学位論文要旨



No 119388
著者(漢字) 櫻井,大祐
著者(英字)
著者(カナ) サクライ,ダイスケ
標題(和) VEGFによるヒト血管内皮細胞活性化および血管新生におけるldの役割 : 関節リウマチの病態との関連
標題(洋) The role of ld in the VEGF induced activation and angiogenic properties of human endothelial cells : Implication for the pathogenesis of rheumatoid arthritis
報告番号 119388
報告番号 甲19388
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2362号
研究科 医学系研究科
専攻 国際保健学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 助教授 渡辺,和保
内容要旨 要旨を表示する

要旨

慢性関節リウマチ(rheumatoid arthritis; RA)は関節を病変の主座とした、免疫異常を伴う慢性炎症性疾患である。RAの関節病変は、始めに滑膜において炎症性浮腫が起こり、続いてリンパ球が浸潤、好中球が遊走し、滑膜表層細胞が増殖、重層化してパンヌスを形成する。これに加えて血管新生もRA滑膜組織における病態形成の初期段階から観察される。滑膜組織の増生は、滑膜下層細胞の主要構成要素であるマクロファージ様細胞と線維芽細胞様細胞の血管新生を伴う増殖、および表層細胞の過形成と、炎症性細胞の浸潤によって説明されているが、その病態の機序は未だ明らかにされておらず、その分子レベルでの解明が必務とされている。

本研究の目的は病変の主座であるRAおよびOA関節滑膜の遺伝子発現動向を直接的に観察することにより、RAの病因、病態に関連する遺伝子を検出し、機能的な解析を加えるとこによって、RA病態への理解、および新たな治療へ向けた基礎を築くこととした。

Capter I

今回、RA滑膜に優先的に発現する遺伝子を検出する目的で、変形性関節症(osteoarthritis; OA)患者滑膜を対照としたdifferential display (DD)法による検討を行い、RAで発現増強が見られる遺伝子の一つにID1があることを見出した。この結果が複数の患者間において共通した現象か否かを確認し、さらに、その機能の関連性からID1以外のIDファミリー遺伝子の発現を検討する目的で、RA13検体、OA6検体におけるID1、ID2、ID3、ID4発現量を半定量的RT-PCR法によって測定した。滑膜組織でごく弱い発現しか観察できなかったID2遺伝子以外は、それぞれRA滑膜において8.6倍(ID1)、3.3倍(ID3)、2.1倍(ID4)と統計学的に有意な発現の増加が認められた。ld1、ld3について免疫組織染色によるタンパク質レベルでの発現確認と、滑膜組織での局在の検討を行った。結果、ld1、ld3ともに滑膜組織で陽性染色像が見られ、RA滑膜でより強く染色された。以上のことからRA滑膜組織内においてldの優先的な発現が見られ、その発現は血管内皮細胞に局在すると言うことがわかった。

Capter II

ldがノックアウトマウスの研究から血管形成、血管新生に重要な働きをする遺伝子であることとcapter Iの結果から、RA滑膜内の血管内皮細胞内にldが過剰発現することはRAの滑膜組織で典型的に見られる炎症や血管新生へのldの関与を示しているという仮説を立てた。この仮説を検証する目的で、ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(HUVEC)を用いてldの機能解析を行なうことによって、RAの病態上重要である慢性炎症、血管新生とldの血管内皮細胞中での働きとの関連を検討した。

まず、ldが生理的な関節リウマチ滑膜の状況において、血管新生に関与するか否かを検討するために、関節リウマチ滑膜内で発現が亢進する複数種のサイトカインによるld3の発現誘導を検討した。VEGFおよびTGFβで血管内皮細胞を刺激したときにld1、ld3の有意な発現増強が認められた。この結果から、上記の因子による血管新生誘導シグナル系路にldが位置することが示唆された。一方IL-1、IL-8、TNFαといった血管新生促進因子ではldの発現は誘導できなかった。

次に、ldのみの刺激でHUVECの活性化および血管新生を誘導しうるか否かを検討するために、遺伝子導入により、HUVECにld3を過剰発現させた。遺伝子導入24時間後、陰性対照との比較では、強制発現細胞においてmRNAレベルで4.1倍のld3の発現増強が観察された。ld3強制発現細胞では24時間で陰性対照に比べて1.9倍の増殖能の上昇が見られ、VEGF刺激後の非遺伝子導入細胞とほぼ同等の増殖を示した。ldは線維芽細胞において、p16の発現調節を行なうことによって細胞周期を調節していることがすでに知られているが、本実験では、P16とld3のmRNAレベルでの発現は逆相関の関係にあり、この機序がHUVECにおいても機能していることが示唆された。

ld3の強制発現がHUVECの活性化を誘導できるか否かを調べるために、血管内皮細胞の活性化マーカーとしてICAM-1とE-selectinの発現を測定した。ld3強制発現により、mRNAレベルでICAM-1、E-selectin共にそれぞれ4.8倍および4.2倍の発現の上昇が見られ、細胞表面の発現も増加した。以上の結果からld3の強制発現のみでHUVECの活性化が誘導しうることが示された。さらにld3の強制発現によってHUVECで血管新生が誘導できるか否かを検討したところ、ld3強制発現血管内皮細胞では遊走能が亢進しており、特にIL-1βやVEGF存在下で顕著であった。ld3強制発現により、非刺激下において、MMP2とMMP9の発現量は、mRNAレベルで3.2倍、3.7倍とそれぞれ上昇しており、MMP2とMMP9の酵素活性レベルでの上昇もザイモグラフィーにより確認したところ、両分子ともに活性が増強していた。さらにマトリゲルを用いて管腔形成をin vitroにおいて検討したところ、ld3強制発現細胞ではVEGF刺激無しでも充分な管腔形成が誘導された。これらの結果を合わせて考えると、HUVECでのldの強制発現のみによって血管新生が誘導されうることが明らかになった。

Capter III

Capter IIの結果より、ldの発現はVEGFによって誘導されることがわかった。そこでldはVEGF刺激によって誘導されるHUVECの細胞増殖、活性化、血管新生にとって必須であるか否かを検証した。ld1とld3の発現を阻害するためにRNAiを用いた。HUVECにID1とID3のsmall hairpin RNA (shRNA)を発現するベクターを導入したところ、VEGFで誘導されるID1およびID3の発現が、ベクターの用量依存的に阻害された。このように作成したld1/ld3ノックダウン細胞は、VEGFで刺激しても、対照と比べると細胞増殖が有意に阻害され、ICAM-1やE-selectinのVEGFによる発現上昇も抑制された。さらに他の活性化マーカーであるαvインテグリンの発現も、shRNA非導入細胞と比較して低下していた。

次にld1/ld3ダブルノックダウンHUVECにおいて、VEGF誘導性血管新生が阻害されるか否かを検討した。ID1/ID3shRNA導入細胞では、VEGF誘導性の遊走能の活性化が抑制された。また、ld1/ld3ノックダウン細胞では、VEGF刺激下において、MMP9の産生は下がらなかったが、MMP2の発現は有意に抑制された。VEGF存在下における管腔形成も、ID1およびID3 shRNA導入細胞では減少した。またID1、ID3 shRNA導入細胞におけるα2およびβ1インテグリンの発現抑制も観察された。以上の結果からVEGFによって誘導されるHUVECの血管新生においてldは必須の役割を果たしていることが示された。

以上の結果から、ldは血管内皮細胞における、VEGF誘導性血管内皮細胞の活性化や血管新生において、必須の役割を持つと考えられ、成人の組織では強い発現があまり見られないことなどから、RAおよびその他血管新生を伴う疾患における、新たな治療標的となりうる可能性をもつものであることが示された。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は関節リウマチ(RA)病態に関わる遺伝子を検索し、その分子がどのような機能を持ち、病態と関わっているかを明らかにするために行なわれたものであり、下記の結果を得ている。

RAおよび変形性関節症(OA)の滑膜組織からtotalRNAを抽出し、differential display法を用いて遺伝子発現解析を行なった結果、RA滑膜で遺伝子発現が増強する20個の遺伝子断片を検出した。そのうちの一つにID1遺伝子を見出し、患者複数検体における半定量的RT-PCRの結果、ID1以外にもID3およびID4遺伝子がRA患者滑膜において発現増強することを確認した。ld1およびld3に関しては免疫組織染色により滑膜組織の中でも血管内皮細胞に局在することがわかった。

ld分子の血管内皮細胞における機能を明らかにするために、ヒト臍帯静脈由来血管内皮細胞(HUVEC)を用いて実験を行なった。ID遺伝子が生理学的にどのような刺激で発現上昇するのかを調べるために、RA滑膜内での発現増強が確認されている複数のサイトカインでHUVECを刺激したところ、VEGFおよびTGF-β刺激下での発現誘導が確認された。ID3遺伝子をベクターを用いてHUVECに強制発現させたところ、細胞増殖能の増強、ICAM-1およびE-selectinの発現増強に加え、遊走能の活性化。MMPsの産生増強、管空形成能の増強といった血管新生表現形の亢進が認められた。ID1強制発現に関してもほぼ同様の結果が得られ、以上からID遺伝子の発現誘導のみによって血管内皮細胞の活性化、血管新生の誘導が起こりうることが示された。

ld発現を阻害したときにHUVECの活性化が得られるかどうかを確かめるために、ID1/ID3 sh(short hairpin)RNA発現ベクターを用いてHUVEC内のID1/ID3発現を抑制を行なった。このトランスフェクタントに対してVEGFで刺激を行なったところID遺伝子の発現は誘導されず、細胞増殖の活性化は認められず、ICAM-1やE-selectinに加えαvインテグリンの発現も抑えられた。細胞遊走やα2β1インテグリンの発現、MMPsの産生、管空形成といったin vitroの血管新生表現型もIDの発現抑制によって阻害された。

以上本論文は関節リウマチの病態に関連する分子として新たにID遺伝子を同定した。ID遺伝子はVEGFによって誘導される血管内皮細胞の活性化および血管新生において重要な働きをしており、この発現を抑えることによって血管新生を阻害できることを示唆した。この知見は関節リウマチの病態解明のみならず、血管新生を伴うような疾患全般に対する新たな治療標的を提起するものであり、その貢献度から学位の授与に値するものと考えられる。

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