学位論文要旨



No 119373
著者(漢字) 武田,昌子
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,マサコ
標題(和) 帯状疱疹後神経痛における遺伝的素因および免疫学的機構の解析
標題(洋)
報告番号 119373
報告番号 甲19373
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2347号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 高橋,孝喜
 東京大学 助教授 有田,英子
 東京大学 講師 高見澤,勝
 東京大学 講師 渡辺,孝宏
内容要旨 要旨を表示する

要旨

帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)は難治性の慢性疼痛疾患で、その病態は未だはっきりとは解明されていない。幼少期に水痘帯状疱疹ウイルス(varicella zoster virus:VZV)に初感染し水痘を発症、治癒後に水痘帯状疱疹ウイルスは脊髄神経節や三叉神経節に潜伏感染する。その後細胞免疫の低下などの理由から潜伏感染していたウイルスが再活性化されると、神経節から末梢神経を経過して皮膚に帯状疱疹を発症させる。通常は、1〜2週間後に治癒するが約15%の割合で疱疹消失後3ヶ月から半年経過しても疼痛が残存することがあり、これをPHNという。加齢、細胞免疫低下、帯状疱疹の重症度などが帯状疱疹からPHNへの移行のリスクファクターとされているが、遺伝的素因の関与についてはほとんど知られていない。帯状疱疹からPHNへ移行する原因が解明されれば、それに基づくPHNの発症の予測と早期治療の開始やさらにPHNの発症を予防することが可能となるかもしれない。そこで帯状疱疹およびPHNがウイルスにより惹き起こされる疾患であることから感染防御および免疫応答反応を遺伝的につかさどっている主要組織適合性抗原複合体(major histocompatibility complex:MHC)であるヒト白血球抗原(human histocompatibility leukocyte antigen:HLA)遺伝子系との関連を解析した。PHN患者、帯状疱疹後にPHNに移行しなかった患者、健常日本人を対象とした。なお、PHNの診断基準として、帯状疱疹消失後6ヶ月以上経過しても疼痛が残存し、麻酔科外来初診時にVAS(Visual Analogue Scale)が30以上で治療として神経ブロックが必要であった患者とした。ただし、手術施行前後あるいは他の合併症のあるものや免疫抑制剤服用中のものは除外した。帯状疱疹後にPHNに移行しなかった患者の診断基準は、帯状疱疹罹患後3ヶ月以内に疼痛が消失し治療に神経ブロックを必要としなかったものとした。各対象から末梢血採血後、DNAを抽出し、HLA-A、-B(クラスI)とHLA-DRB1(クラスII)のアリル(対立遺伝子)タイピングを行った。HLAクラスIとクラスIIタイピングの結果から、PHN患者においては、HLA-A*3303、B*4403、DRB1*1302各アリル頻度が健常日本人との比較において有意に高く、HLA-A*3303-B*4403-DRB1*1302ハプロタイプ頻度は健常日本人よりも約3倍多く存在した。一方、帯状疱疹のみの患者においては、HLAクラスIとクラスIIにおける各アリルともにそれらの頻度は健常日本人との差は認められなかった。PHN患者と帯状疱疹患者との比較においても、HLAクラスIのHLA-A*3303、B*4403の各アリル頻度がPHN患者において有意に高く、HLAクラスIIのDRB1*1302アリル頻度については、有意差は認められなかったものの、PHN患者で多い傾向にあった。PHN患者においてHLA-A*3303-B*4403-DRB1*1302がハプロタイプを組んでおり、連鎖不平衡が保たれていることから、HLAクラスI、II領域に挟まれているクラスIII領域内に存在する遺伝子座についてもPHNとの関連を検討した。NKp30はNK細胞活性化型受容体の一つであるが、その多型については報告がされていなかった。今回の解析により、4つの多型を発見し、健常日本人での頻度を調べ、PHN患者のものとの比較を行ったが関連は認められなかった。さらに、炎症性のサイトカインで種々の疾患との関連が報告されているTNFA遺伝子座についても同様に解析したが健常日本人とPHN患者の比較において有意差は認められず、クラスIII領域に存在する遺伝子座とPHNとの間に関連は見られなかった。帯状疱疹発症とHLAとの相関が見られないことから、HLAアリルタイプの差異はウイルス再活性化過程ではなく、帯状疱疹からPHNへの移行過程にのみ影響していることが示唆された。PHN患者においては一人を除外してこのハプロタイプをヘテロに持っていたことから、VZVに対する抵抗性を担う免疫反応が弱いためにPHNを起こすのではなく、おそらくウイルスペプチドを抗原提示したHLA分子に対するT細胞の反応が過剰に起きてしまうために、脊髄後根神経節(dorsal root ganglion:DRG)の感染した神経細胞が過度に傷害を受け、PHNへ移行しやすくなるという可能性が考えられた。しかし一方でHLA領域内に連鎖不平衡を保っていることからこの領域内に真の疾患感受性遺伝子が存在する可能性も否定することはできない。そこでさらにマイクロサテライト法を用いて疾患感受性遺伝子座の存在位置を特定できるかを試た。しかし、HLAハプロタイプの連鎖不平衡が強かったために領域内の連鎖不平衡の保たれている範囲をさらに狭めることは出来なかった。以上より帯状疱疹からPHNを発症するさいに遺伝的素因の一つであるHLA遺伝子複合体が関与することが明らかとなった。またHLAは免疫応答を司ることからPHN発症には免疫学的機構、特に過剰免疫反応が関与する可能性が示唆された。

さらにPHNの発症メカニズムや病態の実験的な解析を進めるために疾患モデル動物を用いて研究を行った。このモデルは、VZVと同じα-herpes virusに属する単純ヘルペスウイルスI型 (hemes simplex virus type I:HSV-I) をマウスの右後肢に接種することにより、帯状疱疹様の疱疹とアロデイニア(疼痛の閾値が下がったため触刺激によってさえも疼痛が生じる状態)、痛覚過敏を生じる。一部のマウスにおいて、疱疹消失後もアロデイニア、痛覚過敏が残存する。そこで、このモデルマウスを用いて、ヒトで見られたMHCとの関連および免疫反応の関与の可能性を検討した。MHCタイプなど遺伝的背景の異なる2系統(BALB/cとC57BL/6)の帯状疱疹後痛 (postherpetic pain:PHP) 発症率を比較、さらにT細胞機能を欠失している胸腺欠損マウス(ヌードマウス、系統はBALB/c)を用いて免疫系との関連を調べた。各系統についてHSV-I接種後から40日目まで、von Frey フィラメントを用いて疼痛関連反応を評価し、PHPへ移行したか否かを調べた。PHPへ移行したマウス(PHPマウス)と移行しなかったマウス(non PHPマウス)各々について免疫組織染色用にDRGを採取した。また、急性期に各マウスにおいて違いがあるかを調べるために、6日目までvon Frey法により経過観察をし、6日目に同様に組織を採取した。コントロールとして、各系統のマウスでウイルスを接種しなかったマウス(naiveマウス)を使用した。

実験中に死亡したマウスはBALB/cでは5/25匹(20%)で、C57BL/6では1/24匹(4.2%)であり、両系統でHSV-Iに対する感受性が異なることが示唆された。またヌードマウスは13日目までに全て死亡したが、おそらくT細胞機能が欠損しているため、ウイルス増殖が抑制できずに脳炎により死亡したものと思われる。皮疹スコアは、感染6日後において3つの群で有意差は認められなかった。また、その後の経過においてもBALB/cとC57BL/6の2系統間で差はなかった。

BALB/cとC57BL/6の2系統のPHPへの移行率を比較すると、有意差が認められ、BALB/cよりもC57BL/6の系統はPHPへ移行しやすいことが判明した。これは、ヒトのPHNにおけるHLAとの関連を一部支持しているかもしれない。また、ヌードマウスは、急性期にvon Frey法によるアロデイニア、痛覚過敏を他のマウスと同様に評価したが、疼痛刺激に対して反応が認められなかった。このことからMHCによるウイルスペプチドの抗原提示に対するT細胞の反応により、疼痛が惹き起こされている可能性が示唆される。さらに、BALB/c、C57BL/6とヌードマウスにおいてnaiveマウス、ウイルス投与後6日目、40日目(PHP、non PHPともに)のマウス各々から採取したDRGを免疫組織染色法により解析した。まず、HSV-I抗体により急性期(HSV-I接種後6日目)のウイルス感染について比較した所、ヌードマウスでは、一つのDRGのほぼ全てのニェーロンが感染をしていた。BALB/cは、DRGの約半数ほどのニューロンが感染しており、C57BL/6に関して、感染細胞はまばらにしか認められなかった。このことと、死亡率の違いからBALB/cの方がHSV-Iに対する感受性が強いことが判明した。さらに免疫学的な解析を行うために、T細胞マーカーであるCD3、CD4、CD8について免疫組織染色法を用いて調べた。ヌードマウスにおいては、各時期すべてにおいてT細胞の存在は確認できなかった。BALB/cとC57BL/6ともにnaiveマウスではこれらの存在が認められず、正常な状態ではDRGにはT細胞が存在しないことが明らかとなった。さらに、急性期(HSV-I接種後6日目)においては、BALB/cとC57BL/6はともにCD3の存在が確認され、さらにCD4の染色によりC57BL/6では感染細胞はまばらであったにもかかわらず、BALB/cと比較してもCD4陽性T細胞の浸潤が著しく、一方BALB/cでは感染細胞が著しかった割には著しい浸潤は認められないことが確認された。このことより、C57BL/6はHSV-Iに対してBALB/cよりもT細胞の反応が過剰であることが示唆される。また、CD8に関しては、両系統ともに殆ど認められなかった。2系統のモデルマウスを用いた免疫学的解析から、系統の違いによりDRGにおけるウイルスの感染性が異なりさらに特にCD4陽性T細胞によるDRGへの浸潤の程度も異なることが判明した。BALB/cではウイルスへの感受性が高かったために死亡率が高いが治癒後はT細胞による神経組織の傷害がC57BL/6と比較して小さいためPHPへの移行率が低かったと考えられる。ヌードマウスによる結果から急性期の痛覚関連反応がT細胞によるものであることが確認され、PHPへの移行にはT細胞の反応の程度が関与していることが考えられた。したがって、ヒトのPHNとPHPモデルマウスでは、発症メカニズムが必ずしも一致していないと思われるが、T細胞の過剰反応を惹起させ得るHLAタイプがPHNの発症に関与している可能性が考えられる。

本研究により、PHN発症において、HLA遺伝子による遺伝的素因の関与と、さらにその特定のHLAアリルタイプに対するCD4陽性T細胞の過剰な反応による神経細胞・繊維の過度の傷害という免疫学的なメカニズムの存在が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)の発症と病態について調べるために、deoxyribonucleic acid (DNA)を抽出して human histocompatibility leukocyte antigen (HLA)のアリルタイピングを行い、HLAアリルタイプとの関連を調べ、また疾患感受性遺伝子の存在を考慮してその存在領域の同定を試みた。一方、病態に関しては帯状疱疹後痛(postherpetic pain:PHP)モデルマウスを用いて解析を行い、下記の結果を得ている。

PHN患者、帯状疱疹患者(PHNに移行しなかった患者)、健常日本人を対象としてHLA-A、B、DRB1のアリルタイピングを行い、PHN患者においてのみ、HLA-A*3303、B*4403 DRB1*1302の各アリルとの関連が明らかとなり、またHLA-A*3303-B*4403-DRB1*1302ハプロタイプとも関連が認められた。これにより、HLA遺伝子は帯状疱疹の発症の段階の水痘帯状疱疹ウィルス(varicella-zoster virus:VZV)の再活性化の段階で関与しているのではなく、PHNの発症にのみ関与していることが判明した。またこのハプロタイプは非常に強い連鎖不平衡が保たれていることも判明した。

連鎖不平衡が保たれているヒト6番染色体上の6p21.3領域においてHLA遺伝子以外の真の疾患感受性遺伝子が存在する可能性を考えた。この領域に存在し、なおかつ機能的に考えられうる2つの候補遺伝子のNKp30遺伝子とTNFA遺伝子(プロモーター領域)の多型頻度について、健常日本人とPHN患者とを比較したが、有意差は認められなかった。したがって、この2つの候補遺伝子はPHNの発症に関与していないことが判明した。

2.で調べた2つの候補遺伝子以外でも、このヒト6番染色体上の6p21.3領域に疾患感受性遺伝子か存在している可能性が否定できないため、今度はマイクロサテライト法を用いてその存在の可能性を検討した。その結果、今回調べた範囲内ではこの領域に疾患感受性遺伝子の存在を示唆する所見は得られなかった。したがって、2、3の結果をあわせると、現段階ではHLA遺伝子自身がPHNの発症に関与している疾患感受性遺伝子であると考えられる。

そこで、ヒトのPHNに相当するようなヒト単純ヘルペスウィルス(herpes simplex virus type I:HSV-I)によるPHPモデルマウスを用いて、1) ヒトと同様にMHCハプロタイプの違いによりPHPへ移行する割合が異なるかということを、MHCハプロタイプの異なるBALB/cとC57BL/6の2系統を用いて調べた。2) MHC分子との関係により、T細胞の関与を調べるために、胸腺欠損マウス(T細胞機能が欠損しているマウス。系統はBALB/c)を用いてPHPへ移行する割合を調べた。3) さらにウィルス感染の急性期に疾患の発症の場である脊髄後根神経節(dorsal root ganglia:DRG)を採取してHSV-Iの存在とT細胞について免疫組織染色法を用いて調べた。その結果、以下のことが判明した。

MHCハプロタイプの異なるBALB/cとC57BL/6のPHPへの移行する割合を比較すると、C57BL/6のほうが有意に移行する割合が高いことが判明した。つまり、PHPの発症に関しても、遺伝的素因の関与が示唆された。

胸腺欠損マウスは、T細胞機能が欠損しているためにウィルス増殖を抑制できず、慢性期に入る前に全て死亡した。一方興味深いことに急性期にこれらのマウスは痛覚関連刺激に反応せず、ウィルス感染による疼痛が生じなかったことが判明した。PHPへ移行しないことを確認することはできなかったが、少なくとも急性期の痛覚関連反応にT細胞が関与している可能性が示唆された。

急性期のDRGにおいてBALB/c、C57BL/6、胸腺欠損マウスすべにおいてHSV-Iを検出することができ、さらにウィルスの感染性に差があることが認められた。つまり、胸腺欠損マウスにおいては、ほぼすべてのニューロンが感染をしており、BALB/cにおいては約30-40%程度、C57BL/6においては数%程度であった。したがって、系統によりウィルスへの感受性が異なることが明らかとなった。また、T細胞については、急性期のDRGにおいてCD3抗体、CD4抗体により染色した結果、C57BL/6では非常に浸潤の程度が強かったが、BALB/cにおいては、まばらにしか認められなかった。CD8抗体によって染色した結果は両系統ともにその存在を認めることはできなかった。また、未感染の両系統のマウスと胸腺欠損マウスにおいてはT細胞の存在は認められなかった。つまり、PHPへの発症率が高かったC57BL/6ではT細胞、とくにCD4陽性ヘルパーT細胞の浸潤の程度が、ウィルス感染細胞の割合に対して非常に強く、T細胞により神経細胞や神経線維が必要以上に傷害されるためにPHPの発症率が高いと考えられる。ヒトにおけるPHNとPHPモデルマウスでは、発症メカニズムが必ずしも一致していないと思われるが、T細胞の過剰反応を惹起させ得るHLAアリルタイプがPHNの発症に関与している可能性が考えられる。

以上から、本論文は、ほとんど解明されていなかったPHNの発症のメカニズムと病態について、その発症に遺伝的素因の関与があること、またそのHLA遺伝子が免疫応答に関して重要な役割を担うことから免疫学的機構、すなわちT細胞(特にCD4陽性T細胞)の過剰反応によるニューロンの傷害がその病態の一部として考えられることを明らかにした。本研究により、PHNの発症のメカニズムについて一部解明されたことと、予防と治療に関して新たな可能性が見出されたかもしれないという点において、基礎的にも臨床的にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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