学位論文要旨



No 119370
著者(漢字) 茂呂,徹
著者(英字)
著者(カナ) モロ,トオル
標題(和) 軟骨細胞分化調節機構における細胞周期関連分子の役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 119370
報告番号 甲19370
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2344号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 織田,弘美
 東京大学 助教授 星,和人
内容要旨 要旨を表示する

緒言

骨格は、脊椎動物の個体に一定の形態を与える基盤となるとともに、運動機能の基本を担う重要な構造である。膜性骨化という過程で形成される一部の骨格を除く殆どの骨格は、まず軟骨が形成され、順次骨に置換されるという内軟骨骨化の過程を経て形成される。また、内軟骨骨化の最終段階において骨に置換されない軟骨が、関節軟骨、椎間板などの永久軟骨として軟骨細胞の形質を維持する。以上のように、骨・軟骨の形成には軟骨細胞の分化が強く関与しており、軟骨細胞の分化制御機構を解明することは、整形外科領域における骨折、骨・軟骨形成不全、変形性関節症などの様々な病態の解明、治療法の確立ばかりではなく、骨・軟骨の再生医療に繋がる可能性もある。近年、軟骨細胞の分化制御機構の解明は分子レベルで急速に進展しており、転写因子、アポトーシス制御因子、細胞増殖因子、受容体などの分子群の関与が報告されている。一方、細胞周期は、細胞が増殖するか、分化・老化・アポトーシス・減数分裂に向かうか、あるいは休止期(GO期)に入るかを最終的に決定する場であり、細胞の分化増殖を研究する上で、決して無視することが出来ない要素であるにもかかわらず、軟骨細胞の分化制御機構と細胞周期の関連についてはこれまで殆ど検討されてこなかった。細胞の増殖から分化へのswitchingはG1期に行われるため、細胞が分化するためには細胞周期がG1期で停止すること(G1 arrest)が必要条件である。そこで本研究では、G1期に機能する細胞周期関連蛋白による軟骨細胞分化制御機構の分析を行った。

軟骨細胞におけるインスリンによる細胞周期関連蛋白の発現調節

マウス前軟骨細胞株ATDC5細胞を用い、G1期に作用する細胞周期関連蛋白の発現調節を検討した。ATDC5細胞は、単層培養条件下でインスリンの添加により高頻度で軟骨細胞に分化する。また、未分化細胞の細胞凝集から石灰化にいたる多段階の分化過程を再現するため、軟骨分化の制御を解析する有用なモデルとなっている。まず、ATDC5細胞をインスリン存在下で分化誘導し、蛋白を抽出し、Western blottingを行った。細胞分化の起こるG1期に機能する分子の抗体を用いた結果、Cyclin(A・D1・D2・D3・E)、CKI(p15・p16・p18・p19・p21・p27・p57)の中には、インスリンに対する明らかな反応性を有するものはなかったが、CDKのひとつ、CDK6の発現レベルがインスリンによる分化誘導後24時間以降において抑制された。この他のCDKであるCDK2およびCDK4の発現レベルには変動が認められなかった。この蛋白レベルでの抑制はプロテアソーム/カルパインの阻害剤であるMG132を加えても回復せず、またReversetranscriptase-PCR(RT-PCR)でCDK6のmRNAのレベルを検討しても同様の抑制が見られたため、ユビキチンープロテアソームによる蛋白分解によるものではなく、発現抑制によるものであると考えられた。

次にCDK6上流のシグナル伝達経路を解析するため、まず軟骨分化に関連するシグナル伝達経路として知られるp38 MAPKのリン酸化をWestern blottingに検討すると、インスリンで分化誘導した群においてp38 MAPKのリン酸化が亢進していた。そこで、細胞分化の際のシグナル伝達系路として知られるp38 MAPK、ERK-1/2、PI3Kのそれぞれの阻害剤、SB203580、PD98059、LY294002の存在下でATDC5細胞を培養し、インスリンで分化誘導した際のCDK6蛋白レベルの変動をWestern blottingにて検討した。p38 MAPKの阻害剤SB203580を加えた実験では、ATDC5細胞をインスリンで分化誘導するとCDK6の発現抑制がみられるが、さらに阻害剤を加えた群では発現抑制が回復した。一方、ERK-1/2、PI3Kの阻害剤PD98059、LY294002を加えた実験では、こちらも同様インスリンを加えた群でCDK6の発現抑制がみられるが、阻害剤による発現抑制の回復はみられなかった。以上より、p38 MAPKシグナルの下流にCDK6の発現抑制が存在していることが示された。

軟骨細胞内におけるCDK6の機能解析

cdk6遺伝子をATDC5細胞に導入してCDK6を安定高発現する細胞株を樹立し、CDK6の細胞内機能解析を行った。遺伝子導入はリポフェクションで行い、親株(ATDC5細胞)と同程度の発現レベルの細胞株を低発現群、親株の数倍の発現レベルを示す細胞株を高発現群と判定した。これらの三株間の誘導による分化の違いを、分化マーカーを指標として比較検討した。

まず、親株、低発現群、高発現群のそれぞれで、細胞培養後インスリンにて分化誘導し、Alkaline phosphatase染色、Alizarin red染色、Alcian Blue染色を行った。この結果、それぞれの染色において親株、低発現群では分化誘導により染色性が亢進していたが、高発現群では染色性が低下し、軟骨細胞の分化が抑制されていた。

次に、親株、低発現群、高発現群のそれぞれで、細胞培養後インスリンにて分化誘導し、分化誘導後3日、14日の細胞からRNAを抽出し、軟骨細胞の分化マーカー、II型コラーゲン、X型コラーゲンのmRNAの発現をRT-PCRによって検討した。親株および低発現群では分化誘導によりII型コラーゲン、X型コラーゲンの発現が誘導されるのに対し、高発現群ではその誘導が認められなかった。また、非分化誘導処理群は、どの群でもII型コラーゲン、X型コラーゲンの誘導は認められなかった。以上より、高発現群において、軟骨細胞の分化が抑制されていた。

本来増殖と分化のメカニズムは互いに拮抗しあうものであり、CDK6が細胞周期の進行の役割を担うことから、CDK6の強制発現による分化能の低下が増殖亢進の結果として二次的に起きた可能性が考えられたため、BrdU取り込み及びフローサイトメトリー(FACS)により増殖能と細胞周期分布の評価を行った。この結果、インスリンの存在下においても、非存在下においても、高発現株・低発現株・親株の間でその増殖能、細胞周期の分布に有意な差はみられず、CDK6による分化能の抑制は,単に増殖促進による2次的なものではく、増殖調節作用とは独立した直接効果であることが示唆された。

考察及び結語

第1章では、ATDC5細胞培養系を用いたインスリンによる細胞周期関連蛋白の発現調節を検討し、細胞分化の起こるG1期の細胞周期関連蛋白のうち、インスリン処理によって、CDK6の蛋白レベルが低下することが明らかとなった。この現象は、通常の細胞周期関連蛋白が分解される場合とは異なり、プロテアソームによる分解系を介さない反応であることが推測され、そのシグナル伝達経路としては、p38の関与が示された。

次に第2章では、細胞内でのCDK6の機能解析を行った。ATDC5細胞にCDK6を高発現させた細胞株は、インスリンによる軟骨細胞分化誘導に抵抗性を示したが、増殖能については、コントロール群と大きな差がなく、CDK6強制発現が増殖能を有意に上昇させるという所見は得られなかった。また、親株、低発現群、高発現群の間で細胞周期の分布に大きな差が認められなかったことから、CDK6強制発現による分化能の低下は、増殖促進の結果起こった二次的なものではないことが示された。

骨・軟骨の形成には軟骨細胞の分化が強く関与しており、軟骨細胞の分化制御機構を解明することは、骨・軟骨の形成・成長障害の病態解明や骨折治癒の促進等、新しい治療法の確立ばかりではなく、骨・軟骨の再生医療に繋がる可能性もある。一方、細胞周期関連分子と軟骨細胞分化制御機構との関連に着目した研究は、今日まで殆ど行われておらず、また、今回着目したCDK6は、CDKの中でもCDK2やCDK4に比べて細胞の複製・増殖制御の研究において殆ど注目されることがなかった分子である。本研究によって、軟骨細胞の分化制御機構のひとつとして、p38 MAPKシグナルの下流にCDK6の発現抑制が存在していることが明らかとなり、CDK6が軟骨細胞分化効率を決定する重要な因子である可能性が示された。細胞周期制御には多くの因子が関わるため、今後は、それら因子との相互作用を検討したいと考えている。また、骨芽細胞、破骨細胞など、細胞種を越えて同一の分化制御機構が存在する可能性もあり、今後、骨・軟骨のみならず、広範囲な組織の再生医療へと繋がる可能性もあり、さらなる検討を継続する予定である。

本研究により示された、軟骨細胞分化抑制機構

審査要旨 要旨を表示する

細胞の分化過程においては細胞周期がG1期で停止することが必要条件であり、細胞周期関連分子が細胞分化の調節因子として働いている可能性がある。本研究は、G1期に機能する細胞周期関連蛋白による軟骨細胞分化制御機構を分析するため、マウス前軟骨細胞株ATDC5をインスリンで分化誘導する系を用い、下記の結果を得た。

ATDC5をインスリンで分化誘導して蛋白を回収し、G1期に機能する細胞周期関連分子であるcyclin A・D1・D2・D3・E、cyclin dependent kinase(CDK)2・4・6、およびCDK inhibitor(p15・p16・18・p19・p21・p27・p57)の変動をWestern blottingにて検討したところ、インスリンシグナルによる分化刺激によってCDK6のみが著明に抑制された。この蛋白レベルでの抑制はプロテアソーム/カルパインの限害剤であるMG132を加えても回復せず、またまたReverse transcriptase-PCR(RT-PCR)でCDK6のmRNAのレベルを検討しても同様の抑制が見られたため、蛋白分解によるものではなく発現抑制によるものであることが示された。

CDK6の上流のシグナル伝達系路を検索するため、p38 MAPK、ERK-1/2、PI3Kのそれぞれの阻害剤であるSB203580、PD98059、LY294002を加えてATDC5細胞を培養し、インスリンで分化誘導した際のCDK6蛋白レベルの変動をWestern blottingにて検討したところ、SB203580を加えた群においてのみCDK6の発現抑制が回復した。以上より、p38 MAPKシグナルの下流にCDK6の発現抑制が存在していることが示された。

cdk6遺伝子をATDC5細胞に導入してCDK6蛋白を安定的に高発現する細胞株、および低発現株を数クローンずつ樹立し、CDK6の細胞内機能解析を行った。インスリンの誘導による分化の違いを、軟骨細胞の分化マーカーであるAlkaline phosphatase染色、Alizarin red染色、Alcian Blue染色で検討した。この結果、それぞれの染色において親株、低発現群では分化誘導により染色性が亢進していたが、高発現群では染色性が低下し、軟骨細胞の分化が抑制されていた。さらに、同様にインスリンで分化を誘導し、軟骨細胞の分化マーカーであるtypeII collagen、type X collagenのmRNAの発現をRT-PCRで検討すると、親株および低発現群では分化誘導により双方の分化マーカーの発現が誘導されるのに対し、高発現群ではその誘導が認められなかった。以上より、CDK6高発現群において、軟骨細胞の分化が抑制されることが示された。

本来増殖と分化のメカニズムは互いに拮抗しあうものであり、CDK6が細胞周期の進行の役割を担うことから、CDK6の強制発現による分化能の低下が増殖亢進の結果として二次的に起きた可能性が考えられたため、BrdU取り込み及びフローサイトメトリー(FACS)により増殖能と細胞周期分布の評価を行った。この結果、高発現株・低発現株・親株の間で有意な差はみられなかったため、CDK6による分化能の抑制は、増殖調節作用とは独立した直接効果であることが示された。

以上、本論文は、軟骨細胞の分化メカニズムのひとつとして、p38 MAPKシグナルの下流にCDK6の発現抑制が存在し、この抑制は増殖調節作用と独立し直接効果であることを明らかにした。細胞周期関連分子と軟骨細胞分化制御機構との関連に着目した研究は、今日まで殆ど行われておらず、本研究は、軟骨細胞の分化制御機構の解明、そして骨・軟骨の形成・成長障害の病態解明や骨折治癒の促進、新しい治療法の確立、骨・軟骨の再生医療等に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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