学位論文要旨



No 119366
著者(漢字) 渡邊,宏伊
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ヒロイ
標題(和) 日本人口唇口蓋裂における感受性候補遺伝子の解析
標題(洋)
報告番号 119366
報告番号 甲19366
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2340号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 徳永,勝士
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 講師 吉村,浩太郎
 東京大学 講師 江口,智明
内容要旨 要旨を表示する

緒言

非症候群性の口唇口蓋裂は、頭蓋顎顔面領域においてもっとも発生頻度の高い先天異常であり、日本人では500人に1人の割合で発症するとされる。その表現型は口唇(顎)裂、口蓋裂、前者の2つを合わせた口唇口蓋裂に分けられる。また、口唇(顎)部分には左右どちらかに裂が生じる片側性の裂と、左右両方に裂が生じる両側性の裂が生じうる。治療面では出生直後の口唇形成術から成人に至る歯科矯正治療終了まで長い年月を要する。そのため患者やその家族にとって身体的、精神的、経済的に負担が大きく、早期の原因究明、予防法の確立が望まれている。

口唇口蓋裂は遺伝要因と環境要因の相互作用により発症する多因子疾患とされる。原因となる遺伝子は複数あり、その一つ一つが疾患に対して少しずつ感受性をもち、ある一定のしきい値を越えたときに発症するためこれらの遺伝子は感受性候補遺伝子といわれる。

ノックアウトマウスの解析や家系解析などの先行研究から、いくつかの感受性候補遺伝子が同定されている。白人集団においてはTGFB3とMSX1は口蓋裂の発症と関連ありと報告されている。TGFB3は成長因子として、MSX1は転写調節因子として働く遺伝子であるが、とくにMSX1は、胎生期において頭蓋顎顔面の骨格形成を司る形態形成遺伝子として注目されている。日本人集団でも、MSX1のイントロンに存在する(CA)nマーカーを用いてCL/P、CPとの関連を調べた先行研究は行われているが、その因果関係を証明するには至っていない。

一方DLX1,2は、上皮-間葉組織相互作用の認められる組織に発現し、胎生期の上顎弓と下顎原基に発現する形態形成遺伝子である。Dlx1とDlx2をダブルノックアウトしたマウスでは口唇裂、口蓋裂が発生することが分かっている。

そこで、本研究では形態形成遺伝子のうち、ヒトの胎生期において口唇、一次口蓋、二次口蓋の形成に関与すると推測されるMSX1,DLX1,DLX2遺伝子についてその多型を検出し、その相関を検討することにより各候補遺伝子が口唇口蓋裂の発症に関与するか否かを確かめることを目的とし、日本人を対象に翻訳領域の多型解析を行った。

対象

インフォームドコンセントを行い了承の得られた非血縁の日本人口唇口蓋裂患者(142検体)と、日本人健常者(99検体)を用いて疾患-対象研究による関連解析を行った。本研究では遺伝子関与の有無をより詳細に検討するため患者群を以下のように3つの観点からグループ分けした。

先行研究の患者群はCL/PとCP群に分けられてきたが、CL/Pは口唇、一次口蓋、二次口蓋がオーバーラップしたサブクラスとなっているため発生の観点からこの分類は適切でないと思われる。そこで今回は口唇・一次口蓋に裂を有するCL(A)、二次口蓋に裂を有するCP、口唇・一次・二次口蓋にオーバーラップして裂が発現するCLPの3つのサブクラスに分け、さらに従来通りのCL/Pを加えた計4群間の差異を検討した。

口唇口蓋裂は人種を問わず左側:右側:両側=5:3:2の割合で出現することから、発現側を決定する遺伝的要因が働く可能性が考えられる。そこでCL(A),CLPを発現側により左側、右側、両側に分類し3群間の差異を検討した。

完全裂を典型的な表現型ととらえ、裂型別の特徴をより明らかにするために裂型別に完全裂のみの群を検討した。

方法

MSX1,DLX1,DLX2それぞれの翻訳領域について、疾患群と対照群のスクリーニングにより変異を検出し、多型(10%以上の出現頻度のある変異)について遺伝子型を決定するタイピングを行った。タイピング法としてDLX2のSNPにはPCR-SSCP法を、AGC繰り返し配列にはGENESCANを、MSX1の各多型にはPCR-ダイレクトシークエンス法を用いた。各多型ごとに得られた遺伝子型の頻度から算出されたアリル頻度にカイ二乗検定を行い、有意差の得られたアリルに対して連鎖不平衡の検定とハプロタイプ頻度の推定の検定を行った。

結果および考察

(1)MSX1:3'UTRに存在する*71C>Tに有意差みられ、左側CL(A)発症との関連(P=0.035)が示唆された。(2)DLX1: 多型が検出されなかった。(3)DLX2: エクソン1に存在するAGC繰り返し配列で有意差が見られ完全裂CLP、CL/Pの発症との関連(P=0.0093,P=0.0092)が示唆された。

以上の結果に示したとおり、グループ分けを行ったことによって新たな知見が得られたが、いずれもサンプルサイズが小さいため疾患との関連性を確実にするためにはより多数の症例について検討を加える必要があると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は胎生初期の発生過程において形態形成を司る形態形成遺伝子、特にホメオボックス遺伝子(HOX gene)が日本人の口唇口蓋裂の発生に関与しているか否かを、遺伝子レベルで検討するため、非血縁者の日本人口唇口蓋裂の患者からインフォームドコンセントを得た後採取した血液から抽出したDNAを用いて、多型解析による患者-対照関連研究を行ったものであり、下記の結果を得ている。

尚、本研究においては口唇口蓋裂の発生学的観点から、裂型分類を従来の研究よりも詳細に設定し、さらに裂の発現側、完全・不完全裂のサブクラスを設定しその遺伝学的特徴を探っている点においてオリジナリティのあるものとなっている。

白人の口唇口蓋裂の候補遺伝子とされるMSX1と日本人口唇口蓋裂と疾患関連性を検討した。PCR法、ダイレクトシークエンス法により関連解析を行った結果、アミノ酸の非翻訳領域(3'UTR)に存在するSNP*71C>TのTアリルの出現頻度の上昇が左側口唇(顎)裂群(CL(A))と疾患関連性を示唆していた。また、この多型は同遺伝子上の他の多型と強い連鎖不平衡を示し、ハプロタイプにおける比較検討の結果からも、MSX1自身が左側口唇(顎)裂に関与する可能性、もしくはその近傍の領域が疾患関連性をもつ可能性が示された。

ノックアウトマウスの発現解析から疾患感受性候補遺伝子とされているDLX1遺伝子においては多型検索の結果、common mutationは検出されなかった。

イックアウトマウスの発現解析から疾患感受性候補遺伝子とされるDLX2遺伝子においてPCR法、SSCP法、GENE SCANによる関連解析の結果、アミノ酸の翻訳領域(エクソン1)に存在するトリプレットリピート139(AGC)6-7のR7(repeat7)アリルの出現頻度の上昇が完全口唇口蓋裂群(comp.-CL/P)と疾患関連性を示唆していた。この多型の遺伝子型においてR7アリルのホモは疾患群でも、コントロール群でも存在しなかった。また、このトリプレットリピート多型においてもDLX2遺伝子上の他の多型との間に強い連鎖不平衡が見られ、ハプロタイプにおける比較検討からも、完全口唇口蓋裂の発症にDLX2遺伝子自身が関与する可能性、もしくはその近傍の領域が疾患関連性をもつ可能性が示された。

以上、本論文は日本人の口唇口蓋裂の疾患感受性候補遺伝子についてオリジナルな視点から症例をグループ分けし、各サブクラス毎における遺伝子レベルでの特徴を検討することで、形態形成遺伝子MSX1が左側口唇(顎)裂の、DLX2が完全口唇口蓋裂の発症に関連をもつ可能性が示唆された。本研究は、今まで既知の多型に関する関連解析しか行われず、長期間にわたって日本人口唇口蓋裂と感受性候補遺伝子の関連性が不明なままであったが、未知の多型を検出・解析することによって上述の疾患関連性が示唆されたことは、長期間低迷していたこのテーマにおいて、次への研究の第一歩につながるものであり、将来的に疾患発生の機序の解明、それによるオーダーメイド医療実現に大きく貢献するものであると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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