学位論文要旨



No 119365
著者(漢字) 末永,英之
著者(英字)
著者(カナ) スエナガ,ヒデユキ
標題(和) 旋回培養による細胞凝集を利用した骨髄細胞の分化促進と骨再生への試み
標題(洋)
報告番号 119365
報告番号 甲19365
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2339号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 織田,弘美
 東京大学 講師 森,良之
 東京大学 講師 川口,浩
内容要旨 要旨を表示する

自家骨移植が骨再建法のゴールドスタンダードである状況は続いているが,この方法は採骨部への侵襲,また,採取できる骨の量に限界があるという問題がある.これに対して,骨芽細胞に分化する自己の骨髄の細胞を増殖させ,大量の細胞を供給することができれば,少なくとも量的な問題は解決することが可能となる.骨髄細胞には,骨のみならず多くの分化能を有する多能性幹細胞が存在することが報告されている.組織工学的手法として,骨髄細胞を多孔質セラミックスブロック上に播種し,移植することで骨新生が見られるという報告がある.しかし,材料の深部まで細胞を導入することは困難であり,深部にはほとんど骨形成が起こらないという問題があり,また,操作性・形態付与性に劣るため,顎顔面領域などの複雑な形態をしている部位では応用に制限がある.一方,コラーゲン溶液と骨髄細胞,また,フィブリンのりと骨膜細胞を用い,シリンジによる細胞移植後に新生骨を認めたと報告している.この方法は外科的侵襲の少ない操作性・形態付与性に優れる方法であるが,in vitroにて分化させていないため,移植後において早期に分化せず,骨形成に時間を要し,また,早期に吸収が起こるという問題があった.そこで,これらの問題点を解決する操作性・形態付与性に優れ,早期に分化誘導が可能となる技術が必要と考えられる.本研究の目的は,あらかじめin vitroにて骨様組織を形成させた上でシリンジを用いて移植し,早期に骨形成を起こさせるための基盤技術を確立することである.

膜性骨化の初期において細胞凝集は重要であり,間葉系細胞が凝集した後に骨基質を分泌する.しかしながら,従来の骨のティッシュ・エンジニアリングにおいては細胞凝集を考慮しているものはない.旋回培養は培養皿を水平状に旋回することにより細胞懸濁液中の細胞が中央部に集まり,強制的ではなく細胞固有の接着力により凝集し,迅速かつ大量に浮遊する凝集塊を形成することができる.それゆえ,本実験では,効率的に分化させ,骨様組織の凝集塊を形成させるため旋回培養を利用し,in vitroにて形成された細胞凝集塊は骨への分化が可能か,また,分化が促進されるか検討した.また,同様に旋回培養により軟骨分化が可能であるかどうかも併せて検討した.さらに,旋回培養により形成される凝集細胞の性状,また,表面抗原を確認し,つぎに,形成された凝集塊を移植し,in vivoにおける骨形成度・吸収度を検討した.

本実験では,旋回培養法を応用することにより,骨分化培地において,迅速かつ大量に,骨様組織の凝集塊を形成できた.また,同様に,軟骨分化培地において,軟骨様組織の凝集塊を形成できた.Langerらは,組織工学とは,工学と生命科学の協力によって生命機能の回復,維持,改善を可能にする臓器あるいは組織の代用品を開発することを目的とした学際的な研究分野と定義し,自然を模倣するという挑戦こそが組織工学であると述べている.骨・軟骨の発生において細胞凝集は重要であり,間葉系細胞が凝集した後に基質を分泌する.この様な細胞凝集は細胞の分化・組織形成に重要であり,軟骨分化に用いられるペレット培養においても軟骨の発生過程の細胞凝集を模倣し,細胞凝集塊を形成させる方法である.しかしながら,1本の試験管に1個の凝集塊しか形成できず,再生医療に応用するのは困難である.それゆえ,ペレット培養の利点を備え,欠点を補うための効率的に細胞凝集塊を形成される培養法が必要とされる.旋回培養法は効率的な細胞凝集塊の形成に有用であり,Furukawaらは,旋回培養法により肝細胞・線維芽細胞の凝集塊の形成が可能であり,細胞本来の分化機能がよく保たれ,組織再生に応用できる可能性を示した.本実験では,骨髄細胞の分化誘導に適用し,旋回培養により,骨髄間質細胞を凝集塊として培養することで,骨・軟骨への分化も可能であることを示した.また,骨分化培地において,旋回培養法により,骨髄間質細胞を凝集塊として培養することで,Reverse transcription-polymerase chain reaction (RT-PCR)分析により,また,組織学・免疫組織的に,骨分化が促進することを確認した.これは,2次元培養(静置単層培養)に比べ,旋回培養は細胞凝集によって,さらに,生体内環境により近い3次元培養であるため効率よく分化させることができたと考えられる.また,培養液の流れが生じることにより,細胞凝集塊にシェアーストレス(ずり応力)が加わるものと考えられ,これまでに報告されているようにシェアーストレスにより細胞分化に何らかの影響を及ぼしている可能性もあると考えられる.組織再生のためには細胞の足場が重要であり,過去の報告ではin vitroの骨形成には,細胞の足場が必要であるが,本実験においては,細胞凝集塊は,自己の細胞集合体と自身で分泌されたマトリックスが足場となり,人工の足場を用いずに骨様組織の凝集塊が形成された.また,旋回培養法にて形成された凝集塊は選択的に骨髄間質細胞中の小型な細胞が集合し形成されており,CD49b・Flk-1 (fetal liver kinase)の陽性率が高く,CD14の陽性率が低い傾向にあった.次に,骨様組織の凝集塊とコラーゲン溶液の混合物は単一細胞の細胞懸濁液とコラーゲン溶液の混合物よりも移植後の骨形成がよく,吸収も少なかったのは,あらかじめin vitroにおいて分化させ,骨様組織の凝集塊を形成させているため,また,コラーゲン溶液が吸収しても細胞の足場が存在するためと考えられる.多血小板血漿(Platelet Rich Plasma ; PRP)は骨移植にゲルとしても用いられる.移植時にゲル状のPRPを凝集塊のキァリアとして利用可能であり,本実験においても,PRPを用いて注入可能であった.したがって,これまで人工の足場を用いずに培養骨を作製したという報告はないが,本法によって,完全に自己細胞由来のもので構成された培養骨の移植ができ,これにより,人工材料の残留や感染の危険が回避できると考えられる.

臨床的に,骨修復の理想的な方法は簡便かつ確実であり外科的侵襲の少ない方法である.本法では,細胞凝集を考慮することにより,人工材料を用いず局所注射のみで細胞移植をすることが可能であり,簡便で外科的侵襲の少ない方法で移植ができると考えられる.したがって,従来より報告されている単に材料に細胞懸濁液を播種する組織工学的手法とは異なる方法であり,一つの新しい方法を示したと考える.また,本法は操作性・形態付与性に優れる方法であるので,顎顔面領域などの複雑な形態をしている部位に対しても応用可能であると考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は骨・軟骨発生過程において重要な役割を果たしていると考えられる細胞凝集に注目し,効率よく細胞凝集塊を形成する旋回培養法を利用することにより,骨髄細胞からの組織再生に応用しようとする試みであり,下記の結果を得ている.

旋回培養法にて骨分化培地を用い,骨髄細胞を凝集塊として培養することにより骨分化誘導が可能であり,軟骨分化培地を用いることにより,軟骨分化誘導が可能であった.

細胞集合体と自身で分泌された細胞外基質が足場となり,人工の足場を用いずに骨・軟骨様組織が形成された.

骨分化培地を用い旋回培養法にて凝集塊として培養することで,静置単層培養に比べ骨分化が促進された.

旋回培養法にて形成された凝集塊は選択的に骨髄間質細胞中の小型な細胞が集合し形成されており,CD49b・Flk-1の陽性率が高く,CD14の陽性率が低い傾向にあった.

形成された骨様組織の凝集塊とコラーゲン溶液を混合したものは,単一細胞の細胞懸濁液とコラーゲン溶液の混合したものに比べ移植後の骨形成がよく,吸収も少なかった.

以上,本論文は旋回培養法を利用することによる骨髄細胞からの組織再生の基盤技術を確立したものであり,新しい組織工学的手法を示し,再生医療に重要な貢献をなすと考えられ,学位に値するものと考えられる.

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