-TGF-β antibodyおよびTGF-β1 antisense oligonucleotideによりβ5 transfectantsにおけるヒトα2(I)コラーゲン遺伝子の転写活性は有意に抑制された。以上の結果から、β5 transfectantsは、autocrine TGF-β1の刺激により活性化されていることが示された。

β5 transfectantsではTGF-β1のmRNAの発現量は正常であったが、培養液中のtotal TGF-β1(latent form+active form)の量は有意に減少していた。抗αvβ5抗体で処理することにより、培養液中のtotal TGF-β1の量が正常に戻ることから、β5 transfectantsではαvβ5依存性にlatent TGF-β1が細胞表面に recruit されている可能性が示された。β5 transfectantsをTGF-β1 antisense oligonucleotide で処理した後、latent TGF-β1 で刺激したところ、ヒトα2(I)コラーゲン遺伝子の転写活性が有意に亢進したが、抗αvβ5抗体存在下ではこの作用は有意に抑制された。また、β5 transfectantsとTMLC細胞を共培養するとTMLC細胞の luciferase 活性は有意に亢進した。以上の結果から、β5 transfectants ではαvβ5依存性に latent TGF-β1が活性化されていることが示された。

β5 subunitの細胞内領域の50個のアミノ酸を欠失したβ5-Δ50 subunitを作成し、このβ5-Δ50 subunitを強発現する stable transfectants(β5-Δ50 transfectants)を作成した。β5-Δ50 transfectantsでは、latent TGF-β1に対する結合能は亢進していたが、ヒトα2(I)コラーゲン遺伝子の転写活性は正常で、培養液中の total TGF-β1の量も正常であった。また、TMLC細胞との共培養実験においてもTMLC細胞のluciferase活性は正常であった。以上の結果により、インテグリンαvβ5による latent TGF-β1の活性化には、β5 subunitの細胞内領域が必要であることが示された。また、β5 transfectantsをcytochalasin Dで処理したところ、ヒトα2(I)コラーゲン遺伝子の転写活性は有意に抑制され、培養液中の total TGF-β1の量も正常となった。以上の結果から、αvβ5による latent TGF-β1の活性化には、β5 subunitの細胞内領域と細胞骨格の相互作用が必要であることが示された。

強皮症皮膚線維芽細胞をTMLC細胞と共培養したところ、TMLC細胞のluciferase活性は有意に亢進し、この luciferase 活性の亢進は抗αvβ5抗体により有意に抑制された。また、抗αvβ5抗体およびβ5 antisense oligonucleotide で処理することにより、強皮症皮膚線維芽細胞のヒトα2(I)コラーゲン遺伝子の転写活性を有意に抑制することができ、Smad3 の恒常的なリン酸化も有意に抑制された。以上の結果から、強皮症皮膚線維芽細胞はインテグリンαvβ5依存性にlatent TGF-β1を活性化することによって活性化されている可能性が示された。

以上、本論文はインテグリンαvβ5が汎発性強皮症の病態において非常に重要な働きをしていると共に、治療のtargetとなりうる蛋白であることを明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった強皮症皮膚線維芽細胞の活性化の機序の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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