No | 119382 | |
著者(漢字) | 征矢野,あや子 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ソヤノ,アヤコ | |
標題(和) | 転倒予防自己効力感尺度 (FPSE) の開発、利用可能性の検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119382 | |
報告番号 | 甲19382 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(保健学) | |
学位記番号 | 博医第2356号 | |
研究科 | 医学系研究科 | |
専攻 | 健康科学・看護学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 目的 転倒は高齢者が最も多く体験する事故のひとつであり、高齢者の多くが転倒を恐れている。転倒を恐れるあまり、時には実際にはその行為を行う能力を持ちながらも、外出、身体的活動、社会活動や余暇活動など様々な活動を制限し、QOLの低下や抑うつの増強をもたらすことがある。 転倒恐怖とその日常生活活動・動作への影響について把握するために、Bandura の自己効力感の概念を利用した尺度がいくつか開発されてきた。しかし、それらの多くは、多様な場面で多様な活動を行う日本人地域高齢者には天井効果が生じたり、生活様式にあわない質問項目が含まれていた。 そこで、日本の地域高齢者の転倒予防自己効力感を測定する尺度を開発することにした。本研究の目的は、地域高齢者の転倒予防自己効力感を測定する尺度「転倒予防自己効力感尺度 (the Fa11-Prevention Self Efficacy Scale, FPSE)」を開発し、その信頼性および妥当性を検討すること、および、利用可能性を検討することである。 転倒予防自己効力感尺度(FPSE)の開発 方法 <STEP1>暫定版転倒予防自己効力感尺度(暫定版FPSE)の作成 大腿骨頸部骨折の既往を持つ長野県の地域高齢者19名と、都内T病院で開催している転倒予防教室に参加した地域高齢者 5 名を対象に、日常生活活動・動作に関する非構造的面接を行いった。日常生活活動・動作の中で転倒を意識する場面、行為の項目プールを作成した。予備試行を繰り返す過程で、性差・地域差のある行為、回答者によって状況の解釈が異なる行為、他の質問項目と重複する行為を削除した。 <STEP2>FPSEの信頼性および妥当性の検討 長野県K村で移動能力の測定に参加した65歳以上の地域高齢者400名のうち、暫定版FPSEの有効回答者338名を対象とした。測定項目は性別、年齢、過去1年間の転倒・骨折、暫定版FPSE、転倒恐怖、外出の自粛、移動能力、転倒に関連する健康情報である。 <STEP3>FPSEの信頼性(再現性)および妥当性(併存的妥当性)の検討 T病院で開催している転倒予防教室の待機者24名を対象に、test-retest、既存の尺度である the Falls Efficacy Scale (FES) と FPSE の併存妥当性の確認を行った。 結果 <STEP1>暫定版転倒予防自己効力感尺度(暫定版FPSE)の作成 日常生活活動・動作の中で転倒を意識する場面、行為の項目プールから、最終的に残された項目は、布団(ベッド)に入ったり布団(ベッド)から起きあがる、座ったり立ったりする、服を着たり脱いだりする、簡単な掃除をする、簡単な買い物をする、階段を下りる、混雑した場所を歩く、薄暗い場所を歩く、両手に物を持って歩く、でこぼこした地面を歩く、の10項目であった。これを「大変自信がある」から「全く自信がない」の4段階の順序尺度で回答を設定した(これを暫定版 FPSE と呼ぶ)。 <STEP2>FPSEの信頼性および妥当性の検討 対象の年齢は75.1±6.0歳で、89名(約27%)が過去1年間に転倒し、136名(42.7%)は転倒恐怖があり、105名(30.9%)が外出を自粛することがあった。 暫定版FPSEについて探索的な因子分析を行った結果、「立ったり座ったりする」「簡単な買い物をする」の因子負荷量が0.4未満であったため削除した。 残りの8項目から、固有値が1以上の2因子が抽出された。第1因子には「薄暗い場所を歩く」「混雑した場所を歩く」「でこぼこした地面を歩く」「両手に物を持って歩く」「階段を下りる」の5項目が高い負荷を示した。これを「移動SE」と命名した。第2因子には「服を着たり脱いだりする」「簡単なそうじ・片づけをする」「布団(ベッド)に入ったり、布団(ベッド)から起きあがる」の3項目が高い負荷を示した。これを「身辺動作SE」と命名した。 先行研究で転倒に関連すると報告されている変数で群別し、FPSEを比較した。その結果、女性、75歳以上、転倒歴あり、外出の自粛がある、膝関節痛がある者は、そうでない者に比べて有意に移動SEとFPSE(総得点)が低く、先行研究と同様の傾向を示した。身辺動作SEと移動SEを説明変数とする外出の自粛の有無のロジスティック回帰分析は、身辺動作SEのオッズ比が0.82(95%信頼区間0.68-0.98)、移動SEが0.83(95%信頼区間0.76-0.91)であった。 FPSEのCronbach'sα係数は、身辺動作SEが0.76、移動SEが0.90、FPSE(総得点)が0.89であった。 <STEP3>FPSEの信頼性(再現性)および妥当性(併存的妥当性)の検討 test-retest のカッパ係数は、8項目中7項目でκが0.4〜0.8台で、回答の一致率は中程度以上であった。FESとFPSEのSpearmanの順位相関係数は身辺動作SEが r=0.93、移動 SE が r=0.80、FPSE(総得点)が r=-0.89と強い相関を示した。 考察 探索的因子分析により、「身辺動作SE」「移動SE」の下位尺度で構成されるFPSEができた。「FPSE は身辺動作や移動などの日常生活活動・動作を通じて認識される転倒恐怖」であり、それを測定するというFPSEの定義において日常生活活動・動作にあたる因子構成と解釈でき、FPSEの作成意図と合致すると解釈した。 また、既存の尺度である FES と強い相関を示し、転倒恐怖との関連が明らかにされている変数別のFPSEの得点比較では、特に移動 SE が先行研究と同様の傾向で有意な得点差が得られた。外出の自粛の有無を結果変数とするロジスティック回帰分析では、身辺動作SE、移動SEの増加は外出の自粛のリスクを低めることが示された。これらの検討結果は全て解釈に無理のないものであり、FPSEの妥当性は概ね確保されたと解釈した。 FPSEの Cronbach'sα係数はいずれも0.7を越えて十分な内的整合性を備えていた。また、test-retestのカッパ係数は、8項目中7項目でκが0.4〜0.8台となり、回答の一致率は概ね良いと解釈した。 FPSEは信頼性、妥当性が概ね確保された尺度であることが示されたものの、一部の検証を転倒に関心の高い便宜的な小集団で行ったことを考慮して解釈すべきである。今後、地域のランダムサンプルで再度検討を行うことが必要であろう。FPSEに影響し得るADL、認知機能、情動などとの関係について検討していないことも限界である。 FPSEの地域看護への利用可能性の検討 FPSEの特長を明らかにし、転倒予防自己効力感を高め、閉じこもりを予防するケアを、限られた資源の中で住民に効率よく提供するためにどう役立てることができ得るか検討した。 方法 <STEP2>、<STEP3>で得たデータを使い、引き続き検討した。K村の地域高齢者400名をサブグループに分け、特性等を比較した。検討項目は、(1)FPSEの有効回答者338名と無回答者40名、欠損回答者22名の特性、(2)身辺動作SE、移動SEの高低による3群別の年齢、移動能力、外出の自粛であった。 また、T病院転倒予防教室の待機者24名のFESとFPSEの得点分布を比較した。 結果 無効回答者は有効回答者に比べて有意に年齢が高く、移動能力が低かった。 身辺動作SEを「まあ自信がある」と「あまり自信がない」におおよそ区切る9点以上/未満、移動SEも同様に区切る15点以上/未満に分け・外出の自粛の割合や移動能力を比較した。身辺動作SEと移動SEが共に高い「I群」162名(47.9%)、移動SEは低いが、身辺動作SEは高い「II群」132名(39.1%)、共に低い「II群」40名(11.8%)、移動SEは高いが、身辺動作SEが低い「III群」3名(0.9%)に分かれた。標本数の少ないIII群をのぞく3群別の移動能力を比較した結果、I群がもっとも移動能力が高く、ついで、II群、II群の順に移動能力が低くなり、外出の自粛を有する者の割合が増えた。 FES とFPSEの得点分布は、FESの満点者は10名(41.7%)と半数近くを占め、回答分布は上位半分に集中していた。一方、FPSE は4名(16.7%)で、得点の分布も広がっていた。 考察 FPSE の特長は身辺動作SEと移動SEというふたつの下位尺度を持つことである。移動SEによって従来の尺度よりも天井効果が軽減し、地域高齢者に対応できるものであった。また、(1)移動能力の低下や年齢の増加に伴って身辺動作SEがまず低下し、その後移動SEが低下するという順序性がある、(2)FPSE の低下に伴って外出の自粛の割合が増えるという知見を利用することにより、FPSEの程度によって地域高齢者の特性を明らかにし、介入手段を判別する手がかりとなり得ることが示唆された。 このように、FPSEは身辺動作SEと移動SEという2つの下位尺度からできている点が従来の尺度と異なり、また、FPSE は個々の地域高齢者にみあった地域介入を判別するための有力な情報源となり得る尺度である。 結論 FPSEは地域高齢者の転倒予防自己効力感を測定する尺度として信頼性、妥当性が確保された尺度であり、多様な地域高齢者のFPSEを測定できる。また、FPSE の高低に着目することで、対象の理解と地域介入の手段と内容を判別するための情報源となり得る尺度である。 | |
審査要旨 | 本研究は日本の地域高齢者の転倒予防自己効力感を測定する尺度「転倒予防自己効力感尺度 (the Fall-Prevention Self Efficacy Scale, FPSE)」を開発し、その信頼性および妥当性と利用可能性を検討したものであり、下記の結果を得ている。 大腿骨頸部骨折の既往を持つ長野県の地域高齢者と、転倒予防教室に参加した地域高齢者への面接調査から、日常生活活動・動作の中で転倒を意識する場面、行為の項目プールが作成され、地域高齢者に試行しながら項目が精選された。最終的に残された項目は、布団(ベッド)に入ったり布団(ベッド)から起きあがる、座ったり立ったりする、服を着たり脱いだりする、簡単な掃除をする、簡単な買い物をする、階段を下りる、混雑した場所を歩く、薄暗い場所を歩く、両手に物を持って歩く、でこぼこした地面を歩く、の10項目であった。これを「大変自信がある」から「全く自信がない」の4段階の順序尺度で回答を設定した(これを暫定版FPSEと呼ぶ)。 長野県K村の65歳以上の地域高齢者338名を対象に暫定版FPSEの信頼性、妥当性の検討を行った。探索的な因子分析および項目分析から、「薄暗い場所を歩く」「混雑した場所を歩く」「でこぼこした地面を歩く」「両手に物を持って歩く」「階段を下りる」の5項目からなる「移動SE」と、「服を着たり脱いだりする」「簡単なそうじ・片づけをする」「布団(ベッド)に入ったり、布団(ベッド)から起きあがる」の3項目からなる「身辺動作SE」という2つの下位尺度ができた。これら2つの下位尺度からなる8項目の尺度を「FPSE(総得点)」とした。 先行研究で転倒に関連すると報告されている既知グループ別の FPSE の比較において、女性、75歳以上、転倒歴あり、外出の自粛がある、膝関節痛がある者は、そうでない者に比べて有意に移動SEとFPSE(総得点)が低く、先行研究と同様の傾向を示した。既存の尺度である the Falls Efficacy Scale(FES)とFPSEはr=0.8〜0.9台と強い相関を示した。また、身辺動作SEと移動SEを説明変数とする外出の自粛の有無のロジスティック回帰分析は、身辺動作SEのオッズ比が0.82(95%信頼区間0.68-0.98)、移動SEが0.83(95%信頼区間0.76-0.91)であった。これらの検討結果はFPSEは身辺動作や移動などの日常生活活動・動作を通じて認識される転倒恐怖である」という FPSEの定義に合致し、解釈に無理のないものであり、また、統計的な妥当性の評価水準を概ね満たすことから、FPSEの妥当性は概ね確保されたとみなした。 内的整合性を示すCronbach's α 係数は、0.76〜0.90、再現性を示す test-retest のカッパ係数は、8項目中7項目でκが0.4〜0.8台で、信頼性を備えていることも確認された。 FPSEの特長を明らかにし、転倒予防自己効力感を高め、閉じこもりを予防するケアを、限られた資源の中で住民に効率よく提供するためにどう役立てることができ得るか検討するために対象を身辺動作SEおよび移動SEの高低によって群別し、移動能力と外出の自粛の有訴率を比較したところ、FPSEは移動能力の低下に伴って移動SEがまず低下し、その後身辺動作SEが低下するという順序性がある。また、FPSE の低下に伴って外出の自粛の頻度が増すことが明らかになった。この知見を利用し、FPSEを測定することにより、地域高齢者に提供すべきケアを選定する際に一助となりうることが示唆され、身辺動作SEと移動SEの高低によって3群に分け、それぞれの特性に応じた地域ケア案が得られた。 地域高齢者が転倒を意識する主要な行為、場面である移動動作が移動SEとして取り上げられたことにより、活動の範囲を広く保っている地域高齢者にも転倒予防自己効力感を測定できるようになり従来の尺度よりも天井効果が軽減した。 以上、本論文はFPSEが身辺動作SEと移動SEという下位尺度を持つことにより、多様な地域高齢者のFPSEを測定できる尺度できる点が独創的であり、FPSEの下位尺度の得点の高低に着目することで、限られた資源の中で高齢者の転倒予防自己効力感を高め、閉じこもりを予防する地域介入の方策を判別するための情報源となり得ると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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