学位論文要旨



No 119361
著者(漢字) 佐藤,克二郎
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,カツジロウ
標題(和) ずり応力による細動脈拡張に関する研究ジストロフィン欠損マウスにおける拡張障害
標題(洋)
報告番号 119361
報告番号 甲19361
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2335号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 辻,省次
 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 講師 柴田,政廣
内容要旨 要旨を表示する

筋ジストロフィーは骨格筋の変性・壊死を主病変とし、臨床的には進行性の筋力低下をみる遺伝性の疾患である。ジストロフィンは細胞骨格蛋白の一つで、この欠損により筋細胞の脆弱性が高まり、デュシェンヌ型筋ジストロフィー (DMD) が発症する。患者は10歳頃より歩行困難となり、30代には呼吸不全、あるいは心不全で死亡する。心不全については病理学上、心筋の壊死が冠動脈の末梢の特定部位におこることが知られている。

DMDに対して全身の骨格筋および心筋におけるジストロフィンの永続的な発現による症状改善を目指して、現在遺伝子治療が試みられている。しかしジストロフィンの分子量が大きいため、使用可能なウイルスベクターに組み込みができない、あるいは短縮型ジストロフィンを使用しても免疫による導入低下などで未だ臨床応用が困難な状態である。現在確立された治療法としてはステロイド剤の投与のみである。今後、造血幹細胞の使用等、再生医療の手法を用いた治療の発展が期待されるが、現在の患者を対象とした治療研究・開発も継続されている。とくに心不全については、血管拡張剤の投与が行われている。

ジストロフィンの細胞からの欠損により、筋細胞膜鞘 (sarcolemma) からジストロフィン・グリコプロテイン複合体(DGC)の全てが欠損する。DGCの構成要素の一つにα1シントロフィンがあり、神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)はそれに結合しsarcolemmaに固定されている。一酸化窒素 (NO) は血管拡張因子として、体内で合成酵素 (NOS) により産生される。ジストロフィン欠損では、nNOSはmRNAの発現から低下しており、筋再生がおこなわれても細胞の成熟が低い内に再び筋が壊死するために、結果として筋からnNOSが著しく減弱すると考えられている。nNOSの欠損により筋収縮時のNO合成量が減少し、アドレナリン作動薬による血管収縮に拮抗する血管拡張能に障害があることが知られていた。またDMDのモデルマウスであるmdxマウスにおいては頸動脈、腸管膜動脈ではずり応力に対する拡張能が障害されていた。今回我々は、mdxマウス、DGCの構成要素であるα1シントロフィンの欠損マウス (α1syn-/-)、そしてNOSのアイソフォームの中で細胞に構成的に発現するnNOSと内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の欠損マウス(nNOS-/-とeNOS-/-)を用いて、薬剤およびずり応力に対する骨格筋内細動脈の血管拡張に関して、睾丸挙筋を用いた実験系を開発し、生理学的および組織学的な検討を行いnNOSの発現とその機能に関して研究を行った。血行を保ったまま骨格筋内の細動脈を観察するために、従来ラットで広く行われていた睾丸挙筋を用いた実験方法を、顕微鏡を使用してマウスに応用した。麻酔後にマウスを実験用ステージに載せ、嚢状になった睾丸挙筋を、神経血管を避けて切離し生理学的緩衝液を環流させながら、薬剤投与と結紮によりずり応力を加えた。

血管拡張を示す薬剤としてNOSの刺激薬であるアセチルコリンとNOの供給をするソディウムニトロプルシドを用いた。両薬剤ともに、どの遺伝子欠損マウスも対照となるマウスとの間で細動脈の拡張性に有意な差がなかった。しかし、ずり応力に対する血管拡張反応はNOSの阻害剤により拮抗し、mdxマウスとnNOS-/-においては対照とするマウスに対して拡張性の減少が有意に認められた。一方α1syn-/-においてはその野生型と有意差を認めず、またeNOS-/-においても同様だった。これらの拡張性の差は組織内におけるnNOSの細胞内での分布には依存せず、発現量に起因すると考えられた。

組織学的な検討ではmdxマウス以外に筋の壊死再生を呈するマウスはなく、また明らかな血管構造の異常も認めなかった。nNOSに対する免疫組織染色ではmdxマウスとnNOS-/-においては、ほぼnNOSの発現は見られなかった。α1syn-/-においてはsarcolemmaに固定されず細胞質内にとどまって発現していた。しかしeNOS-/-においては細胞質内に弱いもののnNOSの発現が見られ、代償的なupregulationが起こっている可能性が示唆された。またnNOS-/-においても代償的なeNOS発現増強の可能性が示唆された。

本研究によりジストロフィン欠損において、骨格筋内の細動脈がずり応力に対する血管調節が不十分であることを示し、それがnNOSに起因することを明らかにした。mdxのnNOSトランスジェニックマウスでは、その病理型が改善する事が既に報告されており、本研究の結果と合わせてnNOS欠損による不十分な血管拡張応答がジストロフィン欠損における骨格筋での病理型に関与すると考えられた。また、本研究がずり応力とそれに対するnNOSの関係を明らかにしたことは、今後筋ジストロフィーにおいて血管調節の影響について研究することの有用性を保証するものである。ジストロフィン欠損の骨格筋内でも血管拡張薬が有効に働くことを示唆し、現在遺伝子治療を含め、ステロイド剤以外に有効な治療法が確立されていないDMDの表現型を改善するために、血管拡張薬による薬剤治療が一つの可能な選択肢であることを示した。

審査要旨 要旨を表示する

デュシャンヌ型筋ジストロフィー(DMD)では、神経型一酸化窒素合成酵素(nNOS)は発現が低下しており、筋収縮時の一酸化窒素(NO)合成量が減少し、アドレナリン作動薬による血管収縮に拮抗する血管拡張能に障害があることが知られていた。またDMDのモデルマウスであるmdxマウスにおいては頸動脈、腸管膜動脈ではずり応力に対する拡張能が障害されていた。

本研究は筋ジストロフィーに関連し、骨格筋を栄養する細動脈のレベルで、血流量の増大による血管径のコントロールが急性的に行われる場合の分子機構に関して解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

mdxマウス、nNOSを細胞膜に固定するα1シントロフィンの欠損マウス(α1syn-/-)、そしてnNOSと内皮型一酸化窒素合成酵素(eNOS)の欠損マウス(nNOS-/-とeNOS-/-)を用いて、薬剤およびずり応力に対する骨格筋内細動脈の血管拡張に関して睾丸挙筋を用いた実験系を開発し、血流速度の測定により実験系の成立を確認した。

血管拡張を示す薬剤としてNOSの刺激薬であるアセチルコリンとNOの供給をするソディウムニトロプルシドを用いたところ、どの遺伝子欠損マウスも対照となるマウスとの間で細動脈の拡張性に有意な差がなかった。

ずり応力に対する血管拡張反応はNOSの阻害剤により拮抗し、mdxマウスとnNOS-/-においては対照とするマウスに対して拡張性の減少が有意に認められた。一方α1syn-/-においてはその野生型と有意差を認めず、またeNOS-/-においても同様だった。これらの拡張性の差は組織内におけるnNOSの細胞内での分布には依存せず、発現量に起因すると考えられた。

組織学的な検討ではmdxマウス以外に筋の壊死再生を呈するマウスはなく、また明らかな血管構造の異常も認めなかった。nNOSに対する免疫組織染色ではmdxマウスとnNOS-/-においては、ほぼnNOSの発現は見られなかった。α1syn-/-においてはsarcolemmaに固定されず細胞質内にとどまって発現していた。

以上、本論文によりジストロフィン欠損において、骨格筋内の細動脈がずり応力に対する血管調節が不十分であることを示し、それがnNOSに起因することを明らかにした。本研究は既存の報告と合致し、DMDにおける筋変性がnNOSの有無により修飾されることを明瞭に説明しており、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク