学位論文要旨



No 119399
著者(漢字) 盛田,康弘
著者(英字)
著者(カナ) モリタ,ヤスヒロ
標題(和) (-)-Kainic Acidの全合成
標題(洋)
報告番号 119399
報告番号 甲19399
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1060号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 徳山,英利
 東京大学 講師 内山,真伸
内容要旨 要旨を表示する

序(-)-Kainic acid (1)は1953 年、フジマツモ科(Rhodomelaceae)に属する紅藻類である海人草(Digenea Simplex)より抽出単離され1、グルタミン酸イオンチャネル型受容体のAMPA/Kainate receptorに選択的かつ非常に強力なアゴニストであることが見い出されている。現在では、受容体サブタイプの分類などの基礎生物医学研究に貢献し、さらには、てんかん、アルツハイマーなど神経変成疾患の分野で必須の標準物質として汎用されるに至っている。そのため、カイニン酸の大量供給が強く望まれているが、実際にはその供給不足が問題になっている2。そこで我々は、大量合成可能かつ種々類縁体合成を視野に入れた全合成経路の開発に着手した。

【逆合成解析】 (-)-Kainic acid (1)の全合成研究を行うにあたり、以下のように逆合成解析を行った。3 位酢酸ユニットは2 の一級水酸基より合成の終盤に構築することとした。Α-アミノ酸部位は、二置換ピロリジン誘導体3 の2 位への分子内隣接基関与によるカルボキシル基導入により構築することとした。Kainic acid 及びその誘導体に特徴な様々な4 位官能基は4 の γ-ラクトンより変換可能と考えた。3, 4位-cis の官能基を有する二置換ピロリジン環4 は光学活性ブテノライド5 への1, 3-双極子付加環化反応により構築することとした (Scheme 1)。

【ピロリジン環構築】 光学活性ブテノライド5 はFeringa らの方法3 を応用し酵素Lipase AK を用いた6 のdynamic kinetic resolution により99%, 93% ee と高収率、高光学収率にて合成した。続いて、1,3-双極子付加環化反応は、TFA 触媒4 を用いた結果、極めて穏和な条件下進行し、光学収率の低下を伴わずに望む付加体7 を高立体選択的かつ高収率にて与えた (Scheme 2)。

【Julia olefination による4 位プロペニル基への変換】Kainic acid の構造上の特徴である4 位プロペニル基は以下のように構築した。まず、7 のN-ベンジル基をメトキシカルボニル基へ変換し8 とした。得られた8 は結晶性が高く、一回の再結晶により99% ee とした。続いてアセタールの還元を経てγ-ラクトン9 を得た。γ-ラクトン部位に対しメチル基及びメチルフェニルスルホン基を連続的に導入し10とし、ジアセテート体11 ヘ変換後、Julia olefination5 により4 位プロペニル基を構築した。得られた12より、N-Boc 基への変換及びMOM 基を導入して13 とした (Scheme 3)。

【カルボキシル基導入】 三置換ピロリジン誘導体への変換に関しては、分子内隣接基関与によるカルボキシル基導入反応6 を試みた。基質13 に対し、ピロリジン環のリチオ化、続く二酸化炭素処理により2 位にカルボキシル基を導入した結果、分離困難な14 が位置異性体及びジアステレオマーの混合物として得られた。続いて、2 位の立体反転、エステル化及びMOM 基の除去を経て15 が主生成物として得られた。変換後の主成績体は望む位置異性体15 であったが、ピロリジン環のリチオ化の際、MOM基による位置の制御は不十分であり、また再現性の点において課題を残す結果となった (Scheme 4)。

【酢酸ユニットの導入及び全合成の達成】 得られた15 に対し3 位酢酸ユニットの導入を行った。まず、一級水酸基をブロモ体16 へ変換後、シアノ基を導入し17 とした。続いてシアノ基を過酸化水素水によりアミド体18 へ変換後、続く加水分解により、N-Boc-kainic acid (19)を得た。最後に、Boc 基の除去及び陽イオン交換樹脂による精製を経て(-)-kainic acid (1)を得た (Scheme 5)。

【位置選択性の向上】(-)-Kainic acid (1)の全合成を達成したが、α-アミノ酸部位の構築、すなわちピロリジン環2 位へのカルボキシル基導入の際、位置の制御は不十分であった (Scheme 4)。そこで位置選択性の向上を目的として、種々の検討を行った。種々検討の結果、キラルジアミン207 存在下、カルボキシル基導入反応を行えば、位置選択性が81:19 まで改善できることが判明した(Scheme 6)。

【総括】我々は、光学活性ブテノライド2 を出発物質とし、1,3-双極子付加環化反応によるピロリジン環の構築、γ-ラクトンから改良Julia olefination を用いた4 位プロペニル基への変換、cis-二置換ピロリジン環2 位へのカルボニル基導入反応によるα-アミノ酸部位の構築、3 位酢酸ユニットの導入を経て、総工程数 : 18、総収率 : 4.4%にて(-)-kainic acid (1)の不斉全合成を達成した。

Murakami, S, ; Takemoto, T, ; Shimizu, Z. J. Pharm. Soc. Jpn. 1953, 73, 1026(a)Tremblay, J.-F. Chem. Eng. News 2000, 14. (b)Tremblay, J.-F. Chem. Eng. News 2000, 131(a)Brinksma, J. ; Van Der Deen, H. ; Van Oeveren, A. ; Kellogg, R. M. ; Feringa, B. L. J. Chem. Soc. Perkin trans. 1 1998, 4159. (b)Van Der Deen, H. ; Cuiper, A. D. ; Hof, R. P. ; Van Oeveren, A. ; Feringa, B. L. ; Kellogg, R. M. ; Richard, M. J. Am. Chem. Soc. 1996, 118, 3801(a)Hosomi, A. ; Sakata, Y. ; Sakurai, H. Chem. Lett. 1984, 117. (b)Terao, Y. ; Kotake, H. ; Imai, N. Chem. Pharm. Bull. 1985, 33, 2762Lee, G. H. ; Lee, H. K. ; Choi, E. B. ; Kim, B. T. ; Pak, C. S. Tetrahedron Lett. 1995, 36, 5607(a)Beak, P. ; Zajdel, W. Chem. Rev. 1984, 84, 471. (b)Kerrick, S. T. ; Beak, P. J. Am. Chem. Soc. 1991, 113, 9708. (c)Nikolic, N. A. ; Beak, P ; Org. Synth. 1998, 74, 23. (d)Johnson, T. A. ; Jang, D. O. Slafer, B. W. ; Curtius, M. D. ; Beak. P. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 11689(a)Dearden, M. J. ; Firkin, C. R. ; Hermet, J.-P. R. O'Brien, P. J. Am. Chem. Soc. 2002, 124, 11870. (b)Hermet, J.-P. R. ; Porter, D. W. ; Dearden, M. J. ; Harrison, J. R. Koplin, T. ; O'Brien, P. ; Parmene, J. ; Tyurin, V. ; Whitwood, A. C. ; Gilday, J. ; Smith, N. M. Org. Biomol. Chem. 2003, 1, 3977
審査要旨 要旨を表示する

(-)-Kainic acid (1)は1953年、フジマツモ科 (Rhodomelaceae)に属する紅藻類である海人草 (Digenea simplex)より抽出単離され、グルタミン酸イオンチャネル型受容体のAMPA/Kainate receptorに選択的かつ非常に強力なアゴニストであることが見い出されている。現在では、受容体サブタイプの分類などの基礎生物医学研究に貢献し、さらには、てんかん、アルツハイマーなど神経変成疾患の分野で必須の標準物質として汎用されるに至っている。そのため、(-)-kainic acid (1)の大量供給が強く望まれているが、実際にはその供給不足が問題になっている。そこで盛田は、大量合成可能かつ種々類縁体合成を視野に入れた(-)-kainic acid (1)の全合成経路の開発を目的として検討を行った。

まず、合成経路の出発物質3は、酵素Lipase AKを用いた2のdynamic kinetic resolutionにより99%, 93% eeと高収率、高光学収率にて大量合成を行った。続いて、(-)-kainic acid (1)の中心骨格であるピロリジン環4は、TFAを触媒として用いた1,3-双極子付加環化反応により高立体選択的かつ高収率にて構築した (Scheme 1)。

Kainic acidの構造上の特長である4位プロペニル基は、5のg-ラクトン部位に対しメチル基及びメチルフェニルスルホン基を連続的に導入し6とし、Julia olefination中間体であるジアセテート体7ヘと変換した。その後、スルホン部位を脱離させることにより8とし、4位プロペニル基を効率的に構築した (Scheme 2)。

9から三置換ピロリジン誘導体への変換は、分子内隣接基関与によるカルボキシル基導入反応を試みた。その結果、三置換ピロリジン誘導体10が位置異性体の混合物として得られ、続く2位の立体反転及びエステル化により11とした後、MOM基の除去を経て12とした。変換後の主成績体は望む位置異性体であったが、ピロリジン環のリチオ化の際、MOM基による位置の制御は不十分であり、課題を残した。3位酢酸ユニットは、シアノ基導入、過酸化水素によりアミド体14へ変換後、続く加水分解により構築し、N-Boc-kainic acid (15)を得た。最後に、Boc基の除去を経て(-)-kainic acid (1)へと変換した (Scheme 3)。以上のように、新規方法論を用いた本合成経路により総工程数 : 18、総収率 : 4.4%にて(-)-kainic acid (1)の不斉全合成を達成したことは注目に値する。

(-)-Kainic acid (1)の全合成を達成したが、a-アミノ酸部位の構築、すなわちピロリジン環2位へのカルボキシル基導入の際、位置の制御は不十分であった。盛田は位置選択性の向上を目的として、種々の検討を行った。その結果、キラルジアミン16存在下、カルボキシル基導入反応を行い、位置選択性を81:19まで改善することに成功し、大量合成への道を開いた。 (Scheme 4)。

以上のように、盛田は必須の標準物質として汎用される(-)-kainic acid (1)の効率的全合成を達成した。従って、今後の神経変成疾患領域における薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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