学位論文要旨



No 119401
著者(漢字) 吉見,友弘
著者(英字)
著者(カナ) ヨシミ,トモヒロ
標題(和) 新規骨格を有する選択的エストロゲン受容体モジュレーター : カルボランの疎水性ファーマコフォアとしての応用
標題(洋)
報告番号 119401
報告番号 甲19401
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1062号
研究科 薬学系研究科
専攻 分子薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 影近,弘之
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 教授 夏苅,英昭
 東京大学 教授 橋本,祐一
 東京大学 助教授 菊地,和也
内容要旨 要旨を表示する

カルボラン(dicarba-closo-dodecaborane)は炭素原子2個、ホウ素原子10個からなる二十面体クラスター構造を有し、26個の骨格電子の非局在化により水素化ホウ素化合物としては例外的な熱的、化学的安定性を示す(Fig. 1)。また、カルボラン環上には位置選択的に様々な置換基を導入することができるため、多彩な分子設計が可能である。医薬化学の分野では、カルボランの安定性と高いホウ素含量を利用して、癌の中性子捕捉療法への応用が検討されているが、我々はその高い疎水性と球状の形状に着目して、核内受容体リガンドをはじめとする生物活性物質の疎水性ファーマコフォアとしての応用を行ってきた。なかでもエストロゲンにおいては、内因性リガンドである17b-estradiol(E2)を上回る高活性を持つアゴニストBE120を既に見出している(Fig. 2)。

しかし、エストロゲンの医薬としての応用を考えた場合、アゴニストは骨粗鬆症等の治療薬としての可能性を持つが、同時にホルモン依存性の乳がんや子宮がんのリスクを高めるという欠点を持っている。そのため、エストロゲンの持つ骨、生殖器等に対する多様な作用を分離し、組織選択的に活性を発現する化合物が求められており、このような特性をもつエストロゲン受容体(ER)リガンドは、選択的エストロゲン受容体モジュレーター(SERM)と呼ばれている。そこで私は、アゴニストでみられたカルボランのERへの高い親和性を利用して、従来の化合物とは活性挙動、体内動態の異なる選択的ERリガンドの創製を目的に、新規カルボラン含有ERリガンドの設計と合成を行い、その活性について検討した。

カルボラン含有ERリガンドのデザイン

組織選択性を示す代表的なERリガンドとしてはタモキシフェンやラロキシフェンが知られている。これらの化合物は、in vitroの系でエストロゲンアンタゴニストとして見出されたものだが、in vivoでは骨などに対してアゴニスト、乳腺組織などに対してアンタゴニストというように選択的な作用を示す。タモキシフェンやラロキシフェンに共通した構造上の特徴としては、ステロイド骨格に相当する疎水性領域をはさんで、適切な方向にフェノール環と長い塩基性側鎖部分をもつことが挙げられる。フェノール性水酸基はERとの水素結合形成に必須であり、塩基性側鎖はER-リガンド複合体の構造変化をアンタゴニスト活性発現の方向に導くものと考えられている。そこで、これらの構造要素をもとに疎水性領域をカルボランに置き換え、水素結合性官能基が適切な配置となるように分子設計を行った(Fig. 3)。

生物活性評価

化合物の生物活性は、ルシフェラーゼレポータージーンアッセイによってエストロゲン受容体a (ERa)依存的な転写活性化能を調べることにより評価した。はじめに、フェノール性水酸基及び塩基性側鎖の置換位置を固定し、カルボラン骨格をo-、m-カルボランと変化させたところ、Fig. 4に示す化合物の中でo-カルボラン骨格を持つBE362がより強いアンタゴニスト活性を示した。4-ヒドロキシタモキシフェンとヒトERaリガンド結合領域との複合体のX線結晶構造解析を基にしたドッキングシミュレーションを行ったところ、BE362の方が受容体のキャビティーにフィットしており、o-カルボラン誘導体の方がER-リガンド複合体のアンタゴニストコンフォメーション形成に適切な構造をとっていると考えられた。そこで次に、カルボラン骨格を高い活性が見られたo-カルボランに固定し、フェノール性水酸基及び塩基性側鎖の置換位置、塩基性側鎖の構造を変化させた一連の化合物を合成し、構造の最適化を図った。

ヒト乳癌由来細胞MCF-7を用いた転写活性化試験の結果をFig. 5に示す。アゴニスト活性は、試験化合物を単独で添加したときの転写活性化により評価しており、化合物非添加での転写活性化能を1としたときの比活性で表した。この評価系では、エストラジオール(E2)のEC50は10-11M程度であり、10-10Mでの比活性が約10となっている。また、アンタゴニスト活性は10-10MのE2単独での転写活性化能を100%として、そこに試験化合物を共存させたときの転写活性化の阻害により評価した。塩基性側鎖を持つ化合物は、いずれも単独ではアゴニスト活性は持たず(Fig. 5-C)、E2(10-10M)の存在下でアンタゴニスト活性を示した(Fig. 5-A)。それらの中でも最も活性の強いBE362は対照としたタモキシフェンと同程度の活性であった。また、塩基性側鎖を持たないビスフェノール型の化合物においても、フェノール性水酸基がp-位置換(BE360)の場合10-6Mでアンタゴニスト活性を示し(Fig. 5-B)、塩基性側鎖はアンタゴニスト活性発現のために必須ではないことを見出した。BE360は単独ではパーシャルアゴニスト的な活性を示し、フェノール性水酸基がm-位置換のBE370ではアゴニスト活性が強くなる傾向がみられた(Fig. 5-D)。さらに、ERaへの[3H]-E2との競合結合試験により、これらの化合物はE2の受容体への結合を競合的に阻害することが確認され、なかでも、BE362とBE360が比較的強い結合能を示した(Fig. 6)。また、グラフには示さないが、塩基性側鎖の長さを伸ばしたBE353、BE354は10-8Mで弱いアゴニスト活性がみられるものの、10-7M以上ではアゴニスト活性は持たずBE362と同程度のアンタゴニスト活性を示した。

カルボランの炭化水素骨格へのフィードバック

カルボランを疎水性骨格構造として用いたERリガンドのなかで、BE360がパーシャルアゴニストとして興味深い活性を示した。この活性がカルボラン骨格特有であるかどうかを検証するために、BE360のカルボラン部分を球状炭化水素骨格に変換した化合物をデザイン、合成し、その生物活性を比較することとした(Fig. 7)。生物活性を測定した結果、これらの化合物はいずれもアンタゴニスト活性が消失し、アゴニストとなった。特にビシクロオクテン骨格を持つBE1060は、分子の形状がBE360と類似しているにも関わらずMCF-7を用いた転写活性化試験では非常に強いアゴニスト活性を示した。

卵巣摘出マウスに対するBE360の効果

合成化合物の中から、組織選択的なERリガンドの候補化合物として、パーシャルアゴニストであり単純な構造を持つBE360を選び、卵巣摘出(OVX)マウスに4週間投与して骨密度及び子宮重量に対する効果を調べた(Fig. 8)。OVXマウスでは内因性エストロゲンの欠如により骨密度、子宮重量ともに正常なマウスに比べて著しく減少しているが、E2の投与によりこれらは濃度依存的に回復する。一方でBE360を投与したところ骨密度は30-100 mg/day/headの投与量で正常マウス(sham-operated)と同程度まで回復するものの(Fig. 8-A)、子宮重量はほとんど変化しない(Fig. 8-B)。この結果からBE360は、子宮に対するアゴニスト作用を引き起こさずに骨にのみアゴニスト作用を示し、骨粗鬆症の治療薬として優れた性質を持つERリガンドであるといえる。

総括

本研究により私は、組織選択的なエストロゲン受容体モジュレーターを目指した新規カルボラン含有ERリガンドの設計と合成を行い、その構造活性相関を明らかにした。合成化合物の中で、BE362はin vitroでタモキシフェンと同程度のアンタゴニスト活性を示した。また、BE360は、in vitroではパーシャルアゴニスト作用を示し、in vivoでは骨に対するアゴニスト作用を示す一方で子宮に対する作用は示さず、骨粗鬆症薬として優れた組織選択性を有するERリガンドとして注目される化合物である。組織選択性は、ER-リガンド複合体に結合する転写共役因子の違いなどによって現れると考えられているが、詳細な解明には至っておらず、BE360のように従来にない骨格構造を持つ化合物の創製は、その作用機構解明にも役立つものと考えられる。また、新規骨格を用いることにより従来のリガンドとは異なる体内動態、組織選択性を示す可能性もあり、医薬への応用に向けた更なる展開が期待される。

Dicarb a-closo-dodecaboranes

Potent Estrogen Agonist Bearing Carborane

Design of Selective Estrogen Receptor Modulators Bearing Car borane

Transcriptional Activation by the Test Compounds

Inhibition of Specific [3H]estradiol Binding with hERα([3H])estradiol=4nM

Conversion of Carborane to Spherical Hydrocarbon Skeleton

Effects of BE360 on the Utenine Weight and Bone Mineral Density of Femurs in OVX Mice

審査要旨 要旨を表示する

カルボラン(dicarba-closo-dodecaborane)は炭素原子2個、ホウ素原子10個からなる二十面体クラスター構造を有し、26個の骨格電子の非局在化により水素化ホウ素化合物としては例外的な熱的、化学的安定性を示す。カルボラン環上には位置選択的に様々な置換基を導入することができるため、多彩な分子設計が可能であるが、医薬化学の分野では、その高いホウ素含量を利用した癌の中性子捕捉療法への応用が検討されているだけである。本研究では、カルボランの高い疎水性とかさ高い球状構造に着目し、疎水性ファーマコフォアとして核内エストロゲン受容体リガンド創製に応用することを検討し、ユニークな生物活性を有する新規リガンドを見いだしたものである。

申請者は、エストロゲンアゴニストが骨粗鬆症治療に有効ではあるがホルモン依存性乳がんや子宮がんのリスクを高めるという欠点を持つことから、エストロゲンの持つ多様な作用を分離し、組織選択的に活性を発現する化合物を創製することを試みた。このような特性を示す化合物としてはエストロゲンアンタゴニストとして見いだされたタモキシフェンやラロキシフェンなどの化合物が知られており、これらをリード化合物としてカルボランの導入を行った(図1)。タモキシフェンやラロキシフェンに共通した構造上の特徴は、ステロイド骨格に相当する疎水性領域をはさんで、適切な方向にフェノール環と長い塩基性側鎖部分をもつことが挙げられる。フェノール性水酸基は受容体との水素結合形成に必須であり、塩基性側鎖は受容体-リガンド複合体の構造変化をアンタゴニスト活性発現の方向に導くものと考えられている。これらの構造要素をもとに疎水性領域をカルボランに置き換え、水素結合性官能基が適切な配置となるように分子設計し、種々のDiarylcarborane誘導体を合成した。

合成化合物の生物活性はエストロゲン受容体a (ERa)依存的な転写活性化試験によって評価した。図1の一般式で示すカルボラン誘導体では、o-カルボラン骨格を持つBE362(図2)が強いアンタゴニスト活性を示した。この結果はERaリガンド結合領域の結晶構造を基にしたドッキングシミュレーションによっても支持された。

申請者は、次に、骨格をo-カルボランに固定し、フェノール性水酸基及び塩基性側鎖の置換位置・構造が異なる一連の化合物を合成し、構造の最適化を図った。種々合成した化合物のうち、塩基性側鎖を持たないビスp-フェノール体BE360が単独ではパーシャルアゴニスト的な活性を示し、共存するエストロラジオールに対してはアンタゴニスト活性を示した。この結果は、カルボラン誘導体においては、アンタゴニスト活性発現に塩基性側鎖が必須ではないことを意味している。

申請者は、疎水性ファーマコフォアとしてのカルボラン骨格の有用性を明らかにする目的で、BE360のカルボラン部分を種々の球状炭化水素骨格に変換した化合物を合成し、その生物活性を評価した。その結果、炭素骨格からなる化合物はいずれもエストロゲンアゴニスト活性を示し、例えば、BE1060は分子の形状がBE360と類似しているにもかかわらず、非常に強いエストロゲンアゴニストであった。このように、エストロゲンのパーシャルアゴニスト・アンタゴニスト活性というユニークな生物活性がカルボラン骨格を持つBE360に特有であることを明らかとした。

以上の結果を基に、合成化合物の中から、組織選択的なERリガンドの候補化合物として、パーシャルアゴニスト・アンタゴニストであり、単純な構造を持つBE360を選び、in vivoにおける生物活性を明らかにする目的で、卵巣摘出(OVX)マウスの骨密度及び子宮重量に対する効果を調べた。OVXマウスでは内因性エストロゲンの欠如により骨密度、子宮重量ともに正常なマウスに比べて著しく減少しているが、エストラジオールの投与により濃度依存的に回復する。一方、BE360を投与した群では、骨密度は正常マウスと同程度まで回復するものの、子宮重量はほとんど変化しない。この結果は、BE360は、子宮においてはエストロゲン活性を引き起こさずに、骨に対してエストロゲンアゴニスト作用を発揮することを示しており、骨粗鬆症の治療薬として優れた性質を持つといえる。

以上のように、申請者は、カルボランの医薬化学における有用性を示すとともに、骨粗鬆症薬として優れた組織選択性を有すると考えられるエストロゲンリガンドBE360の創製に成功した。本手法は様々な生理活性物質の構造展開に応用可能であるとともに、エストロゲン及びエストロゲン受容体の機能解明および医薬展開に有用なツールを提供した。この成果は、生物有機化学、医薬化学研究に資するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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