学位論文要旨



No 119362
著者(漢字) 阿部,雅修
著者(英字)
著者(カナ) アベ,マサノブ
標題(和) ラットp16遺伝子5'上流域のクローニング及びサイレンシングにおける役割
標題(洋)
報告番号 119362
報告番号 甲19362
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2336号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 教授 長瀬,隆英
 東京大学 講師 江口,智明
 東京大学 講師 下山,省二
内容要旨 要旨を表示する

序論

p16遺伝子はRBリン酸化反応の抑制により細胞増殖を阻害し、ヒトの様々ながんで不活化を認める重要ながん抑制遺伝子である。その不活化の機構として、突然変異・染色体相同欠失と並び、プロモーター領域のメチル化が重要である。しかし、ヒトの癌化の過程において、どのような時期に、どのような要因によりメチル化異常が生じるかについては、ほとんど知られていない。その解明のためには動物モデルを用いた解析が必要不可欠であるが、動物モデル、特にラットモデルにおいて、p16遺伝子のプロモーター領域の塩基配列は、本研究開始時には、知られていなかった。

多くの場合、メチル化状態が発現と密接に相関するのは、プロモーター領域のCpGアイランドのみである。特に、ヒトp16遺伝子においては、5'上流プロモーター領域のみのメチル化が、遺伝子の不活化に重要とされている。しかし、ラットp16遺伝子については、エクソン1αのメチル化状態が発現調節に重要であるとされてきた。

よって、本研究においては、まず、エクソン1αのメチル化状態を解析することの妥当性を検討した。次に、ラットp16遺伝子の5'上流域のクローニングを行い、最後に、遺伝子発現とより密接に相関したメチル化状態を示すCpGアイランドを見出した。

材料及び方法

腺管分離法により抽出した正常ラット乳腺3検体、2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4,5-b]pyridineにより誘発した乳がん原発腫瘍6個、及び、細胞株4種類(乳がん細胞株 PhIP12-1, PhIP7-4, 及び、不死化線維芽細胞株3Y1, BBR2)の、合計13検体を用いた。ラットp16遺伝子の発現解析にはRT-PCRを用いた。染色体の相同欠失はサザンブロット解析により確認した。エクソン1αのメチル化の解析にはmethylation-specific PCR (MSP)を、5'上流域のメチル化の解析には、重亜硫酸処理シークエンシング及びMSPを用いた。BACライブラリーのスクリーニングを行い、陽性クローン63F13を塩基配列決定に用いた。

結果

まず、正常乳腺3検体、乳がん原発腫瘍6個、細胞株4種類を用いて、ラットp16遺伝子の発現、及び、エクソン1αのメチル化状態を検討した。正常乳腺3検体、乳がん原発腫瘍6個では発現していたのに対し、細胞株4種類では発現消失していた。一方、エクソン1αは、正常乳腺3検体、乳がん原発巣2個で部分的に、及び、細胞株3Y1で完全に、メチル化されていた。部分的にエクソン1αのメチル化を認めた検体でも、遺伝子発現はよく保たれており、エクソン1αのメチル化状態とp16遺伝子の発現とは、完全には相関しなかった。

因みに、3Y1以外の3種類の細胞株での発現消失の原因は、いずれも染色体の相同欠失であった。

そこで、ラットBACライブラリーをスクリーニングし、7個のBACクローンを得た。そのうちの1個を用いて、p16遺伝子5'上流域約1.4kbpについて、塩基配列を決定した。翻訳開始点上流480bpについて、CpGアイランド領域を見いだした。

次に、このCpGアイランド領域(CpG部位22箇所)のメチル化状態を、重亜硫酸処理後塩基配列を決定する方法により、検討した。この領域では、エクソン1αでメチル化が認められた正常乳腺3検体および乳がん原発巣2個を含め、発現が認められた全ての検体では、完全に非メチル化状態となっていた。またp16遺伝子の発現を認めなかった3Y1では、この領域も完全にメチル化されていた。

最後に、メチル化状態と発現の相関が特に良好であった領域に、MSP用のプライマーを設計し、重亜硫酸処理後塩基配列を決定する方法と同様の結果を確認した。

結論

ラットp16遺伝子5'上流域は、そのメチル化状態と遺伝子発現との相関が明確であり、メチル化による発現制御に重要な領域であると考えられた。本研究で開発したラットp16遺伝子5'上流域のMSPプライマーは、今後、ラットを用いた多くの発がん研究に役立つと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

癌抑制遺伝子として知られるp16遺伝子の不活化には、ヒトでは、染色体相同欠失、突然変異と並び、プロモーター領域のCpGアイランドの過剰メチル化による遺伝子サイレンシングが重要である。しかし、ヒトの癌化の過程において、どのような時期に、どのような要因によりp16遺伝子のメチル化異常が生じるかについては、ほとんど知られていない。その解明のためには動物モデルを用いた解析が必要不可欠であり、中でもラットはヒトのがんの実験モデル系として広く利用されている。ラットでのp16遺伝子のサイレンシングには、従来、ヒトと異なり、エクソン1のメチル化が重要であるとされてきた。本研究は、ラットp16遺伝子のエクソン1においてメチル化を調べることの妥当性について検討するとともに、メチル化状態が発現と最も明瞭に相関する領域の同定を試みたものであり、以下の結果を得ている。

正常ラット乳腺3検体、2-amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4,5-b]pyridineにより誘発した乳がん原発巣6個、及び、細胞株4種類(乳がん細胞株PhIP12-1, PhIP7-4, 及び、不死化線維芽細胞株3Y1, BBR2)の、合計13検体について、p16の発現及びエクソン1のメチル化状態を検討した。RT-PCR解析により、p16の発現は、正常乳腺及び乳がん原発巣では保たれている一方、すべての細胞株で消失していた。にもかかわらず、正常乳腺3検体及び乳がん原発巣2個では、エクソン1のメチル化が認められ、エクソン1のメチル化とp16遺伝子の発現とは完全には相関しなかった。

ラットp16遺伝子5'上流域約1.4kbをクローニングし、翻訳開始点上流約480bpのCpGアイランド(CpG部位22箇所)のメチル化状態を、bisulfite sequence法により検討した。この領域は、正常乳腺及び乳がん原発巣ではメチル化されていなかったのに対し、細胞株3Y1では、ほぼ完全にメチル化されていた。残り3種類の細胞株については、Southern blot法により、p16領域の染色体相同欠失が認められた。また、メチル化されたDNA分子を鋭敏に検出するmethylation-specific PCR法でも、同様の結果が確認された。今回クローニングした5'上流域は、そのメチル化状態と発現との相関が明瞭であり、メチル化による発現調節に重要な領域であると考えられた。

以上、本論文はラットp16遺伝子の5'上流域のクローニングを行い、その発現とメチル化状態が明瞭に相関する領域を明らかにした。本研究で新たにデザインした5'上流域におけるMSPプライマーは、ラット各種腫瘍でのp16遺伝子の不活化の研究に大いに貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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