学位論文要旨



No 119363
著者(漢字) 古敷谷,昇
著者(英字)
著者(カナ) コシキヤ,ノボル
標題(和) 骨芽細胞様細胞 (MC3T3-E1) のL-Arginine刺激による細胞内Ca2+シグナル伝達機構の検討 : NO, cyclicGMP, cyclic nucleotide-gated channel 系の関与について
標題(洋)
報告番号 119363
報告番号 甲19363
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2337号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 講師 引地,尚子
 東京大学 講師 小川,利久
内容要旨 要旨を表示する

緒言

1980年に発見された内皮由来血管弛緩因子 (EDRF) は、1987年に一酸化窒素 (NO) と同一であることが発表され、その様々な作用が検討されてきた。骨組織においてもNOの作用が検討され、骨芽細胞において一酸化窒素合成酵素(NOS)のeNOSが発現し、NOそのものは骨形成効果を持つことがわかってきた。NOの細胞内シグナル伝達機構については、cGMPが関与するという報告があるが、cGMPがどのような作用をもたらすかについてはほとんど解明されていない。細胞内カルシウムイオン (Ca2+) は基本的なシグナル伝達物質であり、細胞機能の発現に重要な役割を担っている。そこで本研究では骨芽細胞においてNOあるいはNOに関連した物質を投与したときの細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+]i) 変化をCa2+感受性蛍光試薬を使って記録し、生細胞の状態での反応変化を個々の細胞レベルで測定し、NOのCa2+のシグナルへの影響を検討した。この測定により、細胞内NOの増加に伴って[Ca2+]iが上昇する現象を見出し、その流入経路を検討し、cGMPを介した経路が存在することを解明した。

材料および方法

マウス胎仔頭蓋冠由来の骨芽細胞様細胞株 (MC3T3-E1) を使用した。

[Ca2+]iをCa2+感受性蛍光試薬のFura-2を負荷し、2波長の近紫外光を交互に細胞に照射して励起した蛍光から、それぞれの蛍光画像を記録することにより[Ca2+]iを測定、解析した。NOに関連した物質としてNOの基質であるL-Arginine (L-Arg)を用いた。

L-Argの作用の検討

L-Argによる[Ca2+]i変化の検討

[Ca2+]iに対するL-Arg(3mM)の作用とその濃度依存性を検討した。光学異性体D-Argによる[Ca2+]i変化を測定した。芳香族アミノ酸によるCa2+ Sensing receptor (CaSR)への反応を検討した。極性電荷側鎖アミノ酸による反応を検討した。NOS競合的阻害剤L-NMMAによる[Ca2+]i変化を測定した。

L-ArgによるNO産生の検討

NO感受性蛍光色素DAF-2を用いて細胞内NO測定を行った。Greiss法により細胞外NO濃度の測定を行った。NOガス投与による[Ca2+]i変化を検討した。

Ca2+流入経路の検討

細胞外部からのCa2+流入を阻害するとされているNi2+、La3+の作用を検討した。小胞体のCa2+-ATPaseのCa2+の取り込みを抑制するとされているタプシガージン(TG)を使いストアー依存性Ca2+エントリーの関与を検討した。細胞脱分極をおこし電位依存性Ca2+チャネルを活性化するとされているK+、電位依存性L型Ca2+チャネルの阻害剤とされているニカルジピンを使い電位依存性Ca2+チャネルの関与を検討した。Na+-Ca2+ exchanger (reverse mode)の阻害剤とされているKB-R7943、Na+イオノフォアであるMONENSINを使いNa+-Ca2+ exchangerの関与を検討した。

cGMPの関与

NOガス投与によるcGMP濃度を測定した。紫外線の照射によりcGMPとなるCaged cGMPによる[Ca2+]i変化をCa2+感受性蛍光試薬Fluo-3を用いて測定した。グアニル酸シクラーゼの阻害剤とされているODQの[Ca2+]iに及ぼす作用を検討した。RT-PCR法によりcyclic nucleotide-gated channel (CNGC)の発現の検討を行った。

結果、考察

L-Argの作用の検討

L-Argを投与し、有意な反応のあった中で最低濃度である3mMのL-Argを以下の実験に使用した。D-Argの投与を行ったところ、[Ca2+]iの上昇は見られなかった。

このことは、Arginineが物理的に作用したのではなく、生体内の酵素反応で[Ca2+]iが上昇したことを示している。また、NOSの拮抗的阻害剤L-NMMAにより[Ca2+]iの上昇は抑制された。これによりL-Argの[Ca2+]i上昇作用はNOSを介して引き起こされたことが示された。Ca2+の存在下でCaSRを活性化し、CaSRのCa2+への感度を上昇させる可能性のあるアミノ酸を投与したが、[Ca2+]iの上昇反応は認められなかった。よって、本実験の条件下のL-Argによる[Ca2+]iの上昇反応はCaSRの関与がないことが示唆された。極性電荷側鎖アミノ酸の作用を検討したが、[Ca2+]iの上昇反応は認められなかった。このことからL-Argによる[Ca2+]iの上昇反応に極性電荷側鎖アミノ酸のもつ電荷の関与は小さいことが示された。細胞内NO産生量をNO感受性蛍光色素DAF-2により測定した。L-Arg投与により細胞内のNO産生量は増加していたが、D-Arg投与、L-NMMAで前処理の後L-Arg投与ではNO産生量は増加していなかった。この結果により、L-Argを基質とするNOSの酵素反応でNOが産生されたことが示された。また、細胞外のNO濃度をGreiss法を用いて酸化窒素分析システムで測定した。L-Argを投与したものは、3mMまで濃度依存的にNO産生量は増加し、D-Arg投与、L-NMMAで前処理の後L-Arg投与ではNO産生量は増加していなかった。この結果からも、L-ArgによりNOが産生されることが直接証明された。NOガス直接投与による[Ca2+]iの反応を検討したところ、[Ca2+]iの上昇がみられた。よって、NOが直接[Ca2+]iを上昇させることが示された。ここまでの結果で、L-Argにより細胞内にNOが発生し、NO濃度が上昇することが示され、この細胞内に発生したNOにより[Ca2+]iが上昇していることが示された。

Ca2+流入経路の検討

[Ca2+]iの上昇時に、Ni2+、La3+を投与すると[Ca2+]iは下降し投与前のレベルに戻った。これにより、L-Arg刺激による[Ca2+]iの上昇は細胞外からの流入であることが示されたので、以下、細胞外からのCa2+の流入経路を検討した。TGは小胞体へのCa2+の取り込みを抑制し、[Ca2+]iの一相目の変化がみられる。小胞体内のCa2+が不足すると細胞外からのCa2+の流入が引き起こされ、[Ca2+]iの上昇下降反応の二相目の変化がみられることがある。これがストアー依存性Ca2+エントリー(CCE)である。しかし、本実験においてはTGによる一相性の反応しか認められなかった。また、細胞内外にCa2+がない状態にし、そこにCa2+を加えても[Ca2+]iの上昇が認められなかった。さらに、細胞外にCa2+がなければL-Argによる[Ca2+]iの上昇はみられなかった。以上により、[Ca2+]iの上昇をもたらすCa2+の主な供給源は細胞外Ca2+であるが、CCEの関与はないことがわかった。最終濃度10mM〜100mMの範囲の濃度においてK+を投与したが、[Ca2+]iの上昇は認められなかった。また、ニカルジピンにより、L-ArgによるCa2+の細胞内流入は抑制されなかった。よって、電位依存性Ca2+チャネルは本実験の条件下ではCa2+の細胞内流入に関与していないと考えられた。NCXは細胞内Ca2+を細胞外へ排出するのがその主な作用であるが、細胞外Ca2+を細胞内に流入させる機構も併せ持つ。よって、NCXはCa2+の流入経路の一つとして考えることができる。NCX blocker、また、Na+イオノフォアによりNCXの機能を停止させた。両者ともL-ArgによるCa2+の細胞内流入を阻害しなかった。よって、NCXはL-ArgによるCa2+の細胞内流入に関与していないことが示された。

cGMPの関与

NOガス投与時に細胞中のcGMP濃度が上昇したことから、NOによりcGMP濃度が上昇することが示された。Caged cGMPによる[Ca2+]i変化の測定では、Fluo-3の蛍光強度が上がった。これにより、細胞内cGMPの増加で[Ca2+]iを上昇させることが示された。[Ca2+]iの上昇がODQによって抑えられたことから、本実験の[Ca2+]iの上昇にはcGMPが関与していることが示された。これまでの結果により、L-ArgからNO上昇、cGMP上昇、Ca2+流入に至るシグナルが確認できた。この細胞外からのCa2+流入経路としてcGMPの上昇により開くチャネルであるCNGCについて検討した。RT-PCR法により、CNGCのサブユニットA3、B1が発現していた。骨関連細胞においてCNGCの発現を示したのは本研究が始めてである。この結果により、CNGCが本実験の細胞内Ca2+流入経路として最も妥当な候補であると考えられた。

骨関連細胞においてこのようなシグナル伝達経路を検討したものは本研究が初めてである。L-Argを基質とするNOSの酵素反応でNOが産生され、このNOを経由して[Ca2+]iが上昇し、cGMPがその経路に介在することを初めて報告した。流入経路は外部から細胞内に到るものであり、[Ca2+]i上昇はCNGCを介していることを明らかにした。

結語

今回、L-ArgによるNOの細胞内経路の一端が明らかになった。骨芽細胞におけるCNGCの存在と、そのchannelを介したL-Arg、NO刺激によるCa2+流入を検討した報告は現在までなく、新たな知見である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究ではマウス胎仔頭蓋冠由来の骨芽細胞様細胞株 (MC3T3-E1) を用いて、非炎症条件下で骨形成効果を持つと思われるNOあるいはNOに関連した物質を投与したときの細胞内Ca2+濃度 ([Ca2+]i) 変化を個々の細胞レベルで測定し、NOのCa2+シグナルへの影響を検討した。本研究により得られた結果は下記の通りである。

L-Argの作用の検討

L-Argを投与し、有意な反応のあった中で最低濃度である3mMのL-Argを以下の実験に使用した。光学異性体D-Argの投与を行ったところ、[Ca2+]iの上昇は見られなかった。このことは、Arginineが物理的に作用したのではなく、生体内の酵素反応で[Ca2+]iが上昇したことを示している。また、NOSの拮抗的阻害剤L-NMMAにより[Ca2+]iの上昇は抑制された。これによりL-Argの[Ca2+]i上昇作用はNOSを介して引き起こされたことが示された。Ca2+の存在下でCa2+ Sensing receptor (CaSR) を活性化し、CaSRのCa2+への感度を上昇させる可能性のあるアミノ酸を投与したが、[Ca2+]iの上昇反応は認められなかった。よって、本実験の条件下のL-Argによる[Ca2+]iの上昇反応はCaSRの関与がないことが示唆された。極性電荷側鎖アミノ酸の作用を検討したが、[Ca2+]iの上昇反応は認められなかった。このことからL-Argによる[Ca2+]iの上昇反応に極性電荷側鎖アミノ酸のもつ電荷の関与は小さいことが示された。細胞内NO産生量をNO感受性蛍光色素DAF-2により測定した。L-Arg投与により細胞内のNO産生量は増加していたが、D-Arg投与、L-NMMAで前処理の後L-Arg投与ではNO産生量は増加していなかった。この結果により、L-Argを基質とするNOSの酵素反応でNOが産生されたことが示された。また、細胞外のNO濃度をGreiss法を用いて酸化窒素分析システムで測定した。L-Argを投与したものは、3mMまで濃度依存的にNO産生量は増加し、D-Arg投与、L-NMMA、で前処理の後L-Arg投与ではNO産生量は増加していなかった。この結果からも、L-ArgによりNOが産生されることが直接証明された。NOガス直接投与による[Ca2+]iの反応を検討したところ、[Ca2+]iの上昇がみられた。よって、NOが直接[Ca2+]iを上昇させることが示された。ここまでの結果で、L-Argにより細胞内にNOが発生し、NO濃度が上昇することが示され、この細胞内に発生したNOにより[Ca2+]iが上昇していることが示された。

Ca2+流入経路の検討

[Ca2+]iの上昇時に、細胞外部からのCa2+流入を阻害するとされているNi2+、La3+を投与すると[Ca2+]iは下降し投与前のレベルに戻った。これにより、L-Arg刺激による[Ca2+]iの上昇は細胞外からの流入であることが示されたので、以下、細胞外からのCa2+の流入経路を検討した。タプシガージン(TG)は小胞体へのCa2+の取り込みを抑制し、[Ca2+]iの一相目の変化がみられる。小胞体内のCa2+が不足すると細胞外からのCa2+の流入が引き起こされ、[Ca2+]iの上昇下降反応の二相目の変化がみられることがある。これがストアー依存性Ca2+エントリー(CCE)である。しかし、本実験においてはTGによる一相性の反応しか認められなかった。また、細胞内外にCa2+がない状態にし、そこにCa2+を加えても[Ca2+]iの上昇が認められなかった。さらに、細胞外にCa2+がなければL-Argによる[Ca2+]iの上昇はみられなかった。以上により、[Ca2+]iの上昇をもたらすCa2+の主な供給源は細胞外Ca2+であるが、CCEの関与はないことがわかった。細胞脱分極をおこし電位依存性Ca2+チャネルを活性化するとされている最終濃度10mM〜100mMのK+を投与したが、[Ca2+]iの上昇は認められなかった。また、電位依存性Ca2+チャネルの阻害剤とされているニカルジピンにより、L-ArgによるCa2+の細胞内流入は抑制されなかった。よって、電位依存性Ca2+チャネルは本実験の条件下ではCa2+の細胞内流入に関与していないと考えられた。Na+-Ca2+ exchanger (NCX)は細胞内Ca2+を細胞外へ排出するのがその主な作用であるが、細胞外Ca2+を細胞内に流入させる機構も併せ持つ。よって、NCXはCa2+の流入経路の一つとして考えることができる。NCX blocker、また、Na+イオノフォアによりNCXの機能を停止させた。両者ともL-ArgによるCa2+の細胞内流入を阻害しなかった。よって、NCXはL-ArgによるCa2+の細胞内流入に関与していないことが示された。

cGMPの関与

細胞中のcGMP濃度をEIA法により測定した。NOガスを投与した細胞中のcGMP濃度が上昇したことから、NOによりcGMP濃度が上昇することが示された。紫外線の照射により細胞内でcGMPとなるCaged cGMPによる[Ca2+]i変化の測定では、Fluo-3の蛍光強度が上がった。これにより、細胞内cGMPの増加で[Ca2+]iを上昇させることが示された。グアニル酸シクラーゼの阻害剤とされているODQによって[Ca2+]iの上昇が抑えられたことから、本実験の[Ca2+]iの上昇にはcGMPが関与していることが示された。これまでの結果により、L-ArgからNO上昇、cGMP上昇、Ca2+流入に至るシグナルが確認できた。Ca2+流入経路としてcGMPの上昇により開くチャネルであるcyclic nucleotide-gated channel (CNGC)について検討した。RT-PCR法により、CNGCのサブユニットA3、B1が発現していた。骨関連細胞においてCNGCの発現を示したのは本研究が始めてである。この結果により、CNGCが本実験の細胞内Ca2+流入経路として最も妥当な候補であると考えられた。

以上、本論文は骨芽細胞様細胞において、L-ArgによるNOの細胞内経路の一端を明らかにしたものである。骨芽細胞におけるCNGCの存在と、そのchannelを介したL-Arg、NO刺激によるCa2+流入を検討した報告は現在までなく、新たな知見である。さらに、eNOSおよびNOのシグナルの下流にあるcGMPには骨形成作用があるとの報告があり、本研究は、外傷、先天異常による骨欠損、歯周病をはじめとする骨吸収性の疾患に対する今後の臨床応用に向けた研究に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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