No | 119369 | |
著者(漢字) | 緒方,徹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オガタ,トオル | |
標題(和) | シュワン細胞分化を制御する細胞内シグナルに関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119369 | |
報告番号 | 甲19369 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2343号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | シュワン細胞は末梢神経軸索の周囲に髄鞘を形成する細胞であり、軸索の伝導機能を維持するだけでなく末梢神経損傷の際は軸索を誘導する働きも知られている。神経提から発生するシュワン細胞は未分化シュワン細胞、前ミエリン形成シュワン細胞を経て髄鞘(ミエリン)を形成するにいたるが、その分化のメカニズムは必ずしも明らかではない。 これまでの報告から細胞内のcAMP上昇が分化を誘導すること、そしてさまざまなサイトカインがその分化過程を修飾することが知られている。しかしながら、リガンドから細胞膜上の受容体に刺激が入った後の細胞内シグナルの過程に関しては不明な点が多く残されている。そこで我々はシュワン細胞の分化メカニズムを細胞内シグナルのレベルで理解するために本研究を行った。 実験は主にアデノウィルスベクターで遺伝子導入を行い、細胞内のシグナル経路を個別に活性化あるいは不活性化する方法を用いた。そして各シグナルのシュワン細胞分化に及ぼす影響を、分化マーカーを用いたRT-PCR法、in vitroで髄鞘形成の観察が可能な共存培養系、そして同種間末梢神経移植によって評価した。 第一章ではリセプター型チロシンキナーゼに分類される受容体に結合する neuregulin, PDGF, IGF-Iのシュワン細胞分化に対する影響を検討した。これらのサイトカインはいずれも細胞内のRas-Raf-MEK-ERKの経路とPI3キナーゼ-AKTの経路を活性化することが知られているが、分化マーカーの変化に対する影響は各々で異なっていた。すなわちERK系を強く活性化するneuregulin, PDGFは分化マーカーであるMAG、POの発現を抑制し、逆にERK系をわずかしか活性化しないIGF-Iでは相対的にPI3キナーゼ-AKT系の活性が強くMAG、P0の発現は促進された。この知見から我々はERK系がシュワン細胞分化に対して抑制的に働き、PI3キナーゼ-AKT系が分化促進に働くとの仮説を立てた。 この仮説を検証するため、まずドミナントネガティブ型Ras(RasDN)遺伝子と恒常活性型MEK(MEKCA)遺伝子をおのおのアデノウイルスベクターによってシュワン細胞に発現させ、前者によりERK系を遮断、後者によりこれを活性化させた。すると予想通りERK系を遮断されたシュワン細胞はneuregulin刺激によってもMAGの発現を維持していた。一方この経路が恒常的に活性化したシュワン細胞ではMAGの発現は完全に抑制された。このようにERK系の分化抑制機能が明らかになった後、同様の方法でPI3キナーゼ-AKT系の分化促進作用を検証した。この経路を遮断するためにドミナントネガティブ p85 遺伝子(p85DN)を、活性化するためにp110過剰発現、あるいは活性型AKT遺伝子をそれぞれ導入した。そしてp85DN遺伝子により MAG 発現が消失すること、逆に AKT 系活性化によりMAG発現が上昇することが明らかとなった。さらにAKTの下流で働くGSK3βシグナルを活性化するためにリチウムを投与した。すると上流のシグナルを不活性型 p85 によって遮断した状態でもリチウムを加えることによってMAGの発現が誘導されたことからPI3キナーゼ-AKT系の下流でGSK3βが働いていることが示唆された。 活性型AKT遺伝子導入による分化促進効果が最終分化である髄鞘形成にまで効果をもっているかを検討するために後根神経節より得た神経細胞とシュワン細胞との共存培養系を確立しin vitroでの髄鞘形成を観察した。遺伝子導入によってAKT系を活性化されたシュワン細胞を用いた共存培養ではコントロールの3倍の髄鞘形成が観察された。さらにラットの同種間坐骨神経移植モデルにて移植片にex vivoで活性型AKT遺伝子を導入したところ移植後5週後で有髄線維数の有意な増加が観察された。これらの結果よりシュワン細胞のPI3キナーゼ-AKT系の活性化は髄鞘形成過程全体の促進につながることが示された。 第二章ではTGFβシグナルによるシュワン細胞の分化抑制を検討した。TGFβは炎症などに伴って発現し創傷治癒・瘢痕形成過程に働くと考えられており、シュワン細胞に対しても増殖促進作用と分化抑制作用を持つことが知られているが、その詳細及び生体内における意義は明らかではない。我々はTGFβのシグナルがSmad系を介して伝わることを第一章と同様の方法にて検討した。シュワン細胞にSmad系でシグナルを伝えるSmad3あるいはSmad以外のシグナルを伝える活性型MKK6 (MKK6CA) の遺伝子をアデノウイルスで導入したところ、Smad3導入細胞においてのみMAGの発現抑制が見られた。さらにTGFβシグナルを強く抑制することが知られている抑制型SmadのSmad7を導入するとTGFβ存在下でもMAGが発現した。これらの結果よりTGFβによるMAG発現抑制はSmadシグナルを介していることが確認された。さらにSmad7を遺伝子導入されたシュワン細胞はTGFβの存在下においても髄鞘を形成することが共存培養系にて確かめられた。これらの結果は神経組織の損傷部などでTGFβが髄鞘形成を障害する場面において、Smad7の遺伝子導入が髄鞘形成を促進させる可能性を示唆する。 今回検討したPI3-AKT系による分化促進と、Smad系,ERK系による分化抑制作用はいずれもシュワン細胞による髄鞘形成の制御する上で重要なものと位置付けられる(下図参照)。シュワン細胞はすでに中枢、末梢神経領域での細胞治療に利用されることが検討されている細胞であり、今後の応用技術のためにもこうした細胞の分化メカニズムの詳細な理解が欠かせないと思われる。 今回検討し明らかになったシュワン細胞分化のシグナル系路 | |
審査要旨 | 本研究は神経組織において神経軸索を支持する機能を持つシュワン細胞の分化制御のメカニズムを明らかにするため、ラットの初代培養系、神経細胞との共存培養系、ラットを用いた同種間末梢神経移植の実験を行っている。それぞれの系において分化を制御する細胞内シグナルの機能を検討するためにアデノウイルスベクターによる遺伝子導入を用いて特定のシグナル経路を活性化、あるいは不活化することで以下の結果を得ている。 シュワン細胞の分化に関連することがこれまで報告されてきた、neuregulin, IGF-Iなどのリセプター型チロシンキナーゼのリガンド群はいずれも細胞内シグナルであるMEK-ERK経路とPI3K-AKTの経路をそれぞれ活性化する。そして、今回MEK-ERK経路の活性化はシュワン細胞の分化に対しては抑制的な効果を示すことが明かとなった。 一方で PI3K-AKT 経路の活性化はシュワン細胞の分化マーカーである MAG の mRNA レベルを上昇させ分化を促進することが示された。リセプター型チロシンキナーゼを活性化する各リガンドのシュワン細胞分化に対する影響はMEK経路とPI3K経路との活性のバランスによって決定されていることが示唆された。 遺伝子導入によりPI3K-AKT経路を恒常的に活性化されたシュワン細胞は神経細胞との共存培養系において野生型にくらべ高い髄鞘形成能を示した。この結果はPI3K経路の活性化によりシュワン細胞の分化マーカーだけでなく、髄鞘形成にいたる過程全体が促進されていることを意味している。 また、同様の効果は同種間末梢神経移植を用いた個体レベルの実験系でも示された。すなわち、移植する神経片内のシュワン細胞に遺伝子導入することでPI3K経路を活性化することが可能であった。そして、この移植片を用いることでより効率に髄鞘形成が誘導されることが組織学的に示された。この結果は移植される細胞のシグナル分子を調節することでその挙動を目的の方向へと誘導するアプローチを実践したものである。 以上、本論文はラットのシュワン細胞の実験系において細胞内シグナルPI3K経路の活性化がシュワン細胞の機能である髄鞘形成を促進する効果を持つこと、そしてこの知見が将来的には細胞移植を用いた治療技術に応用可能であることを示している。神経再生の試みの中でシュワン細胞の機能を明らかにする上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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