No | 119398 | |
著者(漢字) | 森,一樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | モリ,カズキ | |
標題(和) | ナフチリジノマイシンの合成研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 119398 | |
報告番号 | 甲19398 | |
学位授与日 | 2004.03.25 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1059号 | |
研究科 | 薬学系研究科 | |
専攻 | 分子薬学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【背景と目的】 ナフチリジノマイシン (1) は1974 年にKluepfel らのグループにより放線菌 [Streptomyces lusitanus AYB-1026] より単離された抗腫瘍性アルカロイドである1)。本天然物は高度に縮環した六環性骨格を有するテトラヒドロイソキノリン系アルカロイドであり、その複雑な構造のため、比較的安定な誘導体であるシアノサイクリンA (2) と共に今日まで天然物合成に携わる研究者達の関心を集めてきた化合物である。しかしながら多くの試みにも関わらず、その全合成は1985 年のEvans らによる合成2)、そして翌年の福山らによる合成3)の僅か2例が報告されているに過ぎない。 本研究では、当研究室にて開発された新しい方法論を導入することで1 についてこれまでにない合成戦略を立てた。これにより、顕著な生物活性を有する類縁体の多い一連のイソキノリン系アルカロイドへの展開を視野に入れた1 の合成法を確立することが目的である。 【合成計画】 当研究室では最近エクチナサイジン743 の全合成を達成しているが4)、そのなかで見出されたUgi 反応を活用するジケトピペラジン合成法が全合成の効率化に果たした役割は大きい。演者はこの多様性に富む新規方法論の有用性に着目し、本研究において、類似の基本骨格を有しこれまで合成が困難とされてきた天然物1 に対し適用を試みることとした (Scheme 1)。 天然物1 の有する二つのヘミアミナール部位は、顕著な生物活性の基礎となるDNA アルキル化の反応点と言われており、同じく反応性に富むキノンと共に合成の終盤で導入することとした。B 環の構築は、合成中間体Iにおいてアルデヒドに対する芳香環の求核付加を用い、D 環上の水酸基の導入には立体的ヒドロホウ素化を試みることとした。D 環を含むビシクロ[3.2.1]骨格の構築は歪みのため一般に困難が予想されるが、モデル実験での成果を踏まえ、中間体IIIの分子内Heck 反応による閉環を想定した。このようにして設定した中間体IIIの合成は、上述のジケトピペラジン合成法の応用により可能である。すなわち、必要なアミノ酸誘導体IVおよびVを各々合成し、Ugi 反応によりアルデヒド、イソニトリルと共に一挙に縮合させ環状エナミドIIIへと導くこととした。本反応を活用することにより、多様化を視野に入れたこれまでにないナフチリジノマイシン(1)の収束的合成が実現可能であると考えた。 【アミノ酸誘導体の合成】 A 環部を含むアミノアルコールIVの合成には、当研究室にて開発を進めてきたアリールグリシン合成法を応用することとした Scheme 2) 5)。すなわち、独自の不斉テンプレート4 に対しフェノール誘導体3 をMannich 型の付加反応により高選択的に導入し、続く変換を経て7工程65%の高収率にて目的のアミノアルコール8 を大量スケールで得ることに成功した。またOppolzer 法によるアミノ酸誘導体Vの合成は既知であるが6)、これに改良を加えることで大量スケールかつ4工程88%の高収率を実現し、目的のN-Boc アミノ酸9 を結晶として得た。 【主要骨格の構築】 まず、合成した二種のアミノ酸誘導体8、9 を用い、Ugi 反応による四成分縮合を行った。すなわち原料をイソニトリル10 およびアセトアルデヒド(11)の存在下、メタノール中で混合することで一挙に縮合し、目的のペプチド成績体12 を定量的に得た (Scheme 3)。続く環化によるジケトピペラジン13 の合成、イミドを経由する選択的還元および脱水反応を経て、目的の光学活性環状エナミド14 を高収率、20 グラム程度のスケールで得た。本合成の中盤の鍵となるビシクロ骨格の構築には分子内Heck 反応を採用した。広範な条件検討の結果、ホスフィン配位子を加えない系において環化反応が進行することを見出し、中程度の収率ながら目的のビシクロ[3.2.1]化合物15 を合成することに成功した。 ビシクロ[3.2.1]化合物15 のエナミドに対し、4工程を経て形式的水和反応を立体選択的に行い17 とした(Scheme 4)。続いて生じた水酸基をアルデヒドへと酸化し、酸条件下芳香環からの求核付加を経てB 環を有する四環性化合物18 を合成した。18 の末端オレフィンに対する水酸基の導入については、ヒドロホウ素化が高立体選択的に進行し、アミド基を還元的に損なうことなく目的のジオール19 を良好な収率で得ることに成功した。 新たに導入したこの一級水酸基を選択的にアルデヒドへと酸化したのち、オキサゾリジン等価体であるアミノニトリルを導入して21 とし、現在までに環化前駆体23 を合成している。現在は天然物へ向け、環化反応を含む変換について検討中である。 【総括】 筆者らは、ナフチリジノマイシンの合成研究を行い、Ugi反応を活用するジケトピペラジン合成法を導入した。これにより、個々に合成した光学活性アミノ酸誘導体を縮合し、目的とする合成中間体である光学活性環状エナミドを大量スケールで得た。この環状エナミドに対し分子内Heck反応を行い、天然物の歪みのある特徴的なビシクロ[3.2.1]骨格の構築に成功した。ビシクロ[3.2.1]骨格から、天然物の基本骨格である四環性骨格へと立体選択的に誘導した。また、ビシクロ[3.2.1]骨格の立体化学を活用し、末端オレフィンに対し、立体選択的ヒドロホウ素化を行った。以上の変換を経て、天然物の有するすべての炭素原子を備えた合成中間体を光学活性体として合成した。 The structure of naphthyridinomycin and our synthetic strategy. Preparation of the arylaminoalcohol. Construction of the bicyclo[3.2.1] ring-system. Construction of tetracyclic-compounds. (a) Kluepfel, D.; Baker, H. A.; Piattoni, G.; Sehgal, S. N; Sidorowicz, A,; Singh, K.; Vezina, C. J. Antibiot. 1975, 28,497. (b) Sygusch, J.; Brisse, F.; Hanessian, S. Tetrahedron Lett. 1974, 15, 4021. | |
審査要旨 | ナフチリジノマイシン (1) は、1974年にKluepfelらのグループにより単離された抗菌、抗腫瘍活性を有するアルカロイドである(Figure 1)。本天然物はDNAアルキル化による細胞毒性に基づく広範な抗菌スペクトルを有し、特に従来の抗生物質に対する耐性を獲得した菌に対し顕著な活性を有する点が特徴である。また、構造上は不安定なヘミアミナール、キノンおよび、特徴的なビシクロ[3.2.1]環を含む高度に縮環した複雑な6環性骨格を有している。 この様に不安定、かつ複雑な構造のため、これまで多くの研究グループによりその合成研究がなされてきたが、その成功例は、Evansらのグループ (racemic, 1986) および当研究室 (racemic, 1987; asymmetric, 1992) による全合成の2例のみに限られている。本研究において森は、近年発達した方法論を活用することで、この天然物のより効率的な不斉全合成を目指して研究を行った。 本天然物の収束的合成を実現するため、森は当研究室にて開発されたジケトピペラジン合成法を採用した (Scheme 1) 。すなわち、原料となる光学活性アミノ酸 2および3を既知法の応用により大量合成し、アルデヒド、イソニトリルと共にUgi4成分縮合反応を用いて一挙に縮合することにより、目的の成績体4を合成した。続いて5工程の変換を高収率にて実現し、目的の光学活性環状エナミド5の大量合成を行った。 天然物に特徴的なビシクロ [3.2.1]骨格の構築は、当初、歪みのため困難が予測された。これに対し、森は、広範な条件検討の結果見出した作業仮説に基づき、分子内Heck反応を用いて目的とするビシクロ環状エナミド6の合成に成功した。 このビシクロ環状エナミド6に対しジメチルジオキシランによる酸化を行い、生じたヘミアミナールの還元を行った (Scheme 2) 。この際、ビシクロ[3.2.1]環の不安定性に起因する困難を伴ったが、条件検討の結果、これを克服する条件を見出し、目的のアルコール体7へと導いた。続く4工程の変換を経て、天然物の基本骨格となる4環性化合物9を立体選択的に合成した。9の末端オレフィンへの酸素官能基導入に際しては、立体選択的ヒドロホウ素化の検討を行った。その結果、ラクタムを還元的に損なうことなくヒドロホウ素化が進行する条件を見出し、目的のジオール体10を天然物と同じ立体化学を有する単一のジアステレオマーとして、良好な収率で得ることに成功した。 ジオール体10の1級水酸基に対して天然物の有するオキサゾリジンの前駆体を導入し、ナフチリジノマイシンの全ての炭素骨格、および全合成に必要な官能基の全てを有する合成中間体の合成に成功した。本研究の進度は海外の他の研究グループと比して遜色のないものであると評価することができ、本合成法によりナフチリジノマイシンの全合成が達成されるものと確信している。 以上のように、 森は顕著な生物活性を有するナフチリジノマイシンの全合成を目的として研究を行い、光学活性体の全合成および類縁体合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 | |
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