学位論文要旨



No 119378
著者(漢字) 槇野,葉月
著者(英字)
著者(カナ) マキノ,ハヅキ
標題(和) 摂食障害における両親の家族負担の特徴とその軽減方法に関する探索的研究 : 心理教育プログラム実施の試み
標題(洋)
報告番号 119378
報告番号 甲19378
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2352号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 赤林,朗
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 小林,康毅
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
内容要旨 要旨を表示する

背景

摂食障害は、精神症状や対人的あるいは社会的問題をしばしば伴う障害であり、家族も情緒的に患者に巻き込まれ、混乱し自責感を感じやすく、家族機能不全といった家族病理が指摘されている。摂食障害治療では、家族を対象に含めた心理社会的介入が有用と考えられており、その手法の一つが家族心理教育である。先行研究は、患者の症状や家族機能の改善に対する家族心理教育の有効性を示しているが、摂食障害における家族負担の実態と、家族負担の軽減に対して複合家族心理教育が与える効果については明らかにされていない。

目的

まず、摂食障害患者の両親の抱える生活上の家族負担の特徴を明らかにする。次いで、複合家族心理教育プログラムによる介入を行い、それが家族負担にどのように有効性を示すのか検討する。さらに質的な調査も行い、量的な検討とあわせて複合家族心理教育が家族負担を軽減する過程を説明する仮説モデルを構築する。

方法

対象:摂食障害患者の両親 (ED) 群は、複合家族心理教育プログラムへの参加希望家族で、対象患者31人の父親22人(平均54.2±6.1歳)、母親30人(平均49.6±4.3歳)であった。患者は男性1人女性30人、平均20.8±4.9歳で、診断は神経性無食欲症18人、神経性大食症8人、特定不能の摂食障害4人であった。コントロール (CT) 群は、慢性疾患の無い患者と同年代の子どもを持つ両親の任意サンプルで、父親55人(平均51.0±4.0歳)、母親70人(平均48.8±5.5歳)である。子どもは平均20.3±4.3歳であった。

介入:摂食障害患者と家族を対象に、月1回3時間計8回からなるプログラムを実施した。参加者が(1)知識・情報を得て、(2)対処技能を高め、(3)心理的・社会的サポートを受けることを目的として、情報提供と、具体的な日常生活上の困難に対する対処策を扱う話し合いの時間等からプログラムを構成した。2002年6月開始の第1期と2003年2月開始の第2期を研究対象とした。第1期の平均参加回数は母親5.2±2.0回、患者1.8±2.3回であった。第2期の平均参加回数は母親4.7±2.1回、父親1.1±1.8回、その他の続柄は5.0±2.8回であった。

調査内容:本研究では家族負担を「家族自身の生活に生じた影響」と定義した。そして量的評価変数としては、まず心理教育の直接的な効果指標に、(1)患者の問題に対処できるという感覚を評価する家族版対処可能感尺度(小林ら,2000; 20003,因子I「部分化された目標への対処可能感と変化への気づき」、因子II「広範な対処目標への対処不可能感」;得点が高いほど対処可能感が高い)と(2)ソーシャルサポート(オリジナル項目)を選んだ。また家族負担に関して心理教育に期待される最終効果指標に、(3)家族の生活上の困難度を測定する家族困難度尺度(大島,1987)、(4)精神健康度のスクリーニング尺度であるGHQ-12 (Goldberg,1978)、(5)健康関連QOLを測定するSF-36日本語版(福原ら,2001)を選んだ。さらに、量的研究だけでは把握しきれない心理教育の効果と作用機序を質的調査により探索した。

分析方法:(1)プログラム開始 (T1) 時のED群とCT群を、群と続柄による分散分析により比較し、ED群の特徴を明らかにする。家族困難度尺度は統合失調症との比較も加える。(2)T1時とプログラム終了 (T2) 時のED群を対応あるt検定で比較し介入による変化を明らかにする。(3)介入の効果がどのような過程で生じたかを検討するために、参加回数と変数の変化量に関する相関分析および、T2時の得点を従属変数とし、基本属性及び関連変数の変化量を独立変数とする重回帰分析を行う。さらに質的分析を行う。質的データは、介入効果が認められたカテゴリとして<サポートの獲得><対処技能の向上><精神健康の向上><日常生活役割の変化>を抽出し記録内容を割り振った。さらに(1)プログラム内での体験、(2)プログラムがそのまま日常に適応されたもの、(3)プログラムが参加者に内面化され日常生活上に生じた変化に分類した。各カテゴリだけでは把握しきれない内容についてもさらにカテゴリ化した。

結果

ED群の特徴:ED群は、子どもの問題への対処不可能感が強く、GHQが有意に不良であった。また健康関連QOLのうち、身体機能不全による役割の制限、全体的な健康感、活力、精神状態の変化による役割の制限、精神状態において、CT群より低い結果であった。さらに、ほとんどの変数で続柄との相互作用も認められ、母親により多くの負担がかかっていた(表1)。家族困難度尺度では多くの項目で統合失調症との違いが見られ、因子分析の結果、摂食障害特有の家族の困難度を反映する項目が抽出された。

介入による変化:複合家族形式による心理教育的介入により、同じ悩みを抱えた家族からの支えが増し、対処不可能感が減った。さらにGHQが改善し、QOLも役割の制限の緩和や、全体的な健康感、活力、精神状態で改善した(表2)。

介入による変化はどのような過程で生じたのか:T1時の基本属性と効果評価変数の改善度の相関はほとんど見られなかった。患者の性、年齢、参加者の続柄、年齢で統制した偏相関分析の結果では・参加回数が「対処可能感I変化量」(r=0.60,p<0.01)と相関し、「GHQ換算点変化量」(r=0.47,p<0.1)、「SF36身体機能変化量」(r=-0.43,p<0.1)、「SF36精神状態の変化による役割の制限」(r=-0.40,p<0.1)と関連傾向を示した。また重回帰分析の結果では、T2時対処可能感総得点に対して患者の年齢(β=1.11,p<0.05)が関連し、T2時摂食障害特有家族困難度には続柄 (β=0.49, p<0.05)、参加回数 (β=0.66,p<0.01)、対処可能感総得点変化量 (β=-0.38,p<0.01) が関連し、患者の性 (β=-0.35,p<0.1)、T2時主治医評価有無 (β=0.88,p<0.1) が関連傾向を示した。T2時GHQ換算点には摂食障害特有家族困難度 (β=-0.70,p<0.05) が関連し、続柄 (β=0.64,p<0.1)、参加回数 (β=0.76,p<0.1)、対処可能感総得点変化量 (β=-0.44,p<0.1) が関連傾向を示した。また対処可能感総得点変化量は、T2時のSF36全体的な健康感 (β=0.45,p<0.1)、活力 (β=0.49,p<0.1)、精神状態 (β=0.61,p<0.05) と関連傾向を示した。介入プログラムの実施期間中の患者に対する並行治療の結果、患者の状態に関しても多くの場合「やや改善」が見られ、特に栄養へのこだわりや両親との関係に有意な改善も見られた。しかし患者の症状得点変化量とT2時の家族評価得点との間に有意な関連は認められなかった。

さらに質的な調査により、情報提供や、患者及び他の家族との話し合いから、自分の家庭の状況に合わせた対処の工夫を行い、肯定的なものの見方をするように促されていることが明らかにされた。また、プログラムの場においてサポート体験や対処技能を工夫する動機付けを得るだけではなく、患者との関わり以外の面での日常生活上の変化が明らかにされた。

偏相関分析及び重回帰分析、質的分析の結果に基づいて、図1に示した仮説モデルを作成した。

考察

本研究から摂食障害患者の家族は、身体的にも精神的にも負担を抱え、特に精神面で要援助状態にある母親が過半数を占めていることが明らかになった。また統合失調症とは異なる構造を持つものの、生活上の大きな負担があることも示された。

摂食障害患者と家族を対象とした複合家族心理教育プログラムは、同じ状況にある家族同士の支えを高め、対処不可能感を減らし、精神的健康状態や全体的健康感、日常役割の遂行面での改善に有効であった。精神面で要援助状態である母親の割合は低下し、健康関連QOLも概ね平均的な水準になった。参加者は自分の家庭の状況に合わせて対処技能を工夫し、その他の日常生活上の変化も生じていた。

介入の効果は、参加者の基本属性や患者の変化によらず多様な参加者で生じた。グループダイナミクスによる治療的影響に加え、プログラム体験を通じ自己の体験を客観的に振り返ったことで対処可能感が高じ、様々な効果が生じたと考えられた。患者の年齢が高いほど参照する自己の経験が豊かなためか、対処可能感の向上が大きかった。プログラムに参加しやすい母親でより大きな改善が見られた。

本研究は無作為化比較試験デザインではなく、時期や主治医の並行治療による患者の状態の変化などが十分に統制されていない、介入者と研究者が同一であるなどの限界があり、介入研究ではないが、摂食障害患者を支える家族の負担の特徴を明らかにし、また複合家族心理教育の影響を家族の生活困難度や健康関連QOLの観点から検討した研究として意義がある。今後より詳細に、摂食障害特有の家族負担を明らかにすると共に、厳密なデザインや経過調査により、介入効果の実証や効果に関連する因子、効果の持続性に関する検討が必要である。加えて生成された仮説モデルを今後検証していくことが必要である。

摂食障害患者の家族とコントロールとの比較

T1-T2時で対応あるt検定(続柄毎)

複合家族心理教育の効果に関する概念仮説モデル

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、摂食障害患者の家族負担について、特に両親の抱える負担の特徴を生活困難度や健康関連QOLの観点からはじめて比較検討し、複合家族形式による心理教育により、その負担がどのように変化するのかについて検討したものである。

本研究では、国立精神・神経センター国府台病院の心療内科および精神科患者で、「摂食障害家族相談会」と題する複合家族心理教育プログラム参加の呼びかけに応じた患者の両親を対象とした。用いた尺度は、(1)患者の問題に対処できるという感覚を評価する家族版対処可能感尺度(小林ら,2000; 20003,因子I「部分化された目標への対処可能感と変化への気づき」、因子II「広範な対処目標への対処不可能感」;得点が高いほど対処可能感が高い)と(2)ソーシャルサポート(オリジナル項目)を選んだ。また家族負担に関して心理教育に期待される最終効果指標に、(3)家族の生活上の困難度を測定する家族困難度尺度(大島,1987)、(4)精神健康度のスクリーニング尺度であるGHQ-12 (Goldberg, 1978)、(5)健康関連QOLを測定するSF-36日本語版(福原ら,2001)である。さらに主治医が診断や症状について評価した。家族負担の特徴を明らかにするために、同年代の健常な子どもを持つ両親(尺度(1)(4)(5))および統合失調症患者の両親(尺度(3))と比較した。介入による変化の検討では、介入前後における縦断的な比較を行った。また属性や患者の変化、変数間の関連の検討を加えた。さらに、参加者に対する面接調査により、量的研究だけでは把握しきれない心理教育の効果と作用機序を探索した。

主要な結果は下記の通りである。

摂食障害患者の両親と健常群の両親との比較により、対処可能感、GHQ-12、SF-36の身体機能不全による役割の制限、全体的な健康感、活力、精神状態の変化による役割の制限、精神状態において、有意差が認められた。また、統合失調症との比較において、家族困難度尺度項目の複数の項目で有意差が認められ、因子分析の結果全く異なる因子構造を持っていることが明らかにされた。

縦断的比較の結果、介入プログラムの前後で、同じ悩みを抱えた家族からの支えが増し、対処不可能感が減った。さらにGHQが改善し、SF-36のうち役割の制限の緩和や、全体的な健康感、活力、精神状態で改善ないしは改善傾向が示された。

同期間に患者の症状に一定の改善は見られたが、患者の改善と家族の自己評価の変化量に有意な関連は認められなかった。また罹病期間や患者の年齢は、家族の対処可能感の変化量に有意な関連が認められたが、その他の変数の変化量においては、いかなる属性との関連も認められなかった。

患者の性、年齢、参加者の続柄、年齢で統制した偏相関分析の結果では、参加回数が「対処可能感I変化量」と相関し、「GHQ換算点変化量」、「SF36身体機能変化量」、「SF36精神状態の変化による役割の制限」とも関連傾向を示した。

T2時の変数得点を従属変数とし、その変数のT1得点および患者の性、年齢、回答者の続柄、年齢、患者の症状の変化度、参加回数、T2時主治医評価の有無、関連する変数の変化度を独立変数とした重回帰分析を行ったところ、患者の年齢がT2時の対処可能感の高さに有意に関連していた。T2時摂食障害特有家族困難度には、続柄、参加回数、対処可能感総得点変化度の有意な関連を示し、患者の性、T2時主治医評価の有無が関連傾向を示した。T2時GHQ換算点には摂食障害特有家族困難度変化度が有意に関連し、続柄、参加回数、対処可能感総得点変化度が関連傾向を示した。対処可能感の変化度は、T2時SF36全体的な健康感、活力、精神状態とも有意な関連ないし関連傾向を示した。

質的分析の結果、情報提供や、患者及び他の家族との話し合いから、自分の家庭の状況に合わせた対処の工夫を行い、肯定的なものの見方をするように促されていることが明らかにされた。また、プログラムの場においてサポート体験や対処技能を工夫する動機付けを得るだけではなく、患者との関わり以外の面での日常生活上の変化が明らかにされた。

変数間の関連を検討した量的および質的分析により、介入効果に関する仮説モデルが提示された。

以上、本論文は、摂食障害患者の両親における生活上の負担について対処可能感、困難度、健康関連QOLの観点から検討した点で独創的である。また介入プログラムを実施し、効果評価の手法には限界があるものの、家族負担の軽減に関する一定の影響を明らかにしており、それに関連する要因も家族の自己評価や主治医による患者の評価、面接調査の結果も組み合わせて探索的に検討し、家族負担の軽減のために家族の対処技能に焦点をあてることの重要性を示唆しており、一定の臨床的有用性を持ちうるものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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