学位論文要旨



No 119386
著者(漢字) 川嶋,実苗
著者(英字)
著者(カナ) カワシマ,ミナエ
標題(和) ゲノムワイド関連分析によるヒトナルコレプシーの新規感受性領域の同定
標題(洋) Newly Detected Candidate Regions for Human Narcolepsy in Genome-wide Association Study
報告番号 119386
報告番号 甲19386
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2360号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 加藤,進昌
 東京大学 助教授 郭,伸
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 程,肇
内容要旨 要旨を表示する

ナルコレプシーは代表的な過眠症で、日中に起こる反復性の耐え難い眠気(睡眠発作)、感情の強い動きを契機に突然筋肉の力を喪失する情動脱力発作、入眠直後にREM睡眠が見られるREM睡眠異常に特徴付けられる。10歳代に発症することが多く、性差は見られず、日本人における有病率は0.16-0.18%である。また、一卵性双生児一致率は25-31%、第一近親発症率は1-2%と言われている。そのためナルコレプシーは、遺伝要因と環境要因とが相互に関与し合い発症にいたる多因子疾患と考えられている。今までに明らかにされた遺伝要因の一つはヒト白血球抗原 (human leukocyte antigen: HLA) 領域に存在するHLA-DRB1*1501-DQB1*0602ハプロタイプで、日本人ナルコレプシー患者が100%このハプロタイプを持つことより(健常者集団では約10%)、疾患との強い関連が知られている。しかし、このハプロタイプをもつ全てのヒトがナルコレプシーに罹患するわけではなく、特にアフリカ系集団ではこのハプロタイプを持たない患者例もある。従って、HLA-DR-DQハプロタイプはヒトナルコレプシーとの強い関連があるものの、十分条件ではないと考えられる。一方、ヒトナルコレプシーにおけるλsは12と報告されている。今回解析した個別試料のHLAタイピング結果より、HLA-DR-DQハプロタイプのみが疾患に関与すると仮定した場合のλsを推定したところ、5.15であった。以上のことより、HLA-DR-DQハプロタイプ以外にも疾患感受性遺伝子が存在する可能性が考えられる。

多因子疾患の疾患感受性遺伝子探索方法として、複数の患者が存在する多数の小家系を対象とするノンパラメトリック連鎖解析(罹患同胞対分析)、1人の患者が存在する多数家系を対象とした 伝達不平衡テスト(transmission disequilibrium test: TDT)、家系データのない個体集団を対象とした患者-対照関連解析の3つの方法が主に用いられる。ヒトナルコレプシーでは多発家系が少なく、罹患同胞対解析には適していない。また、TDTに比べ患者-対照関連解析の方がより高い検出力を示すため、患者-対照関連解析を採用しようと考えた。しかし、ナルコレプシーのように発症・病態メカニズムが明らかではない疾患に対して候補遺伝子を挙げることは困難であり、また、既知遺伝子しか解析対象に出来ないという問題点がある。そこで、"マイクロサテライトマーカーを用いたpooled DNAによるゲノムワイドな関連分析法" という新たな戦略を採用した。すなわち、ゲノムワイドに等間隔で設定した多数のマイクロサテライトマーカーを用いて関連解析を行うことにより、高い検出力を保ちつつ網羅的な解析が行えると考えた。マイクロサテライトマーカーはヘテロ接合度が高く、単一塩基置換 (single nucleotide polymorphisms : SNPs) よりも広い範囲の連鎖不平衡を検出できると期待されるため、より少ない種類数でゲノム全域の連鎖不平衡マッピングを行う事が出来ると考えられる。また、候補遺伝子探索過程の1次、2次スクリーニングにおいて、各々のサンプルを等量ずつ混合したpooled DNAを用いることで、個別試料を用いるよりも実験規模、時間、コストの大幅な軽減が期待された。

日本人ナルコレプシー患者のゲノムDNA各110名分を等量ずつプールしたpooled DNAを2プール作成し、それぞれ1stセット、2ndセットとした。同様に、対照健常者のゲノムDNA各210名分を等量ずつプールしたpooled DNAを2プール作成した。1stセットpooled DNAは1次スクリーニングのため、また、2ndセットは偽陽性を取り除くための2次スクリーニングに用いた。pooled DNAを鋳型に用いた増幅産物の解析はGeneScanソフトウェアによる自動シークエンサーによりおこなった。

まず、pooled DNA法の信頼性を確認した。HLA class I領域内から1つ(C1_3_2)、HLA class II領域内から2つ(M2_2_22、M2_4_25)、計3つのマイクロサテライトマーカーを使用し、pooled DNAのタイピング結果より推定されたアリル頻度と、pooled DNAに用いた全個別試料(患者220名、対照者420名)のタイピング結果から導かれたアリル頻度をカイ二乗検定により比較した。その結果、有意な差は見出されなかった。また、pooled DNAタイピング結果間において高い再現性が見られた。次に、1stセット、2ndセット間のサンプリングエラーがないことを確認するため、患者群どうし、対照者群どうしのアリル頻度の差を検定した結果、有意差はなかった。これら3マーカーはHLA領域に存在するため、ナルコレプシーとの関連を検出できるか否かも確認した。1stセットに用いた個別試料のタイピング結果をもとに関連解析を行ったところ、M2_2_22、C1_3_2マーカーでは有意差を示したが(p=0.0061, p=0.0020)、M2_4_25マーカーでは有意差に至らなかった。続いて、2ndセットに用いた個別試料のタイピング結果を用いて関連解析を行ったところ、全てのマーカーにおいて有意差を示した(p<0.0001, p=0.0036, p=0.037)。同様に、pooled DNAの推定アリル頻度をもとにカイ二乗検定(2xm分割表)を用いた関連解析を行ったところ、全てのマーカーについて有意差は検出されなかった。一方、Pooled DNA法の検定法として見出された統計量であるΔTAC法を用いたところ、全てのマーカーにおいて有意差が認められた。以上の結果より、pooled DNAを解析する際には個別試料用の統計解析法だけではなく、pooledDNA法の検定法であるΔTAC法も用いる必要があることが分かった。

次に、本研究の戦略によりHLAとナルコレプシーとの関連を検出できるか否かの評価をするため、6番染色体上の1,265個のマイクロサテライトマーカー(平均間隙125.7kb)を用いた関連解析を行った。一次スクリーニングの結果、202のマーカーで少なくとも1つの統計解析法について有意差を示した。それら202マーカーを対象として2次スクリーニングを行ったところ、42マーカーにおいて依然として有意差が見られ、また、期待通りHLA-DR-DQ遺伝子近傍マーカーにおいて両スクリーニングを通して強い関連が見出された(P<10-34)。HLA領域を詳しく解析するため、さらに細かく設定したマイクロサテライトマーカーを使用して解析したところ、5.5メガベースをカバーする30マーカーのうち22マーカーで有意差を示し、HLA-A, B, C4A遺伝子近傍マーカーにおいても有意差が見られた(p<10-6, p<10-9, P<10-24)。以上の結果より、およそ100kb毎に設定したマイクロサテライトマーカーを用いた関連解析によって、疾患感受性候補領域を検出することが可能であると考えられた。

最後に、ゲノムワイドに分布した23,381マイクロサテライトマーカー(平均間隙130.3kb)(Figure1)を対象とした関連解析を行い、そこで関連が確認されたマイクロサテライトマーカー周辺のfine mappingを行うことで候補領域を狭めた。一次スクリーニング終了後、3,077マーカーで少なくとも1つの統計解析法について有意差を示した。それら3,077マーカーを使用して2次スクリーニングを行った結果、339マーカーにおいて依然として有意差が確認され、また、1次スクリーニングの結果との再現性も確認できた。

pooled DNA を使用した関連解析で検出された有意差を確認するため、一次、二次両スクリーニングにおいて有意差を示し、かつ、高い再現性を示した91マーカーについて、患者95名、対照者95名の個別試料をタイピングした。その結果、依然として有意差を示した14マーカーに対して全個別試料のタイピングを行ったところ、3つのマイクロサテライトマーカー(マーカー名 : NA1.3, NA2.3, NA3.4)で顕著に低いp値を示した(P<0.001)。3マーカーのうち、2マーカー(NA1.3, NA3.4) は21番染色体上に、1マーカー (NA2.3) は2番染色体上に存在した。その3マーカー周辺500-700kbをカバーする領域をさらに詳細に設定したマイクロサテライトマーカーを用いて検討したところ、3マーカーのごく近傍マーカーにおいても同様に有意差を示した。特に、NA3.4マーカーから70bk離れたマーカー(NA3.L)は、NA3.4マーカーよりも強い関連を示した (p=0.00045)。以上のマイクロサテライトマーカーを用いた解析から、マーカーNA1.3周辺42kb、NA2.3周辺100kb、NA3.4周辺70kbを候補領域とした。さらにこれらの候補領域を狭めるため、平均10kb間隔で設定したSNPを使用し患者190名、対照者190名の個別試料を用いて解析を行ったところ、3マーカー近傍において有意差に至るSNPsを見出した。特に強い関連を示したNA3.Lマーカー近傍の2つのSNPs (C-7: p=0.0010、C-4: p=0.0016) について全個別試料を用いた解析を行った結果、マイクロサテライトマーカーよりも強い関連を示した(p=0.0002, OR=5.4, p<0.0001, OR=7.02)。さらにD'を指標として連鎖不平衡がどの程度及んでいるかを検討したところ、NA3.Lマイクロサテライトマーカーと近傍の2つのSNPsは1つの連鎖不平衡ブロックに入ることがわかった。したがって、このブロックの中に何らかのナルコレプシー感受性遺伝子が存在する可能性が示唆された。このブロックの中には既知の遺伝子は存在しないが、同じ位置に複数のESTやmRNAがデータベースに報告されていることから(Figure 2)、新規遺伝子の存在が示唆される。今後、このESTやmRNAがヒトの脳内で発現しているか検討するとともに、発現や機能に影響を及ぼすような機能SNPを探索し、そのSNPが疾患に関与するか検討していく必要があると考えられる。

Mapping of 23,381 microsatellite markers on human genome

Assembly around the candidate 3 region

審査要旨 要旨を表示する

本研究は、ヒトナルコレプシーの新規感受性領域の同定を“マイクロサテライトマーカーを用いたpooled DNAによるゲノムワイドな関連分析法”という新たな戦略により同定する事を試みたものであり、下記の結果を得ている。

3つのマイクロサテライトマーカー (M2_2_22、M2_4_25、C1_3_2) を使用し、pooled DNAのタイピング結果より推定されたアリル頻度と、pooled DNAに用いた個別試料のタイピング結果から導かれたアリル頻度をカイ二乗検定により比較することで、pooled DNA法の信頼性を確認した。その結果、双方間で有意差は認められず、pooled DNA法が個別試料タイピング法のアリル頻度を反映している事が示された。また、pooled DNAタイピング結果間において非常に高い再現性が確認された。

この戦略により、既に関連が知られているHLAとナルコレプシーとの関連を検出できるか否かの評価をするため、6番染色体上の1,265個のマイクロサテライトマーカー(平均間隙125.7kb)を用いた関連解析を行った。一次スクリーニングの結果、202のマーカーで少なくとも1つの統計解析法について有意差を示した。それら202マーカーを対象として2次スクリーニングを行ったところ、42マーカーにおいて依然として有意差が見られ、また、期待通りHLA-DR-DQ遺伝子近傍マーカーにおいて両スクリーニングを通して強い関連が見出された (p<10-34)。HLA領域を詳しく解析するため、さらに細かく設定したマイクロサテライトマーカーを使用して解析したところ、5.5メガベースをカバーする30マーカーのうち22マーカーで有意差を示した。以上の結果より、およそ100kb毎に設定したマイクロサテライトマーカーを用いた関連解析によって、疾患感受性候補領域を検出することが可能であることが示唆された。

ゲノムワイドに分布した23,381個のマイクロサテライトマーカー(平均間隙130.3kb)を対象とした関連解析を行った。一次スクリーニング終了後、3,077マーカーで少なくとも1つの統計解析法について有意差を示した。それら3,077マーカーを使用して2次スクリーニングを行った結果、339マーカーにおいて依然として有意差が確認され、また、1次スクリーニングの結果との再現性も確認できた。pooled DNAを使用した関連解析で検出された有意差を確認するため、個別試料を用いたタイピングを行ったところ、3つのマイクロサテライトマーカー(マーカー名 : NA1.3, NA2.3, NA3.4)で顕著に低いp値を示した(p<0.1001)。これら3マーカー周辺領域をナルコレプシーの候補領域とした。2マーカー (NA1.3, NA3.4) は21番染色体上に、1マーカー (NA2.3) は2番染色体上に存在した。これらの領域は、ナルコレプシーの新規候補領域である。

関連が確認された3マイクロサテライトマーカー周辺の500-700kbをカバーする領域をさらに詳細に設定したマイクロサテライトマーカーを用いて検討することで、ナルコレプシー候補領域を狭めた。Fine mappingの結果、3マーカーの近傍マーカーにおいても同様に有意差を示した。特に、NA3.4マーカーから70bk離れたマーカー (NA3.L) は、NA3.4マーカーよりも強い関連を示した (p=0.00045)。以上のマイクロサテライトマーカーを用いた解析から、マーカーNA1.3周辺42kb、NA2.3周辺100kb、NA3.4周辺70kbまで候補領域を狭めることができた。

さらに候補領域を狭めるため、平均5kb間隔で設定したSNPを使用し、患者190名対照者190名の個別試料を用いて解析を行ったところ、3マーカー近傍において有意差に至るSNPsを複数見出した。特に強い関連を示したNA3.Lマーカー近傍の2つのSNPs (C-7: p=0.0010、C-4: p=0.0016) について全個別試料を用いた解析を行った結果、マイクロサテライトマーカーよりも強い関連を示した(p=0.0002, OR=5.4, p<0.0001, OR=7.02)。さらにD'を指標として連鎖不平衡がどの程度及ぶか検討したところ、NA3.Lマイクロサテライトマーカーと近傍の2つのSNPsは1つの連鎖不平衡ブロックに入ることがわかった。したがって、このブロックの中に何らかのナルコレプシー感受性遺伝子が存在する可能性が示唆された。このブロックの中には既知の遺伝子は存在しないが、隣接して3つの予測遺伝子が報告されていることから新規遺伝子の存在が示唆される。またその中の2つはヒト脳由来cDNAを用いたRT-PCRにより、脳での発現が示された。

以上、本論文は新たな疾患感受性領域を同定するために提案された新たな戦略により、網羅的な解析を行う事が可能であることを示した。また、その方法を用いてヒトナルコレプシーの解析を行い、新たな感受性領域の同定を行った。今回用いた戦略は高血圧や糖尿病といった他の多因子疾患における疾患感受性領域の同定にも応用できる事、また、今回同定された領域は新たなナルコレプシー感受性領域であり、今後のナルコレプシー研究の発展に大きく貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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