学位論文要旨



No 119400
著者(漢字) 山崎,龍
著者(英字)
著者(カナ) ヤマサキ,リュウ
標題(和) 芳香族アミド・ウレアの構造特性を利用した新規機能性分子の創製
標題(洋) Creation of Novel Functional Molecules Based on Structural Properties of Aromatic Amide and Urea
報告番号 119400
報告番号 甲19400
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1061号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 影近,弘之
 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 助教授 眞鍋,敬
内容要旨 要旨を表示する

【序章】

アミド結合は蛋白質の基本構造であり、ウレア結合とともに医薬品、生理活性物質の骨格としてよく用いられる非常に重要な官能基である。当研究室では芳香族二級アミドやウレアの結晶、溶液中での立体構造がN-メチル化によりトランス型からシス型へと変化する現象を見出し、その一般性や構造特性に関する研究をおこなってきた(Figure 1)。その結果、これまでにこの現象は芳香族グアニジン、アミジン、チオアミド、チオウレアなどにもみられることを明らかにした。また、シス型構造の芳香環が向かいあう立体特性の利用により、キラルキャビティーを有する環状分子や芳香族多層構造といったユニークな立体構造の構築が可能であることも示した(Figure 2)。

私は適度な柔軟性と堅固性を持ち、また「N-メチル化に伴うシス型優先性」により立体制御が可能な芳香族アミド、ウレアの構造特性を活かした幅広い機能性分子創製への展開を試みた。具体的には、アミドの柔軟性を利用した立体転換可能な分子スイッチへの展開、ウレア結合の立体特性に水素結合や芳香環-芳香環相互作用などの特性を併せて利用した結晶工学への応用、および医薬化学におけるファーマコフォアへの応用を検討した。本研究は構造特性を機能や新たな理論と結びつけるというコンセプトのもと行われた。

【第1章 分子スイッチへの展開】

第1節,pH依存的アミド立体転換分子の創製

共同研究者の板井らはab initio計算より、N-メチルアセトアニリドのシス型優先性の要因としてトランス型構造におけるベンゼン環とカルボニル酸素間の電子的反発による不安定化が関与していることを提唱している。この仮説を実験的に証明するため、まず私はN-メチルアセトアニリドのベンゼン環上に各種置換基をもつ誘導体を合成し、1H-NMRによりCD2Cl2中213Kでのシス/トランスの比率を算出した。その結果、ハメットの置換基定数(σ)とシス-トランスの自由エネルギー差(DGo)の間に正の相関関係が成り立ち、置換基の電子吸引性の増大によりトランス型の比率が増加することがわかった(Graph 1)。先の仮説をもとにすると、この関係は電子吸引性の置換基導入によりベンゼン環の電子密度が低下してトランス型コンフォメーションにおけるカルボニル酸素とベンゼン環の間の電子的反発が弱まったため生じると解釈できる。しかし、N-メチルベンズアニリドにおいては同様の置換基効果は認められず、この反発はN-メチル化によるシス型優先性の決定的な要因とはなっていない。この現象をアミドの立体転換へ応用する目的で、2つのメタ位にジメチルアミノ基をもつN-メチルアセトアニリド誘導体2m-NMe2を設計した。ジメチルアミノ基は電子供与性の置換基であり、2m-NMe2はシス型が安定であるが、プロトン化されると電子吸引性置換基となりトランス型に変化すると予測される。実際に2m-NMe2はCD2Cl2中ではベンゼン環とカルボニル基が反対側のシス型がメジャー(> 99%)であるが、TFA-dを加えると逆にトランス型がメジャー(76%)となる(Figure 3)。置換基をもたないN-メチルアセトアニリドでは酸添加によりシス/トランス比がほとんど変化しないことから、2m-NMe2の立体転換はアミド部位のプロトン化の影響ではなく置換基のジメチルアミノ基部位へのプロトン化の効果によるものであると考えられる。ここで示したpH依存的なアミド基の立体転換は、分子機械における分子スイッチとしての利用が可能である。

第2節,溶媒依存的なアミドの立体転換

当節ではまず一般性の追求として、水酸基やアミノ基をアミド基窒素上に導入した場合にシス型優先性が成り立つかを検討した。各置換基とカルボニル酸素間で水素結合が予測されたので、合成した化合物のシス/トランス比などを1H-NMRによりCD2Cl2、(CD3)2CO、CD3ODの3種の溶媒中で解析した。アミド基窒素上をアミノ化した化合物では溶媒にかかわらずシス型が有利であった。一方で水酸基を持つphenylhydroxamic acid誘導体N-OHは CD2Cl2中183Kではシス型が98%と圧倒的に有利であるが、(CD3)2CO中183Kでは逆にトランス型が77%と有利となった。さらにN-OHの結晶構造は溶液構造と対応して、CH2Cl2から再結晶した結晶Aではシス型、(CH3)2COから再結晶した結晶Bではトランス型で存在していた。興味深いことにそれぞれの結晶構造で分子間水素結合が見られ、シス型の結晶Aでは二量体型、トランス型の結晶Bでは鎖状につながっていた(Figure 4)。他のphenylhydroxamic acid誘導体も同様の溶媒効果を受ける傾向がみられた。この溶媒効果の原因としてはシス型を安定化する水素結合や、不安定化するカルボニル酸素と水酸基の非共有電子対の反発を考えているが、完全な理由づけはできていない。現在、計算化学的な手法も含めて検討中である。

【第2章 シス型優先性の原因探求】

第2章ではメチル化によるシス型優先性の原因、理由づけについて様々な視点から検討した。先のカルボニル酸素とフェニル基の電子的反発に加え、フェニル基からカルボニル基への電子の流れ込みによるシス型構造の安定化(第1節、3節)、CH-π相互作用によるシス型構造の安定化 (第2節)、フェニル基のねじれ(第3節)などを要因と考え、様々な誘導体を合成、解析を行った。最終的な理論ないし答えは導けなかったがこれらの要因のシス型優先性への関与が示唆され、新たな理論や機能性分子の創製につながることを期待している。

【第3章 芳香環相互作用を利用した分子間配列制御】

N,N'-ジフェニル-N,N'-ジメチルウレア骨格における分子内の芳香環の向き合う立体構造を利用し、これまでに多層型ウレア構造の構築に成功している。さらに分子間における芳香環同士の配列制御ができると、有機電気伝導体等の機能性分子創製へ繋がると考えた。そこでまず電荷移動相互作用の典型的な例であるベンゾキノンとハイドロキノンをN,N'-ジフェニル-N,N'-ジメチルウレア骨格に組み込んだ化合物を合成したが、電荷移動相互作用はみられず、また結晶中における分子間には期待した芳香環のface-to-faceの配向はみられなかった(第1節)。次に、四極子モーメント相互作用を示すフェニルとPFP(ペンタフルオロフェニル基)の組み合わせを試したところ、結晶中の分子間がface-to-faceかつ環が交互に並ぶように制御された(Figure 5a)。ジフェニルウレアの片方のフェニルにPFPを導入した場合はウレア基が水素結合鎖でつながり、かつフェニルとPFPが交互にface-to-faceに配列制御している結晶が得られた(Figure 5b)。また、ジフェニルウレアと両方PFPを導入したジフェニルの混合溶液からは混晶が得られ、水素結合鎖を介して両分子が交互に、芳香環がface-to-faceに配列していた(Figure 5c)。このようにベンゼンとPFPをウレア骨格に組み込むことにより結晶工学で重要な、結晶中での分子間の芳香環の配列制御が可能であり、機能性分子への応用が期待できる(第2節)。

【第4章 RORリガンド探索への応用】

これまで述べたように、ベンズアニリドやジフェニルウレア骨格は立体が制御された芳香族分子の構築が可能であり、多水素結合形成能や芳香環相互作用なども期待できることからファーマコフォアとしても有用である。実際、当研究室ではRAR(Retinoic Acid Receptor)など、核内受容体に対する特異的高活性リガンドとして芳香族アミド、ウレア骨格をもつ化合物を得ている。そこでこれらの骨格が核内受容体のファーマコフォアとして有用であると考え、この骨格を利用した核内オーファンレセプターROR(RAR-related Orphan Receptor)のリガンド探索を試みた。RORはRARとの配列類似性が高く、脳機能、免疫系、炎症反応、脂質代謝などへの関連が指摘されている。また、これまでにRORのリガンドとしてメラトニン、コレステロール、レチノイン酸などが報告されているが再現性や選択性に欠き、RORの機能解明には特異性に優れたリガンド開発が望まれている(第1節)。RORのリガンド結合領域の構造をレチノイド核内受容体とのホモロジーからモデリングによりコンピュータ上で構築し、市販品データベース上のドッキングスタディにより芳香族アミド、ウレア類似骨格をもつ化合物を多くヒット化合物として得た(第2節)。得られたヒット化合物及びその類縁体を合成し、RORの転写活性化試験系で活性評価した結果、転写活性化または阻害能をもつジフェニルウレア誘導体を見いだした(Figure 6)。本化合物群はレチノイド受容体には機能しないことから、ROR選択的に転写活性を制御していると考えている。また、ヒト肝細胞由来のHepG2に選択的な活性もみられることから、組織選択的な機能解明のツールとしても期待できる(第3節)。これらがリガンドとしてRORに結合しているか、またRORの機能を制御し得るか、現在検討中である(第4節)。

【終章】

芳香族アミド、ウレアの構造特性の利用により以下のような幅広い機能性分子の創製を試みた。

(1)pHや溶媒により芳香族アミド部位のシスートランスを立体転換する

スイッチング機能分子

(2)フェニル-ペンタフルオロフェニルの相互作用を利用した分子間配列制御された結晶

(3)核内オーファン受容体RORの転写活性制御化合物

審査要旨 要旨を表示する

アミド結合は蛋白質の基本構造であり、ウレア結合とともに医薬品、生理活性物質の骨格としてよく用いられる非常に重要な官能基である。本研究では、アミド結合が適度な柔軟性と堅固性を持ち、また芳香族アミド、ウレアでは「N-メチル化に伴うシス型優先性」により立体制御が可能な構造特性を有することに着目し、これらの性質を活かした機能性分子創製への展開を試みた。本研究は、アミドの柔軟性を利用した立体転換可能な分子スイッチ創製研究、ウレア結合の立体特性に水素結合や芳香環-芳香環相互作用などの特性を併せて利用した結晶工学への応用研究、および医薬化学におけるファーマコフォアへの展開研究からなる。

第一に、申請者は、芳香族アミドの「N-メチル化に伴うシス型優先性」という立体特性に関する理論的考察を行った。アセトアニリド類では、N-メチルアセトアニリドのシス型優先性の要因としてトランス型構造におけるベンゼン環とカルボニル酸素間の電子的反発による不安定化が関与していることがab initio計算から示唆されている。申請者は、この結果をもとに、芳香環上にニトロ基を持つ場合にはシス型の割合が低下することを計算化学的に予測し、実験的に証明した。各種置換基を芳香環上にもつN-メチルアセトアニリドのシス/トランスの自由エネルギー差(DGo)はハメットの置換基定数(σ)と正の相関関係が成り立ち、置換基の電子吸引性の増大によりトランス型の比率が増加する。ただし、N-メチルベンズアニリドにおいては同様の置換基効果は認められず、この反発はN-メチル化によるシス型優先性の決定的な要因ではない。申請者は、この特性をアミドの立体転換へ応用する目的で、2つのメタ位にジメチルアミノ基をもつN-メチルアセトアニリド誘導体1を設計した。化合物1は電子供与性基をもち、CD2Cl2中ではシス型がメジャー(> 99%)であるが、TFA-dを加えると逆にトランス型がメジャー(76%)となる。無置換基のN-メチルアセトアニリドでは酸添加によりシス/トランス比がほとんど変化しないことから、この立体転換がアミド基ではなくジメチルアミノ基部位へのプロトン化の効果によると結論し、このアミド基の立体転換が、pH依存的な分子スイッチへと展開しうることを示した。

申請者は、芳香族アミドの「N-メチル化に伴うシス型優先性」の一般性を追求し、その過程で、phenylhydroxamic acid誘導体2が溶媒依存的にその立体構造を変えることを見いだした。例えば、2はCD2Cl2中ではシス型が98%と圧倒的に有利であるが、(CD3)2CO中では逆にトランス型が77%と有利となった。更に、申請者は2を結晶化する際の溶媒に依存した結晶構造を得ることを見いだした。すなわち、2をCH2Cl2から再結晶した場合にはシス型構造からなる結晶が、(CH3)2COから再結晶した場合にはトランス型からなる結晶を得ることができる。この現象は、幾つかのphenylhydroxamic acid誘導体で観測され、一般性を持つ。溶媒効果の要因は明らかではないが、溶媒等の環境によって立体転換する分子スイッチの基盤となることを示した。

第二に、申請者は、シス型芳香族ウレアが分子内で芳香環が層状に近い構造を有することに着目し、分子間における更なる配列制御によって有機電気伝導体等の機能性分子へ展開しうると考えた。その目的で、電荷移動相互作用しうるベンゾキノンとハイドロキノンをシス型ウレア骨格に組み込んだ化合物を合成したが、電荷移動相互作用はみられず、また結晶中における分子間配列制御は観測できなかった。そこで、四極子モーメント相互作用を示すフェニルとペンタフルオロフェニル基をシス型ウレア骨格に組み込んだ化合物を合成したところ、秩序だった配列を有する結晶を得ることができた。例えば、ジフェニルウレアとビス(ペンタフルオロフェニル)ウレアの混合溶液からは混晶が得られ、水素結合鎖を介して両分子が交互に位置し、すべての芳香環がface-to-faceに配列していた。以上の特性は、結晶工学で重要な結晶中での分子間の芳香環の配列制御を可能にし、機能性分子設計の基盤となる。

第三に、申請者は、ベンズアニリドやジフェニルウレア骨格が「多水素結合形成能や芳香環相互作用」とともに「三次元構造が制御された芳香族分子の構築に有用」であることを示したが、更に、これらの化学的特性が医薬化学におけるファーマコフォアとしても有用であると考え、新規生理活性物質創製を試みた。本研究では、標的分子としてリガンドが特定されていないオーファン核内受容体ROR(RAR-related Orphan Receptor)を選択し、その合成リガンドの探索を行った。RORはレチノイドの核内受容体RARとの配列類似性が高く、脳機能、免疫系、炎症反応、脂質代謝などへの関連が指摘されている。また、これまでにRORのリガンドとしてメラトニン、コレステロール、レチノイン酸などが報告されているが再現性や選択性に欠き、RORの機能解明には特異性に優れたリガンド開発が望まれている。まず、RORのリガンド結合領域の三次元構造を結晶構造既知のRARとのホモロジーからモデリングによりコンピュータ上で構築した。ついで、市販品データベース上の化合物の三次元構造化を行い、ドッキングスタディによりリガンド候補化合物群を得た。芳香族アミド、ウレア類似骨格をもつ化合物が多数ヒット化合物として得たので、それらを購入もしくは類縁体合成し、RORの転写活性化試験を行った。その結果、RORの転写を活性化または阻害するジフェニルウレア誘導体を見いだした。本化合物群はレチノイド受容体には機能しないことから、ROR選択的に転写活性を制御していることが示唆された。

以上のように、申請者は芳香族アミド、ウレアの構造特性の利用により様々な機能性分子の創製に成功した。本研究成果で得られた化合物が分子スイッチやROR機能制御剤として有用であるとともに、これらの手法と特性は機能性分子、生理活性物質創製へ広く応用可能である。従って、有機化学、医薬化学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

UTokyo Repositoryリンク