学位論文要旨



No 119403
著者(漢字) 飯島,亮子
著者(英字)
著者(カナ) イイジマ,リョウコ
標題(和) アフリカツメガエルの胚発生期に発現する二つの酵素について
標題(洋)
報告番号 119403
報告番号 甲19403
学位授与日 2004.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1064号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 講師 東,伸昭
 東京大学 講師 富田,泰輔
内容要旨 要旨を表示する

胚発生は多細胞生物に共通する重要な過程であり、その際には、多くの細胞の同調的な分裂や分化、移動が起こっている。私は、不可逆的な反応を触媒する酵素群に着目することで、複雑な形態形成過程の解明にアプローチできるのではないかと考えている。このような観点から私は、修士発表において、アフリカツメガエル胚が分泌するセリンプロテアーゼについて報告したが、その後の研究で胚発生にプロテアソームが関与することを明らかにした。また、センチニクバエではじめて見出された、アデノシンデアミナーゼ活性を持つ、細胞増殖因子のホモログ (XIDGF-A, B) がアフリカツメガエルの胚発生期に体節・セメント腺や前腎等で局所発現していることが判明したので、併せて報告する。

アフリカツメガエルの胚発生に関与するセリンプロテアーゼ

私は修士課程において、アフリカツメガエル胚の培養系に、様々なプロテアーゼ阻害剤を加えて、胚発生に与える影響を観察した結果、競合的セリンプロテアーゼ阻害剤であるアプロチニンが、原腸胚期において胚発生を阻害することを見出した(1)。そこで博士課程において、セリンプロテアーゼの胚発生への関与を検証するために、合成基質を用いて解析を行った。私はまず、胚の培地に各種のセリンプロテアーゼに対する合成基質を大量に添加すれば、プロテアーゼを競合的に阻害して胚発生への影響が見られるのではないかと予想した。そこで胞胚期のアフリカツメガエル胚の培地に33 種類の合成基質を終濃度100 μM で添加して胚発生への影響を観察した。その結果、5 種類の基質が胚発生を阻害することを見いだした。このことはこれらの合成基質を水解するセリンプロテアーゼがアフリカツメガエルの胚発生に必要であることを示唆する。次に、培地に添加したこれらの合成基質が胚発生を時期特異的に阻害するかどうか検討した。その結果、原腸胚期に特異的に胚発生を阻害する基質が2 種類、初期の発生段階を特異的に阻害する基質が1 種類見いだされた。これらの結果は、胚発生過程での時期特異的な現象に、これらの基質を水解するセリンプロテアーゼが関与する可能性を示している。

合成基質水解酵素の精製

次に、これらのプロテアーゼの実体を明らかにするため、合成基質水解活性を指標としてその精製を試みた。まず、ツメガエル原腸胚を大量に採取し、これを材料として原腸胚期に特異的に胚発生を阻害する基質、Pyr-Arg-Thr-Lys-Arg-MCA を水解する酵素の精製方法を検討した。その結果、2回の遠心分離と陰イオン交換カラムDE52 によって比活性210 倍にまで精製できることが分かった。精製フラクションを非変性ゲル上で電気泳動した結果、この酵素分画の主要蛋白は分子量500 kDa を超す高分子量であることがわかった。この結果から、この分画が含有するプロテアーゼがプロテアソームであることが示唆された。そこで、目的の酵素がプロテアソームである可能性を検証するために、精製フラクションを用いて、非変性ゲル上で電気泳動を行い、ゲル上でプロテアーゼ活性の検出を試み図1 非変性ゲル上でのプロテアソーム活性の検出A. Suc-Leu-Leu-Val-Tyr-MCAB. Pyr-Arg-Thr-Lys-Arg-MCA黒矢印;プロテアソーム白矢印;ダイフロントlane 1: 蛍光検出、lane 2: CBB 染色た。電気泳動後のゲルをプロテアソームの基質であるSuc-Leu-Leu-Val-Tyr-MCA(200 μM) で処理したところ、蛋白の泳動位置に一致して蛍光が検出された(図1 A)。このことからこの高分子の蛋白はプロテアソームであることが示された。また、ゲルを、使用した基質Pyr-Arg-Thr-Lys-Arg-MCA (200 μM) で処理しても、同様の位置に蛍光が検出された(図1 B)。その結果、Pyr-Arg-Thr-Lys-Arg-MCA 水解活性を担う主要な酵素はプロテアソームであることが明らかになった。また、胚発生を阻害した5 種類の合成基質について、これらがプロテアソームの基質となりうるかどうか検討したところ、4 種類がプロテアソームによって水解された。

プロテアソームの胚発生への関与

さらに、プロテアソームの胚発生への関与を知るために、ツメガエル胚の培地にプロテアソーム阻害剤を添加して胚発生への影響を調べた。その結果、プロテアソーム阻害剤であるMG-115 およびMG-132 の添加によって、胚の体軸形成、及び尾芽の伸長に異常が生じることが分かった(図2 A, B)。添加しなかった対照の胚を図2 D に示した。このことから、アフリカツメガエルの胚発生に関して、プロテアソームが必要であることが示された。本研究は、アフリカツメガエルの正常な体軸形成、および尾芽の伸長にプロテアソームが関与することを初めて示したものである。さらに、合成基質Pyr-Arg-Thr-Lys-Arg-MCAを添加した場合にも、正常な体軸形成、および尾芽の伸長が阻害された(図2 C)ことから、Pyr-Arg-Thr-Lys-Arg-MCA が胚発生を阻害したのは、プロテアソームの活性を阻害したためであると考察される。

アフリカツメガエルにおけるInsect-derived growth factor(IDGF)ホモログの単離

Insect-derived growth factor (IDGF)は、センチニクバエ胚由来培養細胞、NIH-Sape-4 の培養上清からNIHSape-4 に対する細胞増殖促進活性を指標に精製された細胞増殖因子である。さらにIDGF 配列中にアデノシンデアミナーゼ(ADA)活性サイトのアミノ酸配列と相同性を示す部分が見出され、実際にIDGF がADA 活性を持つことが示されている。これまでの知見により、無脊椎動物、脊椎動物に広くIDGF ファミリーが存在することが明らかになっている。私は、IDGF が昆虫胚細胞由来である点に着目し、アフリカツメガエルの胚発生過程でも、IDGF ホモログのADA 活性が重要な機能を担うのではないかと考え、この可能性を検討した。まず、プラークハイブリダイゼーションによりアフリカツメガエルIDGF ホモログの単離を試みた。アフリカツメガエル胚 (stage 30) のライブラリー13 万クローンをスクリーニングした結果、陽性クローンを2つ得た。これらの陽性クローンの情報及び、ライブラリーを鋳型としてPCR をおこなった結果、XIDGF-A, B と名付けた2つのIDGF ホモログを得た。XIDGF-A は513 アミノ酸、XIDGF-Bは510 アミノ酸をコードしていた。そして、これらの配列の中にはADA活性領域が保存されていた。XIDGF-A はアミノ酸レベルでヒトCECR1 と57%、センチニクバエIDGF と40%の相同性を示し、XIDGF-B はヒトCECR1 と57%、IDGF と40%の相同性を示したことから、ともにIDGF のアフリカツメガエルホモログであると考えられる。

アフリカツメガエル IDGF ホモログの胚発生過程における発現

次に、アフリカツメガエル IDGF ホモログが胚発生過程において発現しているかどうか知るために、RT-PCR をおこなった。XIDGF-A, B はORF に関して、互いにアミノ酸レベルで91%の相同性を有するため、両者が共通している部分でプライマーを作成した。結果として、未受精卵ではシグナルは検出されず、胚発生にともなって神経胚期から発現が上昇することが見いだされた。

次に、アフリカツメガエル IDGF ホモログの胚発生過程における発現の局在を知るために、in situ hybridization をおこなった。XIDGF-B のORF 中605 bp に対応する断片をPCR で増幅し、これを鋳型としてRNA プローブを合成した。この部分はXIDGF-A についても94%の相同性を有している。結果として、stage 20(神経胚)で体節にシグナルがみられ、stage 22 以降ではセメント腺が強く染まった。Stage 30(尾芽胚)では体節やセメント腺に加えて、前腎、目、底板と考えられる部分も染色された(図3)。この結果から、IDGF ホモログは、アフリカツメガエルの胚発生の進行につれて、部位特異的に発現することが示された。XIDGF がこれらの組織の分化や維持にかかわる可能性も考えられる

まとめ

私はアフリカツメガエルの胚発生において、プロテアソームが正常な体軸形成、および尾芽の伸長に必要であることを初めて示した。また、2種類のIDGF ホモログ(XIDGF-A, B)を同定し、これらが胚発生過程において体節やセメント腺、前腎、目、底板と考えられる部分に特異的に発現することを示した。

非変性ゲル上でのプロテアソーム活性の検出

プロテアソーム阻害剤および基質の胚に対する影響

尾芽胚におけるXIDGF の発現

R. Iijima, S. Yamaguchi, K.-i. Homma and S. Natori, J. Biochem. (1999)126, 912-916R. Iijima, K. J. Homma and S. Natori, J. Biochem. (2003)134, 467-471
審査要旨 要旨を表示する

本研究は、胚発生期に発現する二つの酵素について、アフリカツメガエル(Xenopus laevis)を用いて解析を試みたものである。まず、アフリカツメガエルの胚発生に関わるプロテアーゼの探索をおこなった。また、アデノシンデアミネース活性を持つ細胞増殖因子、Insect-derived growth factor (IDGF)のアフリカツメガエルホモログを同定した。

筆者はセリンプロテアーゼの胚発生における関与を知るために、胚を培養している培地に各種の合成基質を添加して、胚発生への影響を調べた。その結果、33種類の合成基質のうち5種類の基質が胚発生を阻害することを見出した。この結果はこれらの合成基質を水解するセリンプロテアーゼがアフリカツメガエルの胚発生に必要であることを示唆している。

次に、培地に添加したこれら5種類の合成基質が胚発生を時期特異的に阻害するかどうかを検討した。結果として、時期特異性は大きく分けて3種類に分類された。そのなかで、時期特異性が顕著で、原腸胚期に特異的に胚発生を阻害する基質、Pyroglutamyl-RTKR-MCAについて、水解酵素の精製をおこなった。比活性210倍にまで精製したフラクションを用いてプロテアーゼ活性を検出した結果から、この画分が含有するプロテアーゼがプロテアソームであることが強く示唆された。

そこで、プロテアソームの胚発生への関与を知るために、胞胚期のツメガエルの培地にプロテアソーム阻害剤を添加して胚発生への影響を調べた。プロテアソーム阻害剤MG-115及びMG-132を添加すると、胚の体軸形成、及び尾芽の伸長に異常が生じることが分かった。このことから、アフリカツメガエルの胚発生に関して、プロテアソームが必要であることを示した。

次に、IDGFのアフリカツメガエルホモログである、XIDGF-A,BのcDNAを単離した。XIDGF-Aは513アミノ酸、XIDGF-Bは510アミノ酸をコードしており、これらの配列の中にはADA活性領域が保存されていた。XIDGF-A、BともにIDGFと40%の相同性を示したことから,IDGFのアフリカツメガエルホモログであると判断した。

アフリカツメガエル IDGFホモログが胚発生過程において発現しているかどうかを知るために、RT-PCRをおこなった結果、胚発生にともなって神経胚期に発現が上昇することを見出した。さらに、胚発生過程における発現の局在を知るために、in situ hybridizationをおこなった。結果としてXIDGFがアフリカツメガエルの胚発生期に、体節、セメント腺や前腎等で局所発現していることを示した。

以上、本研究はプロテアソームがアフリカツメガエルの胚発生に必要であること、及び細胞増殖因子IDGFのホモログ(XIDGF-A, B)がアフリカツメガエルの胚発生期に局所発現していることを示したものである。不可逆的な反応を触媒する酵素群に着目するという独創的な視点で胚発生にアプローチした研究で、発生生物学に寄与するところがあり博士(薬学)に値すると判断した。

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