No | 119371 | |
著者(漢字) | 山田,高嗣 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマダ,タカシ | |
標題(和) | 軟骨特異的新規遺伝子Cystatin 10の生体内機能に関する研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119371 | |
報告番号 | 甲19371 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第2345号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 外科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景】 中軸骨格や四肢の生理的な骨形成、あるいは骨折治癒や異所性骨化などにおける病理的な骨形成は、主に内軟骨性骨化によって生じることが知られている。そのため、内軟骨性骨化のメカニズムを解明することにより、骨・軟骨の成長障害や形成異常、脊柱靭帯骨化症などの異所性骨化などの病態に関する理解が深まり、これらの疾患に対する治療法や骨折の治癒促進など、新しい医療の確立に道が開かれる可能性がある。また、内軟骨性骨化は軟骨細胞の分化や増殖とも深く関わっており、そのメカニズムが明らかとなれば、変形性関節症や関節外傷における関節軟骨の再生など、再生医療にも有用な情報を提供する可能性も高い。 内軟骨性骨化は、細胞の増殖・分化・遊走・細胞死といった“細胞の一生”が繰り広げられる複雑な現象である。現在、この内軟骨性骨化に関与が報告されている分子群は、転写因子から細胞周期制御因子、アポトーシス制御因子、細胞増殖因子、受容体など多彩であるが、いずれも軟骨特異的な因子ではなく、それら複数分子間の相互的な関係は依然として不明で、一連の内軟骨性骨化過程に包括的に関与する因子も発見されていない。 そのような中、腰塚らは内軟骨性骨化に重要と考えられる軟骨特異的な新規遺伝子の単離に成功した。異所性骨化のモデルマウスとしてnucleotide pyrophosphataseをコードするNppsの点変異を持つttw (tip toe walking) mouseが知られている。このマウスは、成長期より耳介軟骨、脊椎傍靱帯、関節包などにさまざまな異所性骨化を呈し、脊椎や関節の骨性強直をきたすことが知られている。このマウスを用いて異所性骨化の発症機序を解明する中で、腰塚らは、このマウスが高リン食により異所性骨化が著明に増強することを見いだした。そこで、異所性骨化に関与する新規遺伝子を単離する目的で、低リン食群と高リン食群の2群に分けて飼育し、耳介軟骨よりRNAを抽出し、Differential display法により、両群で発現パターンの異なる6種類の新規遺伝子を単離した。更にその中で、全身の組織の中で軟骨でのみ特異的に発現している1種類の遺伝子を特定した。この遺伝子は全長801bp、ORFは447bp(149a.a.)で、アミノ酸配列はcystatin C遺伝子と40%のhomologyがあった。この遺伝子は、cysteine proteinase inhibitorファミリー(cystatin)に相同性を有することからcystatin10(Cst10)と命名された。このCst10に関しては、以下の結果が得られている。 マウスの成長板における抗Cst10抗体を用いた免疫学的解析では、肥大軟骨細胞層に強い発現が認められ、静止軟骨細胞には発現はみられなかった。 マウス軟骨細胞様細胞株ATDC5で、インスリン刺激によりCst10の発現が誘導され、Cst10の発現が出現した数日後に肥大軟骨細胞のマーカーであるX型コラーゲンの発現がみられた。 Cst10をATDC5細胞に強制発現させると、より早期から強力にX型コラーゲンの発現がみられ、石灰化が亢進した。更に細胞にアポトーシスの誘導が確認された。 これらの事実は、Cst10が軟骨細胞の機能の中核を担っている可能性を強く支持するものと言える。本研究では骨・軟骨の形成、再生におけるCst10の役割と制御機構を解明することを目的として、Cst10遺伝子欠損マウスを作出し、Cst10の骨・軟骨代謝機能を中心に生体内高次機能の解明を試みた。 【方法と結果】 Cst10遺伝子欠損マウスの作出 Cst10遺伝子の完全な欠損個体を作出するため、Cst10の転写開始点を含むエクソン1を、ポジティブ選択マーカー遺伝子として用いたネオマイシン耐性遺伝子(NEOr)で置換して、転写開始点とエクソン1を欠失させるターゲティングベクターを作製した。このベクターをES細胞にエレクトロポレーションして、相同組み換え体を得た後、初期胚にアグリゲーションを行い、100%キメラマウスを得た。この100%キメラマウスを用いて、二世代の交配により、Cst10遺伝子欠損マウス(Cst10KOマウス)の作出に成功した。雌雄のCst10KOマウスはメンデルの法則で予想される確率通りに誕生した。 Cst10KOマウスの表現型 骨組織の解析:8週齢の全身X線像では雄雌共に、KOマウスと野生型 (WT) マウスの間に全身骨格の形態に大きな差はなかった。摘出した大腿骨・脛骨のX線像でも、骨の形態には差は見られなかったが、骨幹端部の骨量低下が観察された。大腿骨の3次元CTでは、骨幹部や骨端部には差は見られないものの、骨幹端部の骨梁が著明に減少していることが観察された。摘出した8週齢の大腿骨の骨密度は、KOマウスがWTマウスに比べ7%、脛骨の骨密度は6%の低値を示した。20分割した骨密度測定によって、この骨量低下は成長板近傍の海面骨において強いことが確認された。海綿骨の骨組織形態計測を行うと、二次海綿骨で測定した単位骨量 (BV/TV) は、KOマウスがWTマウスに対し軽度の低下を示した。一方、骨形成の指標や骨吸収の指標には差は見られなかった。血中・尿中の骨関連マーカーもKOマウスとWTマウス間で大きな差は見られなかった。 軟骨組織の解析:マウス胎仔の骨格標本では、WTマウスとKOマウスの間で骨格の形態、骨格の染色具合に顕著な差は見られなかった。頭胴長計測による成長曲線では、KOマウスがWTマウスと比較し軽度の成長の遅れが観察されたが、有意差は見られなかった。脛骨のtoluidine blue染色では、成長板軟骨の厚さや軟骨細胞の柱状配列は正常に保たれていた。一方、von Kossa染色では、成長板下端の肥大軟骨細胞層での石灰化がKOマウスで低下していた。成長板軟骨の形態計測を行うと、石灰化軟骨層の厚さがKOマウスで減少し、成長板軟骨全体に対する割合が有意に低下していた。また、石灰化した基質に覆われた、1コラム当たりの肥大軟骨細胞の数も、KOマウスで有意に減少していた。TRAP染色では、成長板下端の肥大軟骨細胞層や一次海面骨において、TRAP陽性の破軟骨細胞数の減少がKOマウスで確認された。II型コラーゲンやX型コラーゲンによる免疫染色では、WTマウスとKOマウスの間で顕著な差は見られなかった。マウス成長板から単離した軟骨細胞培養において、Alcian blue染色では差は見られなかったが、Alkaline phosphatase染色やAlizarin red染色では、KOマウスで染色性の低下が見られた。 病的状態におけるCst10の機能解析:骨折作製2週間後のX線では、WTマウス、KOマウス共に骨癒合が見られ、両者の間で顕著な差は見られなかった。骨折部非脱灰切片のtoluidine blue染色では軟骨形成に差が見られなかったのに対し、von Kossa染色で黒く染色される石灰化部分の減少がKOマウスで確認された。変形性膝関節症モデル作製10週間後の膝関節非脱灰切片では、KOマウスにおいて関節後方の骨棘形成が低下していた。この骨棘部分を詳細に観察すると、toluidine blue染色で染まる軟骨部分では、KOマウスにおいて細胞の肥大化が抑制されており、von Kossa染色で染まる石灰化部分はKOマウスで著しく減少していた。また、3次元CTによる観察でも、この骨棘形成はKOマウスで減少していた。骨棘の体積を測定したところ、KOマウスではWTマウスと比較し約70%減少していた。12ヶ月齢のWTマウスの全身X線撮影では、膝蓋靱帯やアキレス腱部の異所性石灰化が観察されるが、KOマウスではこれらの石灰化が著明に抑制されていた。3次元CTにより、アキレス腱部の異所性石灰化部分の体積を測定したところ、KOマウスではWTマウスと比較し約60%減少していた。 【考察と結論】 Cst10KOマウスの長管骨の組織学的解析により、成長板近傍の一次海面骨の減少が明らかとなり、これは長管骨の20分割した骨密度や、成長板周囲の3次元CTによっても確認された。成長板全体の厚みは、WTマウスとKOマウスで大きな差が見られなかったにも関わらず、肥大軟骨細胞層における石灰化障害がvon Kossa染色により明らかとなり、この成長板下端での石灰化障害が、一次海面骨量の減少を引き起こしていると考えられた。Cst10KOマウスでは、X型コラーゲンの免疫染色でも、WTマウスとの間に染色パターンの大きな差は見られなかったが、マウスの脛骨近位成長軟骨板から軟骨細胞を単離し培養する実験系において、軟骨細胞の後期分化を反映するAlkaline phosphatase染色や基質の石灰化を反映するAlizarin red染色で、KOマウスにおいて染色性が低下していたことから、主に肥大軟骨細胞において発現しているCst10は、実際の生体内では細胞の最終分化の促進、軟骨基質の石灰化に関与していることが明らかとなった。また、内軟骨性骨化が関与すると考えられる、骨折治癒過程・変形性関節症における骨棘形成・高齢化による異所性石灰化のモデルにおいても、Cst10KOマウスではWTマウスに比し石灰化の低下が認められ、今後このCst10の臨床応用に向けた更なる研究・解明が期待される。 | |
審査要旨 | 本研究は、軟骨特異的新規遺伝子Cystatin 10 (Cst10) の生体内機能を明らかにするため、CstlO遺伝子欠損マウス(Cst10KOマウス)を作出し、骨組織・軟骨組織の解析を行い、さらに病的状態におけるCst10の機能解析として、骨折実験・変形性関節症モデル作製実験、異所性石灰化モデル作製実験を行って、下記の結果を得ている。 骨組織の解析:Cst10KOマウスの長管骨の組織学的解析により、成長板近傍の一次海面骨の減少が明らかとなり、これは長管骨の20分割した骨密度や、成長板周囲の3次元CTによっても確認された。 軟骨組織の解析:成長板全体の厚みは、野生型 (WT) マウスとKOマウスで大きな差が見られなかったにも関わらず、肥大軟骨細胞層における石灰化障害がvon Kossa染色により明らかとなり、この成長板下端での石灰化障害が、一次海面骨量の減少を引き起こしていると考えられた。Cst10KOマウスでは、X型コラーゲンの免疫染色でも、WTマウスとの間に染色パターンの大きな差は見られなかったが、マウスの脛骨近位成長軟骨板から軟骨細胞を単離し培養する実験系において、軟骨細胞の後期分化を反映するAlkaline phosphatase染色や基質の石灰化を反映するAlizarin red染色で、KOマウスにおいて染色性が低下していたことから、主に肥大軟骨細胞において発現しているCst10は、実際の生体内では細胞の最終分化の促進、軟骨基質の石灰化に関与していることが明らかとなった。 病的状態におけるCst10の機能解析:内軟骨性骨化が関与すると考えられる、骨折治癒過程・変形性関節症における骨棘形成・高齢化による異所性石灰化のモデルにおいても、Cst10KOマウスではWTマウスに比し石灰化の低下が認められた。 以上、本論文は軟骨特異的新規遺伝子Cst10の生体内機能をCst10遺伝子欠損マウスを用いて明らかにしたものである。本研究はこれまで未知に等しかった軟骨細胞の基質石灰化機能の解明、骨折治癒や変形性関節症、異所性骨化に対する今後の臨床応用に向けた更なる研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
UTokyo Repositoryリンク |