学位論文要旨



No 119364
著者(漢字) 島,誠一
著者(英字)
著者(カナ) シマ,セイイチ
標題(和) ラット関節リウマチモデルにおける新規遺伝子治療法の開発
標題(洋)
報告番号 119364
報告番号 甲19364
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2338号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 織田,弘美
 東京大学 講師 引地,尚子
内容要旨 要旨を表示する

背景・目的

一酸化窒素(NO)は炎症反応において重要な因子の1つと考えられる。NO合成酵素(NOS)の中でも誘導型(iNOS,NOSII)は骨吸収活性を促進する腫瘍壊死因子α (TNF-α)、インターロイキン1β(IL-1β)などの炎症性サイトカインの刺激により大量のNOを産生するだけでなく、スーパーオキシド(02-)と反応して強い細胞障害作用を示すペルオキシナイトライト (ONOO-) を生成することが知られている。このことから、炎症性の骨吸収におけるNO由来ののONOO-の細胞障害作用を防ぐためにはiNOSを抑制することが有効ではないかと考えられた。

本研究では慢性骨破壊疾患である関節リウマチ(RA)においてiNOS発現を特異的に抑制可能で、薬理学的な副作用を起こさないアンチセンス遺伝子導入法について検討した。生体への遺伝子導入は病原性がなく、ヒトの遺伝子治療において安全かつ有効であると考えられているアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いた。またAAVは長期間遺伝子を発現できるため、RAのような慢性炎症疾患には非常に有効であると考えられる。本研究は1)アジュバント誘導型関節炎(AIA)ラットにおいて、現在使用可能な1型から5型までの5種類のAAVセロタイプ (AAV1-AAV5) の中でどのAAVセロタイプが最も遺伝子発現が高いか検討し、2)そのAAVベクターを用いたiNOS antisense遺伝子治療がAIAラットにおいて有効であるか否か検討することを目的とした。

材料と方法

本研究の指標として、まず1)AAVベクターによるセロタイプ間の遺伝子発現効率を検討するため、各セロタイプのAAVLacZベクターを作製し、正常ラットおよびAIAラット(ともに9週齢)の右側足関節に遺伝子導入し、導入後28日目にLacZ遺伝子の発現効率を比較した。次に、最も効率の高かったAAV3ベクターを用いてiNOS antisenseが関節炎発症後の炎症および骨破壊の抑制に有効であるかを検討するため、2)3種のAAV3ベクター(AAV LacZ, AAV iNOS sense, AAV iNOS antisense)を作製し、それぞれをAIAラット(9週齢)の右側足関節に遺伝子導入し、7日毎に後肢足の腫脹および体重の測定を行った。3)遺伝子導入後28日目に屠殺し、右側後肢足のレントゲンおよび組織学的評価を行い、4)白血球数および血中nitrate/nitriteを測定した。最後に、5)導入後28日目に右側後肢足のiNOSの免疫組織学的検討を行った。

結果

AAVベクターによるセロタイプ間の遺伝子発現効率の検討:AIAラット群において5種類のAAVセロタイプの中でAAV3が最も発現が高く、他のセロタイプを遺伝子導入した群の2倍以上の値を示した。またLacZ遺伝子の発現は骨芽細胞、破骨細胞および滑膜細胞に認められた。一方、正常ラット群におけるLacZ遺伝子の発現量は5種類のセロタイプがすべてAIAラット群より低値を示した。これよりAAVベクターによる遺伝子導入において長期間(28日)遺伝子が発現し、正常ラットより関節炎ラットにおいて高い遺伝子発現量が得られ、そのなかでAAV3が最も遺伝子発現量が高いことが示された。

後肢足の腫脹および体重の測定 : AAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群における後肢足の腫脹はAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群に比較し有意に減少していた。また体重についても同様に、AAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群で有意に増加していた。以上よりiNOS antisenseを導入したAIAラットにおいては後肢足の腫脹を減少するとともに体重も増加しており関節炎の症状が改善することが示された。

レントゲン的および組織学的評価:レントゲン的評価において、正常ラット群と比較してAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群では重度の骨浸潤および破壊像が認められた。これらの骨破壊がAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群において改善された。組織学的評価において、AAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群ではパンヌス形成に伴う骨破壊が認められた。これに対して、AAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群では滑膜組織による骨浸潤および骨破壊が抑制されていた。またレントゲン的および組織学的スコアにおいて、AAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群ではAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群より有意に低いスコアを示した。以上からAAV3 iNOS antisenseはAIAラットにおける炎症および骨破壊を抑制することが示された。

白血球数および血中nitrate/nitriteの測定:正常ラットに比べ、AAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群では白血球数が増加していた。これに対しAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群では白血球数が減少した。以上からAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群では関節におけるの炎症の抑制に伴い白血球数も減少することが示された。また、血清中のnitrate/nitriteの産生は正常ラット群と比較し、AAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群において増加していた。これに対しAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群における血清中のnitrate/nitriteの産生はAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群に比べ有意に減少した。以上からiNOS antisenseを導入したAIAラット群では血清中のnitrate/nitriteの産生が抑制された。

iNOS発現量の免疫組織学的検討:iNOS蛋白はAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群において強い染色性が認められた。これに対しAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群ではiNOSの染色性は大幅に減弱した。これによりiN0S antisenseを導入したAIAラット群におけるiNOS蛋白の発現はLacZまたはiNOS senseを導入したAIAラット群と比較し、著明に減少していた。

考察

今回AAV3を用いたiNOS antisense遺伝子導入により関節炎による骨破壊は著明に抑制されることを示した。LacZやiNOS senseを発現するAAVベクターを投与しても関節炎は改善されず、この遺伝子治療の効果はiNOS antisense遺伝子に特異的であった。したがって、iNOSの経路をantisenseによりブロックすることは骨吸収過程を抑制し関節リウマチの治療に有用であると考えられる。

また今回、AAV LacZをAIAラットの足関節に注入し、LacZ遺伝子およびAAVベクターが骨芽細胞、破骨細胞および滑膜細胞に導入されることを初めて示した。またAAV iNOS antisenseを投与することで関節におけるiNOS蛋白の発現が抑制された。これらの細胞に導入されたiNOS antisenseが足関節でのNOの産生を抑制することで関節炎を抑制していると考えられる。

関節リウマチ患者の血液および滑液のNO濃度が上昇しているが、変形性関節症やシェーグレン症候群等のリウマチ性疾患患者からも同様の報告がある。このことからヒトにおいてNO産生経路の活性化は、病態と相関することが示唆される。本研究からAAV3 iNOS antisenseを用いることは関節リウマチだけでなく様々なリウマチ性疾患や炎症性骨疾患に対して有効な手段と期待される。

AAVには、血清型に基き数種類同定されている。通常使用されているAAVはAAV2であり、ほとんどの研究はこの血清型を用いている。AAV2に対する抗体は健康成人の過半数が自然感染の結果有している。AAV2の抗体はヒトに対する遺伝子治療を行う上でその障害となり得る重要なファクターである。各血清型間において交叉反応はないとされていることから、非AAV2型ベクターを用いることはヒトに対する遺伝子治療や、追加投与法として有用であると考えられる。本研究においてAAV2を含むほかのどの血清型よりもAAV3による遺伝子発現が最も高かった。このことからAAV3を用いた遺伝子治療はヒトへの関節リウマチにおいて重要なベクターとなりうると考えられる。

結語

本研究はAAVベクターを用いたiNOS antisense遺伝子導入による関節リウマチモデルへの治療効果を検討した。その結果AAV3 iNOS antisenseは関節炎および骨破壊の抑制において有効であることが示された。このことはRAの骨破壊の治療においてiNOSをターゲットとした治療法が有用であり、また安全性の高いAAVベクターによる遺伝子治療により臨床応用が可能であると示唆される。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、慢性骨破壊疾患である関節リウマチ(RA)において誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)の発現がRAの病態に関与している可能性を明らかにするため、iNOS発現を特異的に抑制可能で、薬理学的な副作用を起こさないアンチセンス遺伝子導入法を用いて検討を行った。生体への遺伝子導入は病原性がなく、ヒトの遺伝子治療において安全かつ有効であると考えられているアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いた。まず、アジュバント誘導型関節炎(AIA)ラットにおいて、現在使用可能な1型から5型までの5種類のAAVセロタイプ(AAV1-AAV5)の中でどのAAVセロタイプが最も遺伝子発現が高いか検討を行った。次に、そのAAVベクターを用いたiNOS antisense遺伝子治療がAIAラットにおいて有効であるか否か検討を行った。本研究により得られた結果は下記の通りである。

AAVベクターによるセロタイプ間の遺伝子発現効率の検討:各セロタイプのAAVLacZベクターを作製し、正常ラットおよびAIAラット(ともに9週齢)の右側足関節に遺伝子導入し、導入後28日目にLacZ遺伝子の発現効率を比較したところ、AIAラット群において5種類のAAVセロタイプの中でAAV3が最も発現が高く、他のセロタイプを遺伝子導入した群の2倍以上の値を示した。またLacZ遺伝子の発現は骨芽細胞、破骨細胞および滑膜細胞に認められた。一方、正常ラット群におけるLacZ遺伝子の発現量は5種類のセロタイプがすべてAIAラット群より低値を示した。これよりAAVベクターによる遺伝子導入において長期間(28日)遺伝子が発現し、正常ラットより関節炎ラットにおいて高い遺伝子発現量が得られ、そのなかでAAV3が最も遺伝子発現量が高いことが示された。

後肢足の腫脹および体重の測定:3種のAAV3ベクター(AAV LacZ, AAV iNOS sense, AAV iNOS antisense)を作製し、それぞれをAIAラット(9週齢)の右側足関節に遺伝子導入し、7日毎に後肢足の腫脹および体重の測定を行った。その結果、AAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群における後肢足の腫脹はAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群に比較し有意に減少していた。また体重についても同様に、AAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群で有意に増加していた。以上よりiNOS antisenseを導入したAIAラットにおいては後肢足の腫脹を減少するとともに体重も増加しており関節炎の症状が改善することが示された。

レントゲン的および組織学的評価:遺伝子導入後28日目に屠殺し、右側後肢足のレントゲンおよび組織学的評価を行った。その結果、レントゲン的評価において、正常ラット群と比較してAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群では重度の骨浸潤および破壊像が認められた。これらの骨破壊がAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群において改善された。組織学的評価において、AAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群ではパンヌス形成に伴う骨破壊が認められた。これに対して、AAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群では滑膜組織による骨浸潤および骨破壊が抑制されていた。またレントゲン的および組織学的スコアにおいて、AAV3 iN0S antisenseを投与したAIAラット群ではAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群より有意に低いスコアを示した。以上からAAV3 iNOS antisenseはAIAラットにおける炎症および骨破壊を抑制することが示された。

白血球数および血中nitrate/nitriteの測定:遺伝子導入後28日目に屠殺し、白血球数および血中nitrate/nitriteを測定した。その結果、正常ラットに比べ、AAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群では白血球数が増加していた。これに対しAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群では白血球数が減少した。以上からAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群では関節におけるの炎症の抑制に伴い白血球数も減少することが示された。また、血清中のnitrate/nitriteの産生は正常ラット群と比較し、AAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群において増加していた。これに対しAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群における血清中のnitrate/nitriteの産生はAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群に比べ有意に減少した。以上からiNOS antiseneseを導入したAIAラット群では血清中のnitrate/nitriteの産生が抑制された。

iNOS発現量の免疫組織学的検討:遺伝子導入後28日目に右側後肢足のiNOSの免疫組織学的検討を行った。その結果、iNOS蛋白はAAV3 LacZまたはAAV3 iNOS senseを投与したAIAラット群において強い染色性が認められた。これに対しAAV3 iNOS antisenseを投与したAIAラット群ではiNOSの染色性は大幅に減弱した。これによりiNOS antisenseを導入したAIAラット群におけるiNOS蛋白の発現はLacZまたはiNOS senseを導入したAIAラット群と比較し、著明に減少していた。

以上、本論文はiNOSがRAの病態において非常に重要なはたらきをしていると共に、RAの骨破壊の治療においてiNOSをターゲットとした治療法が有用であり、また安全性の高いAAVベクターによる遺伝子治療により臨床応用が可能であると示唆された。本研究はRAにおける遺伝子治療の開発に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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