学位論文要旨



No 119383
著者(漢字) 加藤,星花
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,セイカ
標題(和) 欧州の日本人学校にかよう青年のコーピングと精神保健 : 日本の公立学校の青年との比較研究
標題(洋) Coping and Mental Health of Adolescents in Japanese Schools in Europe : A Comparative Study with Adolescents in Pulic Schools in Japan
報告番号 119383
報告番号 甲19383
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2357号
研究科 医学系研究科
専攻 健康科学・看護学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 村嶋,幸代
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 講師 李,廷秀
 東京大学 講師 山崎,あけみ
内容要旨 要旨を表示する

目的

日本社会の国際化に伴い、海外で勤務する日本人が増加している。そのような両親と共に海外に渡り、海外生活を送る児童および青年も増加している。一般に、異なる文化圏へ移住するとき、文化変容ストレスが生じ、その反応として児童および青年の抑うつ状態、攻撃的行動および薬物使用などが報告されている。また帰国子女の帰国後の学校への適応問題も考慮する場合、青年たちが海外に在住しているときにこそ、帰国後の環境に柔軟に適応できるような適切なサポートが必要なのではないかと考えられる。そこで本研究では、欧州に在住し日本人学校に通う日本人の青年の精神状態を把握し、都内の公立学校の青年と比較を行う。また、彼らの精神および行動の問題と、コーピング、他の文化変容的ストレスとの関連を明らかにすることを目的とする。

方法

調査は、平成15年6月下旬から7月上旬にかけて行なわれた。欧州に暮らす日本人の青年について(以下、欧州グループ)、文部科学省がホームページ上で公開している、海外子女教育・帰国児童生徒教育等に関する総合ホームページ(CLARINET)に掲載されている欧州地域の日本人学校26校より、調査協力の得られた7校から男子70人(平均年齢;11.7歳、SD ; 1.8)、女子57人(平均年齢;11.6歳、SD ; 1.7)を本研究の対象とした;内訳は以下のとおりであった。チューリッヒ(スイス)14人(男子;12人、女子;2人、平均年齢;13.3歳、SD ; 1.22)、ウィーン(オーストリア)7人(男子;3人、女子;4人、平均年齢;13.7歳、SD ; 0.95)、ロッテルダム(オランダ)42人(男子;22人、女子;20人、平均年齢;11.7歳、SD1.52)、ブカレスト(ルーマニア)16人(男子;9人、女子;7人、平均年齢;11.2歳、SD ; 1.56)、ワルシャワ(ポーランド)16人(男子;7人、女子9人;平均年齢;11.1歳、SD ; 1.73)、プラハ(チェコ)32人(男子;17人、女子;15人、平均年齢;11.0歳、SD ; 1.81)。また都内の公立小学校2校と公立中学校1校から、小学4年から6年生と、中学生1年から3年生までの男子169人(平均年齢;11.5歳、SD ; 1.6)と女子198人(平均年齢;11.O歳、SD ; 1.9)を比較群とし(以下、日本グループ)、調査者が作成した質問紙調査を行った。質問紙は Youth Self Report(以下、YSR)、コーピング尺度、生活満足度から構成されていた。また、欧州グループの子ども達の質問紙には、過去の海外生活経験の有無、現在の海外生活期間、現地の言語および日本語の能力、そして帰国後の不安に対する質問も追加した。チューリッヒ日本人学校とウィーン日本人学校には、調査者本人が直接現地に赴き、質問紙の回収と校内の見学を行った。

結果

小学生と中学生に分けて、性別ごとに欧州グループと日本グループ間で、YSRとニューピング尺度の比較を行なった結果、小学生では、グループ間に有意差は認められなかった。一方、中学男子では「不安/抑うつ」が、中学女子では「身体的症状」、「注意/社会性の問題」および「非行的行動」において、全て日本グループが欧州グループも有意に高い得点であった。なお、欧州グループ内の男女間の比較では、小学生では「非行的行動」のみ差が認められ、男子の得点が高く、中学生では差は認められなかった。欧州グループ内の、文化変容要因における精神保健の比較について、男女別に比較した結果を述べる。過去の海外生活経験の有無に関しては男女ともに、YSRにおける有意差は認められなかった。一方、現在の海外生活期間において、1年以上の滞在である長期滞在群とそれ以下の期間の滞在である短期滞在群に分けで性別ごとに比較した結果、女子でYSRの問題尺度で「YSR総得点」、「内向尺度」、「外向尺度」、「不安/抑うつ」、「注意/社会性の問題」、「非行的行動」に有意差が認められ、全て長期滞在群の女子の得点が悪かった。現地の外国語の聞き取り、話すことそして書くことについて、多くの女子が男子よりも力がないと感じていた。また、言語能力における性別ごとの比較では、女子においてYSRの「注意/社会性の問題」に有意差が認められ、現地の外国語および日本語の両方が難しいと感じる群の得点が最も悪かった。また、日本語の問題に関して群わけを行って比較した結果、日本語が難しいと感じている女子が、日本語に問題がないと答えた女子よりもYSRの「注意/社会性の問題」「非行的行動」の得点が悪かった。次にYSR総得点によりYSR正常群とYSR高得点群の2群に分けて、グループ別にコーピング尺度の比較を行った結果、欧州グループでは、「回避型コーピング」のみが、YSR高得点群がYSR正常群よりも有意に高い得点であった。最後に、欧州の日本人学校に通う子ども達の精神健康に関連する要因をロジスティック回帰分析で検討した結果、言語能力、回避型コーピング、および生活満足度の関連が認められた。

結論

欧州の日本人学校にかよう児童および青年は、日本の子ども達よりも精神および行動の問題が少ないことが示された。これは、現地の日本人学校の先生や生徒がほとんど日本人であること、日本の公立学校の授業カリキュラムと変わらないことなどによる馴染みのある環境が、文化変容ストレスを減少させると示唆される。また、欧州に住む子ども達には、積極型コーピングといわれている問題焦点型コーピングと情動焦点型コーピングの関連が示唆され、このような積極的なコーピングによる対処が、欧州で暮らす子ども達の充実した生活を支援する可能性が高いことが示唆された。しかし彼らが日本に帰国する時、再び文化変容ストレスにより新たな問題が生じる可能性がある。その影響をできる限り少なくするためにも、欧州に住んでいる時から子ども達に日本の学校に関する情報を提供し事前に知っておいてもらうことや、彼らの積極的コーピング能力を両親や教師といった周りの大人でサポートしていく必要があると思われた。また、欧州で暮らす女子は、言語能力におけるストレスを受けやすい可能性が示唆され、ストレスを軽減するためにも、海外在住時に日本語と現地語に関するコミュニケーション能力の把握や、それらの問題から生じる不安や自信の無さを周りで受け止めてあげる必要性も示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、欧州に在住し日本人学校にかよう青年の精神状態を把握し、都内の公立学校にかよう青年と比較を行い、また、彼らの精神および行動問題と、コーピング、他の文化変容的ストレスとの関連を明らかにするため、チューリッヒ(スイス)、ウィーン(オーストリア)、ロッテルダム(オランダ)、ブカレスト(ルーマニア)、ワルシャワ(ポーランド)、プラハ(チェコ)の6つの日本人学校の青年(以下、欧州グループ)と、都内の公立中学校1校と、公立小学校2校の青年(以下、日本グループ)に、筆者が既存の尺度で、青年の精神状態を測定する Youth Self Report (以下YSR)、コーピング尺度、生活満足度などをもとに作成した質問紙調査の実施を試みたものであり、下記の結果を得ている。

小学生と中学生に分けて、性別ごとに欧州グループと日本グループ間でYSR、コーピング尺度、生活満足度得点を比較した結果、小学生男子では、コーピング尺度の回避型コーピングおよび生活満足度が、欧州グループの男子が日本グループよりも高い得点であった。小学生女子では両グループ間で有意な差は認められなかった。中学生では女子の YSR 身体的症状、注意/社会性の問題、非行的行動、コーピング尺度の問題焦点型コーピングの得点に差が認められ、日本グループの方の得点が高かったことから、欧州に住む青年のほうか問題が少ないことが示された。

欧州グループの男女ごとに、過去の海外生活経験の有無でグループ分けをしてYSR得点を比較した結果、男女共有意差は認められなかった。

現在の海外滞在期間を1年以上とそれ以下の期間で2つに分けてYSR得点を比較した結果、男子では、注意/社会性の問題において滞在が1年以下の方の得点が高く、精神行動問題が多いことが示された。一方で女子では、YSR総得点、内向尺度、外向尺度、不安/抑うっ、注意/社会性の問題、非行的行動において、1年以上滞在している女子の得点が高く、精神行動問題の多さが示された。

現地語と日本語に関するコミュニケーション能力を検討した結果、女子の方が男子よりも聞き取り、会話、書き取りにおいて問題を感じている者が多かった。現地語と日本語の能力によって、男女ごとに4群に分けてYSRを比較した結果、男子では非行的行動において、両方の言語に問題を感じている群がもっとも得点が高かった。女子では、外向尺度、注意/社会性の問題において、両方の言語に問題を感じている群がもっとも得点が高かった。日本語のコミュニケーション問題の有無により、男女ごとに2群にわけて、YSRを比較した結果、男子では有意差は認められなかったが、女子において、外向尺度、注意/社会性の問題で、日本語に問題を感じている女子の得点が高く、問題の多さが示された。

欧州グループ内にて、精神状態に問題が認められる群と、問題の無い群の間でコーピング尺度、生活満足度、日本への帰国後の不安得点を比較した結果、問題のある群の方が、回避型コーピングの使用が多く、生活満足度の得点が低く帰国後の不安が高かった。

欧州に住む青年の精神保健に関連する要因は、言語能力、回避型コーピング、生活満足度であった。

以上、本論文は欧州に住む青年の精神保健において、日本の青年よりも問題が少ないことを明らかにした。また、本研究は、欧州に住む青年の文化変容ストレスの影響を解明し、彼ら自身のコーピング能力へのサポートを図ることで、海外在住中だけではなく帰国してからも、彼らの生活を充実させるために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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